魔法少女まどか☆マギカ+13RIDERS   作:テイルス

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見滝原中学校に通う鹿目まどかは、ある選択を迫られていた。
たった一つ、どんな願いでも叶えられる代わりに、魔女と戦う魔法少女になるのか、ならないのかを。
答えに迷うまどかと親友の美樹さやかは、既に魔法少女である巴マミと行動を共にし、彼女の魔女退治を見学する日々を送っていた。
そんなある日、魔女を追っていたまどかに、ある青年と衝突する――――。


第1話「新聞屋さん……なのかな?」

 ……ジリリリリリリリリリリリ!

 

 「ふ……ふぇ!?」

 

 そのけたたましい音に、がばっと身体を起こすと――――そこは、見慣れた自分の部屋でした。

 枕元には、お気に入りのクマさんのぬいぐるみがあって、カッパさんのぬいぐるみがあって、大好きな花柄のクッションがあります。その他にも沢山のぬいぐるみが小山の様に積んであります。

 ぼんやりと顔を横に向けると、カーテンの向こうからは、眩しい光が注ぎ込んでいました。

 

 「また……変な夢?」

 

 むにむにと手を伸ばして目覚まし時計を止め、深く息を吐き出しました。

 一息をついたとき、ぬいぐるみの小山から可愛らしい声がしました。

 

 「おはよう、まどか!」

 

 わたしのお気に入りのぬいぐるみの中には――――白く、耳の長い生き物が愛らしい表情で混じっていました。

 ぬいぐるみではなく、れっきとしたわたしの友達です。

 名前は、キュウべえといいます。

 

 「大丈夫? 大分うなされてたみたいだけど…」

 

 キュウべえは、変な夢を見たわたしを心配して、そう声をかけてくれました。

 

 「うん。自分が魔法少女になった夢を見てたの」

 

 わたしは夢の内容を詳しく話そうとしたけど、やっぱり止めました。正直、よくわからない夢だったのです。

 見たことのない鎧を着て、仮面で顔を隠した人たちが、互いに……命を奪おうと争う夢。

 それに捲き込まれた魔法少女が、どんどんその生命を散らしてしまう怖い夢。

 わたしが夢で魔法少女になったときは最期の最後で、それまでは何もできずにただ叫ぶだけ。現実のわたしと、何も変わってはいませんでした。

 よくわからない上に只々哀しいという、そんな夢だったので、話すことさえも億劫に感じてしまいます。

 

 「へー、でもボクがそばにいる限り、まどかは現実でも立派な魔法少女になれるからね!」

 

 ちょっと凹んでしまったわたしをよそに、キュウべえは胸を張ってそう言いました。

 

 

 ◯

 

 

 キュウべえという不思議な生き物がちゃんと現実にいるように、魔法少女という存在も、決して夢やおとぎ話のものではありません。

 それを知ったのは、わたしとさやかちゃんが“魔女”という怪物に襲われた時でした。

 魔女は“結界”によって、わたし達を現実の世界から切り離し、誰にもわからないようにわたし達の命を奪おうとした魔女の“使い魔”たちを使役します。

 それだけでなく“魔女の口づけ”によって沢山の人の不安や猜疑心を膨らませて、自殺や暴力を行わせます。

 そうやって人々に絶望を撒き散らす魔女を退治して、人々に希望をふりまく女の子が“魔法少女”なのです。

 マミさんが、その一人でした。

 わたし達の学校の先輩であるマミさんは、魔女に襲われるわたし達を魔法少女として助けてくれました。

 その姿は美しく艶やかに、不思議な力――魔法――で踊るように戦います。そして、魔女を倒した後に見せてくれる優しい微笑みが、不安に苛まれるわたし達の心も救ってくれました。

 それ以来、わたしとさやかちゃんは、マミさんの魔女退治についていく様になりました。

 魔法少女になるために叶えられる願い事を探すため。それが命の危険を顧みない程に大切な願いなのかを見極めるために、マミさんが勧めてくれた方法です。

 今はまだ、魔法を一つも使えない足手まといのわたしですが――――

 マミさんのように誰かの役に立てる魔法少女に、とっても憧れています。

 

 

 ◯

 

 

 わたしたちが通う見滝原中学校の予鈴が、放課後を知らせました。

 今日もマミさんの魔女退治に付いて行くので、わたしとさやかちゃんは一緒に教室を出ようとしたのですが、ちょっぴり困ったことになっています。

 

 「おーふーたーがーたー……」

 

 わたしのもう一人のお友達、仁美ちゃんが、普段の彼女とは思えない恨めしい声を出して、わたしとさやかちゃんを引き止めたのです。

 

 「ひ……仁美ちゃん!?」

 

