あー、眠すぎる。
俺は心の中で切実にそう思っていた。
ナガンさんとの暗殺任務が終わり、その後の死体処理や報告書作成などを終えると、時刻はすでに明け方になっていた。
ナガンさんには「このあと飯でもどうだ? 奢ってやるよ」と誘われたが、流石に今日も学校があるため丁寧にお断りさせてもらった。
その後、自室でほんの数時間だけ仮眠をとり、フラフラになりながら学校へ来たというわけだ。
唯一の救いは、午前中の授業が必修科目の英語などの座学ばかりだったことだ。
俺は微睡むような意識の中、プレゼント・マイクの耳を突く大声の英語の授業に、ギリギリのところで耐えていた。
この人、音楽じゃなくて英語の教師なんだ……。
そして迎えた午後の授業。
ヒーロー基礎学である。
五限目と六限目をぶち抜いて行う授業らしい。
初回くらいはオリエンテーション的なゆるい内容だとありがたいのだが――。
「わーたーしーがー!!
『普通に』ドアから来た!!!」
そう言いながら、勢いよくオールマイトが教室の扉を開けた。
その身に纏うコスチュームは
これは……絶対にみんなで和気藹々とオリエンテーションをするノリではないな...
俺は瞬時に悟った。
「早速だが今日はこれ!! 戦闘訓練!!!」
そう言いながらオールマイトは、どこから取り出したのかもわからない“BATTLE”と書かれたプラカードを掲げて見せる。
この人、テレビのインタビューなんかでも薄々思っていたけれど、案外お茶目なところがあるよな。
「では皆、戦闘服に着替えたら順次グラウンドβに集まるんだ!!」
「はーい!!」
うーん、コスチュームか……。
約三週間前、被服控除の申請書が届いた時のことだ。
俺はコスチュームに特にこだわりがなかったので、最初の案としてはサポート会社に丸投げしてみたのだ。
すると、とんでもないデザイン案が返ってきた。
その外見は、俺がフランスからの帰国子女という経歴を意識しすぎたのか、まるで中世フランスの貴族騎士のような絢爛豪華なデザインがベースになっていた。
さらに目元には、ペガサスのような羽を模した大ぶりなサングラスのようなものを装着する仕様だ。
確かに戦闘中、ネビルレーザーの撃ち過ぎで目を痛める可能性は否定できないが――。
これは流石に、派手すぎるのではないだろうか……。
正直、これでヒーロー活動をするのは気恥ずかしい。
何より、俺の本職は暗殺者でありスナイパーなのだ。
しかし一方で、機能的に優れたアイデアもいくつかあった。
特に肘や肩、膝にもネビルレーザーの発射口を増設するというのは、攻撃の死角を減らす意味で非常に良い案だ。
そのため俺は、装甲部分は動きにくく目立つという理由で削ってもらうよう再注文を出した。
かといって真っ黒にしすぎると今度はヒーローとしての装飾感がなくなってしまうため、ネビルレーザーの回路を兼ねた黄金のラインが体幹から末端部へ伸びるデザインに留め、要所に金色の装飾と、近接戦闘で邪魔にならない程度の籠手を残してもらった。これで大分満足のいくシックな仕上がりになった。
また、重装甲の代わりにパラシュートパンツのように全身に多数の隠しポケットを配置してもらった。
スナイパーにとって「待つ時間」も重要な戦いなのだ。
補給食や水分のほか、各種デバイスを多く携帯できるに越したことはない。
さらにフード付きのインナーに仕立ててもらい、そのフードの縁にサングラス機能を組み込んでもらった。
イメージとしてはマジックミラーだ。
外から見れば深く被った普通のフードなのだが、内側からは外の景色がクリアに透けて見えるという優れものだ。
やっぱりフード付きの服が一番落ち着くし着やすい!
