アテンション・プリンセス~空っぽのワタシ、魔法少女になります~ 作:樫丹鏡花
夕食は七時半に始まる。
正確に言えば、七時半に食卓に三つの皿が並ぶ。皿が並ぶことと夕食が始まることは、この家では同義だった。誰かが「ご飯にしようか」と言うわけではなく、誰かが呼びにくるわけでもなかった。七時半になれば皿が並び、皿が並べば食べる——それが習慣として存在していた。習慣に名前がついた日を、×××××は知らない。物心ついた頃には、すでにそうだった。
母親が皿を運んでいた。
今夜はハンバーグだった。市販のソースで仕上げた、いつもの味のハンバーグ。添え付けのブロッコリーは冷凍から戻したもので、崩れかけた房が皿の端に寄せてあった。悪くはなかった——悪くないどころか、毎週一度は食卓に出る品として、×××××の身体に染み込んだ味だった。問題は、それが全然問題でないことだった。
父親は帰っていた。
帰っていた、と言う以上のことが、この父親の存在感については言えなかった。七時を過ぎた頃に玄関の鍵の音がして、洗面所に水の音が三分続いて、それから食卓に座る。会社のことをたまに話した。たまに、というのは月に二、三回で、それ以外の日は食べながら何かのニュースアプリを眺めていた。眺めながら、食べた。それで一日が終わった。
×××××は箸を持って、ハンバーグを切った。
断面から肉汁が出た。切れた、ということが確認できた。確認して、口に運んだ。味がした。いつもの味がした。それで十分だった——十分である、ということが、十分でない感触の正体かもしれないと気づいたのは、ずっと後になってからのことで、今この瞬間は気づいていなかった。
「明日、テストじゃなかった?」
母親が言った。確認のための声だった。責める声でも、励ます声でも、心配する声でもなかった。ただ情報を確かめる声だった。
「数学だけ」
「勉強は?」
「した」
した、は正確ではなかった。問題集を三十分開いて、そのうち二十分はページを眺めていた。眺めながら頭の中で別のことを考えていた——別のことが何だったかを、×××××はすでに忘れていた。忘れていることに、罪悪感はなかった。
テストの話はそこで終わった。
代わりに母親が天気の話をした。明後日から雨が続くらしい、という情報だった。父親が「そうか」と言った。「そうか」は相槌としての「そうか」で、内側に何かが動いた「そうか」ではなかった。×××××は黙って食べた。天気の話に参加する理由がなかった。参加しなかったことに、誰も触れなかった。
風呂は父親が先に入る。
その後に母親が、最後に×××××が入る。この順番が崩れた記憶が、×××××にはない。崩れる理由がなかったから崩れなかったのか、崩れかけたことがあっても崩れる前に元に戻ったのか——判断できなかった。ただ、いつも×××××は最後に風呂に入る。
浴槽の中で、天井を見た。
白いタイルの天井。蛍光灯が均一に照らしている。影がない。影がないということは、天井がどこからどこまでなのかが分からないということだった——実際には四方の壁があるし、そこから先が天井で、天井の端は壁だ。しかし均一な光の下では、端が確認できなかった。
アオイのことを考えていた。
考えていた、というより——考えが勝手にアオイのところへ行った。勝手に行ったのに、行き先を変えようとは思わなかった。変えようとしないことに、今日はじめて気づいた。気づいたが、それをどうすることもしなかった。
あの人は今夜も公園にいるのだろうか。
いるとしたら、どこを見ているのか。自販機の光か、渋谷の底の騒音か、イヤホンの向こうの声か。×××××には分からなかった。分からないことの全部が、頭の中に積み上がっていた。
湯の温度が、少し下がった気がした。
学校は、あった。
あった、というのが今の×××××にとっての正確な言い方だった。毎朝そこに行って、六時間分の椅子に座って、昼に弁当を食べて、帰ってくる。それが「学校に行く」ということの全量だった。全量に過不足はなかった——でも「ここにいる実感」というものが何なのかを、×××××はうまく測れなかった。測れないから、あるのかないのかも分からなかった。
仲の良い子は、一人いた。
田中、というファミリーネームで呼ぶ習慣があった子だった。同じクラスで、席が斜めに隣で、昼食を一緒に食べることが多かった。多かった、というのは週に三日か四日で、それ以外の日はお互いに別々の場所で食べた。別々に食べたことを翌日に話題にすることはなかった。話題にする必要がなかった。
田中は話しやすい子だった。