 「あー、悪い仁美。今日もあたしら、ちょっと野暮用が……」

 

 さやかちゃんが、いつもの様に仁美ちゃんとの下校を断ります。いつもならその度に『まあ……今夜も二人で禁断の愛を……? お二人の間に私が入り込む余地はもうないのですね……どうか、お幸せに!』なんて、顔を赤くするのが仁美ちゃんです。

 でも今回は、ずーんと沈んだ顔と声で、わたしたちに立ちはだかります。

 

 「最近、お二人とも私を避けていらっしゃいませんこと?」

 

 「そ、そんなことないってー!」

 

 「本当に?」

 

 さやかちゃんが言いますが、仁美ちゃんが念を押して訊いた時、その目は隣にいるわたしの方へと泳いでいました。

 

 「…………ふぅ」

 

 仁美ちゃんは眉をしかめながら、わたしとさやかちゃんを交互に睨んでいましたが、やがて深く息を吐き出すと諦めたように頭を下げました。

 

 「ごめんなさい。放課後とお稽古事の合間に、お二人と過ごす時間がとても遠い日の様に思い始めて……あらぬことを疑ってしまいましたわ」

 

 「ううん。実際、仁美のこと蔑ろにしてたのは事実だし。次はきっと、時間が取れるようにする」

 

 「ごめんね。仁美ちゃん」

 

 わたしたちも謝ると、仁美ちゃんは少しだけ、笑顔を見せてくれました。

 

 「期待、してますわよ?」

 

 綺麗な髪を靡かせて、仁美ちゃんは「お先に」と一言、小走りに教室を出ていきます。そんな彼女の背中を見送って、さやかちゃんはわたしの方に向き直ります。

 

 「んじゃ、行こうか。まどか」

 

 「…………うん」

 

 こうして、今日もまた仁美ちゃんと別れて、マミさんとの待ち合わせ場所に行けるわたしたちですが、

 

 「このままじゃ、いけないよね……」

 

 「そうだねー、適度に仁美と付き合って怪しまれないようにしないと」

 

 そう相槌を打つさやかちゃんですが、私は微かに首を横に振ります。

 わたしには、段々とわかってきたのです。

 魔法少女になるということは、今までの日常を犠牲にしてしまうもの。実際にマミさんから、魔女探しに1日の大半を費やすこともあると聞いたことがあります。『だから私には、恋人も友達もいないの』と、淋しげに呟いたこともありました。

 そしてきっと、魔法少女の見習いであるわたしたちも、迷っている内に友達を失うかも知れないんだと……気づくには十分の出来事でした。

 

 

 ◯

 

 

 「そう、そんなことがあったの……」

 

 待ち合わせ場所である駅前のファーストフード店で、わたしはマミさんにさっきの出来事を話しました。

 

 「あなたたちには随分と、私の魔女退治に付きあわせちゃったもんね。お友達が怪しむのも無理ないか」

 

 「そ…その! だから魔法少女にならないってことじゃないんです! わたしだってマミさんの様に人の役に立てる魔法少女になりたいんです! ただ……」

 

 マミさんの気分を損ねたと思ったわたしは、慌ててまとまらない言葉でフォローし始めます。でも、やっぱり私の抱いている不安は大きくて――――

 

 「魔法少女になったとき、もう仁美ちゃんとは仲良くできないんじゃないかって……考えちゃったんです」

 

 そう、口に出してしまいました。

 仁美ちゃんは女の子だけど、キュウべえからは『魔法少女の素質がない、普通の子だよ』と聞いたことがあります。

 さやかちゃんはともかく、どうしてのろまで弱虫で何も才能がないわたしに魔法少女の才能があって、成績優秀で、毎日お稽古事を頑張る仁美ちゃんに魔法少女の才能がないのか、理由がわかりません。

 キュウべえに訊くと、因果がどうだの魔力係数がどうだのと、すごく難しい言葉を使って説明したので、殆どお話を覚えていません。でもこれだけは覚えています。

 

 『つまり魔法少女は、普通の少女としての人生を捧げてなるようなものなんだよ』。

 

 怖い言葉の様で、実はこれには納得しています。だって、普通の女の子は魔女なんかと戦わないし魔法も使えません。そして何より、都合よく自分の願い事を叶えることもできないのですから。

 その『因果』というものが違って、わたしやさやかちゃんと仁美ちゃんの間に境界線を作っているんだと、わたしは考えてしまいます。もし、わたしたちが魔法少女になれば、その線が溝に、やがては崖に変わって二度と直らないんじゃ……! そう考えてしまうと、わたしはとても哀しい気持ちになってしまうのです。

 

 「あたしはそんなこと、考えないけどな」

 

