ガールズ&パンツァー・スイーツ   作:氷川蛍

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乙女道、 戦います!!

「……スラローム射撃……」

 

 自分達の前から消えていった山巌部長。

長い黒髪が覚悟の背中を見せた進退の一戦に、小原は顎に皺を寄せてすっぱい顔になっていた。

 

「……どうしたの? 乙女」

「射撃……、澪めぇーい、自分の得意なのもってきたなー」

 

 キューポラの上で胡座の小原、出られないので横のハッチから体を心太のように滑り出す黄瀬と碧野、反対から赤橋も体を出す。

三人とも手足に残る振動のために痺れで小刻みに体が揺れている上に、整えていた髪はヘルメットの生で鳥の巣のようになっている。

黄瀬は自慢の茶髪を撫で忙しく整え、碧野は顔についた油を拭っている。

身だしなみは淑女への第一歩、黎明学園訓戒を護りたい三人だが……足下手元はなかなか付いていかない。

最初にⅣ号から降りた黄瀬は立っている事ができず、その場に座り込む程。

碧野は履帯に寄りかかり、赤橋も倒れ込むように倉庫の鉄板とこんにちわしていた。

 

「山巌さんが得意な分野で勝負なんて……なんか卑怯くない?」

 

 履帯を背にしていた碧野は、制服に付く泥を払って這うように上にいる小原を見た。

 

「いや、私も苦手じゃないし、むしろ基本だから文句はないんだが……」

「そう、だったらいいんじゃない。休憩しょうよ」

 

 腕を組み、口をへの字に曲げた友達を背に、赤橋はお茶の仕度をしていた。

引っ詰めていた髪をおろし、眼鏡で痛めた鼻っ柱を指でほぐしながら。

何がなくてもリラックスタイムを作るのが自分の仕事。

まだ色々と足りていない中、心を落ち着けてリセット、そのうえでさらにトライを繰り返す。

だからこそ休憩の時間で互いのフォローを欠かさないという細かな気遣い。

 赤橋の後に付いていく二人。

疲れながらも気遣いを見せる素人の三人に、事の難しさを説明する気にはなれなかった小原。

ポニーテールを解くと、長く息を落とした。

慣れた試合であっても決定的に足りないものがある事に。

 Ⅳ号の操縦は赤橋がちゃくちゃくと中等部時代の勘を取り戻して上手く動かしてくれている。

通信手として黄瀬は乗りっぱなしの中で、あれこれと専門用語の勉強もしてくれている。

碧野の手際は切れある装填手としてもってこいのバランス感覚をなのだが……。足りない砲手はどうするのか。

 車長としてⅣ号の行き先を的確に示す自分が、そこから飛び降りて砲手もこなす。

砲手として必要な弾道計算、手足を使って標的の大きさ・距離などを纏め発射を行なえるのかという切実な問題。

スラローム射撃といっても教導団が使っている10式でも無い限り走りながら確実に的を射るなんて出来ない。

Ⅳ号や、山巌部長が駆る黎明学園メイン戦車のコメットでも必ず一時停止をしてから撃つ事になるが、そのタイムラグで車長と砲手が勤まるのか?

 

「……砲手がいない……」

 

 目の前、整備台の上に簡易的にお茶のセットを仕度した赤橋達を見る。

どこから出したのかクロスも綺麗に敷き、黄瀬の作ったビスケットを広げて。

 

「乙女、いらっしゃいよ。少したべましょ。明日は日曜だしまだ少し練習するんでしょ」

「おーう!!」

 

 考えに背中を丸め、顎に手を当てていた小原は自分の難解な表情に眉を下げている三人の元に走った。

これ以上三人に無茶は言えない。

とにかく運転さえしっかりやって貰えれば、車長と砲手のタイムラグを自分でまかなえる方法を探せるハズ。

小さな胸は、大きな希望のために自分にも重荷を課すことを決めていた。

 

「明日はもう一台のⅣ号を使って練習しよう。こっちのは、羽根ちゃんに整備してもらうからさ」

「日曜に自動車部が整備なんかしてくれるの?」

 

 週末にかかったこの日、夕暮れの太陽が海一面に燐光を残す時間。

すでに学園の中には人が少ないにも関わらず簡単に戦車の整備など頼めるのかと赤橋は首を傾げるが、小原は隣に座って茶を啜りながら笑う。

 

「誰か居たら伝言頼めばいいんだよー、去年なんか毎日整備に出してたんだから平気さ」

「それにしても、戦車って特別な言葉多いよー、もっと簡単にしていい? 少なくても私達三人に通じる感じに」

 

