第二種目:握力
俺は『氣』を拳に集め、全身の力を精一杯込めて握力計を握り潰すように締め上げた。
結果は230kgwだった。
まあ、こんなもんだろう。氣による肉体強化の限界値を考えれば上出来だ。
さーて、モモちゃんは……と視線を向けると。
……って、何あれ……!?
俺の目に飛び込んできたのは、自作した巨大な万力で握力計をガッチリと挟み込み、信じられない数値を叩き出しているモモちゃんの姿だった。
え……? 相澤先生、あれってアリなんですか……?
思わず引きつった顔で相澤先生の方を見ると、先生の表情は死んでいた。
おいたわしや……相澤先生……。
やはりモモちゃんとこの体力テストの相性は悪すぎるのだと痛感するのだった。
第三種目:立ち幅跳び
ここは素直にネビルレーザーを使うことにしよう。
ただし!
「相澤先生、俺の個性の性質上、グラウンドの整備が大変になるので一番最後にしてもらえませんか?」
と申し出ると、周りのクラスメイトたちは怪訝そうな表情を浮かべたが、俺の個性を知っている相澤先生は無言で許可を出してくれた。
うーん、なるべく照射口径は極限まで絞って……短時間しか照射できないことを踏まえると、踏み切り角度は30度から45度くらいか……。
そんな計算をしつつ、俺は砂場に背を向けて深呼吸をする。
「ふんっ!!」
ドンッ!!と、腹底に響くような凄まじい衝撃音がグラウンドに轟いた。
「青山、48.7メートル」
うーむ、やっぱり50メートル走で使わなくてよかった。
50メートルにも届かないなんて、ちょっと恥ずかしい……。
ん……? なんだかみんな、言葉を失った様子でこちらを注視しているような……?
やばい……! もしかして『今まで本気を出さずに手を抜いていた』みたいに思われてる……!?
助けてー、モモちゃーん……!
青山優雅自身はそんな完全に見当違いな焦りを抱き、すぐさま八百万百の背中に逃げ込むように隠れてしまった。
――しかし。
1年A組の生徒たちが息を呑んでいたのは、優雅の記録ではなく、彼が飛び立った足元に刻まれた凄惨な光景に対してであった。
彼が跳び去った踏切位置には、直径50センチほどの狭く深い穴が斜めに穿たれていた。
極限まで収束されたレーザーの絶大な反動により、膝が丸々隠れるほどの深さまで土が穿ち散らかされ、穴の底からは熱を帯びた白い煙が揺らゆらと立ち上っている。
よく見ると、その穴の縁は鋭く焼け焦げているどころか、土中の珪素が溶け落ち、地面の一部がガラス化して晶体のようにキラキラと優美な輝きを放っていたのだ。
言葉には出さなかったものの、クラスメイトたちは青山の放った圧倒的な破壊力、そして『対人における殺傷力』という点において他を遥かに画する威力を悟り、静かに戦慄していたのだった。
だが、当事者である青山優雅本人はといえば――
みんなグラウンドの穴ばっかり見てるなー……。はっ!! もしかして、あの視線は『せっかく整備されたグラウンドになに穴開けとんねん』っていう怒りの目線なのか……!?
相変わらず、明当違いな考察に終始していたのだった。
生徒たちが次の競技のために体育館へ移動していく中、グラウンドの隅に一人、ポツンと立ち尽くす気配があった。
「あれって……もしかして……? でも八百万さんは違うって言ってたし……」
声の主は、姿の見えない透明な少女――葉隠透。
彼女は抉り取られガラス化した土の穴を見つめながら、何かを深く確かめるように思案に暮れていた。
第四種目:反復横跳び
反復横跳びは特に語ることなし!!
みんなそれぞれの個性を生かして頑張っていた! 以上!
強いて言うなら、頭に紫のブドウのようなものを生やした男子(峰田くん)が、まるでゲームがバグった時のようなスピードで跳び跳ねていて、ちょっと気持ち悪い、と思ってしまったのはここだけの話だ。
第五種目:ボール投げ
うーん、これも俺は氣を込めて普通に投げるだけだった。
ただ、見ていて圧倒されたのは麗日さんだ。
彼女はボールに軽く触れると、なんの変哲もないフォームでふわりと投げた。
しかし、その緩やかな動作とは裏腹に、手から離れたボールは空気抵抗すら無視した等速直線運動の軌道を描き、そのまま空の彼方へと消えていったのだ。
「……記録、測定不能」
なるほど……! 麗日さんの個性は『触れたものの重力を無効化する』といったものだろうか。
ならば50メートル走の時に自分の服や靴の重量を殺して走っていたのも納得がいく。
ただ、立ち幅跳び等で自分自身を無重力にして飛ばなかったあたり、質量制限などの明確なデメリットが存在するのだろう……などと俺は観察を深めていた。
すると――
「緑谷くん、このままだとまずいぞ……?」
「ったりめーだ! 無個性の雑魚だぞ!」
「無個性!? 彼が入試の時に何を成したのか知らんのか!?」
集団の方から、そんな会話が聞こえてくる。
緑谷出久。
一応身体を鍛えてはいるようだが、その体つきはヒーロー志望としては頼りないと言わざるを得ない。
細すぎる腕や華奢な体つきを見るに、最近までまともな運動習慣すら無かったのだろう。
なので俺は、『さぞ汎用性と威力に溢れた強力な個性を秘めているからこそ、基礎鍛錬を疎かにしながらも雄英に合格できたのだろう』と踏んでいた。
だが、この個性把握テストにおいて、彼の持つ力の片鱗は一切見えてこない。
なんなら、個性を直接戦闘に使えない女子生徒にすら基礎体力で負けている始末だ。
……いったい、何を考えているんだ?
