この素晴らしい世界に欲望を!   作:吉野家

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第二話 タトバ、異世界に立つ

 

光が消えた。

女神アクアの騒がしい声も、真っ白な天界の空間も、一瞬で遠ざかっていく。

次に火野映司が感じたのは、草の匂いだった。

柔らかな土。

肌を撫でる風。

遠くで鳴く鳥の声。

「……っと」

身体が傾く。

映司は転びそうになりながらも、どうにか踏み止まった。

足元は草むら。

見渡せば、左右には森が広がっている。

空は青い。

雲は白い。

一見すれば、どこにでもありそうな自然の風景だった。

けれど。

そこは映司の知る世界ではない。

「本当に来たんだな」

呟いて、映司は空を見上げた。

死後の世界。

女神アクア。

異世界転生。

普通なら信じられない話だ。

だが、怪物と戦い、グリードと出会い、欲望の力で変身してきた火野映司にとっては、信じられない出来事に出会うこと自体は珍しくなかった。

それでも。

死んだ自分が別の世界に立っているという事実は、少しだけ不思議だった。

映司は息を吐く。

そして右手に違和感を覚えた。

「……」

見下ろす。

手の中にあるもの。

黒いベルト。

オーズドライバー。

天界で確かめたものが、確かにそこにあった。

映司はその重みを確かめるように、指先でそっと撫でた。

懐かしい、という感覚とは少し違う。

ついさっきまで、最後の戦いで使っていた力だ。

遠い過去のものではない。

けれど。

もう二度と使うことはないと思っていた。

自分は死んだ。

オーズとしての戦いも終わった。

そう思っていた。

だからこそ、手の中にあるドライバーの重みは、映司に不思議な安心感を与えた。

戦える。

誰かが困っていた時、ただ見ているしかないわけではない。

手を伸ばせる。

守れるかもしれない。

「……良かった」

その言葉は、自然と零れた。

力が欲しいわけじゃない。

強くなりたいわけでもない。

ただ、目の前で誰かが傷付くなら。

その時に動ける自分でいたかった。

それが火野映司という男だった。

「それにしても」

映司は周囲を見回す。

「ここ、どこだろ」

アクアは異世界へ送ると言っていた。

魔王軍がいる世界。

冒険者のいる世界。

だが、いきなり森の中に放り出されるとは聞いていない。

いや、聞いていたかもしれない。

アクアは最後の方、パンツと小銭の件でずっと叫んでいた。

もしかすると説明していたのかもしれないが、正直あまり頭に入っていなかった。

映司はポケットを探る。

硬貨が数枚。

そして布の感触。

「本当に入ってる……」

明日のパンツ。

そして少しの小銭。

特典として選んだもの。

アクアは最後まで納得していなかったが、ちゃんと用意してくれたらしい。

映司は小さく笑う。

「ありがとう、アクアさん」

その時だった。

森の奥から、低い唸り声が聞こえた。

「……ん?」

映司が顔を上げる。

ガサッ。

茂みが揺れる。

一匹の小柄な影が現れた。

緑色の肌。

尖った耳。

手には粗末な棍棒。

獣のような目つき。

「ギギ……」

映司は少し目を細めた。

「ゴブリン……かな」

異世界らしいと言えば異世界らしい。

だが、感心している暇はなかった。

茂みがさらに揺れる。

一匹。

二匹。

三匹。

次々と現れる。

十匹を超えた辺りで、映司は困ったように笑った。

「多いなぁ」

ゴブリンたちは映司を獲物と見なしたのだろう。

棍棒を振り上げ、汚れた歯を剥き出しにして距離を詰めてくる。

映司はドライバーを左手に持ち替え、軽く構えた。

最初の一匹が飛びかかる。

棍棒が振り下ろされた。

映司は半歩横へずれる。

棍棒が空を切り、地面を叩く。

その腕を掴み、勢いを利用して投げる。

「よっ」

ゴブリンの身体が宙を舞い、仲間の群れへ突っ込んだ。

数匹が巻き込まれて転がる。

続く二匹目。

三匹目。

映司は避ける。

受け流す。

足を払う。

肩で押し返す。

必要以上に傷付けず、動けなくする。

身体はよく動いた。

死んだ後だというのに、違和感は少ない。

いや、むしろ生きていた頃より軽いくらいだった。

アクアが何かしたのか。

