アテンション・プリンセス~空っぽのワタシ、魔法少女になります~   作:樫丹鏡花

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8.テール・ドゥ・エルメス-Terre d'Hermès-

合同庁舎の会議室に呼ばれたのは、正午を十五分ほど回った時刻だった。窓には遮光カーテンが半分だけ引かれ、蛍光灯の白い光の下で、長机の上にA3判の地図が四枚並べられている。空調の吹き出し口が低く唸る音に混じって、隣室から複合機の連続送信音が途切れずに響いていた。長机を囲むのは、警護課から二名、外事課から一名、官邸連絡室から一名——Qを含めた五名が、今日の顔ぶれだった。Qが席に着くと同時に、警護課の担当者が印刷し終えたばかりの資料を配って回る。表紙には「来日警備実施計画(第三版)」とだけ印字され、右肩に発番と作成日が並んでいた。

冒頭、警護課の担当者が全体の規模を読み上げる。動員人員は延べ二千百四十名、実働は当日一日で千八百名、稼働日数は事前準備を含めて六日間。検問所は経路上に十四箇所、恒常検問が九箇所、当日限りの臨時検問が五箇所。前回の同種案件より、検問所は二箇所、動員人員は三百名ほど多かった。

編成表は五段構成になっている。本部長、副本部長、現地指揮所、通信統制——四段目まではQがこれまで扱ってきた要人警護の書式と変わらない。違うのは五段目だった。「対魔法少女警戒班」という新しい枠が、通信統制と同じ高さに、初めて独立した項目として起こされている。Qは配布された編成表を一枚ずつめくり、配置番号を声に出して確認していく。

「一号から十二号までが沿道の徒歩警戒。十三号から二十号が交差点の固定警戒。二十一号、二十二号——ここが、新設分です」

無線系統図には、既存のメイン波・予備波の二本に加えて、三本目の周波数帯が赤字で書き加えられていた。呼出符号は「あさひ二一」「あさひ二二」。既存の警護課専用波とは別立てにするという指示は、警護課の担当者ではなく、K機関側からの要望として記載されている。混ぜれば運用の切り分けが煩雑になる、という理由だけが添えられていたが、別立てにするという判断そのものが、この班の位置づけを物語っているようにQには感じられた。

車列経路は、羽田から都心を横断し、迎賓館まで引かれている。沿道に面したビルは、経路全区間で合計四十七棟。このうち高さ三十メートルを超える二十三棟については、当日朝六時から立入の統制が始まる。入居者は身分証持参、来訪者の予約は前日までにすべて打ち切り。屋上への立入は、管理会社の常駐員であっても、当日は特別許可証がなければ通れない。Qはこの二十三棟のリストと、警護課が別途進めている事前訪問の進捗表を突き合わせ、確認印が押されていない三棟に付箋を貼った。

日米の調整項目は、いつもより一段階細かかった。車列の車間は先方の要求で十五メートルに統一——通常運用より五メートル長い。理由は、緊急停止時の制動距離を先方の基準で計算し直した結果だという。上空管制は、経路上空半径二キロ、高度九百メートル以下を全面的な飛行制限区域とし、報道各社のヘリコプターも当日はこの区域に入れない。

「先方警護官の携行品リスト、通関の特例扱いを求める書面だけで十二枚あります」

隣の席の担当者が言い、Qの手元にコピーを一部置いた。検知器材、通信機材、医療品一式——項目ごとに型式番号と数量、通関時の取扱い区分が細かく指定されている。日本側の携行品リストは二枚で済んでいた。数字だけを並べても、非対称は十分に伝わってくる。

