――人は死んだらどうなるのだろう。
そんなことを考えたことは何度もあった。
旅をしていた頃。
オーズとして戦っていた頃。
そして最後の戦いの中でも。
けれど実際に死んでみると、案外あっさりしたものだった。
痛みはない。
苦しみもない。
ただ静かな闇だけが続いている。
どこまでも。
どこまでも。
果てしなく。
「……」
火野映司はゆっくりと目を開いた。
とはいえ、開いたところで景色は変わらない。
上も下も分からない空間。
白とも黒とも言えない曖昧な世界。
夢の中のような場所だった。
「死んだのか」
自然と口から言葉が漏れる。
不思議と恐怖はなかった。
最後の記憶はちゃんと残っている。
ゴーダとの戦い。
暴走する欲望。
崩れ落ちる身体。
そして。
自分を呼ぶ声。
アンクの顔。
全部覚えていた。
だから否定する気にもなれない。
「あー……」
映司は小さく息を吐く。
少しだけ考える。
自分が死んだことよりも。
最後の結果が気になった。
「あいつ、大丈夫だったかな」
思い浮かぶのは赤い腕の相棒。
誰よりも口が悪くて。
誰よりも素直じゃなくて。
誰よりも人間らしかったグリード。
アンク。
最後まで一緒だった存在。
その時だった。
突然。
暗闇の中に光が灯る。
「はいっ!!」
元気いっぱいの声が響いた。
「ようこそ死後の世界へ!!」
眩しさに目を細める。
そこに立っていたのは青髪の少女だった。
年齢は十代後半くらいだろうか。
青い髪。
青い服。
そしてやたら偉そうな態度。
「私は女神アクア!」
胸を張って宣言する。
「あなたは死にました!!」
「そっか」
映司は頷いた。
「……え?」
アクアが固まる。
「いやもっと反応あるでしょ!?」
「例えば?」
「死んだぁぁぁぁ!!とか!!」
「いや、死んだのは分かってるし」
「そうじゃなくて!」
アクアが叫ぶ。
だが映司は困ったように笑った。
死んだこと自体は驚くことじゃない。
最後の状況を考えれば当然だった。
それよりも。
気になることがある。
「それで」
「何よ」
「アンクは?」
アクアの動きが止まった。
「は?」
「アンク」
「誰?」
「友達」
即答だった。
「赤い腕の」
「口悪いやつ」
「知らないわよ!!」
アクアが絶叫する。
「なんで最初に友達の安否確認してるのよ!?」
「気になるし」
「自分のこと心配しなさいよ!!」
「もう死んでるし」
「そういう問題じゃないの!!」
アクアは頭を抱えた。
なんだこいつ。
これまで何人も転生者を見てきた。
最強を求める者。
金を求める者。
権力を求める者。
美人を求める者。
様々だった。
だが。
死んだ直後に友達の心配を始めた人間は初めてだった。
◇
説明は続いた。
異世界。
魔王軍。
転生。
冒険者。
お決まりの流れ。
映司は真面目に聞いていた。
そして。
説明が終わる。
「というわけで!」
アクアが指を突き付ける。
「好きなチート能力を一つ選びなさい!!」
「チート能力?」
「そう!」
アクアがドヤ顔になる。
「最強武器でもいい!」
「超魔法でもいい!」
「好きなものを選んでいいのよ!」
映司は少し考えた。
戦う力。
確かにあった方がいい。
魔王軍がいるなら尚更だ。
誰かを助けるためにも必要だろう。
だが。
その時だった。
胸の奥に違和感が走った。
「……あれ?」
映司が眉をひそめる。
熱い。
何かがある。
身体の奥。
心臓の近く。
懐かしい感覚。
「どうしたの?」
アクアが首を傾げる。
映司は答えない。
意識を集中させる。
そして。
目を見開いた。
「そんな……」
感じる。
確かに感じる。
コアメダル。
タカ。
トラ。
バッタ。
クワガタ。
カマキリ。
ライオン。
チーター。
サイ。
ゴリラ。
ゾウ。
そして他のメダルたちも。
まるで身体の一部になったかのように存在している。
あり得なかった。
コーダが取り込んだはずだ。
失われたはずだ。
なのに。
「全部ある……」
映司は呆然と呟いた。
アクアは意味が分からない。
「だから何がよ」
だが映司は聞いていない。
確認する。
一枚ずつ。