周囲の生徒たちも同じ疑問を抱いていたようで、グラウンドの空気が静まり返る。
何か発動に重大な制限があるのか、それとも時間をかけて威力を高めるタイプなのか。
全員の視線が集中する中、緑谷くんは意を決したように真剣な表情でボールを大きく振りかぶった――。
しかし。
無情にも投げ放たれたボールは、何の変化も起こさずポトンと落ちた。
「緑谷、46メートル」
何の変哲もない、ただの凡人の記録。
「な……今、確かに使おうと……」
「『個性を消した』。つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴までもが入学できてしまうのだから」
……個性を、消した……!?
そんなことが可能なのか!? だいぶ無法で凶悪な能力じゃないか!
視界に入れるだけで相手の個性を不全にする……どのようなメカニズムなのだろう?
目が合っていなくても発動しているあたり、視線による催眠系ではない。
相澤先生が一方的に遮断できるということは、瞳から照射される波長が対象の『個性因子』の働きを阻害するジャミングのような役割を果たしているのだろうか。
いや、個性という存在自体がそもそも理不尽の塊なのだから、理屈を考えても不毛かもしれないが――。
――いや、それよりも今は緑谷くんのことだ。
彼は確かに、個性を発動させようとした。
しかし、彼の個性をあらかじめ知っていた相澤先生は『緑谷が個性を使うと、一発で行動不能になる』というリスクを許容できず止めたらしい。
一体、どれほど身体への反動が凄まじい個性だというのだろう?
話によると、飯田くんと麗日さんは同じ受験会場だったため、彼の能力の凄さを察しているようだが……。
「次の一投で最後だ」
相澤先生の冷淡な宣告。
誰もが息を飲み、何も言わずに緑谷くんの背中を見つめる。先生の目つきはどこまでも険しい。
どうする……どうするんだ、緑谷出久。
緑谷くんが再び大きく腕を振りかぶった瞬間、先生の目がカッと見開かれる。
……ダメだったか……!
彼はそこまで土壇場のプレッシャーに強いタイプには見えなかった。
焦りからまた自滅の選択をしてしまったのか――
そう思いかけた瞬間、違和感を覚えた。
緑谷くんの【右手の指先一本だけ】が、赤黒く変色していく。
相澤先生が不敵に口元を吊り上げると同時に、爆風のような風圧とともにボールが空へと弾き飛ばされた。
「緑谷、705.3メートル」
「先生……! まだ、動けます……!」
じんじんと煙を上げる右手を握りしめ、歪んだ笑みを浮かべて見せる緑谷くんの姿に――
俺は、背筋が凍りつくような恐ろしさを抱いてしまった。
緑谷くんの右指は、尋常ではない赤紫色に腫れ上がり、骨が砕けてあらぬ方向へ折れ曲がっている。
正気の沙汰ではない。
爪を引っ剥がす拷問が苛烈であるように、指先は人間の神経が最も集中する極痛の部位だ。
泣き叫んでのたうち回ってもおかしくない激痛のはず。
それなのに……なぜ、あいつは笑っていられるんだ……?
狂ってやがる……!!
十分に死線を潜り抜けた軍人やプロヒーローならいざ知らず、ただの15歳の少年が、己の骨を噛み砕く痛みを代償にして笑ってみせるなど。
彼は見たところ、何の戦闘訓練も積んできていないように見えた。
本来、人間の自信や覚悟というものは、それまで積み上げてきた実績によって培われるはずだ。
周囲から称賛されて育ったり、血の滲むような訓練の日々を糧にしたりして、少しずつ自分の中に核が形作られていく。
しかし、緑谷くんの態度や挙動からは、そうした自負の欠片すら感じられなかった。
幼馴染である爆豪くんからはずっと見下され酷い扱いを受け、個性も肉体も完成されているとは到底言えない。
自己肯定感など皆無に等しいはずだ。
別に自分が特別だと過信してムキになっているわけでもない。
第一、これで最下位を免れたわけでもないのだ。
なのに……なぜ、あの激痛の中で笑える……!?
俺は――いや、僕は。
強く下唇を噛み締めながら、緑谷くんの折れた指をじっと見つめていた。
認めたくなかったのかもしれない。
その身を滅ぼすように肉体を苛み、泥を啜ってでも喰らい付き、何があっても前へ進もうとするその姿に――
――病的なまでに純粋な、【