それとも、この世界の身体がそうなのか。

そこまでは分からない。

だが、映司にはそんな分析をしている暇はなかった。

ゴブリンの数が増えていく。

森の奥からまだ来る。

十数匹。

二十匹。

三十匹。

「これは……」

映司は一歩下がる。

その時、遠くから悲鳴が聞こえた。

「誰かぁぁぁ!!」

人の声。

男の声だ。

映司の表情が変わった。

視線を向ける。

木々の隙間から、荷馬車が見えた。

馬が暴れ、車輪が片側だけ溝に落ちている。

その周囲にもゴブリンが群がっていた。

商人らしき男が腰を抜かし、護衛らしき冒険者たちが必死に剣を振っている。

だが多勢に無勢。

押されている。

「そっか」

映司は小さく息を吐いた。

このゴブリンたちは、自分だけを狙っているわけではない。

あの人たちも襲われている。

なら。

迷う理由はなかった。

映司は手に持ったオーズドライバーを腰へ当てる。

ベルトが巻き付く。

身体が覚えている。

何度も繰り返した動き。

けれど今は、ただの戦闘ではない。

この世界で初めて、誰かに手を伸ばすための変身だった。

胸の奥でコアメダルが反応する。

映司は右手を開いた。

三枚のメダルが現れる。

赤。

黄。

緑。

タカ。

トラ。

バッタ。

最初の力。

誰かを助けるために、何度も使ってきた力。

映司はメダルを一枚ずつ装填する。

カシャン。

カシャン。

カシャン。

音が森に響く。

ゴブリンたちが不気味そうに動きを止める。

荷馬車の方にいた護衛たちも、異様な光景に気付いた。

「な、なんだあいつ……?」

「人間か?」

「いや、手に何か魔道具か?……」

映司はオースキャナーを握る。

一瞬だけ空を見た。

アンクはアッチの世界で生きてる。

割れたタカメダルを持って。

相変わらず悪態をつきながら。

そう思うと、不思議と力が湧いた。

「変身」

静かな声だった。

だが、その言葉は確かに世界を変えた。

スキャナーがドライバーを滑る。

『タカ!』

赤い光が映司の頭部を包む。

『トラ!』

黄色の光が胸と腕を走る。

『バッタ!』

緑の光が脚へ宿る。

三色の光が交差する。

森の中に、場違いなほど明るい音声が響いた。

『タ・ト・バ!』

『タトバ! タ・ト・バ!!』

赤い複眼。

黄色の爪。

緑の脚。

異世界の森の中に、仮面ライダーオーズが立つ。

ゴブリンたちは本能的に後ずさった。

そして。

人間たちもまた、別の意味で凍り付いていた。

「ま、魔物だぁぁぁぁ!!」

商人の叫びが森に響いた。

映司は一瞬止まった。

「え?」

護衛の一人が震えた声で叫ぶ。

「新種だ! 新種の魔物だ!!」

「違います!」

オーズの姿のまま、映司は慌てて否定する。

その声はいつもの映司だった。

穏やかで、どこか困ったような声。

だが、見た目が完全に異形だった。

赤い目。

装甲の身体。

獣のような腕。

虫のような脚。

この世界の人間からすれば、それは人間には見えなかった。

「喋ったぁぁぁ!!」

「知能持ちだ!!」

「違いますって!」

映司は困る。

ゴブリンたちも困惑していた。

目の前の獲物が急に変な姿になったうえ、人間たちにも恐れられている。

敵なのか。

味方なのか。

分からない。

その混乱の中、最初に動いたのはゴブリンだった。

一匹が棍棒を振り上げて飛びかかる。

オーズは振り向かず、左腕で受け止める。

鈍い音。

棍棒が砕けた。

「ギッ!?」

驚くゴブリン。

映司はその腕を掴み、軽く投げた。

ゴブリンが茂みへ突っ込む。

続いて三匹が同時に襲いかかる。

オーズは低く踏み込む。

トラクローが光る。

ただし切り裂かない。

爪の側面で武器だけを弾き飛ばす。

棍棒。

錆びた短剣。

粗末な槍。

全てが空中へ飛んだ。

「危ないんで!下がってってください!」

映司が叫ぶ。

それがゴブリンに向けたものなのか、人間に向けたものなのか、一瞬分からなかった。

だが次の動きで理解する。

オーズは荷馬車へ向かって走った。

速い。

人間の速度ではない。

バッタレッグが地面を蹴るたびに、草と土が舞い上がる。

荷馬車の前で護衛が押し倒されていた。

ゴブリンが刃物を振り上げる。

間に合わない。

そう誰もが思った。

だが。

オーズは跳んだ。