一枚ずつ。
慎重に。
そして。
気付いた。
「あ……」
足りない。
本当に一枚だけ。
傷だらけの。
最後までアンクが持っていた。
割れたタカメダル。
それだけが存在しない。
映司は黙った。
数秒。
いや。
もっと長かったかもしれない。
そして。
笑った。
「良かった」
アクアが固まる。
「は?」
「良かった」
映司はもう一度言った。
「生きてる」
「誰が!?」
「アンク」
即答だった。
アクアは頭を抱えた。
意味が分からない。
だが映司には分かっていた。
全部のコアメダルがここにある。
なのに。
割れたタカメダルだけがない。
だったら。
あのメダルは。
アンクが持っている。
つまり。
あいつは生きている。
根拠はない。
証拠もない。
だが。
火野映司にとっては十分だった。
「ははっ」
笑みが零れる。
「あいつらしいな」
どこかで悪態をついている姿が目に浮かぶ。
それだけで。
少しだけ救われた気がした。
◇
そして。
映司はもう一つ気付く。
腰の辺り。
違和感。
長年使ってきた感覚。
何度も命を預けた相棒。
「まさか」
手を伸ばす。
光が集まる。
そして。
現れた。
黒いベルト。
オーズドライバー。
「ある……」
映司が呟く。
アクアが目を丸くする。
「え?」
「オーズドライバーだ」
「何それ」
映司はベルトを見つめる。
傷も。
感触も。
全部覚えている。
間違いない。
本物だ。
そして理解する。
戦える。
また。
誰かを助けられる。
その事実に映司は静かに安心した。
「そっか」
小さく笑う。
「大丈夫だ」
「何がよ」
「戦う力はあるみたいだから」
アクアは嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感が。
◇
「じゃあ特典は?」
「うん」
映司は頷く。
そして答えた。
「明日のパンツ」
沈黙。
「……」
「……」
「……は?」
アクアが止まった。
「明日のパンツ」
映司は繰り返す。
「いや聞こえたわよ!?」
アクア絶叫。
「なんで!?」
「チート能力よ!?」
「神の力とか!」
「伝説の武器とか!」
「あるでしょ!?」
映司は首を傾げる。
「だって必要だし」
「必要だけど!!」
「そのパンツ何か特別なの!?」
「普通のパンツ」
「普通のパンツぅぅぅぅぅ!!」
アクアが崩れ落ちる。
映司は真面目だった。
本当に真面目だった。
「あと小銭」
「増えたぁぁぁぁ!!」
女神の悲鳴が響く。
「なんなのよあんた!?」
「パンツと小銭って!!」
「だって旅するなら必要かなって」
「そういう話じゃないのよ!!」
アクアは本気で頭を抱えた。
理解できない。
欲望がないわけではない。
パンツは欲しい。
小銭も欲しい。
だが。
それだけだ。
最強も。
権力も。
富も。
求めていない。
空っぽ。
それでいて。
生きることを諦めていない。
そんな人間だった。
「……はぁ」
深いため息。
「最後に聞くわ」
アクアが真面目な顔になる。
「本当にそれでいいのね?」
映司は少し考えた。
そして。
笑った。
「うん」
「後悔しない?」
「しないかな」
「なんでよ」
映司は小銭を指で弾いた。
そして。
静かに言った。
「明日のパンツがあって」
「少しお金があれば」
「なんとかなるから」
アクアはしばらく黙った。
そして。
「なんなのよ……」
本気でそう思った。
◇
転移の時が来る。
光の魔法陣。
映司の身体が包まれる。
「映司」
アクアが呼ぶ。
映司が振り返る。
「死ぬんじゃないわよ」
「一回死んでるけど」
「そういう意味じゃない!!」
アクアが怒鳴る。
そして少しだけ視線を逸らした。
「……まあ」
「頑張りなさい」
映司は笑った。
「うん」
光が強くなる。
身体が浮く。
そして最後に。
「アクアさん」
「何よ」
「パンツありがとう」
「さっさと行けぇぇぇぇぇ!!」
女神の絶叫と共に。
火野映司は異世界へ送り出された。
――そして。
異世界の空の下。
再び仮面ライダーオーズの物語が始まる。
ふと頭よぎって書いちゃったけど続くかは分からん。