 自分のドリンクを飲んだ後、さやかちゃんは言いました。

 

 「もしあたしが魔法少女になったとしても、仁美の友達を辞めるつもりなんか全然ないし」

 

 「で…でも、魔法少女になったら、仁美ちゃんと遊ぶ時間が…」

 

 「じゃあその仁美は何? 毎日ピアノに日本舞踊に茶道……稽古ばっかで、普段のあたし達の寄り道の半分も付き合えてないじゃない」

 

 「そ、それは……」

 

 このとき、わたしはさやかちゃんがひどいと思いました。なんで仁美ちゃんを責めるんだろうって、そう勘違いしていました。

 

 「――それでも、あたしとまどかと仁美は友達やってるじゃん」

 

 「あ…………」

 

 「関係ないんだよ、遊ぶ時間なんて」

 

 さやかちゃんがそう締めることで、わたしは気づきました。

 

 わたしには、まだ本当の友達の定義が曖昧でふにゃふにゃしてて、よくわからないんだけど――――少なくても、一緒にいられなくなるから友達じゃなくなるというのは、きっと間違いなんだって思えるようになりました。

 ママと担任の先生が、お仕事で全然会えなくても、ずっと友達同士でいるように。

 わたしたちだって、どんなことがあっても友達だと信じられるようになりました。

 

 「それに、あたしは魔法少女にならなくても、マミさんのお茶会には絶対参加するからね!」

 

 「え?」

 

 「…………クス」

 

 最後の、なんて食い意地の張ったさやかちゃんの発言に、わたしはキョトンとして、マミさんは笑いました。

 

 「そうね。うん、毎日招待してあげる。あなたたちがどちらの道を選んだとしても、私のお友達ってことは変わらないことだもんね」

 

 マミさんがそう言ってくれることで――――

 わたしの今の悩みは、とてもちっぽけなことだったんだと思えました。

 

 「――でも、魔法少女の私としては、その魅力をもっとあなたたちに伝えておかないとね」

 

 マミさんは、さて、と真面目な顔になります。

 

 「そろそろ、行きましょうか」

 

 

 ◯

 

 

 (今回は、前に倒した魔女の使い魔……その生き残りのようね)

 

 わたしたちは、ショッピングモール内にある大きな被服店通りにいました。ここでは最近、何の気なしに人が消えてしまうという不思議な事件が度々起こっています。

 あるときは通りで、あるときは試着室で、忽然と姿を消す人が続出して、一時は「見滝原連続行方不明事件」として街中に騒がれたこともありました。きっと魔女や使い魔の仕業です。

 そんな事件があって、ここを出入りする人は少なくなってしまったのですが、それでも人通りがそれなりにあるので、マミさんが先導して人の波に潜り、わたしとさやかちゃんがその背中を追います。

 マミさんの手に光るものはとても目立ち、すれ違う人の好奇の視線が向けられますが、ポケットにしまうわけにはいきません。

 マミさんが持っている物は綺麗なタマゴ型の宝石“ソウルジェム”です。

 魔法少女の証であり、これで魔女の足取りを追いかけることが出来るのです。ソウルジェムの光は、邪悪な魔女や使い魔の魔力を黒いシミとして顕すことができます。

 

 (魔女の種類とか、そんなのもわかるんですか?)

 

 (ええ。こうやって魔女を探しているとね、そのうち魔力の強さとかパターンとかがわかってくるのよ)

 

 さやかちゃんの何気ない質問に、答えてくれるマミさん。

 ちなみに、今は人前で魔女や魔法少女の話はできないので、頭で会話ができる『テレパシー』を使っています。

 

 (さやかとまどかは魔法少女じゃないけど、ボクが間で中継することでテレパシーが使えるんだ)

 

 ……キュウべえの言うとおりです。

 

 (……! そうか、手っ取り早く人の絶望を食べて成長することで、かつての主人と同じ姿と力を持つ気ね。二人とも、急ぐわよ!)

 

 マミさんの頭の中の号令に従い、わたしたちは少しずつ歩みを早めて、小走りとなっていきます。

 マミさんとさやかちゃんが、人の間を縫うように駆けます。わたしもそれに倣いますが、小走り同士では次第に二人に引き離されてしまいます。

 なので、周りの人の迷惑になるかも知れないけど、わたしはもっと歩調を高めて、走りはじめたのです。

 そして、やっぱり――――

 

 「きゃっ!」

 

 「うおっ!?」

 

 どんっと誰かにぶつかって、その人と一緒に盛大に転んでしまいました。私の鞄と、その人の持ち物が散乱して転がり、通りはちょっとした騒ぎです。

 

 「ってえ~」

 

 「ご、ごめんなさいっ!」

 

 わたしはまず、ぶつかってしまった人に謝りました。その人はどこか痛がっていましたが、

 

 「い……いや、ダイジョブダイジョブ」

 

 と、笑顔で言ってくれました。その人は水色のダウンコートを着て、明るい茶髪をした男の人でした。

 わたしはせめてものお詫びとして、その人の持ち物を一緒に拾います。

 メモ帳、サインペン、ICレコーダー……新聞屋さん、なのかな?