緑の脚が地面を蹴り、身体が空中へ舞う。

ゴブリンの頭上を越え、護衛とゴブリンの間へ着地する。

刃物を腕で受ける。

火花が散った。

護衛が目を見開く。

「え……?」

「大丈夫ですか?」

オーズが振り返る。

護衛は震える唇で答えた。

「ま、魔物が……心配してきた……」

「魔物じゃないです」

映司は即答した。

だが言っている間にも次が来る。

ゴブリンの群れが左右から押し寄せる。

オーズは荷馬車を背にするように立った。

守る位置。

逃がすための位置。

映司は目の前の敵を見据える。

ここから先へ通すわけにはいかない。

「ちょっと荒っぽくなるけど、ごめん」

誰に謝ったのか。

ゴブリンにか。

周囲の人間にか。

それとも、自分自身にか。

オーズが駆ける。

右拳が一匹を吹き飛ばす。

左腕で二匹を押し返す。

トラクローが武器を砕く。

回し蹴りで群れを散らす。

一体一体を確実に戦闘不能にしていく。

殺すより難しい。

動けなくする。

命を奪わず、脅威だけを消す。

映司の戦い方は、いつもそうだった。

だが数が多い。

ゴブリンは逃げない。

森の奥から増援が来る。

荷馬車の周りを囲んでいた数匹が、商人へ向かって飛びかかった。

「ひぃっ!」

映司が振り向く。

距離がある。

だが、届く。

オーズは跳んだ。

高く。

さらに高く。

木の枝を越えるほどに。

空中で身体を捻り、脚へ力を込める。

「はっ!」

蹴り。

一匹を地面へ叩きつける。

着地と同時に二匹目を蹴り飛ばす。

三匹目の腕を掴み、荷馬車から引き剥がす。

「危ないから、馬車の後ろへ!」

「は、はいぃ!」

商人は完全に腰が抜けていた。

それでも必死に這って下がる。

護衛たちもようやく状況を理解し始めた。

「もしかして……助けてくれてるのか?」

「でも見た目が……」

「魔物じゃないのか?」

「魔物がゴブリン倒すか?」

「魔物同士の縄張り争いかもしれん!」

「だから違いますって!」

戦闘中にも関わらず、映司は思わず突っ込んだ。

その声があまりに人間臭かったせいで、護衛たちはさらに混乱した。

「なんか……」

「いい人っぽいぞ」

「でも姿が怖い」

「いやなんか癖になってきた」

「だよな!なんかカッコイイかも」

「本人に聞こえてると思うぞ」

映司は小さくため息をつく。

「まあ、仕方ないか」

仮面ライダーを知らない世界だ。

この姿を見て驚かない方がおかしい。

グリードやヤミーを見慣れていた自分たちの世界ですら、最初は普通に驚かれた。

この世界の人々が魔物と勘違いするのも当然だった。

だが今は誤解を解いている暇はない。

ゴブリンの群れの奥。

一際大きな個体が現れた。

他のゴブリンより頭一つ大きい。

錆びた大剣を持っている。

おそらく群れのリーダーだ。

「ギャアアア!!」

リーダーが叫ぶ。

残ったゴブリンたちが一斉に動く。

統率が取れた。

映司は身構える。

「指示も出せるんだ」

油断はできない。

リーダーゴブリンが突進する。

大剣を振り下ろす。

オーズは腕で受ける。

重い。

思った以上の力だった。

地面が沈む。

背後には荷馬車。

避ければ、馬車に当たる。

だから受けるしかない。

「っ……!」

映司は腕に力を込める。

トラクローが展開する。

大剣を弾く。

そのまま腹部へ掌底。

リーダーゴブリンが後退する。

だが倒れない。

再び吠える。

「ギャアアア!!」

周囲のゴブリンが投石を始めた。

石が飛ぶ。

荷馬車へ。

商人へ。

護衛へ。

「まずい」

オーズが前へ出る。

身体で受ける。

石が装甲に当たり、跳ねる。

痛みは少ない。

だが衝撃はある。

映司は歯を食いしばる。

守れるならそれでいい。

護衛の一人が叫んだ。

「お、おい! 本当にこいつ、俺たちを守ってるぞ!」

状況は混沌としていた。

命懸けの戦闘なのに、どこか締まらない。

この世界らしいと言えば、そうなのかもしれない。

映司は小さく笑った。

少しだけ肩の力が抜ける。

そして。

前へ出た。

リーダーゴブリンが大剣を構える。

オーズは低く構え直す。

逃げ道を作る。

群れを散らす。

それでいい。

殺す必要はない。

オースキャナーを手に取る。

ベルトにかざす。