 先の一杯頂いた黄瀬は、口に篭もっていた砂利を流してすっきりした喉で機械の難しさを説明した。

当然料理の用語と違い戦車にはそれ専用の言葉がある。

ビスケットで腹を満たしながらも文句タラタラの黄瀬。

小原も負けじと食べ続け、話しをフンフン聞き流している。

二人のそういう姿を見て赤橋はちょっとホッとしていた。互いがぶつかり合うより言いたい事をいってもサラリと流れていくのが日常だ。

何でもなく流れる会話の状態が、仲間として健全に見えていた。

 

「さあ明日はペリスコープ視界のみで走る練習するぞー!! 私は自動車部との話し付けてからここにくるから……暖気終わったら先に帰っていいよ!!」

 

 ビスケットをポケットに詰めた小原は背を伸ばすと今日最後の練習をしようと走って行った。

 

 

 

 

 

「悪いわね、日曜日にかかってしまって」

「何をおっしゃる、去年は三日に一度は整備と修理をやらされてたよ。おかげで私達はメキメキ腕をあげて車両緊急整備部門では優勝。相乗効果もここまでくると嫌とはいえないよ」

 

 山巌と比べると格段に小さな身の丈、140センチ台の少女は青色のつなぎにスパナを引っかけた太いベルト姿、腰に手を当ててにこやかに答えた。

目の前には山巌部長が駆る巡航戦車コメットがいる。

イギリス本土の深く暗い森に合わせたダークグリーンの車体。各所に残る砲弾や破片の跡。

陽も落ち、星の光に移る歴戦の勲章に目を細めている山巌。

小さな整備士は短く刈り込んだ髪を掻きながら言った。

 

「……乙女ちゃんとの一戦が最後になるのはもったいない気がするけどね」

「仕方のない事よ。私達は……」

「澪、やり過ぎたっていいじゃないか。去年みたいに色々な所に試合に出て、負けても負けても……好きなのに嫌いのまま終わってもいいのか?」

 

 諭す言葉に山巌は小さく首を振った。

悲しく下がった眉と、長い黒髪を揺らして。

 

「黒森峰の言う事が全てじゃないだろ。見苦しく立って頑張ってきた……」

「それだけじゃダメなのよ。羽根さん、それだけじゃ嗜みの道を実践しているとは……言わないのよ」

 

 礼に始まり礼に終わる。

 

「貴女達は戦車道を穢している」

 

 黒森峰の狐目、灰色の髪を持つ女は親善試合の申し込みのために学校艦についた山巌に冷めた目線の棘を撃ち込んでいた。

 

「戦車道のイメージダウンを促進させている黎明学園とは、試合をする価値を見いだせない。お引き取り願おう」

 

 門前の扉を鼻先で閉められた時の事を思い出し、胸に手を当てて苦しみを抱える山巌。

再戦のために数多の戦いをしてきた事が、戦車道を穢していたなど露ほどにも考えていなかった頃の自分が恥ずかしいと俯く。

友達の悲しい顔に、自動車部部長羽根虎子は何も言わなかった。

何を言っても慰めにならず、山巌にとってかけられる言葉が全て戒めの鎖に変わってしまっているのは見て取れたからだ。

 

「……澪、コメットの事は心配するな。絶好調の仕上がりにしておいてやる。で、乙女ちゃんのⅣ号も同じようしておく。どちらの車両も手を抜かない、それは理解しておいてくれよ」

「わかってるわ、正々堂々……私は負けないわ」

 

 静かに、それでも決意の固い目を羽根は名残惜しそうに見つめていた。

山巌澪の瞳、その目で山河を走り数多の試合の先陣を切った姿、黒髪の魔女と呼ばれた姿を思い出して呟いた。

 

「澪……その目でもう一度戦えばいいんだよ……試合を見せて欲しいんだよ」

 

 言葉に出せずとも、友達の背中を押した。

 

 

 

 

 

 

 すっかり暗くなった倉庫の中、赤橋達料理道の三人を見送り、Ⅳ号を自動車部に任せた小原はもう一台のⅣ号の中で車長と砲手をどうこなすかを考え続けていた。

開けたハッチから滑り降りて砲手席に座る。

何度も頭をぶつけ、体をこすり削る。

 

「出来る……出来るハズなんだ……絶対に出来る……」

 

 室内灯だけをたよりに何度も乗り込みの練習をする。

考えるのはそれだけじゃない、コメットは足の速い戦車。

公式戦では戦車の出来でスタートの優劣は揺らがない、相手の足が速いなどと難癖にしかならない。

砲手がいないから不公平な勝負だなどと漏らせば、「ならば試合はやめろ」と言われる他ない。

何度も唇を噛み、自分の自信を締め上げ絞り上げる勇気を呟く。

 