 誰かの名刺が数枚……見ないように拾います。

 なに……この黒くて四角いの……?

 

 「それに触っちゃダメだ!!」

 

 「きゃっ!?」

 

 拾おうとした瞬間、男の人はもの凄い剣幕で黒い物体からわたしを引き離しました。わたしはびっくりして、また尻もちをついてしまいます。

 

 「触った!?」

 

 「あ、あの……」

 

 「ちょっとあんた!!」

 

 わたしが答える前に、戻ってきたさやかちゃんが男の人に怒鳴りました。

 

 「まどかに、何してんだよ!?」

 

 「い、いや俺は……」

 

 「違うのさやかちゃん。わたしの方からぶつかってこんなことに…」

 

 わたしが説明すると、さやかちゃんは不服そうに言葉を止めます。わたしはもう一度、謝ります。

 

 「ごめんなさい」

 

 「いや……こっちこそごめん」

 

 男の人も謝って、この場は落ち着きました。

 どうしたの?と戻ってくるマミさんの下に、わたしとさやかちゃんは急いで駆けていきました。

 

 

 ◯

 

 

 「ここ、ね」

 

 辺りは、すっかり人気がなくなりました。

 わたしたちは非常階段を上り続けて、一番上の階にたどり着きました。

 そこにある鉄扉に、マミさんのソウルジェムが一番強く明滅しています。

 

 「使い魔の割に結界が強い……だいぶ分裂元に近くなっているわね」

 

 マミさんが真剣な表情を見せると、わたしやさやかちゃんの緊張も高まります。

 さやかちゃんはいつもの通り、体育倉庫から借りてきたという金属バットを包みから取り出し、マミさんの魔法で強くしてもらいました。

 

 「――さあ、行きましょう」

 

 「「はい!」」

 

 わたしたちは、ゆっくりと鉄扉を開けていきます。

 本来なら、扉の先はショッピングモールの屋上が広がる筈なのに、わたしたちの目に映るのは、悪意と憎しみに満ちた、壊れた世界でした。

 黒い蝶が踊り、赤い蝶が舞い、奇妙な草花が咲き乱れていました。けたけたという嗤い声も、辺り一面に響いています。モール屋上一面に取り付けられた窓ガラスは、全て剣山の様な棘に置き換わり、昼も夜も夕方もわからない混沌とした空模様の中――――

 使い魔は、悠々と空を飛んでいました。

 黒と赤、それぞれの羽根を羽ばたかせて、不気味に輝く鱗粉を撒く巨大な蝶の姿をしています。

 

 「まるで……魔女みたいだ」

 

 「前にマミが倒した“薔薇園”の魔女に進化しつつある……もう2、3人の絶望を喰らっていたら完全な魔女に成るよ」

 

 さやかちゃんの呟きやキュウべえの説明通り、それは使い魔ながら魔女に近しい大きさに畏怖のオーラを放っています。

 

 「こ、怖い……」

 

 魔女や使い魔は何匹も見てきたはずなのに、わたしの声と足は恐怖に震えないことがありません。

 でも同時に、わたしはこれからの戦いに、胸をドキドキと高鳴らせていました。

 だってマミさんの戦いは、とてもかっこよくて素敵で、魔女の使い魔なんかに絶対負けたりしないから!

 

 「“グリーフシード”を孕むのはもう少しだけど……今、やるのかい?」

 

 キュウべえの質問に、マミさんはきっぱりと答えます。

 

 「当たり前でしょ。そんな見返りのために、街の人たちをこれ以上犠牲にすることはできないわ!」

 

 マミさんは片足で弧を描くようにステップを踏み、手の中で光るソウルジェムをより一層、輝かせます。その光はジェムの中から溢れだして、マミさんの身体を優しく包み込みます。

 足下を辿る光は、マミさんの革靴をブーツに変え――――身体を転がり上る光は、チェックのスカートを黄色の艶やかなショートガードに変えます。上半身は白のブラウスに黒のコルセット、そして頭にはベレー帽に黄色のソウルジェムが付いた羽飾り。

 何度見ても素敵だと感じてしまうマミさんの魔法少女の姿に、わたしはまた、見惚れていました。

 