話しやすい、というのは、沈黙が怖くないという意味だった。田中とは黙って弁当を食べていても不自然にならなかった。その感触は、たとえば他のクラスの子と一緒にいるときの——何か話さなければという焦燥——とは明確に違った。田中とならそういう焦燥がなかった。それを「仲が良い」と呼んでいいのかどうか、×××××には判断がつかなかった。
今日の昼食の話題は、理科のテストの採点ミスだった。
田中が発見した採点ミスで、×××××は全然関係なかった。でも田中が話していたから聞いていた。聞いて、「先生に言えばいいじゃん」と言った。田中が「そうなんだけどさー」と笑った。笑い方に生活があった——困っているのに笑える、という種類の余裕が、その笑いには含まれていた。×××××はその笑いを見ながら、自分はあんな笑い方ができるかどうかを、ぼんやりと確認した。できないかもしれなかった。
授業は続いた。
続いて、終わった。
帰りのホームルームで担任が何かを話した。内容は十秒後に消えた。消えたことを、×××××は気にしなかった。気にするための足がかりが、そこにはなかった。
帰り道で、また考えた。
今日は木曜日だった。木曜日は塾がない。塾がない日の帰り道は、少しだけ遠回りをしていた——少しだけ、というのは、公園のそばを通ることができるルートを選ぶ、それだけの遠回りだった。二十メートルか、三十メートルか。街の規模では誤差の範囲だった。
アオイのことを考えていた。
正確には——アオイのことが引っかかって取れない状態で歩いていた、という感じだった。積極的に考えているのとは違った。爪が何かに触れたまま引き剥がせない感触——引っかかった、という最初の感触から今もずっと続いている。
なぜ引っかかっているのか、×××××にはまだ分からなかった。
分からないことに、答えを出そうとも思わなかった。出そうとしないことに、焦りもなかった。ただ、引っかかったまま歩いていた。それだけだった。
横断歩道を渡りながら、×××××は自分のことを考えた。
自分のことを考える、という行為を、普段はしない。する機会がなかった、というより——考えるための材料が自分の内側に少なかった。何が好きか、と問われたら答えが出るまでに時間がかかった。何が嫌いか、と問われても同じだった。何に向いているか、何になりたいか、何を恐れているか——それぞれの質問の答えを探そうとすると、そこにあるのは答えではなく、答えがない、という事実だった。
空洞、という言葉を、×××××は知っていた。
知っていたが、それが自分のことだとは思っていなかった——少なくとも今日の昼まではそうだった。田中の「そうなんだけどさー」という笑い声を聞きながら、×××××は思った。田中には何かがある。困っているのに笑える、という種類の何かが。その何かが何なのかは言語化できなかったが、それがないと笑えない、という感触だけはあった。
あるいは。
アオイには、何かがある。
公園のベンチに座って、イヤホンをして、毎日同じ場所にいる——その全部が「何かがある」ことの証拠に思えた。傷でも、怒りでも、喪失でもいい。何かが、あそこにいさせている。何かがアオイを動かしている。その何かが何かは×××××には分からなかったが、「ある」ということだけは、十メートルの距離からでも感じ取れた。
じゃあ自分には。
考えて——止まった。
答えが出なかったのではなかった。答えを探し始めた瞬間に、探す場所が分からなくなった。どこに手を突っ込めばいいのか。内側のどこに「何か」が入っているはずの棚があるのか。棚の場所が分からなかった。棚が存在するかどうかも分からなかった。
横断歩道を渡り終えていた。
信号が赤になる電子音が後ろから来た。来たが、×××××はすでに渡り終えていたから関係なかった。足が動いていた。考えながら歩いていた。考えが止まっても、歩き続けていた。
公園が見えてきた。
遠回りの効果が出てくる位置——路地を一本外れると、いつもの帰り道より公園に近づく。近づきながら、×××××は視線を上げた。今日のアオイがどこにいるかを確認する、という行為が、いつの間にか帰り道の手順の一つになっていた。
ベンチにいた。
今日は両耳のイヤホン。制服の第一ボタンが外れている——外れている、というより、留めることを忘れているという感じ。膝の上のスマートフォンは今日も伏せてあった。
×××××は立ち止まらなかった。
立ち止まると何かを決めなければならなくなる、という感触がいつもあって、その感触に従って足は動き続けた。動き続けながら、アオイの横顔を視野の端に収めた。横顔は今日も静かだった。静か、という言葉が繰り返し出てくることに、×××××は気づいていた。気づいたが、他の言葉が見つからなかった。
