優雅じゃない青山くん   作:ねをん

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今は24:70…
よーし、土曜日更新に間に合ったか…(白目)


中学生 3

目が覚めたときには、もうすべてが終わっていた。

 

マスキュラーとの戦闘を終え、その場で気絶してしまった以上、多少なりとも警察から叱責や追及を受けるのは避けられないと思っていた。

だが、そのあたりは物間がうまく立ち回ってくれたらしい。ヴィジランテ用の衣装を隠し、ウォーターホース一家にも口止めを頼んでくれたようだ。

 

俺の事情をそこまで汲んでくれるなんて、優しいやつだな……。

 

結果として、マスキュラーはウォーターホースが追い詰め、最後の悪あがきとして暴れようとしたところを、物間がコピーしたウォーターホースの個性で止めた――そんな筋書きに落ち着いた。

 

俺と物間は、中学生が夜に出歩いていたこと、すぐにヒーローへ助けを求めなかったこと、個性を不正利用したことについて咎められはした。

 

だが、学校では優等生であり、なおかつヒーロー志望だったこともあって情状酌量の余地があると判断され、軽い取り調べののちに帰されることになった。

 

ただ一つ、気になることがあった。 物間が俺を見る目つきが、どこか変わった気がしたのだ。

 

一緒に取り調べを受けている間も、いつものように面倒くさく絡んでくるかと思っていたが、案外おとなしく警察の指示に従っていたし、俺にマウントを取ろうとすることも一度もなかった。 その一方で、俺に向ける視線だけは妙にじっとりしているというか、湿度と粘度をたっぷり含んでいるように感じられてしまうのは、気のせいだろうか。

 

ともあれ、事件は無事に収束した。中学校でもしばらくは同級生たちに事件のことを根掘り葉掘り聞かれたが、一週間もすればみな興味を失ったようで、話題に上ることすらなくなった。

 

だが、だからといって平穏な日常が戻ってきたわけではなく――。

 

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やあ、物間寧人だよ! ようやく平穏な日常が戻ってきた、というところかな。 なにしろ事件後の一週間は、それはもう大変だった。

 

警察の取り調べでは、供述に少し怪しい点があるからと何度も呼び出されたし、中学校でも、あれだけセンセーショナルな事件が身近で起きたものだから、野次馬根性丸出しの連中がこぞって話を聞きに来た。

まあ、事件現場が学校からそう遠くなかった以上、ある程度は仕方ないとも思う。

 

……とはいえ、青山のあの態度はどうかと思うけどね!! いくら人づきあいが苦手だからって、聞きに来た生徒全員の質問を黙殺していたんだ。

まあ、本人なりにはあれでも頑張っているつもりなんだろうけど……。

 

青山は、そういうところがある。

自分が周囲からどう見られているのか、うまく把握できていないというか……もっと言えば、自己評価と他者評価のずれがあまりにも大きいのだろう。

自分がどうなっても構わない、まして死んだところで誰の迷惑にもならない――そんなふうに思っていそうな危うさがある。

 

ただ、かく言う僕も、事件のあとも依然として青山とまともに話せてはいない……。

 

あんなことがあったのだから、むしろ仲良くなっていてもおかしくない。そう思う人もいるかもしれない。

けれど僕自身、彼との距離感をどう測ればいいのか、まだつかみきれていなかった。

 

彼は磨き上げられた宝石のように、確固たる意志をもって人と関わらないという選択をしているのだろう。

そしてそれは、彼が人知れずヒーロー活動をしている理由にもつながっているはずだ。

けれど僕は知っている。宝石は硬いだけであって、決して壊れないわけじゃない。

あの透き通るような輝きも、一瞬の衝撃で劈開し、曇ってしまう危うさを孕んでいることを。

 

あの夜、僕は青山優雅という宝石に可能性を見た。

人は弱さに惹かれるものだと思う。

誰もが弱さを抱え、それをひた隠しにしている。

だからこそ、その弱さを引き受けたうえで、それでも大切な何かを守るために立ち向かう姿に、心を動かされるのだ。

 

僕はそこに、英雄の資質を見出した。

 

だからこそ、どう接すればいいのかわからなかった。

その宝石自身が、ほかのものと磨き合うことを望んでいない。

ひどく孤独で、寂しい道を進もうとしている。 ならば僕にできるのは、その背中を見届けることだけだろう――そう思っていた。

 