三枚のメダルが輝く。

『スキャニングチャージ!』

音声が響く。

赤。

黄。

緑。

力が脚へ集まる。

リーダーゴブリンが突進する。

オーズは跳んだ。

高く。

そして、空中で姿勢を変える。

脚にエネルギーが収束する。

タトバキック。

ただし狙いはリーダーの身体ではない。

足元。

地面。

「はぁっ!」

蹴りが大地を打つ。

ドォォォン!!

衝撃波が広がる。

土煙が爆発し、ゴブリンたちがまとめて吹き飛ばされた。

リーダーゴブリンも地面を転がる。

直撃はさせていない。

だが戦意を砕くには十分だった。

「ギ、ギギ……!」

リーダーが震えながら後ずさる。

そして。

逃げた。

それを見た残りのゴブリンたちも、一斉に森の奥へ逃げ込んでいく。

静寂が戻った。

風が吹く。

土煙が晴れる。

荷馬車は無事。

商人も護衛も生きている。

映司は小さく息を吐いた。

「良かった」

変身を解除する。

光が解け、装甲が消える。

そこに立っていたのは、ただの青年だった。

赤い怪人ではない。

青でも銀でもない。

黒髪の、どこか穏やかな顔をした青年。

商人たちはぽかんと口を開けていた。

「……人間?」

「はい」

映司は苦笑する。

「だから言ったじゃないですか」

商人は膝から崩れ落ちた。

「あ、ありがとうございますぅぅぅ!!」

今度は恐怖ではなく、安堵の叫びだった。

護衛たちも次々に頭を下げる。

「助かった……」

「本当に死ぬかと思った」

「いやでもさっきの姿は怖かった」

「それはすみません」

映司は困ったように笑う。

商人は慌てて荷台から袋を取り出した。

「お礼を! ぜひお礼を!」

「いや、そんな」

「命を救っていただいたんです!」

「通りかかっただけですから」

「通りかかっただけでゴブリンの群れに突っ込む人間はいません!」

映司は少し考える。

「そうですか?」

「そうです!!」

護衛全員が頷いた。

映司は首を掻いた。

やはり、自分の感覚は少しずれているのかもしれない。

アンクにもよく言われた。

お前はおかしい、と。

思い出して、少し笑う。

「じゃあ」

映司は言った。

「近くの街まで乗せてもらえますか?」

商人は目を丸くした。

「そ、それだけで?」

「はい」

映司は頷く。

「あと、できれば何か食べられるところを教えてもらえると助かります」

商人は数秒固まった。

そして、なぜか泣きそうな顔になった。

「もちろんですとも!」

こうして映司は荷馬車に乗ることになった。

馬車は森を抜け、街道へ出た。

揺れる荷台の上で、映司は空を見上げていた。

右手にはオーズドライバー。

ポケットには明日のパンツと小銭。

そして体内にはコアメダル。

あり得ない状況だ。

それでも不思議と、前に進める気がした。

「アンク」

小さく名前を呼ぶ。

返事はない。

だが、割れたタカメダルはここにはない。

だから信じられる。

あいつはきっと生きてる。

きっと、ふてくされながら。

きっと、アイスでも要求しながら。

いつかまた会える。

その時に胸を張れるように。

この世界でも、自分にできることをしよう。

映司はそう思った。

やがて、遠くに街が見えた。

高い壁。

門。

人の気配。

冒険者の街、アクセル。

商人が振り返って言う。

「あそこがアクセルです」

「アクセル……」

映司はその名前を口にする。

新しい世界。

新しい街。

新しい出会い。

そして、きっと新しい騒動。

映司はまだ知らない。

この街で。

自分を送り出した女神アクアと再会することも。

爆裂魔法に人生を捧げる少女と出会うことも。

妙な方向に頑丈な女騎士と関わることも。

そして。

この世界の人々の欲望と、何度も向き合うことになることも。

ただ今は。

馬車に揺られながら、火野映司は小さく笑った。

「まずは、ご飯かな」

明日のパンツと少しの小銭。

そして、誰かに手を伸ばすための力。

それだけあれば。

きっとまた、歩いていける。

 




なんか書いちゃった。どこまで書けるか分からないしリゼロの方もあるから分かんないけど思いついてるうちは書きます。
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