 マミさんは巨大な使い魔に向けて一礼、そのときに両手で摘んだスカートの中から、銀色の鉄砲を次々と出現させます。

 それに気づいた使い魔はもう既に別の使い魔を操れるのか、マミさんに沢山の蝶をけしかけてきました。

 

 「通用すると思って?」

 

 軽く言うマミさんは、地面に突き刺さる沢山の銀の魔銃を、迫り来る蝶たちに次々と撃ち放ちます。その銃捌きは目にも止まらない速さで、蝶の群れを瞬く間に倒してしまいました。

 パラパラと舞う鱗粉と羽根吹雪が、マミさんの戦いという名の踊りを彩っている様に見えました。

 

 「マミさんかっこいい!」

 

 今回も余裕を持った戦いを見せてくれるマミさんのすごさに、さやかちゃんが飛び跳ねた時でした。

 サクッという音と共に、さやかちゃんの持っている金属バットの先が転がり落ちたのです。

 

 「うえっ!?」

 

 「きゃあっ!?」

 

 さやかちゃんとわたしがびっくりすると、キュウべえが叫びました。

 

 「気をつけて! あの蝶の羽根…触れれば切り裂かれる!」

 

 「なんですって!?」

 

 マミさんの優しい表情が驚きに変わりました。

 マミさんの周りには、まだ鱗粉に合わせて大量の羽根――魔法で強化された金属バットを切り落とすくらいの刃物が、何故かゆっくりと宙を舞っています。今はマミさんも迂闊に動くことができません。

 そして巨大な蝶の使い魔は動き出しました。マミさんの近くまで飛んでくると、そのまま宙に留まり、けれど羽根は激しく羽ばたかせます。

 

 「ア……アイツまさか…!?」

 

 さやかちゃんが危険を感じると同時に――――

 蝶はその羽根で大きな風を起こし、舞う鱗粉も羽根の刃も、全部わたしたちの方へ吹き飛ばしたのです。

 

 「きゃあああああああっ!!」

 

 わたしとさやかちゃんとマミさんの、全身がズタズタにされる構図が頭を過ぎって――――わたしは叫び声を上げて、さやかちゃんに抱きつきました。

 

 「レガーレ・ヴァスタリア!!」

 

 マミさんが胸のリボンを解いて魔法を唱えます。すると翻したリボンはしなやかな光の鞭、または何条もの鋭い閃光となって、わたしたちに飛んでくる羽根の刃を全てはたき落としました。

 さらにその間に、二条の光が巨大使い魔の羽根の付け根部分に巻き付き、締め上げます。使い魔の動きは封じられたのです。

 

 「未来の後輩たちに手は出させないわ。これで、終わり!」

 

 しなやかなリボンは光となり、マミさんの手の中に集まって、ひとつの大きな――――とても大きな鉄砲へと姿を変え――――

 

 「ティロ・フィナーレ!!」

 

 目を開けていられないほどの眩い閃光とともに、撃ち放たれました。

 ケタケタの嗤い声が、耳をつんざくほどの恐ろしい叫び声に変わり――――巨大蝶の使い魔は、跡形もなく吹き飛ばされてしまいました。

 

 「や……やったあ!」

 

 「すげえ、マミさん!」

 

 わたしとさやかちゃんが声を上げると同時に、結界は解かれ、元のモール屋上と広がる夕空へと景色が戻りました。

 

 「これで薔薇園の魔女と、その眷属の使い魔は殲滅できたわ。もうこの場所で行方不明事件は起こらないはず」

 

 そう言うと、マミさんはもう一度光に包まれて、元の制服を着た姿に戻りました。

 これが、魔法少女。マミさんの活躍です。

 ふわりとした髪と、かわいらしいスカートを翻して、踊るように、ステップを踏むように魔女と戦う姿。

 見返りを求めず、正義のために戦う信念と、わたしたちに見せてくれる優しい微笑み。

 マミさんの全てが、わたしの憧れで――――彼女と一緒なら、魔法少女になっても怖いことなんて、きっとないんだと思えました。

 

 

 ◯

 

 

 「うへー、どうしようこのバット、弁償しなきゃ駄目かなぁ?」

 

 「あはは……」

 

 先っぽが切り落とされて棍棒くらいの短さになったバットを見て、さやかちゃんはうなだれます。その仕草に、わたしは短く笑ってしまいました。

 

 弁償のときは、わたしも半分払うことにして(お小遣い、足りるかなぁ?)――わたしたちがショッピングモールを出るとき、その出入口には人だかりができていました。

 

 「何の騒ぎだろう? イベント?」

 

 さやかちゃんが予想しますが、出入口の側に集まる人たちの顔は、どれも楽しげでなく、むしろ困惑と恐怖の色を含んでいました。

 

 「どうしたんですか?」

 

