八百万百視点
私と優雅さんとの出会いは、私がまだ小さい時でした。
そのころ、お互いの両親が仕事上、関わりがあったこともあり、年齢が同じということでよく一緒に遊んでいました。
部屋に置かれた小さな木馬や、縁側に差し込む柔らかな日差しの記憶と共に、彼との思い出はいつも温かい色をしています。
年齢は同じだったのですが、私のほうが誕生日が先で、小さいころからしっかり者だった、ということもあり、彼はモモちゃんと私のことを慕ってくれていました。
私ももちろん優雅さんのことをユウちゃんと呼び、実の弟のように慕っていました。
彼は少しおちゃめな男の子で、とても自信家でした。僕は絶対にヒーローになるんだと、パパンやママンに誇れるヒーローになるんだ、と口癖のように言っていました。
夕暮れの中、長い影を引きながら胸を張って歩く小さな背中を、今でもはっきりと思い出せます。
当時の私は、彼の言葉を肯定はしなかったものの、彼の透き通るような眼を見て、彼の夢が叶うと嬉しいな、と子供ながらに思っていました。
しかしそんな関係性が変化したのは、彼の個性がなかなか発現せず、彼が診断を受けるため、お医者様のところへ行った後でした。
聞くところによると、診断には時間がかかったものの、彼には個性があったようでした。
それを聞いた時、私はとても安心したのを覚えていました。
彼は財閥の一人息子であり、もし無個性ということになると、生まれてくる子供も無個性として生まれてしまうという噂があり、それはつまり後継ぎが作れないことを意味します。
なので、富裕層の中では子供が無個性だとわかると養子に出すなどして親子の縁を切るケースが多いのです。
もちろん彼の両親はそんな人ではない、とは知っているのですが…
しかし、次に会った彼はまるで別人のようになっていました。
天真爛漫な性格で、とても明るく私に話しかけてくれる彼はいませんでした。
どこかうつろな目をしており、ここではないどこかを見ているような、何かにとりつかれたようなそんな表情をしていました。
窓辺に佇む彼の輪郭が、夕陽に溶けて滲んで見えたのを覚えています。
まるで、そこにいるはずの彼が半分どこかへ行ってしまったかのようでした。
何より、彼が大好きな、ヒーローという話題をパタリと出さなくなり、ましてやヒーローになりたい、という言葉は二度と口にしなくなりました。
しかし、その一方で個性トレーニングや肉体トレーニングといった、明らかにヒーローになるためのトレーニングをほぼ毎日欠かさずに行うようになりました。
唯一彼の変化しなかったところといえば、その美しい瞳だけです。
昔もまばゆいほどに煌めいていましたが、今は見ているものを吸い込んでしまいそうな、奥の見えない光を放っています。
一体、彼の瞳は何をとらえているのでしょうか。私にはわかりません。
両親は優雅さんとはあまり関わらないように、と言ってきました。リビングの重い空気、両親の伏せがちな視線。子供心にも、その言葉の裏に何かただならぬものがあることだけは感じ取っていました。
なぜなのか、その時は子供だったのでわからなかったのですが、どうやら青山グループはよくない噂が流れていたようです。
あるヴィランと協力関係にあるだとか、
やましいような仕事をしているだとか、
警察に圧力をかけているなどです。
おじさま、おばさまはそんなことをする人ではないと思うのですが…
ただ、私はそれでも彼から離れようとしませんでした。
彼の劇的な変貌、しかしそれでも私の眼には本質的な部分は変わっていないように映っていました。
私を実の姉のように慕ってくれていた、純粋無垢な優雅さんのやさしさが確かにそこにあったような気がしたのです。
みんなには悟られないように、隠しているようでしたが…
幸い、小学校が同じだったので、私はお母さまには秘密でよく優雅さんの家に遊びに行っていました。使用人の目を盗んで裏門をくぐる、あの緊張と高揚が入り混じった感覚は、今思い出しても少し胸が高鳴ります。
優雅さんは私がいようがいまいが、ひたすらに訓練をしていました。汗を拭うこともせず、拳を振り続ける背中を、私はいつも部屋の隅からそっと見守っていました。
でも私も、ユウちゃんが無理をしないように見ていないと…という身勝手な思いを抱いていました。
