魔法少女まどか☆マギカ+13RIDERS 作:テイルス
仮面の騎士の正体を知らぬまま、まどかたちは翌日の見滝原中学校に舞台を移す。
次にわたしの目を覚まさせたのは、わたしの部屋にある目覚まし時計のベルではなく――――
「まどかっ! 起きてよまどか!!」
「鹿目さん! しっかりして!」
さやかちゃんとマミさんの、わたしを呼びかける声でした。
「……んぅ…………さやかちゃん……マミさん……?」
わたしはショッピングモール内に設置されているベンチを三人分占領して、仰向けに寝かされていました。そんなわたしの顔を覗きこむ様に見下ろすのが、不安な顔を浮かべるさやかちゃんとマミさんでした。
まだ意識がはっきりしないまま、わたしは寝ぼけ眼に映る二人の名前を呟きます。その瞬間――――
「まどかーっ!!」
「ふあっ!?」
寝かされているわたしの上半身が起こされて、さやかちゃんにギュッと抱きしめられました。
「よかった……キュウべえが変なこと言うから、あたしすっごく心配して……」
「キュウべえが? 変なこと?」
思わず、マミさんの肩に乗るキュウべえを見ます。
「ボクはまどかが連れ去られた場所を説明しただけだよ」
キュウべえは弁解するように言いました。
「まどか、キミはあのとき“魔獣”によって“鏡界”に連れ去られてしまったんだ」
「教会?」
リンゴーン、と私の中で教会の鐘が鳴りました。でも、それは多分違くて。
思ったとおり、マミさんが説明してくれました。
「“鏡界”っていうのは鏡の世界のことよ。鏡を始め、ガラスや水面などを通路にして現実世界と繋がっているもう一つの世界なの。その入口が開くのは稀なことだと聞いていたけど……」
「魔女の結界とは違うんですか?」
わたしがそう尋ねると、
「ボクも詳しくは知らないんだけどね」
そう前置きを入れながら、キュウべえがどこか得意気に説明し始めました。
「あそこには魔女の代わりに様々な怪物が混在しているみたいなんだ。ボクや魔法少女は、その怪物を総じて“鏡界の魔獣”と呼んでいる。魔獣は時折り人間を食べるために現実世界に出現し、狙った獲物を自分たちの世界に引きずり込んでしまう。まどかもそんな1体に襲われたんだよ」
魔獣……確かにわたしを襲ったのは、これまで見たこともなかった巨大な蜘蛛。魔女とは違う無機質な怖さを秘めていました。
「今回続いた行方不明事件も、どうやら魔獣が一役買ってたようだね。ソウルジェムが反応を示さなかったのも納得だ」
「そ、そんなヤバいやつがいるって知っていて、何も対策を考えてなかったのマミさん!?」
言葉を強めるさやかちゃんに、マミさんは申し訳なさそうに俯きました。
「随分と痛いところを突くね、さやか」
マミさんを庇うように、キュウべえが言いました。
「確かに大なり小なり、人の命を奪う魔獣を放っておくのはマミの意に反する。手が出せるなら、マミだって魔女と並行して狩るべき対象だと思ってるさ」
「手が出せるなら……?」
そんな『もしも』の言葉が出て――――マミさんが哀しそうに言いました。
「魔法少女は、鏡界の魔獣とは戦えないのよ」
「えっ!?」
「なんで!?」
「鏡界とその魔獣は、魔法少女との関係が限りなく薄いんだ。そのせいか、魔法少女は魔獣の出現を察知することもできないし、鏡界に入ることもできない。だから魔法少女は魔獣に接触する術がない。魔獣による事件は黙認するしかないんだ」
「あのとき、私が鹿目さんを助けられなかったのは、それが理由なの。魔獣に対しては、私も何もできない一般人と同じ……」
「そんな……!」
さやかちゃんとショックを受ける反面、わたしはその答えに納得する所がありました。
あのとき、マミさんが助けに来てくれなかったことが哀しかったけど、それはそういったルールがあって、助けたくても助けられなかったんだ、と。