「向こうは、毎回この分量ですか」

Qが尋ねると、担当者は資料を軽く叩いて答えた。

「今回は特に多いです。前回の来日より、項目数で三割ほど増えています」

そして五段目の一枠。対魔法少女警戒として、適格者が正式な編成表に名を連ねるのは、これが初めてだった。これまでの適格者運用は、強襲への投入や、観察のみを条件とした限定参加という、局面ごとに区切られた形でしか使われてこなかった。京浜島の一件では、A1は突入班として文書番号を振られた単発の任務に投入され、アオネは指揮車の屋根から人数を数えるだけの契約だった。いずれも、事案が終われば書式ごと閉じられる性質のものだった。今回は違う。国家元首級の来日という、警護計画の中でもっとも大きな枠組みの中に、当初から組み込まれる形で名前が挙がっている。動員される人員は、全体で二千を超える見込みだった。その中の、たった二枠。だが枠として独立している以上、これは限定運用ではなく、恒常的な編成の一部として扱われることを意味していた。制度化という言葉を、Qは報告書の中で使ったことがない。だが編成表の五段目を見れば、それが今どこまで進んだかは、数えるまでもなく分かった。

A1の配置は、統制対象の二十三棟のうち一棟に決まっている。資料上はビル名を伏せ、「地点符号F」とだけ記される。車列がもっとも速度を落とす交差点を、遮るものなく見通せる角度が、この一棟だけに確保されていた。Qは射界図に定規を当て、視認できる範囲の角度を確認する。水平方向におよそ百十度、有効射程内に交差点の全域が収まる。予備の配置候補として地点符号Gも挙げられていたが、隣接する建物の給水塔が視界の一部を遮ることが分かり、除外された。当日の予想気象は晴れ、風速三から五メートル、日没は十六時二十八分——夜間の照明計画は不要という判断が、備考欄に一行だけ添えられている。Qは報告書の該当欄に「良好」とだけ書いた。

アオネの配置は、A1と同じ地点符号Fの屋上に決まった。京浜島の一件では指揮車の屋根から人数を数えるだけだったが、今回はスポッターとして、A1の隣に立つ。風速・距離・車列の速度を随時伝える役目を担う、二人一組——ツーマンセルでの運用になる。契約書の三条件——身分の完全な保全、月額一万二千円の対価、組織への不参加——は、単独での観察のみを前提に結ばれたものだった。同じ屋上でA1と行動を共にする以上、観察という言葉の意味そのものが変わる。Qは契約書の付則を読み返した。第四項「現場協力」には、観察・助言・退路封鎖の三態様までが列挙され、末尾に「その他協議による」という一文が付いている。助言としてのスポッター役までは含んでいる。ただし今回の規模と、A1との常時同行までは、起草時に想定されていなかった。身分の保全という条項は、皮肉にも、A1の目の届く範囲に常にいることでこそ、もっとも確実に担保される形になる。報酬計算の方式も変わる——稼働一回につき定額だった従来の方式では、複数日にわたる待機を吸収できない。念のため、稼働形態の変更と、日割りへの切替えを確認する一文を、追加の同意書として別紙に起こす。書式番号は捜企二第一二一号の次、一二五号として新規に採番した。

決裁を求めて、Kが会議室に入ってきたのは、資料の確認が一通り終わった頃だった。銀縁の眼鏡越しに編成表を追う目の動きに迷いはなく、決裁欄に印を押す手つきも、着任から変わらず速い。

「対魔法少女警戒班、二十一号・二十二号の配置、確認しました」

「アオネの稼働形態変更について、追加の同意書が必要です。一二五号として起票しています」

「それは——Kの判断です」

言った直後、Kは一瞬だけ、資料から目を上げた。旧Kの決裁方針を踏襲するという意味なのか、自分自身がKとしてこの場で判断するという意味なのか——同じ一言のはずなのに、どちらとも取れる響きが、その一拍だけに乗っていた。Qは確かめる質問をしなかった。印が押されれば、どちらであっても結果は同じだった。