大丈夫。僕はフィクサーだ。 君が自分の力で輝けるその時まで、舞台の主役は僕が引き受けよう。

 

そう考えていた。 先生のあの言葉を聞くまでは……。

 

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中学一年の七月。 じわじわとうだるような暑さが顔を出しはじめ、教室には人を無気力にさせるような熱気が満ちていた。

 

「えー、突然だが、今日をもって青山優雅くんはフランスへ転校することになった」

 

先生のその一言で、思考が止まった。 この人は、いったい何を言っているんだ。

 

「親御さんたっての希望でな。ヴィラン事件もあったもんだから、親御さんの母国であるフランスで少し羽を休めたいそうだ」

 

言葉の意味はわかる。 だが、脳が理解することを拒んでいた。

 

僕らの中学生活は、これから始まるはずだったのに……。

 

とはいえ、僕らの関係はとても希薄だ。 親友どころか、友達と呼べるかどうかすら怪しい。

 

なら、この張り裂けそうな胸の痛みは、なんと呼べばいいのだろう。 この感情に、どんな名前を与えればいいのだろう。

 

そんなことを考えているうちに、いつの間にかホームルームは終わっていた。 もう下校時間だ。

 

仕方がない。 青山とは縁がなかった――そう思うことにしよう。

 

それでも心の奥底では、煮え切らない何かがふつふつと音を立てていた。

 

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一日の授業が終わり、下校時間になった。

先生には転校の細かい話まではしないよう頼んでおいたのに、結局全部ばらされてしまった。

どうしてこうも教師という生き物は配慮に欠けるのだろうか。

 

少し苛立ちながら、周囲を見渡す。

 

後悔はない。 そもそも友達がいないのだから、誰かに惜しまれたり、別れを悲しまれたりすることもない。

向こうへ行っても、自分はきっと何も変わらないだろう。

学校では一人で過ごし、空いた時間があれば訓練をする。

それでいいと思っているし、不満もない。

 

そんなことを考えていたとき、物間が声をかけてきた。

 

「おいおい!! どういうことだい! 僕に追いつかれそうだからって、フランスに逃げ帰るのかな。 僕は勝ち逃げなんて許したつもりはないけどね」

 

いつもなら面倒にしか思えない軽口が、このときばかりは妙にありがたかった。

気を使われるよりも、こうしていつも通り突っかかってきてくれるほうが、こちらとしても余計な気を使わずに済む。

 

物間はさらに続けた。

 

「このまま勝ち逃げってのも癪だし、裏庭で決着をつけようじゃないか! 僕の本気を見せてやるよ」

 

そう言われて、確かにこいつとは本気で戦ったことがなかったと思い出す。 中学の実技といっても、生徒に怪我をさせないためか、内容の大半は戦闘知識や型の習得ばかりで、組手は先生相手にしか経験がなかった。

 

俺とマスキュラーとの戦いを見て、触発でもされたのか?

 

まあ、こいつには世話にもなったし、怪我をしない程度に軽くもんでやるか。 そんな軽い気持ちで、俺は模擬戦の提案を受けた。

 

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「模擬戦は個性なし、範囲は裏庭全体、有効打は急所以外でいいか?」

 

俺がルールを確認すると、

 

「もちろん。君のなんちゃらレーザーを使われたら、学校に跡が残りそうだしね~」

 

と物間はいつもの調子で返してきた。 今日はいつにも増して突っかかってくるな、と感じる。

 

そして試合は始まった。 合図をしたわけでもない。先に動いたのは俺だった。 一気に間合いを詰めて殴りかかる。だが、物間は余裕の表情のままそれを受ける。こいつも最初から臨戦態勢だったらしい。

 

そのまま、激しい応酬が続いた……。

 

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「わりぃ、参った」

 

先にそう口にしたのは俺だった。 物間の蹴りがきれいに入って体勢が崩れる。物間はそこを逃さず追撃に移ろうとしたので、思わず手を挙げて降参を告げてしまった。

 

負けたか。

 

けれど、不思議と悔しさはなかった。 むしろ、胸の内は妙にすがすがしい。

 

試合を通して、俺は物間の努力をはっきりと思い知った。

個性『コピー』は、個性そのものが万能型であるがゆえに、使い手である物間自身があらゆる面で高水準でなければならない。 とっさの判断力。戦闘の組み立て。至近距離での格闘術。 そのすべてに、物間が積み重ねてきたものが見えた。

 

だが、当の本人は勝ったにもかかわらず、浮かない顔をしていた。

 

「手を抜いただろ! 僕があの日見た、憧れた青山の強さはこんなもんじゃない!!」

 

物間が叫ぶ。

 

「しょうがないだろ。あの時とは状況が違うんだ。相手は本物のヴィランで、生死を賭けた戦いだったんだから。お前は十分強いよ、物間」

 

そう返したものの、物間の表情は晴れなかった。

 

「違う!! 優雅、お前はいつもそうだ。

人と全力で関わることを避けている。

けど、それを責めるつもりはないんだ!