そして最後に背中に羽織るマントだが、俺の目の色と同じアメジスト色である点は崩さず、裏側をギリースーツのような迷彩柄に加工してもらった。
また、マントとして羽織るのではなく、腰に結んで固定するスタイルに変更している。
これによって脚の動きや足技の予備動作を遮蔽して見えにくくすると同時に、伏せ撃ちの際には身を隠す迷彩シートとして活用するためだ。
よし、かなり実践的で良い出来に仕上がったのではないだろうか。
そして、俺が最もこだわったのは武器である。
本来の申請案には武器の項目がなかったが、俺の本業は狙撃手だ。
何らかの形でスナイパーライフルを所持、あるいは偽装する必要がある。
だが、大勢の生徒やプロヒーローの前で俺の本気を手の内ごと明かすわけにはいかない。
そこで思いついたのが「トンファー」への偽装だった。
トンファーの近接武器としての優秀さは言わずもがな。
琉球古武術の武器として知られているが、その源流は中国拳法にあるとも言われており、俺の近接戦闘スタイルとも相性が良い。
そして近代におけるトンファーの強さの象徴といえば、やはりアメリカの警察官だろう。
アメリカンポリスが腰にトンファーをぶら下げて街を巡回している映画のシーンを、誰しも一度は見たことがあるのではないだろうか。
そう! トンファーは殴ってよし、突いてよし、防御してよしの万能武器なのだ。
そして俺は、ここにさらなるギミックを追加した。
二本のトンファー同士をジョイントで連結させることで、一瞬で「スナイパーライフル」の形状へと変形するシステムだ。
前方のトンファーの取っ手部分は二脚(バイポッド)として展開し、銃身を強固に支える。
後方のトンファーは肩口にあるネビルレーザーの照射口へ隙間なく密着し、丹田から練り上げたレーザーエネルギーを損失なく銃口へとダイレクトに供給する。
さらに遮光フードの目元にはスコープ連動機能を組み込んでもらっているため、銃口に仕込んだ超小型カメラからの映像がフードの内側に投影される仕組みだ。
流石にこれを思いついた時は、脳汁が溢れ出たね!
そんなこんなで、見た目は落ち着いていながらも、極めて実戦的な大満足の戦闘服が完成したのだった。
全員が着替えを終え、更衣室から順次出てくる。
女性陣は何やら着替えに時間がかかっているようだった。
中で話が盛り上がっているのだろうか。
そう思っていると、女子たちが揃ってグラウンドへと歩いてくる姿が見えた。
誰もが目を奪われるような華やかで可憐なコスチュームに身を包んでいる中、俺の鍛え抜かれた目は、モモちゃんのあまりにもあられもない姿を真っ先に捉えてしまった。
「ちょっ……!? モモちゃんダメだよ! いくら個性の関係とはいえ、そんなに肌を露出させちゃ!」
俺は慌てて腰に巻いていた迷彩マントを外し、モモちゃんの肩へさりげなく羽織らせる。
「そうですかね? これくらい、ヒーローでしたら当然ではありませんの?」
「モモちゃんがよくても俺がダメなの! モモちゃんはただでさえ魅力的なんだから、これ以上世の中の男たちが本気にしちゃったらどうするのさ!」
「魅力的に……って……そんな……」
俺がそう言うと、モモちゃんは顔を真っ赤にして俯いて黙ってしまった。
やばい……流石に高校生にもなってお節介を焼きすぎただろうか、と焦っていると――。
「おい……! あいつら何イチャイチャしてんだ……!! けしからん!!戦闘訓練の時見ておけよ……」
なにやらブツブツと呪詛のような言葉を呟いている峰田くんと目が合った気がした。
う...怖すぎる。
「よーし!! では全員集まったみたいだし、戦闘訓練を始めるぞー!!」
オールマイトの大声によって、俺は意識を中央へと戻す。
どうやら二人一組になり、ヒーロー組とヴィラン組に分かれて2対2で屋内戦を行う形式らしい。
抽選の結果、俺は芦戸さんとペアになった。
面識のない相手じゃなかったことに、まずは一安心だ。
モモちゃんはどうなっただろうと思い名簿に目をやると、どうやらモモちゃんは峰田くんとペアになり、しかも俺たちと対戦する組み合わせだった。
うわぁ……モモちゃん相手かぁ。お互いに手の内を知り尽くしているし、かなり厳しい戦いになるぞ……。
俺は一人静かに覚悟を決めるのだった。
第一試合は、緑谷くん・麗日さんペア対、爆豪・飯田くんペアだった。
これは正直、出来過ぎというか、因縁の深さに運命の悪戯を感じずにはいられない組み合わせだった。
それにしても、校内にこれほど広大な戦闘訓練場があるのは素直に凄まじいな。
ビル群が何棟も立ち並ぶ景色を見上げながら、俺は感心していた。
モニタリングを開始すると、ヴィラン側である爆豪と飯田はトラップの設置や潜伏といった細細した策は向いていないと判断したのか、最も巨大なビルに「核」を配置して陣取ったようだ。
俺もその判断には納得だ。
爆豪はどこでも暴れ回れるだろうが、飯田くんに関しては直線的な加速スペースが確保できる場所でなければ、あの強力な個性を活かしきれない。
そしてヒーローチームも当然それを察したようで、迷いなく一番大きな建物へと侵入していく。
だが侵入直後、爆豪が単身で凄まじい奇襲を仕掛けた。
対するヒーローチームは焦ることなく、紙一重で奇襲を回避していく。
別カメラで最上階の飯田くんの様子を見ると、どうやら爆豪が作戦を無視して勝手に飛び出していってしまったらしい。
え? 音声が入っていないのになぜそんなことが分かるのかって?