 マミさんが一人の女性にそう尋ねました。わたしたちも只事ではない雰囲気を感じて、人だかりに近寄ります。

 マミさんが話しかけたOL風の女性は言いました。

 

 「また行方不明ですって。今度は荷物と子供を置いて、試着室に入ったお母さんが消えちゃったみたいなのよ」

 

 「なんですって…!? それはいつ頃ですか!?」

 

 「騒ぎになってから今まで、時間は全然経ってないわよ」

 

 それを聞いたマミさんの表情が強張り、わたしたちも同じ表情になったと思います。

 人だかりの向こうではお店の、特に試着室の前を念入りに調べている警察の人たちと、その側でうずくまって泣いている女の子がいて、わたしは思わず声を上げました。

 

 「どうして…!? マミさんが魔女の使い魔を倒して、行方不明者がその後すぐに出るなんて…!」

 

 「ま、まどか! 声が大きいよ!」

 

 さやかちゃんが慌てて、わたしを注意しました。「魔女の使い魔?」と首を傾げるOLさんに、マミさんは「なんでもないですよ」とフォローします。

 

 そしてわたしたちは、ひとまず人だかりから離れ、再びショッピングモールに戻って話し合います。

 

 「……どう思う、キュウべえ?」

 

 「人為的な所業と考えられないなら、あとは魔女の仕業と考えるのが妥当だね。恐らくはさっきのマミと使い魔の交戦を見計らって、別の魔女か使い魔が人を結界へ連れ去った……」

 

 キュウべえの意見に、マミさんは怪訝な顔を浮かべます。その手には再びソウルジェムを持って、光の明滅を見ています。

 

 「でも、それなら別の魔力を感じることができるはずなのに、ソウルジェムは何も反応を示さないわ」

 

 「あーもう! 一体何が起きてるんだよー!?」

 

 ショートカットの髪をガシガシと掻いて、さやかちゃんは叫びました。わたしにも一体、何が起きているのかがわかりません。

 全てが、本当に魔女の仕業なのでしょうか……?

 

 「こうなったらモール全てを見回ってみましょう。隠れるのが上手くても逃げ足まで速いとは思えない。きっとモール内のどこかにいるわ」

 

 「手分けして探します?」

 

 さやかちゃんの提案に、マミさんは首を横に振りました。

 

 「駄目よ。あなたたちだけで仮に魔女を見つけて、何が出来るの?」

 

 マミさんの厳しい声に、わたしたちは落ち込んでしまいます。確かにわたしたちは無力で、マミさんについていくことしかできません。

 そんなわたしたちに向けて、マミさんは再び微笑みを見せてくれました。

 

 「私たちの魔女退治は一蓮托生よ。さあ、大変だけど一緒に魔女を探しましょう」

 

 「……はい!」

 

 一蓮托生――――その言葉に嬉しくなって、さやかちゃんも元気に返事をしました。

 そしてわたしたちは、改めて何処かに隠れているはずの魔女を探す――そのときでした。

 

 リィィィン……リィィィン…………リィィィン……リィィィン

 

 「――――!?」

 

 突然、わたしの頭の中に鈴の音の様なものが響いて――――わたしは思わず、立ち止まりました。

 鈴の音に似てても、それが心地良い音色とは思えませんでした。むしろ、わたしの心に焦りや戸惑いを与える音(わたしが臆病だったりもするんだけど)…

 そして、音とは別に、目でも匂いでも感触でもなく――――

 

 (……後ろに何かがいる)

 

 うまく言えませんが、頭の中でそう感じたのです。

 わたしは、恐る恐る自分の後ろを見ることにしました。ですが、後ろにはお店のショーケースがあり、それに光が反射して、鏡みたいに自分の姿が映されているだけでした。

 

 「……気のせいなのかな?」

 

 いつの間にか鈴の音も止んでいて、何かで感じた“気配”もありません。このとき、わたしは単なる勘違いだと思うことにしたのです。

 マミさんもさやかちゃんもキュウべえも、わたしが立ち止まったことに気づかずに大分先を歩いています。わたしもそれについていこうとして――――できませんでした。

 

 「うっ……!」

 

 わたしの身体は動きません。まるで何かに縛られたみたいに腕や胸が締め付けられて、ちゃんと息をすることができなくなります。

 

 「さ、さやかちゃん……! マミさん……!」

 

 わたしは掠れた声でマミさんに助けを求めます。

 しかし、二人は気づきません。喉が締めつけられて、声が出ないのです。

 

 (た、助けて……! さやかちゃん!! マミさん!!)