 僕が悩みを抱えていたように、優雅にも事情があるんだろう。

けど、お前の拳からは気遣いが見えた。なぜ、マスキュラーに打ったあの技を使わない!!

僕はそんなに弱いか、お前が気を使わないといけないほど……お前と同じヒーロー志望なのに、隣に並ぶことさえ許されないのか!!!」

 

その魂の叫びを聞いた瞬間、俺ははっとした。

 

俺はきっと、人から裏切り者だとか、ヴィラン一家だとか罵られることを、無意識のうちに避けていたのだろう。 幼稚園の頃、無個性だからと陰口を叩かれていたあの頃のように、人は残酷だ。

 

どれだけ仲良くなっても、いつか俺――青山優雅の本性を知れば、みんな離れていく。 そんなふうに、心の底では決めつけていたのかもしれない。

 

これが俺の弱さで、これから先ずっと抱えていかなければならない罪なのだろう。

 

「もう十分強くなっていたつもりだったのに、見ないふりをしていただけなんだな……」

 

思わず、そんな言葉が漏れた。

 

物間――いや、寧人は、自分の弱さと向き合ってきたのだろう。 生まれ持った性質に目を背けず、自分なりの答えを出してきた。

 

こんなに強いやつだったのか……。

 

俺が寧人を少しでも格下だと思っていたことが、ひどく恥ずかしくなる。 稽古をつけてやる、なんてどの口が言っていたのか。 学ばせてもらったのは、俺のほうじゃないか……。

 

「すまん。俺はお前を弱いと、心のどこかで思っていた。

どうせ、俺にはついてこられないんだろう、と。 けど認識を改めるよ。お前は俺より強い。

俺が弱かったせいで、自分の弱さから逃げて、お前の強さを見て見ぬふりをしてたんだ……」

 

寧人はぽかんとしていた。 そりゃそうだ。 俺が一方的に納得して、一方的に感情をぶつけているだけなのだから。

 

陰キャな理由がここに極まれり、って感じだな。

 

でも、それでいい。 これから少しずつ学んでいけばいいんだ。

 

「今からもう一度模擬戦っていうのもなんだし、俺は寧人に大事なものを学ばせてもらったから、その返しとして、今の俺にできる最大限の技を見せる。 それで今日は手打ちにしないか」

 

そう提案すると、

 

「よし、なんだかわからないけど、受けてやるよ」

 

寧人は悪ガキみたいに笑った。 その顔を見ていると、友達ってこういうものなのかもしれない、なんて場違いな考えがふと頭をよぎる。

 

集中しろ。

 

俺がやるべきことは一つだ。 今の自分にできる最大限の技を、寧人に見せることだけ。

 

世界から音が消える。 次いで色も抜け落ち、景色はモノクロへと沈んでいく。 時間の流れすら忘れ、そこにあるのは自分の体と相手の体だけだった。

 

ネビルレーザーと中国拳法の相性を探る中で、俺はいくつもの発見を得た。 最初は、氣を使うからという単純な理由で中国拳法を選んだだけだった。だが、中華四千年の知の蓄積と呼ばれるだけあって、その世界は驚くほど深い。

 

その一つが、流派の違いだ。 現在、中国拳法の流派は少なくとも百二十九種類あると言われている。小規模なものや新たに生まれたものまで含めれば、ほとんど無限と言っていいのかもしれない。

 

その中で、俺が目をつけたのが“劈掛拳”だった。

 

この流派の特徴は、徹底した脱力によって、居合のような遠距離・高速の打撃を実現することにある。 修行を重ねるうち、俺は自分の氣がネビルレーザーに似た性質を持っていることにも気づいた。 単純にエネルギーの質として、力強く重い技よりも、優雅で鋭い技のほうが性に合っているのだ。

 