「幸い、魔獣の遭遇率と被害は魔女のそれに比べると圧倒的に少ない。それにまどかがこうやって無事でいるのは、案外、魔獣がそこまで危険なものではないのかも――」
「ち、違うよキュウべえ! わたしは助けられたんだよ。一人じゃ絶対、戻ってこれなかった……」
思わず、わたしは叫んでいました。
わたしの言葉に、さやかちゃんもマミさんもキュウべえも一斉にわたしの方を見ました。
「どういうことだい?」
「まどか……アンタ一体、誰に助けられたの?」
「えっと……仮面と鎧をつけた、男の人……」
あのときは、驚いたり頭を打ったりして、意識ははっきりとはしてなかったけど――――わたしは必死に助けてくれた人の姿を鮮明に覚えています。
全身を覆う赤いスーツの上に、上半身を中心に包む銀色の鎧。仮面から覗く赤い光は、虫の目の様な楕円の形。
あの大きな怪物蜘蛛を挑発した時とわたしを心配して声をかけた時の、たった二言。その優しそうな男の人の声は、どこかで聞き覚えがあって――――
あの人がいなければ、わたしはきっとその蜘蛛に食べられて、死んでしまった筈だったのです。
……でも、
「それってコスプレをした変態?」
「ち、違うよぉっ!」
わたしの話を聞いたさやかちゃんの一言が、それでした。
仮にも命の恩人なのに……かっこよかったのに。
「魔法少女と同じ、不思議な力で魔獣と戦う騎士、ねぇ……」
話を聞いたマミさんの表情は、どこか複雑で、
「それは興味深いね。もっと詳しいことは思い出せるかい?」
キュウべえは興味津々に、赤い瞳を輝かせていました。
実はあの人もキュウべえと契約した魔法の戦士――――とか思ってたんだけど、キュウべえの反応からして違うみたいです。
「……三人とも、それらしい人は見なかったの?」
「いや全然」
「私たちが鹿目さんを見つけた時、周りに人は見かけなかったわ」
「モールの人たちは皆、野次馬となって事故現場に集まっていたからね」
「そう……なんだ」
もし、まだあの人が側にいてくれたなら――――わたしはしてもし足りないくらいのお礼を言いたかったのに。
わたしは、あそこで気絶してしまうような自分の心の弱さを、これまで以上に恨めしく思って、自分に罰を与えるつもりでギュッと心臓の辺りを抓りました。
◯
「ただいまー」
今日は特別に色々なことがあって、家に着いた時には、もうすっかり空が黒一色に染まっていました。
それでも、パパの晩御飯には間に合ったようで、キッチンからはとてもいい匂いが漂ってきます。わたしはその匂いに誘われるように、リビングに入ります。
「おかえり、まどか」
「ねっちゃ、おかえいー」
パパと弟のタツヤが、帰ってきたわたしに声をかけてくれました。そして……
「こら、まどか!」
「はうっ……」
短く飛ばされた激に、わたしは思わずびくっとしてしまいました。
美味しそうな晩御飯が恐らく全部並べられた食卓には、わたしの家族3人……現役キャリアウーマンのママも座っていたのです。今日の帰りは、わたしが一番遅かったのでした。
「私より遅いなんてどうしたんだ? 時計を見なよ、もう8時過ぎてるぞ」
「あ……うん、ちょっと……友達と遊び過ぎちゃって」
「そうか……まどか、ちょっと来い」
ママの手招きに応じて、わたしは少しずつ近づきます。中々手招きが終わらず、わたしは戸惑いとともにママとの距離を縮めます。そして、あと一歩でママとくっついちゃうくらいに近づいた途端――――
「おしおきだ!」
「ひゃうっ!?」
ママはわたしの頭を片腕で挟み、ぎりぎりと力強く締めつけました。いわゆるヘッドロックというものです。
「い、痛いよー! ママ止めてー!」
すぐにママの背中をタップするわたしに、ママは言いました。