「私なら出来る、絶対に出来る」

 

 整備に出したⅣ号は必ず絶好調の仕上がりで来る。

自分を律して、素早く動く。

 

「いでー!!」

 

 砲塔内部に響く鈍い打撃音。

額を抑える小原は、水から浮かび上がる酸欠の鼠みたいにハッチから飛び出した。

ペリスコープのみでの走行が完璧とは行かないだろう、Ⅳ号の目として上に立つことから離れず、的確に牙の発射を行うための道は小柄な小原でも体をぶつけるというもの。

鼻頭に皺を寄せ痛みと向き合いながら、息を上げる。

 

「絶対負けない!!! 知恵と勇気で乗り越えてやるぅ!!」

 

 痛みを決意に、強く拳を握って空に叫ぶ姿を影は見ていた。

 

 

 

 

 

「……大洗女子学園、来週黎明学園と試合をするみたいですね」

 

 パブリックスクールのレンガ校舎。

赤色にも曇りガラスを這ったようにくすんだ香りを偲ばせる威厳有る造形。

聖グロリアーナ女学院戦車道部部室は優雅な時間の中にあった。

白石で組み上げられた屋根の高い回廊、その真ん中にはチャーチル、マチルダをはじめとするグロリアーナ主力戦車が鎮座している。

自分達の道を進む、嗜みのパートナーである戦車を見る事のできるテラスでオレンジペコは学校艦流通の新聞を広げていた。

黄銅を髪はクリアコートをかけたような色合い、深い青色の目は自分の前に座る部長ダージリンに、広げていた新聞を手渡たす。

 

「黎明からの申し込みだったようですけど、弱い学校と聞いていますから大洗は良い調整にはなるのでは」

 

 年齢からすると落ち着き過ぎた口調で告げた。

金色もシルクの輝きを持つ髪の下、年下の可愛い装填手の顔に静かな笑みを見せる。

 

「弱い? 黎明学園さんが」

 

 含みのある笑み、隣に座るアッサムも緩やかな目線で新聞を見るが、同じように口元を抑えてオレンジペコを見つめ返す。

 

「ペコー、貴女は年間50回の試合をした学校を弱いと思うの?」

 

 省略された名前は愛称、自分を可愛がるダージリンの言葉に眉を顰めて応える。

 

「年間50回は、月平均4回、一週間に一回は試合をするという事になりますよ。普通じゃありません。それにお嬢様学校ですよ、何故そんな事をしたのですか?」

「そう、普通じゃない事をしてきたのが黎明学園さんなのよ」

「でも公式記録では黎明学園は去年10回しか試合していません」

「公式ではね」

 

 楽しい思い出を話そうと顔を綻ばせるダージリンに代わりアッサムが答える。

長い金髪を手で撫で躾、ティーカップを片手に。

 

「黎明学園は良家家政科を専門に持つ有名なお嬢様学校。戦車道以外ならば料理道、長刀道に簿記計算、電算処師で国際大会にも頻繁に顔をだす実力校でもあるわ」

 

 普段は物静かな時間に、小さな笑いのあるティータイム。

ダージリンとアッサムは、その有名過ぎるお嬢様校に起こった波乱の戦車道の話しを、まだ知らない後輩オレンジペコに知らせる事にした。

小雨の午後、一時を過ごすお話会として。

 

 お嬢学校黎明学園は日本各地から由緒正しき家柄のお嬢様が集まる専門の学校である。

学校艦からして巨大な信濃型をベースに持ち、日本国型の学校としては最大級の進学校でもある。

優秀な子女教育のメッカであるがために、有名企業会社令嬢も少なくない。

令嬢の通う学校に対する財的支援は国の補助もあるが、各々の企業間補助も多数持っており他の学校の追随を許さぬ程のものである。

 サンダースのように大学付属によりリッチさを持っている学校とはひと味違うリッチな学校であると説明した。

 

「でも、だから50回も試合したというのは理解ができません」

「そうよね、理解できないわよね。そうよペコー、貴女が理解できないようにお嬢様達にも理解が出来なかったのよ」

「理解ができない?」

「来る者拒まず、手当たり次第に試合をする事。戦車道に道の楽しさを見出してしまったお嬢様達は逸る心のままに試合をし続けてしまったのよ」

 