静か、というのは——感情がないのとは違う。
それだけが確かだった。感情がないから静かなのではなく、何かが静かにそこにある、という静けさだった。水底のような——あるいは、水底に沈んでいるものが持っている——静けさ。
十七歩。
数えていた。立ち止まらなかったから、アオイの横顔が視野の端から消えるまでが十七歩だった。消えた後も、その横顔の残像が数秒間、視界に浮いた。浮いて、消えた。消えてからも、何かが残った。
家に帰って、制服を脱いで、部屋着に着替えた。
鞄を机の横に置いて、椅子に座った。机の上に教科書とノートがあった。明日の数学のテスト範囲のページが開いたままだった。問題が並んでいた。×××××はそれを見た。見て、何も動かなかった。三十秒ほど見て、ページを閉じた。
窓の外が暗くなっていた。
暗くなった、というのは正確ではない。暗くなっていく途中だった。夕方の光が、街の隙間から少しずつ抜けていく過程にあった。残っている光と消えていく光が混在して、どちらが多いのかを判断できない時間帯。
アオイは今どこにいるのだろう、と思った。
思ってから——それを考えることの意味が分からなかった。知ったところでどうするわけでもない。会いに行くわけでもない。ただ、考えた。考えが止まらなかったわけでもなかった。ただ自然に、頭がそこへ向いた。
×××××は机に肘をついて、窓の外を見た。
外は渋谷ではなかった。二駅離れた住宅街の夕暮れで、電柱と低い建物と細い道路と、その向こうに少しだけ見えるマンションの明かりだった。渋谷の光量の半分もなかった。騒音も、人の密度も。
自分はここにいる、と×××××は思った。
思ったが——「ここにいる」という確認が、どこか薄かった。ここにいる、はずで、ここにいる、ことは分かっていて、ここにいる、という事実は変わらないのに、その確認が自分の内側にちゃんと着地していない。着地するための何かが、足りなかった。
足りないもの、の名前を×××××は知らなかった。
知らないまま、窓の外を見続けた。夕暮れが深くなっていく。電柱の影が消えて、マンションの明かりが少し強くなった。誰かの部屋が点灯した——あるいはすでに点いていたものが、外が暗くなって目立つようになった。
あの光の向こうに、誰かがいる。
×××××は、そう思った。当然のことだった。部屋の明かりがつくことは、部屋に誰かがいることと基本的には同義だった。当然のことなのに、今日はその「誰かがいる」という事実が、少しだけ実感を持って頭に入ってきた。
誰かがいる。
全部の明かりの向こうに、全部の部屋に、全部それぞれに別の人間がいる。それぞれ別の夕方の続きを、それぞれの部屋の中で過ごしている。誰もが何かを持って、誰もがどこかから来て、誰もが何かをしている。
自分は、何を持っているか。
問いが来た。
来た瞬間に——答えが出なかった。出なかったのは今日はじめてではなかった。この問いはたぶん前にも来ていて、前にも答えが出なかった。だから問い方を変えていなかった。変える必要がないと思っていた。
でも今日は、その「出なかった」の質が、昨日と少し違った。
昨日の「出なかった」は、答えを探す棚の場所が分からない、という感触だった。今日の「出なかった」は——探す前に、そもそも棚があるかどうかが分からない、という感触だった。その差が何を意味するのか、×××××には判断できなかった。
ただ、今日は少しだけ、それが怖かった。
怖かった。今日はじめて、怖かった。
怖い、とは何に対して怖いのか。棚がないことが怖いのか。棚を探す方法を知らないことが怖いのか。それとも——怖くなかった昨日まで何も感じていなかった、ということが怖いのか。
答えは出なかった。
出なかったが——何かが、ある。
そう思った。何かが、という形でしか言えなかったが、今日の夕方に限って言えば、その「何かが」は昨日より少しだけ確かだった。
窓の外が完全に暗くなった。
×××××は机のライトをつけた。光が机の上を白く照らした。問題集の表紙が光の中に入った。明日のテストの範囲が書いてあった。
×××××は問題集を開いた。
今度は読んだ——少なくとも、昨日より少しは読んだ。読みながら、問いを解いた。解いた答えが正しいかどうかを確認した。正しかったものがあった。間違えたものがあった。間違えたものの理由を確かめた。確かめながら、頭の別の部分で、今日の夕方のことを考えていた。
足りないもの、が何なのか。
まだ分からなかった。
分からなかったが——分からないことを、今日は急かさなかった。