「親を心配させすぎるとロクなことにはなんねーんだ。門限とかうるさいことは言わないけど、ここいらも最近は物騒になってきてるんだ。こんな時間まで帰らなかったら、お前が何か事件に捲き込まれたのかと心配するだろ」
「ご、ごめんなさい……」
「これからはできるだけ真っ直ぐ帰って来い。もしどうしても遅くなるなら晩飯の前に一報入れな。約束するまで離さん」
「約束します!」
痛みから逃れるためじゃなくて、本当にそう約束したいと思ったとき、ママはわたしを離してくれました。
「なら、よし」
ママは、頭を抱えるわたしに笑顔を見せて、許してくれました。
そんなママとの約束を、絶対に破らないとわたしは心の中で誓いました。
「じゃあ全員揃ったことだし、ご飯食べちゃおう」
「まどかはその前に手を洗っておいで」
「はーい」
間延びした返事で答えて、わたしは洗面所に向かいました。
本当は制服から着替えた方がいいのですが、ママたちをこれ以上待たせたくはありません。
パパの美味しい晩御飯を楽しみにしつつ、わたしは洗面所の前に立ちました。そしてすぐに――――
「ひゃあああっ!?」
悲鳴を上げて、腰を抜かしてしまいました。
「まどか?」
「まどか? どうしたの?」
それを聞いたパパが駆けつけてくれて、わたしは恥ずかしがりながら嘘を言いました。
「な、なんでもないよ。ちょっと床で滑っちゃって……」
「大丈夫かい? そんなに慌てなくてもいいんだからね」
「う、うん」
パパが再びキッチンに戻ると、わたしは深く息をつきました。
まさか、洗面所に付いている『鏡』を怖がっただなんて、パパたちにはとても言い出せませんでした。
◯
翌日、わたしはいつも通りに見滝原中学校に登校したのですが、とても普段通りに過ごすことができません。
通学路には交通ミラー、学校には教室の全面を囲うガラス、トイレなど水場に取り付けられている鏡……それらの近くを通るとき、わたしの身体に緊張が走ります。その場で待つなんてことは以っての外。そこから離れて!と、臆病な心がそう警告するのです。
授業中は、否が応にもその教室の中にいなければならないことが苦痛で、今すぐに保健室に駆け込みたい気持ちでした。
……ちなみに、そんなわたしが保健委員だったりします。
でも、よく考えてみれば、保健室にも窓ガラスや水道がついているわけで、そこに逃げ込んでも何もならないことに気がつきました。
わたしが本当に安心できる場所は、昼休みに立ち寄れる校舎の屋上しか残されていませんでした。
上を見れば爽快な青空が広がっていて、落下防止のフェンス越しからわたしたちの住む見滝原の街が見下ろせて、わたしの恐れるものは一切ない唯一の場所です。
「はぁ……」
その場所でパパお手製のお弁当を膝に置いて、自動販売機で買ったお茶に口をつけて、わたしは溜息と変わらない一息をつくのでした。
「大丈夫?」
憔悴するわたしに、さやかちゃんは声をかけてくれます。いつもは少しも感じない疲れが、顔に出ていたようです。
「……ちょっと、辛いかも」
わたしはポツリとそう呟いて、さやかちゃんを困らせてしまいました。でも、嘘でも「大丈夫」と言える空元気さえもありません。
「おかしいよね……家も学校も、昨日までとぜんぜん変わっていないはずなのに……まるで危険な場所に置き去りにされたような気分なの。さやかちゃんもマミさんもいるのに……全然、安心できないの」
「まどか……」
「ごめんね……みんなのことを頼りないって思ってるんじゃないの。それは絶対」
そう……わたしはずっと幼馴染のさやかちゃんに守られてきて、マミさんに何回も魔女や使い魔から助けられてきました。今更それを信用出来ないなんて思うはずがないのです。
でも、万が一また魔獣に襲われたりしたら――――さやかちゃんもマミさんも来れない世界に迷い込んでしまったら――――弱いわたしはもう、食べられちゃうしかないから。