「前任から引き継いだ判断は、当面、維持します。一二五号、承認します」

型どおりの言い回しだった。印が押される。

「延期の場合の対応は、決めてありますか」

Qが続けて尋ねた。天候や先方の日程変更で来日そのものがずれ込む可能性は、この種の計画では常に付記される項目だった。

「延期は二日を上限に、同じ編成を維持します。三日を超える場合は、いったん編成を解いて組み直します」

「二十一号・二十二号も、同じ扱いですか」

「同じです。ただし三日を超える場合、再編成はこちらの部署だけでは決められません」

言い方に、それ以上の含みはなかった。だが「だけでは」という一言に、Qは小さく引っかかりを覚える。誰と協議するのか、という問いは今は出さなかった。書類が一枚、決裁済みの箱へ移される。それを見届けてから、Kは席を立ち、次の会議へ向かうという担当者の案内に従って部屋を出ていった。

決裁が済んだ後、Qは警戒情報のソース一覧に戻った。今回の来日にあたって集まった情報は、総数百八十七件——公安系統百十二件、外事系統四十一件、一般通報経由三十四件。信頼度はA(裏付け複数)からC(未裏付け)まで三段階で色分けされ、画面上ではAが青、Bが黄、Cが灰色で表示される。灰色の帯の列を流し見ていく途中、一件だけ発番の形式が違う報告書に目が止まった。通常の警戒情報には「情報第◯号・経由部署名」の表記が必ず入る。この一件だけ、番号はあるのに経由部署の欄が空白のままだった。日付の書式も、他の報告書が西暦なのに対し、この一件だけ和暦で記載されている。細部の癖が、他のどの報告書とも揃っていなかった。

内容は「魔法少女による襲撃の可能性」——それだけの、短い一文だった。根拠となる裏付け資料も、情報提供者の識別番号もない。この種の警戒情報が、経由部署を経ずに直接この一覧に紛れ込むことは、これまでの運用では一度もなかった。Qは報告書の書式そのものが、どこかから直接供給されたのではないかという疑いを、声には出さず、いつもの順番に沿って処理していく——出所を特定できない、内容を裏付けられない、しかし来日を四日後に控えた今、無視することもできない。

Qは新しいファイルを開き、「警戒情報・経由不明一件」とだけ打ち込んだ。座標も、報告者名も、根拠となる資機材の記載もない。ただの一行に、他のファイルと同じ「確認中」のタグをつける。名前のつかない棚に、また一枚、薄い紙が積まれた。窓の外、官庁街の空はまだ明るく、机上のカレンダーには、来日当日の日付にだけ赤い丸が、他のどの予定よりも大きく描かれていた。

 

 

 


 

 

会談開始予定は十三時。地点符号Fの屋上に、A1とアオネが上がったのは夜明け前の六時だった。管理会社の常駐員ですら特別許可証がなければ通れない、という取り決めどおり、非常階段の鉄扉には見慣れない警護課の人員が立ち、端末に貼られた通行証と顔を二度見比べてから鍵を回した。冬晴れの空に雲はなく、朝のうちは白かった光が、正午に近づくにつれて硬い金色に変わっていく。屋上の縁を巡るコンクリートの立ち上がりは、膝の高さより少し低い程度で、身を隠すには足りず、身を伏せるための高さとして計算されていた。空調の室外機が四基、等間隔に並び、送風のうなりを絶やさない。鳩が二羽、室外機の陰から出てはまた戻っていく。人の気配に慣れた動きだった――警護の準備が始まって以来、この建物に出入りする者を、この鳥たちはもう見飽きているのかもしれない。屋上の北側からは、都心の高層棟の谷間に、遠く迎賓館の屋根の一部がのぞいていた。空には、報道各社のヘリコプターも一機として見えない。経路上空半径二キロ、高度九百メートル以下は当日限りの全面飛行制限区域――その静けさが、逆に空の広さを際立たせていた。