だからこそ、この“劈掛拳”は俺にとって最適の流派だった。

 

そして、その劈掛拳の中にも、最強にして全流派最速とも言われる技がある。

 

今から俺が寧人に放とうとしているのは、その技だ。

 

集中しろ……。

 

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優雅の気配が変わる。

 

肩から腕にかけて、力が完全に抜け落ちている。だらりと脱力しているのに、放たれる圧だけはまるで衰えていない。いや、むしろ先ほどまでより強くなっているようにすら見えた。 まるで、澄み切った水面を前にしているようだった。

 

そう思った次の瞬間、優雅の腕が腰から胸、そして腕へと鋭く回転しはじめる。 流れるような力の伝達。その速さは、津波の前触れを見ているかのようだった。 力は途切れることなく流れ、一直線に腕へと収束していく。

 

そして、その伝導が極まった瞬間。 津波のごとき威を帯びた腕が背骨の回転に引かれ、右の肩甲骨が背中の中央から外側へ「ガバッ」と開いた。 それはまるで、龍が口を開く瞬間のように見えた。

 

そして、技が姿を現す。

 

その技は、黒龍が自らの身体を激しく回転させ、そのまま体当たりを仕掛けるような、凄まじい速度と威力を持つことから名づけられた。

 

烏龍盤打

 

優雅がそう叫んで放つ。 だが、その声が耳に届くより早く、強烈な一撃が迫り――

 

僕の体すれすれをかすめて、背後へと抜けていった。

 

どうやら手加減されたらしい。 途中で軌道を変え、僕に当たらないようにしたのだろう。

 

けれど、もうその手加減に嫌悪感はなかった。 むしろ、僕を認めたうえで、自分に今出せる最高の技を見せてくれたのだと思うと、素直に嬉しかった。

 

それにしても、まったく見えなかった。 烏龍盤打……。 脱力のぶん、発動までにわずかな間があるとはいえ、とてつもなく強力な技だ。

 

まったく、負けていられないな……。

 

そんなことを思っていた僕は、どうやら笑っていたらしい。

 

「この技を見て笑えるなんて、ちょっとショックだな……。これでも一番強い技なんだぜ」

 

「いや、やはり優雅は僕の親友にふさわしい、と思っただけさ。すぐに追いついてやるとも」

「え!俺たちって親友なのか??」

「おいおい、そんなこと言うのは無粋だろ!あんなこともあったんだ。親友って言ってもいいだろ」

「おお…そういうもんなのか…」

「ふー、全く…優雅は戦闘以外はさっぱりだね」

 

そう言い合って、僕らは顔を見合わせて笑った。

 

ああ、今日はなんていい日なんだろう。 ふと目に入った夕暮れが、やけに綺麗だった。 世界のすべてをオレンジ色に染めあげるその光は、朝とも夜ともつかない曖昧な境界ごと、やさしく包み込んでいた。

 

「フランスに行っても、たまには連絡をくれよ」

 

僕がそう言うと、優雅は少しだけ視線を逸らして答えた。

 

「たまにはな……。まあ、フランスに行くのも母親の意向なんだ。フランスは母の母国だし、何かと利便が利くだろうと……。まあ、高校生くらいには帰ってくるんじゃないかな」

 

説明になっていない、と思った。 なぜフランスに行くのか、その核心には触れていない。

 

けれど、それを追及するのは野暮なのだろう。 優雅がそのことに気づいていないはずがない。あえて言わないのは、多分、僕に対する彼なりの最大限の誠実さなのだ。 言わないことで、嘘をつかずに済ませている。

 

不器用な男だ、と僕は思った。 けれど同時に、その不器用さの中にこそ、彼本来の優しさも感じていた。 だから僕も、あえてそれ以上は聞かなかった。

 

「優雅。僕は君にヒーローの輝きを見たんだ! 君だけ勝ち逃げなんて許さないよ。君は必ずヒーローになるべきだ」

 

「なんだよ……それ。まあ、ありがとう。ただな、お前こそ、俺がフランスに行ってる間に怠けてたら承知しないからな!」

 

「はっ!! 君のことなんか一瞬で追い抜いてやるよ。そっちこそ、日本に帰ってきた時には僕に泣きついて教えを乞うんだな」

 

そんなふうに、いつものように軽口を叩き合った。

 

もう、不安はなかった。

 

それはきっと、青く澄み切った青春の、かけがえのない一幕だった。

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