「その不安は、君がまだ非力な一般人だからこそのものだとボクは思うんだ」
ふと、わたしの肩にちょこんと腰掛けるキュウべえが口を開きました。
「君は――君たちには、魔法少女になる資格がある。でもその上でまだ一般人として、マミに守られながら危険な地へ赴いていることは自覚しているかい?」
「そりゃあわかってるよ! でも魔法少女になるかならないか決めるまではそれでいいって、マミさんも言ってくれたじゃん!」
さやかちゃんが声を荒げても、キュウべえは落ち着いた声で言います。
「そうだね、ボクも答えを急かすつもりじゃない。でも、昨日みたいな不測の事態で、マミが君たちを守りきれる保証は無いってことがわかったはずなんだ」
「ぐ……っ!」
言い難かったことをハッキリと言われて、わたしもさやかちゃんも反論ができませんでした。
魔法少女さえ手が出せない“魔獣”という新たな恐ろしい存在。マミさんでも戦うことのできない、神出鬼没の怪物。
実際に危険な目に遭ったわたしには、その恐怖が身に染みていて――――
そんな図星を指摘したキュウべえの言葉に、わたしは自然と耳を傾けていたのです。
「だから万が一、自分の命が危なくなったときは、迷わずボクと契約してほしい。そうすればキミたちは戦う力を手にすることができる。キミたちの素質なら、まず魔女や魔獣に負けることはないからね」
最後にキュウべえが契約を勧めて――――その正しさに納得するしかありませんでした。
今感じているこの不安も、恐怖も、無力感も、わたしが魔法少女になれば全て解決するかもしれない。
それに加えて、今までマミさんの足手まといだったわたしが、マミさんを手助けすることができるかもしれない。
「わかったよ、キュウべえ。わたし……」
そんな希望を抱いて、わたしはキュウべえと約束しようとしていました。そのとき、
「ちょっといいかしら」
不意に、わたしたちの誰でもない声がして――――わたしは振り向きました。
屋上の強い風に舞う、長くて艶のある黒髪。透き通るような白い肌に、人形のように整った顔立ち。
「ほむらちゃん……」
そんな綺麗な姿をした女の子は、この学校――わたしたちのクラス――に転校してきた暁美ほむらちゃんでした。
「何か用かよ、転校生?」
ほむらちゃんが現れた途端に、さやかちゃんは憎まれ口で彼女を迎えます。でも、ほむらちゃんはまるで関心がないように答えず、黒い宝石のような瞳から放つ強い光を、わたしの方に向けてきます。
わたしは、条件反射のように体を強ばらせてしまいました。
わたしたちが、こんな風にほむらちゃんに対して警戒しているのは、色々な理由があって――――少なくとも、さやかちゃんは彼女のことを快く思っていないようです。
ほむらちゃんはマミさんと同じ魔法少女。だけど、わたしたちとは常に距離を置いていて、ちゃんと会話を交わすことはありません。
キュウべえ曰く、ライバルを増やさないためにわたしたちが魔法少女になるのを止めようとしているみたいなのですが……それが本当なのか、私にはわからないのです。
マミさんもほむらちゃんのことは警戒していて、とても仲良くできるような雰囲気ではありません。
もしかしたら魔女を倒した時に手に入るグリーフシードを独り占めしちゃうような、悪い魔法少女かもしれないから、と……。
でも――――わたしは信じています。
ほむらちゃんは、わたし達と争いたいわけじゃない。きっと何か特別な事情があって、自分からは歩み寄ることが出来ないだけ。わたし達がきっかけを作ってあげれば、いつかその心を開いて、仲間になってくれるんだ――――って。
「鏡界の魔獣に襲われたそうね」
「う、うん」
わたしが答えると、ほむらちゃんはスカートのポケットを広げて、中に手を入れました。その、何かを取り出すような仕草に、さやかちゃんが叫びます。