待機は七時間目に入っていた。防寒着の内側、使い捨てカイロを三つ貼った位置――肩甲骨の間と両腰――はまだ温かい。だが指先は別だった。手袋の中で何度も握り直しても、感覚は戻りかけてはまた薄れていく。息を吐くと白く固まり、風に流されて縁の外へ消えた。アオネは自分の体温の下がり方を、時刻ごとに頭の中で記録していた。七時、二度。九時、四度。十一時、六度。上がる一方の数字が、そのまま待機時間の長さを表している。朝のうちに配られた紙パックのカロリーバーは、二人ともまだ手をつけていない。空腹は、感覚としてではなく、集中の持続時間を削る変数として、アオネの計算にはすでに組み込まれていた。

三脚は屋上の南東の角に据えられている。台座に固定されているのは、いつもA1が右腰に下げているものと同じ形の握りだった。その先端に、細長い筒と、上に載った小さな窓――覗くための、丸いレンズの並んだ部分――が継ぎ足されている。組み立ての手順は簡潔だった。まず握りの脇にあるレールに、筒の根元を合わせて滑らせる。かちり、という短い金属音が鳴れば、接続は正しい。次に台座に固定するためのネジを、指の腹で三箇所、順に締める。筒の中程には距離ごとに刻まれた目盛りがあり、窓の中の照準をその目盛りに合わせることで、遠くの一点を狙う狙撃の仕様に切り替わる――ふだんの得物に、遠くを撃つための部品を組み合わせただけの姿で、全体の長さはA1の腕の長さの倍近くになっていた。締める、緩める、また締める――これも毎回の手順だった。二度目の締め直しで、同じ手応えが返れば異常なしと判断する。窓を覗き込んだA1が片目を細めた。もう片方の目は開いたまま、屋上全体の広さを保っている。

「風、四・二」

アオネが言う。手のひらに載る小さな計器の羽根車が回り、液晶に浮かんだ数字を読み上げただけだった。風向計代わりに立てた短い布切れが、たえず揺れながら西からの向きを示している。距離は、別の道具で交差点の角に光点を合わせ、数字を確定させた。三百四十メートル。標高差はマイナス十一メートル――屋上から見下ろす分、実際の弾道は数値より短く見積もる必要がある。この換算をA1は口に出さず、窓の中で微調整するだけで済ませた。交代は四十分ごと。窓を覗く側と、周囲を裸眼で確認する側を入れ替える。夜明けから今まで、すでに三度交代している。今の四十分はアオネの番だった。

「発生確率、四・八パーセント」

窓を覗いたまま、A1が短く応じる。数字を聞いても、姿勢は変わらなかった。京浜島の一件では、アオネはこうして数字を口にする立場になかった。指揮車の屋根から人数を数えるだけの契約――声に出す相手も、出す必要もなかった。今日は違う。数字を渡す先がいて、その数字が、渡した瞬間から誰かの判断の材料になる。役割が変わったことの重みを、アオネは感情としてではなく、責任の所在が一つ増えた、という計算として受け取っていた。

アオネの見積もりの根拠は二つある。ひとつは、偽の赤の出現頻度――先月確認された七件のうち、屋外での単独出現は三件、いずれも人目の多い時間帯に集中していた。もうひとつは、匿流の怒り係数の推移だった。ここ数日、対象タグの流量が平時の一・六倍まで伸びている。数字が伸びるほど、誰かがそれを利用しようとする確率も比例して上がる――これがアオネの計算式の骨格だった。ただし、この確率には根拠が薄い項目もある。今日という日付そのものが持つ意味――大統領の来日、街頭ビジョンの露出量――は、数字にしにくい変数として、四・八パーセントの外側に置かれたままになっている。「四・八には、切り捨てた分がまだあります」とだけ、アオネは付け加えた。

「切り捨てた分は」

「言葉にできる形が、まだありません」

A1はそれ以上を尋ねなかった。窓の中の視界を、ゆっくりと左端から右端へ流す作業に戻る。

「風、修正しますか」

「あと二時間は、そのままでいい」

「了解。次の交代は、四十分後」

「昼は食べておけ」

「あなたもです」

会話はそれきりだった。ここまでで、この四十分の間に交わされた言葉は五往復に届かない。窓越しの視界と、体感の風と、無線から流れる進捗の三つを、二人はそれぞれ別の速度で処理していた。