中学生に上がっても、私は優雅さんと同じ中学に進学します。
しかし、その関係性は小学生の時とはまた違ったものになります。
私たちの通っていた学校は有名私立の中学校だったこともあり、男女の壁はとても大きいものでした。
女性は女性らしい言葉遣いを、男性は男性らしい言葉遣いを、といったことから始まり、不順異性交遊などはもってのほかでした。
これは、親のクレームなども大きかったのでしょうとは今では思います。
大事な箱入り娘、息子を不純な道に導くわけには行けないという子のなのでしょうね。
また、私たち自身も思春期に入ったということもあり、私も優雅さんも気にしてはいなかったのですが、一方周りの目はそれを快く思わないようで、周りに配慮して接触を控えるようになります。
ユウちゃんという呼び方が優雅さんに変化したのもこのころでした。廊下ですれ違う時、目礼だけを交わして通り過ぎる。その距離感が、当時の私にはひどく寂しいものに感じられました。
しかし一方で一向に友達ができず、教室の隅でいつも考え事をしてる優雅さんを見て、私がいないとだめだなあ、という密かな思いも抱えていました。
今思うとなんて醜い思いなのでしょうか。
しかし、そんな状態は変化することになります。
物間寧人さん、彼は積極的に優雅さんにかかわっていくことになります。
そして、ある日のヴィラン事件を境目に優雅さんととても仲良くなったように見えました。
その時に私は思い知ったのです。
優雅さんは私がいないといけないわけではない、むしろ依存していたのは私のほうだったんだと。
私は彼のすごさをまるで、彼のすごさに気づいていた私がすごいという風に認知を歪めていたということに気づきました。
なぜ、物間さんのように横に並び立つという覚悟を持って彼と接することができなかったのでしょうか。
しょせん、私は幼馴染という立場に甘え、彼との関係性を更新しようと思っていなかったのでしょう。
そのあとすぐに彼からフランスへ行くことが告げられました。
しかし、私に彼を引き留める権利はありませんでした。
私は彼にとって何物でもないのですから…
そこから私は猛勉強を始めました。
優雅さんのことを忘れるかのように。
勉強に打ち込むことで彼のことを考える暇がないようにしたかったのです。
しかし、私は結局優雅さん、ユウちゃんとの楽しかった思い出を捨てることはできませんでした。
あの私の小さな弟を守ってあげたいというものが私の起源だったのですから...
それに気づいたのはあまりにも遅かったわけですが…
私がヒーロー科を目指し始めたのはそのころでした。
もちろんパパやママからは反対されました。
なぜおまえは頭もよく個性も優秀であるのに、わざわざ自分から戦場に行く必要がある、お前は人の上に立つ人間だと。
しかし、私は希望を捨てられなかったのです。
ユウちゃんにもう一度、謝りたい、そしてまたあの頃のように仲良くしたい、そう思って。
私は信じていたのです。ユウちゃんは必ずヒーローになる、と。
だから私もそんなユウちゃんに恥じないヒーローになるという目標を掲げました。
そこからは話が早かったです。幸い私はとても優秀でしたし、優雅さんと連絡を日々とっているという物間君から情報を間接的に聞いていました。
話をまた聞きするというのは淑女のやることではないと思うのですが、背に腹は代えられません。
物間さんも少し私が脅すとおとなしく情報を渡してくれるようになりました。
まあ、優秀な物間さんのことですから、私の彼を傷つけるつもりはないという魂胆を察し、折れてくれただけのようにも思えますが…
そんな中で、私は優雅さんが雄英高校を一般受験することを知ります。
私は元々、目指すなら徹底的にというのを掲げていましたので、日本一のヒーロー科がある雄英高校を受けるつもりで、推薦受験枠で応募をしていましたが、それを聞いた瞬間居ても立ってもいられなくなり推薦を辞退してしまいました。
なぜ私は優雅さんのことになるとこれほどまでに自制心が効かなくなるのでしょうか?
それを物間さんに伝えると、「あいつも罪な男だよなぁ…
まあ、君がいいならありがたく推薦枠は僕が使わせてもらうよ」と言っていました。
そういえば、なぜ物間さんは罪な男と言ったのでしょうか?