「何をする気!?」
「鹿目まどかに渡したいものがある。今の彼女には必要不可欠なものよ」
そう言って、ほむらちゃんが取り出したのは――――1枚のカードでした。
トランプよりも大きく、絵柄はまるで男の子が夢中になりそうな流行りのカードゲームに使うもののようです。
それを受け取るかどうか躊躇してしまうと、ほむらちゃんが説明しました。
「このカードは魔獣を封印することができる。魔獣もそのことを知っているから、このカードを持つ者を襲うことはできないわ」
「え……そんなすごいものを、わたしに?」
「ええ。私は自分で自分の身は守れるから……受け取りなさい」
ほむらちゃんの言い方は、冷たい瞳と相まって威圧的で――――
わたしは、思わぬプレゼントに感謝したというよりは、そんな彼女の雰囲気に圧されて、戸惑いながら受け取ってしまったと思います。
「こんな紙切れ1枚で、ホントに魔獣から身を守れんの?」
さやかちゃんも怪しむそのカードには、黒点に吸い込まれる鮮やかな渦が描かれていました。
そういえば、このカードは――――わたしが魔獣に襲われたとき、助けに来た仮面の騎士が使ったものに似ている……
「ほ、ほむらちゃん! もしかして、あの人のことを知ってるの? このカードは、あの人からもらったの?」
わたしは思わず、ほむらちゃんに尋ねていました。
ほむらちゃんが、わたしを助けた仮面の騎士の手がかりを持っているんじゃないかと、そう期待してしまったのです。
ほむらちゃんは何も言いませんでした。
瞳に宿っていた冷たい光が、何故か歪み――――いつしか哀しげな表情に変わる彼女に、わたしはまた戸惑ってしまいます。
「ど、どうしたの?」
心配して、その様子を尋ねた時に、ほむらちゃんは冷たく言い捨てました。
「あなたには関係ない。そう……それだけは、本当に……」
そしてほむらちゃんは踵を返し、屋上から去っていきました。
◯
(え? 今日は魔女退治しないんですか!?)
終業のチャイムが鳴り終わり、放課後が訪れたばかりのことでした。
わたしたちが鞄に教科書を詰め込んでいると、頭の中でマミさんの声が響いたのです。
今日はまっすぐ、家に帰りなさい、と。
その言葉に、わたしとさやかちゃんは驚いています。
(昨日、あんなことがあったばかりで、あなたたちを連れ回すことはできないわ。ちゃんと二人を守れるよう、魔獣の対策を立てなきゃ、ね?)
マミさんは、わたしたちにそう言い聞かせます。
確かに昨日は、とても怖い目にあったけれど――――それ以上に、わたしはマミさんの魔女退治に行けないことを残念に思います。
だって、それがわたしの運命を、魔法少女への道を示してくれる大事なことなのだから。
それはさやかちゃんもきっと同じで――――必死にマミさんを説得しようと、心で呼びかけます。
(昨日あたしが言ったことは気にしないでくださいよ! 大体、キュゥべえが言ってたじゃないですか! 魔獣に襲われる確率は低いって!)
(確かにあの子はそう言ったけれど、どうもそうじゃないみたいなの。わたしが美樹さんたちと出会う前――半年前から、この街では行方不明事件が発生し続けている。魔女は私が欠かさず倒してきたから――)
(全部、鏡界の魔獣の仕業……?)
(ええ、きっとそう。今の見滝原は、私たちの思ってきた以上に恐ろしい街に変わってきているみたい)
(そんな……)
テレパシーで語るマミさんには、いつもの柔らかな調子はなく、余裕がないように感じました。それが事態の深刻さを強く物語っているようで、私たちは押し黙ってしまいます。
そんなとき、わたしは昼休みの出来事を思い出して――――重い沈黙を押し切り、マミさんに言いました。
(マミさん……ほむらちゃんと協力しませんか?)
(まどか!?)