そりゃあもちろん、ナガンさん直伝の読唇術のおかげですよ。
そして試合が中盤に差し掛かった頃。
爆豪がサポートアイテムである両腕の籠手に溜めた汗を解放し、規格外の大技を繰り出した。
溜め込まれた爆熱が弾け、緑谷くんのいる階層全体を激しい火炎と爆風が呑み込む。
なんて奴だ。
同級生相手に、それも屋内で撃つような技じゃない。
しかし一方で、爆破の直前にしっかりと技を口にして説明し、緑谷くんに後ろへ回避する一瞬の猶予を与えているあたり、本当に食えない奴だと思う。
緑谷くんが直撃を免れ、重傷に至っていないのがその証拠だ。
しかし全く、幼稚なプライドだ。
「自分は致命的な責任を負わないギリギリのライン」にとどめつつ、威圧によって緑谷くんの心を折り、服従させようという浅ましい魂胆が透けて見える。
やっぱり俺、こいつ嫌いだ……とモヤモヤした感情を抱いていると、どうやら決着の瞬間が訪れるようだった。
慌ててモニターへと視線を戻す。
緑谷くんの「麗日さん! 行くぞ!!」という叫びが唇の動きから読み取れたと同時に、爆豪と対峙していた緑谷くんが、カウンターとして拳を真上へ振り上げた。
だが、爆豪の動きとタイミングの合っていないそのアッパーは、空を切る無惨な空振りに見えた。
――違う。緑谷の狙いは爆豪本人ではなかったのだ。
建物全体の天井が破砕され、甚大な衝撃波が上層階へと突き抜ける。
その衝撃は最上階へ届き、床に亀裂が入ると同時に、巻き上げられた大量の瓦礫が宙へと浮遊した。
それを待っていましたと言わんばかりに、浮遊した瓦礫を麗日さんが抱え込み、
「彗星ホームラン!」
と叫びながら飯田くんの隙を突き、回収対象である「核」へ飛びついて試合終了のブザーが鳴り響いた。
なんてハイレベルで狂った試合なんだ、と俺は腕に鳥肌が立つのを感じた。
緑谷くんは、最初からここまでイメージしていたのだろうか?