 

 わたしは心の中で叫びました。そんなの、普通の人には絶対伝わらないけど――――

 

 「まどか?」

 

 「鹿目さん?」

 

 魔法を知る二人には、心の声はちゃんと届きます。

 振り向いたさやかちゃんとマミさんの顔が、みるみる蒼白に変わりました。

 

 「鹿目さん!?」

 

 「まどか!?」

 

 二人がわたしの名前を叫んだとき、わたしは気づきました。

 わたしの身体の所々に、白く太い糸が絡まっていて――それがとある店のショーケースの先まで伸びていることに……。

 

「きゃああああああっ!!」

 

 わたしはすごい力で後ろに引っ張られて、ショーケースの中に引きずり込まれてしまいました。

 普通、そんなことはありえません。ショーケースから糸が伸びるのもありえないし、ショーケースに激突すればわたしの身体は割れたケースの破片でズタズタに引き裂かれてしまうはずです。

 なのに、ショーケースの中は銀色に輝く不思議な世界が広がっていて、重力もなくなったのかわたしの足はふわりと浮かび上がります。助けに来たマミさんとさやかちゃんの姿、そしてわたしの世界がどんどん遠くなっていくのがわかりました。

 これも――――魔女の結界?

 パニックの中、そう冷静に物事を視るわたしもいて――――わたしの全てが、奥へ奥へと引っ張られていきました。

 

 

 ◯

 

 

 長い銀色のトンネルを抜けて、わたしが引っ張りだされたのは、一見何も変わっていないショッピングモールの中でした。

 

 「きゃあっ!?」

 

 白い糸の牽引が止まり、わたしはちゃんとした受け身もとれないまま、クリーム色の床に投げ出されました。

 

 「いたた……」

 

 縛られた身体を何とか起こして、私は首だけを使ってなんとか辺りを見回します。

 やっぱり、どこの景色も何ら変わらない。そう思った矢先、私は不思議な文字を見つけました。

 

 「え!? お店の名前……なんか変になってる……」

 

 そのお店の名前であることを示す青い看板に書かれた文字が、全て鏡に写したように反対になっていたのです。 一瞬の激しい変化に、わたしは混乱してしまいます。

 

 「ここはどこ……? もしかして魔女の結界の中なの……?」

 

 そう思って辺りを見回せば、ここはわたしがさっきまでいたショッピングモールの中を、そのまま鏡写しにしたような世界でした。

 魔女の結界とは、何かが違うと思いました。魔女の結界は、そこに住む魔女の悪意や憎しみが満ちる恐ろしい世界です。でもこの世界は、わたしの心に何も響かない無機質な世界でした。

 こんな世界もあるんだ、と思う反面、そこにたった一人でいることが、とても心細くなりました。

 遥か遠くになってしまったわたしの世界と、そこにいたマミさんとさやかちゃんの姿を思い出して、わたしはいま、独りなんだと思い知らされました。

 

 「逃げないと……!」

 

 魔法少女でない、独りぼっちのわたしにできることは、それくらいしかなかったはずです。

 でもそれすらも、再び白い糸に引っ張られることで、不可能なものとなってしまいました。

 

 「ふえええあっ!?」

 

 変な悲鳴を上げたのは、わたしが空中に引っ張りあげられたときでした。

 足もつかず、何も掴めないために、抵抗することは何一つできません。

 わたしはせめてこの糸の終着点を知りたいと思って、恐る恐る上を見上げました。

 絶望が、心を満たしました。

 白い糸の先は、天井に張り付く巨大な蜘蛛が待ち伏せていたのです。

 まるで怪獣映画に出てくるような巨大な蜘蛛の口が、私の終着点。自分がどうやって死ぬのかがわかってしまうとき、わたしは魔女に襲われた時を凌駕する恐怖を感じました。

 

 「いや……!」

 

 わたしは、呟くような悲鳴を上げます。しかし、蜘蛛はそれを聞き入れてはくれません。

 絡みつく白い糸が巻き取られて、わたしと蜘蛛の距離は徐々に縮まっていきます。その距離がなくなったとき、わたしは――――

 

 「――――いやだ……助けて……助けてマミさぁん!! さやかちゃあああん!!」

 

 わたしの心は限界を迎えて、喚くように助けを求めました。

 何故かこのとき、マミさんは助けに来れないんだと思ってしまって、それでも彼女に助けを求めました。

 だって、わたしはとても弱い子で――――マミさんやさやかちゃんにしか頼ることができないから。

 独りぼっちだと、こんな簡単に死んでしまうんだから――――

 

 「させるかあああああぁぁぁぁっ!!」

 