さやかちゃんには驚かれるけど、私は続けます。
(ほむらちゃん、魔獣について詳しく知ってるみたいなんです。彼女はきっと、わたしを助けてくれた人の仲間で……鏡界に入る方法も知ってると思うんです)
(…………)
(今こそ、魔法少女同士で助け合うときだと思います! マミさん一人でわたしたちやこの街の人たちの安全を守るより、ずっとその方が――)
(ずっとその方がいい――――うん、そうかも知れないわね)
マミさんがそう認めてくれて、わたしが嬉しく思ったのは、ほんのつかの間でした。
(でもね鹿目さん。やっぱり私はあの子とは組めない)
芯の通る否定の言葉が、わたしの心をチクリと刺し――――何度目かの歯がゆい悲しみに襲われます。
(暁美さんは一度、キュウべえを傷つけたわ。その理由を未だに彼女の口から聞いてはいないし、例えどんな理由があったとしても、誰かを傷つけることは決して許されないことよ)
うんうん、と頷くさやかちゃんを横目に、わたしは机でゴロゴロとくつろいでいるキュゥべえを見ます。
そして、わたしとさやかちゃんが初めてマミさんとキュゥべえに出会う、あの日を思い返しました。
わたしはキュゥべえの助けを求める声に呼ばれ――この子の元にたどり着きました。
そこにはひどいケガを負ったキュゥべえと、その傍に佇むほむらちゃんがいて――――その時の彼女は、すごく怖かったのを覚えています。
わたしの制止にも「関係ない」と言い捨て、追い討ちをかけようとする彼女の瞳は、今までで一番冷たい光を放っていました。
あの日のことを思い返す度に、わたしはほむらちゃんのことがわからなくなってしまうのです。
(……お互いに信頼し合うことができなければ、協力する意味なんてない。むしろ、他人を平気で傷つけてしまうような子を仲間にすれば、それこそあなたたちを守ることができなくなってしまうわ)
(そうだぞーまどか。転校生が何か知っているからって、こっちが下手に出て『仲間になってください』なんて言うのはおかしいよ。向こうがそう言ってくるなら、考えてあげるけどさ)
そして、マミさんがほむらちゃんと協力しない理由が、限りなく正しく聞こえてしまうのです。
わたしは、二人の確固たる拒絶に、これ以上、何かを言うことはできませんでした。
(大丈夫よ鹿目さん。私は私なりの方法で魔獣に対抗してみせる。それができたら、また一緒に魔女退治をしましょう、ね♪)
(……はい)
マミさんはいつもの優しい口調でそう誓うと、寄り道しないように、と言い残し――――テレパシーを切りました。
――ごめんね、ほむらちゃん。
あなたが、本当にわたしを大切に思ってくれているのが伝わっているのに。
わたしたちの中で、あなたが悪者にされてしまうのを止められない。
それはわたしにとっても、悲しいなって思ってしまう。申し訳ないと思ってしまう。
やっぱりわたしは、ちっぽけで、弱虫で、なんにも出来なくて――――
それでもそんなわたしが、本当にわたしのままでいていいのかな……?
あなたやマミさんみたいに、魔法少女になっちゃダメなのかな……?
ほむらちゃん――――
○
「鹿目さん……やっぱり、これからのことを不安に思ってるのね」
鹿目さんたちとのテレパシーを切り、私――巴マミは彼女の心情を察した。暁美ほむらと協力しようなんて提案をしてきたのだから、よっぽど精神的に参ってるんだろう。
私じゃ頼りにならないと思われちゃってるのかな……?
