だいぶ機関が開いてしまったのですが、ゆっくりペースでも必ず完結はさせようと思っているので応援してもらえたらうれしいです!!
【青山視点】
戦闘訓練は、そのままつつがなく終了した。
正直なところ、入学したばかりで実践経験の乏しい生徒たちの戦いには、そこまで注視すべきポイントがなかったというのもある。
だがそれ以上に、俺自身の意識がどこか遠くを彷徨っていたという点が一番大きかった。
俺は、いまだに迷っているのだろう。
自分が歩んでいるこの泥沼の選択が、本当に正解なのかと。
現在の俺は、三つの顔を使い分けて生きている。
希望に満ちた「雄英高校ヒーロー科の生徒」としての顔。
裏で社会の死角を蠢く「公安の調査員」としての顔。
そして、根底で家族の命を握られ、仲間を売る「AFOの手先」としての顔。
この三つの顔をすべて知る者は、この世界のどこにも存在しない。
俺を誰よりも愛してくれる両親でさえも。
もちろん、大切な人々を危険な暗闘に巻き込むわけにはいかないという理由もある。
だが、本当の核心は――俺が誰も、本当の意味で信用しきれていない点にあった。
きっと誰かにすべてを打ち明けてしまえば、どれほど楽になれるだろう。
だが、それではダメなのだ。
俺は、許しを乞うために戦っているわけではない。
むしろ、許さないでほしいのだ。俺という醜い裏切り者を。
もし誰かに許されてしまえば、俺の中に燻るこの苦しみが、怒りが、AFOへの恨みが風化してしまう。俺が背負うべき罪が、生ぬるい善意で浄化されてしまう。
だが……そう心に誓い、固めたはずの覚悟が、時折どうしようもなく苦しくなる。
無邪気に未来を語り合うA組のクラスメイトたちを見つめていると、もし俺が普通の少年として生まれていたら、彼らと一緒に笑い合えたかもしれない「存在しない未来」を幻視してしまうのだ。
それが、耐え難いほどに痛い。
そんな自責と思考の渦に呑まれ、視野が狭くなっていたのだろうか。
視界の端から伸びてきた影に気づくのが一瞬遅れた。
――ガァンッ!!
ナガンさんの容赦のない、突き上げた拳が俺の顎を正面から捉え、そのまま振り抜かれた。
(……あ、そうだった。今は訓練中だったんだ……)
公安に休みなど存在しない。
ただでさえ俺は雄英の授業を理由に実戦訓練が不足しがちになるため、放課後はこうして公安の隠れ家で過酷な手ほどきを受けるのが日課となっていた。
浮遊感とともに、急激に意識の端が白く爆ぜていく。
(くそ……俺は、まだやれる……!!)
そんな抗いの意思とは裏腹に、俺の視界は漆黒の闇へと没していった。
なんか、フニフニする。
意識が浮上した俺の、第一印象はそれだった。
脳を揺らされて気絶し、横になっているはずなのだが、頭を預けている場所がなぜか妙に柔らかく、温かい。
ここで重要なのは、決して「プニプニ」ではなく、弾力としなやかさを兼ね備えた「フニフニ」であるという点だ。
一言で表現するなら、恐ろしいほどに寝心地が良かった。
(もう少しだけ、このまま休んでいたいな……)
まだ重い頭を少し動かし、横向きから反対側へ寝返りを打とうとした、その時だった。
ずしりと重い、生温かい柔肉の感触が俺の顔面全体を包み込むように押し潰した。
「ひゃっ……!?」
頭上から、ことりの悲鳴のような、らしくない可愛らしい声が鼓膜を揺らす。
瞬時に背筋へ嫌な汗が吹き出した。
俺は跳ね起きるように目を開け、自分の置かれた状況を確認しようと試みた。
だが、脳震盪のダメージはまだ完全に抜けておらず、体を数センチ浮かせたところで限界を迎える。
結局俺は、そのまま元の姿勢へと倒れ込むしかなかった。
目の前に広がるのは、柔らかな生地と曲線を描く大きな構造物――そして、その隙間から覗き込むように俺を見下ろす、ナガンさんの呆れたような顔だった。
(ってことは……これって、ナガンさんの……)
そこから先の思考を直視するのはやめた。
それを言葉にして認知してしまった瞬間、自分が目覚めた時の状態を正確に把握してしまうからだ。
俺はなぜか目覚めると、レディ・ナガンさんに膝枕をされていた。
言っている意味がわからないと思うが、当事者である俺にも全く理解が追いついていない。
「す、すいません!! 迷惑かけちゃって……!すぐ立ちますから!」
焦って起き上がろうとする俺の肩を、ナガンさんは容赦のない力で強引に押し戻した。
「いいから黙って寝とけ。お前、鏡も見れないくらい顔色が酷いぞ」
「そう……なんですかね……? 自分じゃ、よくわからないもんで……」
クラスメイトの誰一人として気づかなかった俺の限界を、ナガンさんは一目で見抜いていた。