 不意に、男の人の声が聞こえて――――

 上に引っ張られていたわたしの身体は、吸い込まれるように下に落ちていきます。

 ああ……今度は落ちて、地面に叩きつけられて、死んじゃうんだ……。

 そう思って目を瞑りかけたとき――――私の身体はしっかりとした何かに受け止められました。

 懸命に目を開いてみると、私は誰かにお姫様抱っこをされていて、その誰かはそっと優しく、地面に下ろしてくれました。

 力なく横たわり、その誰かを見てみると、

 

 「っしゃあっ、ギリギリセーフ! そう何度も人を食えると思ったら大間違いだぞこのヤロー!」

 

 そう蜘蛛に向かって挑発する、男の人がいました。

 男の人だとわかったのは、その人が発する男の声だけで、そのときは断定はできませんでした。

 だって、その人の姿は――――仮面と鎧で隠されていたから。

 ぴっちりとした赤いスーツの上に、上半身を中心に包む銀色の鎧。仮面から覗く赤い光は、虫の目の様な楕円の形で――――

 そんな格好をした人は、はしゃいでるように見えました。

 

 ……うそ、まさか……?

 

 わたしの心臓は、とくん、と高鳴りました。

 今朝に見た恐ろしく哀しい夢。大勢の仮面の騎士が互いに争う夢。

 その夢に出てきた赤い仮面の騎士、その人だったのです。

 蜘蛛は、赤い騎士の挑発に怒ったのか、這っていた天井から真っ逆さまに降りて彼に襲いかかりました。やはりその大きさは人の背丈を遥かに超えています。

 彼は飛び上がって蜘蛛の上に乗り、右腕に握る剣でお腹を斬りつけていきます。たまらず身体を震わす蜘蛛から降りて、また何回か斬りつけます。

 その戦いはマミさんのように華麗ではありませんでしたが、男らしく、力強いスタイルで、きっと男の子が見れば憧れてしまう、そんな戦い方でした。

 蜘蛛の脚を斬り落として横転させたあと、その人は私の側まで離れて、腰に巻いてあるベルトからカードを抜き出しました。それを左手に入れると――――

 

 <FINAL VENT>

 

 そんな抑揚のない機械の音声が聞こえて、通りの奥から大きな赤いドラゴンがうねり飛んできました。

 

 「はあああああああ……っ」

 

 ドラゴンはその人の周りを渦を巻く様に回り、それに合わせるように男の人が腰を深く落として構えます。

 

 「はっ!!」

 

 掛け声とともに、赤い騎士と赤いドラゴンは一緒に天高く飛び上がりました。

 何をするんだろう?と思った時、その人はドラゴンの息吹とともに急降下してきます。

 

 「だあああああああっ!!」

 

 その姿勢は、なんと跳び蹴りの形です。その人はドラゴンが吐いた炎を纏って、巨大な蜘蛛に跳び蹴りを決めてしまったのです。

 強く蹴られた巨大な蜘蛛は、通りの床を削って吹き飛んで、爆発してしまいました。

 わたしの恐怖の対象が、跡形もなく、です。

 爆発の衝撃が床を伝い、わたしの身体を震わせる中で――――

 

 「大丈夫!?」

 

 蜘蛛を倒したその人は、地面に横たわるわたしに走り寄ってきますが――――

 わたしは安心してしまったのか、その場で視界が白くなって……何もわからなくなってしまいました。

 

 

 ◯

 

 

 ほんの少しだけ意識が戻って、わたしは薄目を開けました。

 そこは、わたしが蜘蛛に連れ去られるときに通った銀色のトンネルで――そこを高速で駆けていくのは、もちろんわたしではありません。

 心地よく鳴り響くエンジンの音。わたしの二つ結いの髪をパタパタと靡かせる風……わたしは、誰かの走らせるバイクの後ろに乗っていました。

 ボーッとしてるわたしは誰かの背中に身体を預けていました。自分の頬や胸のあたりがその人の背中に密着していて、両腕は背中から回ってお腹辺りに力なくしがみついています。そんなわたしの頼りない両手を、温かい物が包んでいます。

 助けてくれた男の人の、大きな手でした。

 その顔は、やっぱり仮面に覆われていて見えないけれど――――その人の温もりに触れ続けているわたしには、その人の表情が、なんとなくわかったような気がしました。

 

 

 




……以上、私が2年前くらいに書き、これまで掲載していた文章です(オイ
小説版「魔法少女まどか☆マギカ」の作風を尊重し、ここまでは鹿目まどかの視点で物語をお送りしました。が、これが前掲載で詰んだ敗因でもあります。
そこで、次話から別の魔法少女の視点から(といっても今はマミかさやかの二者択一だけど)新たな展開を描いていこうと考えております。前サイトで閲覧してくださった方々も、初めて読んでくれる方にも新鮮で面白い話を目指して執筆しようと思います。
しばしお待ちをノシ
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