事実、私は彼女が襲われる目の前で、何もできなかった。助けを呼ばれて振り向けば、鏡に引きずり込まれる鹿目さんの姿を、ただ見ていただけだった。私に憧れを抱いてくれた後輩も、これでは失望の色を隠せないだろう。
私は一冊の本に目を落とした。『鏡の国のアリス』……かの有名な童話の続編。
前作で不思議の国を冒険した(という夢を見た)少女・アリスは、空想ごっこを広げるうちに姿見の中を通りぬけ、またもや不思議な鏡の国に迷い込む――――というお話。
その"鏡の国"にはジャバウォックやバンダースナッチなどの怪物の存在が示唆されていて、実際には巨大な蚊や芋虫、オーバーオールの履いた玉子などが言葉巧みにアリスを惑わす。
似ている、と私は率直に思った。鏡の国は鏡界、そこに潜む怪物は鏡界の魔獣……アリスはその世界に行き、帰ってきた。
「アリスは、どうやって鏡の中に入ることができたのかしらね……」
思わず、童話の主人公を羨んでしまう。彼女のように鏡の中に入ることができたなら、あのとき、魔獣に襲われた鹿目さんを助けに行くことができたのだから。
私は何のヒントにもならないファンタジー小説と、他に数冊の本を元の棚に戻した。
図書室は知識の宝庫。魔法少女になったばかりの私は、ここにある兵法や歴史の本から、マスケット銃のイメージを確立させて、魔法のリボンで同じものを編み出すことができるようになった。
以来、何かわからないことがあったとき、私は学校の図書室に立ち寄って答えを探す。知識をつけて自分だけの魔法を生み出し強くなる……これを何度も繰り返した末、現在の私がある。
今回は鏡界に入る方法がないかを模索していた。
けれど――――流石に鏡の中に入る方法なんてものを、ここで見つけ出すことはできなかった。
「……どうしよう」
鹿目さんたちにああ言った以上、私は必ず魔獣と戦う術を見つけなければならない。
昨日は偶々、襲われた? もし襲われても、誰かもわからない仮面の騎士が助けてくれる?
そんな風に考えたら、きっと駄目。私が――私自身が、どんな相手でも彼女や街の人たちを守れるようにならないといけないの。
きっと、それが――――私の最後の……
「!?」
突然、私の周りから音が消えた。まるで時が止まったかのように、不自然な静寂が私を包む。
図書室は元々、静かな空間だけれども、今のそれは静寂の質が――ううん、次元が違う。私自身が鳴らす靴音も身動ぎによる制服の衣擦れも、余韻を残さずに消えてしまう、音が盗まれるかのような異質な静寂……。
魔女の出現と思った私は、すぐさま図書室を飛び出した。人の多い学校で魔女結界が現れたら、被害はいつもの数倍は下らない。速攻で解決しないと。
けれど、扉を開け放ったその先の景色は、いつもの見慣れた見滝原中学の廊下ではなかった。
「なに……これ……!?」
図書室から直接、外界に繋げられた扉を前にして、私はまた呆然と立ち尽くす。
そこで見える景色は、薄紫に漂う霧と鬱蒼とした森に包まれた古びた屋敷だった。
(来い)
頭の中で、誰かの命令が響いたことで我に返る。
そして導かれるまま、私は恐る恐る図書室から外への一歩を踏み出した。
上履きのまま土を踏むことに抵抗を感じるけれど、緑色に錆びついた屋敷の大きな扉がゆっくりと開いて私を招く。
屋敷の中に入り、私はまた驚いて立ち止まった。
抜き抜けに乱雑に置かれた姿見の数々と、壁一面に打ち付けられた銀幕が私の姿を反対に映し出す――――その中でただ1つ、正面にある姿見が、この場にいない私の隣の人物を勝手に映しだしていた。
(ようこそ巴マミ。魔獣との戦いを望む魔法少女よ)
黄金の鎧と仮面に身を包む――――"仮面の騎士"が、私を歓迎するように言った。
1月以上悩んで、結局前に投稿したことある文章をサルベージ……昔の文もそれなりに考えて書いたものだから出来がいい(風に見える)んですよねえ。
おまけ程度にマミさん視点を投入してみましたが、読みにくかったらごめんなさい。これからも視点は転々とします。次はさやかちゃんかな。
後これはファンとしての宣伝ですが、2/17現在、ニコニコ動画で仮面ライダー龍騎が全話無料配信中ですよ! あと5日(2/22まで)しか置かないらしいので、僕の小説なんて読んでる暇あったら今すぐ1話から見直すんだ!
その間に私は3話を書き進めます。ではまた