いや、していたに違いない。
あの激しい近接戦闘の渦中で、複雑な指示を出す時間などあるはずがないのだ。
となると、一度爆豪から離脱し、麗日さんが最上階の中央フロアで飯田くんと対峙したという状況を把握した時点でこの勝利へのシナリオを組み立て、事前に彼女へ伝えていたことになる。
しかも、爆豪に警戒されないよう事前に屋上を打ち抜くのではなく、土壇場のカウンターの瞬間にそれを実行してみせた度胸。
この行動の真に恐ろしい点は、自分自身の勝利を最初から捨てている点にある。
あのタイミングで麗日さんに攻撃の準備をさせるためには、爆豪の攻撃動作や誘導を完全に読み切っていなければならない。
その上で選択したカウンター。
普通、カウンターが決まれば相手の突進速度と自分の威力が合算され、絶大なダメージを与えることができる。
しかし失敗すれば、相手の攻撃を正面からまともに食らい、自分自身が撃沈する諸刃の剣だ。
だが緑谷は、爆豪の「天才的な戦闘センス」と「プライド」に賭けたのだ。
緊迫した土壇場で、緑谷が焦って空振りしたと思い込ませる。
そうやって爆豪に勝利を確信させ油断を生み出し、かつ「爆豪ならギリギリ戦闘不能にならない程度の加減で自分を打ちのめすだろう」という歪んだ信頼のもと、あえて隙晒しのカウンターを合わせたのだ。
試合が終わっても、爆豪がその場に呆然と立ち尽くしている姿が映し出されている。
モニタールームの皆は「試合に勝って勝負に負けた」といった総評を下しているが、爆豪の心中的にはそんな甘っちょろいものではないだろう。
完膚なきまでの敗北だ。
フィニッシュの瞬間も、負け犬に手心を加えるだろうという己の思考回路すらも、全てその「無個性だったはずの負け犬」に読まれた上で翻弄されたのだ。
自分の全存在を見透かされたような屈辱―――。
「戻るぞ、爆豪少年。講評の時間だ」
オールマイトに肩を叩かれ、ようやく現実へと戻ってきたような顔をしている。
「……チッ。バカが。そんなにショックを受けるくらいなら、最初からそんな幼稚な真似をしなきゃいいのに……」
俺は思わず、ごく小さな声で毒を吐いてしまった。
それは爆豪に対する苛立ちというよりは、誰かに囚われ、歪んだ関係に固執している彼の姿に、どこか自分自身を重ね合わせてしまったことへの苛立ちのようだった。
「はーい! では講評だ!
もちろん今戦のベストは飯田少年だ! なぜかわかる人!?」
オールマイトが問いかけると、
「はい、オールマイト先生」
とモモちゃんがピシッと手を挙げて答えた。
「爆豪さんは私怨丸出しの独断、室内での大規模攻撃は愚策ですわ。
緑谷さんも同様の理由ですね。
麗日さんは中盤の気の緩み、そして最後の攻撃が乱暴すぎましたわ」
「ま、まあ……正解だよ!」
言いたいことを完璧に言い切られた、といった様子のオールマイトがタジタジになりながら答える。
相変わらず、爆豪は講評中もしょぼくれたような表情で俯いている。
あー、まったく。拗ねやがって……!!
イライラが募った俺は、少しだけ補足を口にする。
「確かに、全体を通して飯田くんがベストでしょう。しかしそれは、三人が減点方式で勝手に評価を落とした結果でもあると思います。
逆を言えば飯田くんは減点されない模範的な行動だったとも言い換えれると思います。
例えば爆豪の単独行動自体は、戦術としては一理あります。
直線の加速しかできない飯田くんが斥候に出た場合、曲がり角などの死角で二人掛かりの奇襲を受ければ即座に拘束される危険があった。
でも爆豪の爆破なら、高機動で縦横無尽に方向転換ができ、逃げ足も早い。敵の配置を探るアタッカー兼斥候としては極めて優秀です。
大規模攻撃についても、戦況に熱中しすぎた結果であって、それだけ本気で勝ちにいった証拠とも言えます。
……まあ、チームとしての連携が完全に破綻していた点については、庇いようもありませんが」
一息に言い切ると、爆豪が目を見開いて驚いたような顔でこちらを睨みつけてきたので、俺は気まずく目を逸らした。
どうせ「同情なんてかけてんじゃねえ」という怒りの眼差しだろう。
……はぁ、こうなることが分かっていたのに、どうして余計な口を出してしまったんだろう。
しかもモモちゃんの完璧な講評に、わざわざ水を差すような真似までしてしまった。
そんな自分にひたすら自己嫌悪していると、ついに俺たちの順番が巡ってきた。
さーて、モモちゃんとのバトルですか。どうなることやら。
呆れ半分に呟きながらも、俺の口元は期待と緊張でなぜかニヤリと笑うのであった。
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