優雅さんは別に悪い人ではないのは物間さんも知っているはずなのですが…
まあ、そういったわけで私も雄英の一般受験を受けることになります。
実技試験で優雅さんとエリアが被ったのは本当にたまたまでした。
もちろん最初は気づきませんでした。
もちろん、久しぶりに会う優雅さんは物間さんからのアドバイスをもとに、とっっっっっても恰好よくなっていたというのも勿論ありますが、ここは倍率が30倍を超えることもある日本一の高校、雄英高校です。もちろん神童と呼ばれる子が落ちることも聞きます。いくら私、八百万家の一人娘だと言えどもそう簡単に受かるとは言えませんでした。周りの受験生も1000人は優に超えており優雅さんの心配をする余裕はありませんでした。
しかし、入試の最中、私はすぐ優雅さんに気が付くことができました。
轟音、そして混乱がひしめき合い渦を形成している中、一人だけ冷静にあたりを俯瞰している人がいました。しかし、それは単なる傍観、様子見ではありません。
同じ受験生のことを心配する目でした。
それは、私にとってありえないことでした。この試験という会場で他者を気に掛けるという志向がなかったからです。しかし、私はその目に既視感を覚えます。
その目は、私が昔見た、ユウちゃんの困っている人を放っておけないという優しい眼差しでした。土煙の向こう、砕けたビルの隙間から差し込む一筋の光の中に、その横顔がくっきりと浮かび上がって見えました。
私は涙が潤みそうになるのを必死にこらえます。私があの時に見た優しいあなたの姿は変わっていなかったのだと、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら安堵しました。
私は必死でその人物を追いかけ、話に行きます。瓦礫を踏み越え、砂埃に咳き込みながらも、足を止めることはできませんでした。
てんぱってしまい、昔のようにユウちゃんと話しかけてしまいましたが、彼も昔のようにモモちゃんと返してくれました。
ああ、なんて心地いいのでしょうか。こんなたわいのない会話がこんなに幸せだったことに気づく日が来るとは思っていませんでした、なんて試験中にふさわしくない考えをしてしまいます。
いけない、集中しないと。優雅さんは今も必死で誰かを助けようとしています。
だったらお姉ちゃんである私が優雅さんを支えるべきです。
優雅さんの話を聞くとどうやら優雅さんは巨大ロボットの下で埋まってる人を助けたいので、ロボットを行動停止にするそうです。だから私にはその子の回収に努めてほしいとのことでした。
なぜ優雅さんがそんな危ない橋を渡らなければいけないのか、と思い反論しようと思いますが、彼の瞳を見つめたとたん黙り込んでしまいます。ずっとヒーローになると言ってきかなかったユウちゃんのことです。私が止めても一人でお節介を焼きに行くのでしょう。あの日と同じ、まっすぐで、揺らぐことのない瞳でした。
なら、私がサポートに徹しましょう。いつまでたっても変わらない手のかかる弟だと割り切ることにしました。
そして優雅さんを巨大ロボットの頭上に打ち上げた後は瓦礫に埋まっている子の救助に向かいます。
ロボットの動きを予測し、足元まで近づいても救助者が見えません。
しかし、優雅さんが私に嘘をついたとも考えにくい……そんなことを考えていると、
「そこに誰かいるの?!ごめんね!瓦礫に埋まっちゃってて動けなくて、先生の救助を呼びに行ってほしいな!!」
「あなたはどこにいるんですか?」
「すぐそばの瓦礫に足が挟まってるんだけど、私の個性が透明化なせいで見つかんないと思うから、とりあえず私を置いて逃げてー!!」
その声は非常に明るく振舞っているように聞こえました。気丈に、私に心配させないように。そんな彼女の気遣いは会話でも感じ取れます。
しかし、私は優雅さんにここを任されたのです。
彼に情けない姿は見せられない。
そう思い、私は個性『創造』でサーマルゴーグルとジャッキを創造します。
試験終盤だったということもあり、少しめまいがしてしまいましたが、何とか二つとも創造することができました。
ゴーグルをつけて彼女の様子を見てみると、どうやら仰向けになって倒れているようでした。