これは俺の隠し方が下手だったというよりは、幾多の修羅場を潜り抜けてきた彼女の観察眼を称えるべきなのだろう。
俺自身、指摘されるまで自分がここまで精神的に追い詰められていることに気づけていなかったのだから。
「しかし、なんだな。こうして倒れているお前を見ていると……初めて出会った頃のことを思い出すよ」
「うーん……今となっては、お恥ずかしい限りです……」
「いやいや、責めているわけじゃないさ。ただ、お前にもまだあの頃みたいな未熟な部分が残っているのが見れて、私としては嬉しい限りだよ」
「俺としては、早く頼りがいのあるナイスガイになりたいところなんですけどね……」
俺は情けなく苦笑いを浮かべた。
だが、ナガンさんの膝の温もりを感じながら眠っていた間、実は俺もまったく同じ過去の記憶を辿っていた。
あの頃の俺は、本当に酷かった。
フランスに渡ってからはモモちゃんや寧人とも会えず、周囲に誰一人として心を許せる人間がいなかった。
そんな中で、公安の一員として定期的に日本へ潜入し、汚れ仕事をこなし続ける生活
。それは慎重に、だが確実に俺の精神的余裕を蝕んでいた。
そんな泥沼の中で、ナガンさんだけがいつも俺のことを気にかけてくれていた。
だが今にして思えば、あの頃のナガンさん自身も、公安の「綺麗事の裏側」に絶望し、心に余裕など微塵もなかったはずなのだ。
あの時の俺たちは、互いの傷口を舐め合うような、歪んだ共依存関係に近かったのだと思う。
(ナガンさんの訓練、人一倍厳しかったけど……終わった後は、いつもこうやって優しく甘やかしてくれたんだよな……)
結局、ナガンさんは俺を膝の上から降ろしてくれそうになかったので、俺は大人しくその温もりに身を任せ、静かに過去の記憶へと思いを馳せることにしたのだった。
<ナガンside>
今でも、鮮明に覚えている。
世の中のすべてを憎悪し、腐りきった自分の人生に絶望している、光の消えた瞳。
あの日のガキの目は、私自身に恐ろしいほどそっくりだった。
だが、その影をよく観察してみれば、私よりも一回りどころか二回りも小さい、まだ幼さの残るガキだったのだ。
親切心なんて美しいものじゃない。あの日、私が声をかけたのは単なる私のエゴだった。 なぜそんな若さで、そこまで濁りきった目をしているのか。
この世に生きる価値すら見出していないように思えるのに、なぜ血を吐くような努力を続けられるのか。それを知りたくて、私は近づいた。
結局、そのガキ――優雅は、私に対して何も自分の本心を語ろうとはしなかった。
だが、私には痛いほど理解できた。このガキは、誰にも言えない重すぎる地獄をその小さな背中に背負っているのだと。
私は不純ながらも寄り添える、と思った。
傷を共有し合える、と。
私が公安の嘘と泥塗れの現場で感じた失意や絶望と同じように、こいつも社会の何かに打ちのめされているのだと思った。
だからこそ、二人で暗闇の中で傷を舐め合い、絶望を分け合えるのだと思ったのだ。
だが……優雅は違った。
私にすがりついてくることはあっても、決して私という存在に身を委ねて依存してくることはなかった。
こいつは、あろうことか――絶望の底にいる『私』のことまで、自分が救うべき対象の中に含めていたのだ。
私は、私を「ヒーロー」と慕ってくれた子供たちの未来を守れなくなり、その手すら握り返せなくなったというのに。
この子供は、何度打ちのめされ、世界の汚い現実を突きつけられてもなお、自分が救いたいもののために必死に手を伸ばし続けている。
自分の器の小ささに猛烈な恥ずかしさを覚えると同時に、私は「青山優雅」という一人の男の生き様に、心の底から惚れ込んでしまった。
この子供が一端のヒーローとして立ち上がった時、一体どんな未来を叶えようとするのか。それをこの目で見届けてみたいと、純粋に思えたのだ。
私はもう、綺麗なヒーローには戻れない。
私を慕ってくれた子供たちに、眩しい笑顔で手を振り返す資格なんてない。
私は自分の正義を見失い、自分が何を命がけで守りたかったのかすら分からなくなってしまったのだから。
だが――優雅。
お前のためなら、お前が命をかけて守ろうとしているその未来のためになら。
私はもう一度、銃をとってみてもいいと思えたんだ。
レディ・ナガン:ライジング
レディ・ナガンの年齢や公安をやめた時期などは正式な情報がなかったように思えたので都合のいいように解釈しています。
というか、もし違っていても作者の技量により修正できませんので、独自設定として受け入れてもらえるとありがたいです...