「桃は、戻りますか」

沈黙の後、アオネが言った。窓からの声ではなく、屋上の縁のほうを向いたまま出た声だった。計算の外側にある問い、ということが、その声の平坦さから分かった。答えを急かす響きはない。風が室外機の並びを抜けていく音だけが、しばらくその場を埋めた。A1は窓から目を離さないまま、間を置いた。三秒。五秒。数えていたわけではないが、アオネの中でその長さだけが、後になって数字として残ることになる。

「答えの持ち合わせがない」

短い返事だった。アオネはそれを聞いて、小さくうなずいた。答えではない。答えの不在――そう正確に分類し、頭の中の棚に仕舞う。もう一度尋ねることはしなかった。仕舞われた分類は、それ以上の処理を要求しない。要求すれば、余計な演算が増えるだけだった。

無線に、本部からの中継が入った。先方警護の周波数を、合同の指揮所がそのまま流している。英語のままで、翻訳は追いつかない。だが同じ符丁が繰り返されるうちに、意味はおのずと拾えるようになっていく。

「――Beast One, checkpoint one, clear.」

羽田を出た直後の報告だった。しばらく間を置いて、二つ目の声が続く。

「――Beast Two, following, clear.」

大統領専用車二台の呼称だった。おとりを兼ねた同型車両が並走する運用は、警備計画の書類にも一行だけ記載があった。どちらに本人が乗っているかは、警護官の間でも直前まで固定されない――それも書類の注記の一つだった。羽田を出て最初の検問所を通過した合図が、本部の声にひとまとめに翻訳されて重なる。「あさひ二一、あさひ二二。先方車列、検問一を通過。予定より二分早い」。A1が短く「あさひ二一、了解」と返す。アオネも続けて「あさひ二二、了解」と応じた。声を出すのは、この確認のときだけだった。

十一時十五分、二つ目の検問の報告が続いた。「――Beast One, checkpoint two, clear.」本部の中継から日本語の要約が届くまでには、いつも三十秒ほどの遅れがある。先方の言葉をそのまま流したあと、担当者が短く翻訳を挟む形式のためだった。「先方車列、検問二を通過」。数字にすればわずかな遅れだが、アオネはこの三十秒を、発生確率の計算からは意図的に除外していた。除外の理由は単純だった――遅れそのものは、誰かが操作できる変数ではないからだ。

十一時四十分。沿道の人だかりが厚みを増していく。アオネは目測で密度を数えた。歩道の一メートル幅あたり、四人から五人。規制線の内側、報道の立ち位置には、三脚を立てたカメラが等間隔に並んでいる。予定される車列の速度は時速二十キロ――交差点の手前でさらに落ちる計算だった。日米の警護官が、路面に貼られた目印のテープを踏んで、位置の最終確認をしている姿が、屋上からでも小さく見えた。

「――Beast One, checkpoint three, clear. Following car, confirmed.」

三つ目の検問の報告。続けて本部からの中継が入る。「先方車列、検問三を通過。到達予定、十二分後」。アオネの中の秒読みが、その一言で自動的に進んだ。あと十二分。窓の中のA1の呼吸が、わずかに深くなったのが分かった。

その時だった。歩道の流れに逆らって動く一点が、窓の端をかすめた。群衆の大半は交差点の方角へゆっくりと押し寄せていくのに、その一点だけが、逆の方向へ、しかも速く動いている。色は、はっきりとした原色ではなかった。くすんだ灰緑――どの色にも寄りきらない、輪郭の薄い中間色。動きは変身途中のもの特有の硬さを帯びていて、周囲の誰も、まだそれに気づいていない。

「アオネ」

「見えています」

短い応答だけで、二人の視線は同じ一点に定まった。アオネの中で、分類の言葉がひとつだけ浮かんだ。

雑色。

 

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