どうやらすぐそばで巨大ロボットが出現した勢いでしりもちをついてしまい、また瓦礫で足が挟まれてしまったため身動きが取れなく立ってしまったと。
私はすぐに瓦礫の隙間にジャッキを挟み、隙間をこじ開けようとします。軋むコンクリートの音が、耳のすぐそばで響きました。
「なんで逃げないの!?私、逃げてって言ったよね」
「舐めないでください!これでも私はヒーロー科志望ですよ」
そんな悠長な会話をしているが、時間はない。
巨大ロボットがこっちに向かってきているのだ。その足はとてつもなく強大で、いくら優秀な八百万百であっても圧巻の質量攻撃にはなすすべもなくやられてしまうという自覚があった。地響きが一歩ごとに大きくなり、瓦礫の隙間から見上げた空が、その巨躯によって黒く塗りつぶされていくのが見えました。
巨大な足が迫ってくる。それはもはや足というより巨大な壁であった。
今にも押しつぶしてきそうな…
それを見て八百万百は最後に小さくつぶやいた。
「助けて。ユウちゃん…」
そんな消え入りそうなか細い声を聴いてか、聴かずしてかは定かではないが、巨大ロボットの中心部に光の奔流が走った。
雄英高校がセットしておいたセーフティかとも一瞬考えたが、その光には見覚えがあった。
幼き青山優雅が、彼女によく見せていた、そして調子に乗りすぎてトイレに籠ってしまい遊べなくなるまでがセットの、懐かしきあの頃を思い出させるような暖かい光だった。曇り空を割って差す、あの淡いサファイア色の輝きに、幼い日の記憶がふっと重なりました。
ロボットの動きが止まる。八百万百は張り詰めていた腕をようやく緩め、挟まれていた女の子を引っ張り出す。
ロボットの動きは止まったが、万が一倒れてきたりなどしたら、その時こそ本当に終わりだ。
急いでロボットから離れた後、試験は終わりを告げる。土煙が少しずつ収まり、静けさが戻ってくる中、あちこちで安堵の声とすすり泣きが混ざり合っていました。
どうやら教師の想定では巨大ロボットは一瞬だけ登場し、受験生に過酷なプロヒーローの世界を知ってもらうギミックの予定だったのだろう。
だが思った以上に中学生相手にしてはインパクトが強すぎたようだ。
「あー、死んだかと思ったよ。試験なのに縁起でもないよね。私、葉隠透。助けてくれて本当にありがとう!!」
「誰かを助けるのはヒーローの務めです。私は八百万百、同じクラスになったらよろしくお願いしますね」
「私は受かったかどうか自信ないけどねー…それにしても、あの巨大ロボットを倒した光って何だったんだろー、受験生とは思えないほど熟練した個性みたいだったけど…」
八百万百は「それは、青山優雅さんという人の個性で…」と説明しようとして言葉を止める。
「本当に個性はきれいだし、何よりかっこよかったー!!雄英の先生なのかな?でもそんなプロヒーロー聞いたことないし…八百万さんはどうおもう?」
笑顔でそんなことを聞いてくる彼女、葉隠透の表情には見覚えがあった。恋する乙女の顔だ。
そう感じた八百万百はとっさに嘘をついてしまう。
「いえ、心当たりはありませんので、あのロボットに元々備えられていた自爆装置でしょうね。」
真顔でそう言い放ってしまった。
なぜかユウちゃんと楽しそうに話す葉隠を想像すると胸が苦しくなってしまったのだ。
「そっか~。まあそうだよね、私、透明だったし。逆によく八百万さんは見つけてくれたよね!」
「そうですね。本当にたまたまですよ。それでは私、友達のもとに行かないといけないので失礼しますね。」
そう言って話を打ち切ってしまう。
試験も終わったことだし、早く優雅さんのところへ行ってあんな無茶をしたことを問いたださないと。
いや、それより久しぶりに会うのだから優雅さんの話を聞くほうが先だろうか?
などと彼女は早めに思考を切り替えてしまい葉隠のことはもう気にしていなかった。
ところで、なぜ葉隠さんにユウちゃんのことを紹介できなかったのだろうと、彼女はふと心の中で自問する。別に言ってもよかったのに、と。
しかし、それを想像するだけで胸の中に違和感が現れる。
彼女がその理由に気づくのはまだ先かもしれない……
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