 そこまで話してダージリンは口元を隠した。

大笑いをしてしまいそうなところを見せないように、不可思議と首を傾げているオレンジペコに目を細めて。

 

 黒森峰と試合するまで、黎明学園は戦車道を嗜みの一つ程度に扱っていた。

本腰ではなかった道に、競う楽しみを。敗北する事で知ってしまったのだ。

そこからお嬢様達は暴走してしまった。

大砲を鳴らす刺激に、相手と刺し合う距離に、組み立てられる作戦に。

元々国家推奨の嗜み、令嬢を抱える学校に、会社関係、実業団チーム、有無を言わぬ協力を得て次々と試合を組み進むという普通では考えられない事が、普通に起ってしまった。

 来る日も来る日も毎週一回は行う試合、財力体力で公式戦以外の40回戦を積み上げていった。

1年間で総数50回の荒行を、お嬢様達は好きで続けたのだ。

 

 なんとも言いようのない爆進の話にオレンジペコは口を小さく開いたままになっていた。

我に帰って口元を隠すと。

 

「そんなに試合をしているのに、何故黒森峰は……」

「そう、それをね、そういう試合の仕方を黒森峰は認めなかったのよ」

 

 公式戦10回は勝てない試合だった。

それ以外の40回、一進一退の試合もあったが、数多の試合を重ねてきた黎明学園を黒森峰は認めなかった。

 年間50回も試合するなんて事態が、礼を欠いているとしか思えなかったのだ。

財閥や会社の後押しに乗り、喜々として次々と試合をしていく黎明のやり方は羨望でもあったが妬みにもなっていた。

最大の理由は試合回数に比例して強くは成らなかった事と、やはり西住流本家を戦隊長に頂く黒森峰にして、回数でがむしゃらになって試合を望む者は、道のなんたるかを踏み外した外道にしか見えなかったのだ。

 

「お嬢様達はね、本当に戦車道が好きでやっていただけなのよ。勝ち負も大切だけど純粋に好きで続けてきた事を、道を穢していると言われたのじゃあ良家の子女として立つ瀬がないというものよね」

「好きで……」

「そう、好きだったのよ。大切なことよね」

 

 それは戦車道強豪校として常に勝敗の中に輝きを見出す事を宿命づけられている聖グロリアーナでは得られないもの。

好きな事を一生懸命やり過ぎてしまったお嬢様達の記録だった。

 

「……黒森峰の戦車道は、好きだけではダメという事ですか?」

 

 話しを聞きながらティーカップを両手に持ったオレンジペコはやはり自分も戦車道が好きだと確信していた。

お嬢様達が、がむしゃらにやってしまった事が微笑ましい話しに聞こえたからだ。

なのに、道を穢したと罵られ、弱小の看板を大きく立てられた。

一流の強豪校である黒森峰の宣言に、周りが同調している事が怖くなった。

悲しくなり小さく肩をすぼめた後輩の姿に、ダージリンも小さなため息を落とした。

 

「あの頃は黒森峰にも大変な事があってね、前人未踏の十連覇を取り逃がしたり……とにかく不都合が重なってしまった事で黎明学園との試合を断ったのが本当の理由なんだろうけど……」

 

 黎明学園のやり方、それを悪評にかえた者がいた。

ダージリンは自分の口からそれを言う事を躊躇い、目を伏せた。

遠く見える高い峰、そこにきつく菱型の目を尖らせた銀狐。

噂を混ぜ返し、黎明学園を身の程知らずと蔑む事で、自分達学院内での内輪もめをもみ消した黒森峰。

ダージリンにとって騎士道精神から大きく反する成り行きは受け入れがたいものだった。

故に口に出してその事を話したくはなかった。

 

「ペコー、私はすごく楽しみにしているわ。大洗さんと黎明学園の試合。生放送で見られないのは残念だけど、誰か記録を取りに言ってくれると助かるわね」

「新聞部に記録を取らせてはいかがでしょう?」

 

 アッサムの気の聞いた答えに満足と笑みが漏れる。ティーカップを持ち、テラスの石畳に足を進ませる。

少ない雨の滴さえも楽しむように、中庭に構える聖グロリアーナの鉄騎を見つめる。

優雅な午後の一時、女子の嗜みを支える鋼鉄の鎧を手に触れる。

チャーチルの磨き込まれた車体と、勇ましい履帯にうっとりとした頬を見せると振り返った。

 

「そうしましょう、ふふ、こんなことわざを知っている? 毛を見て馬を相すって……」

 

 楽しげに小雨を受け、髪に光りの滴を飾るダージリン。

 

「ふふふ、見目麗しい白馬が、おとなしいと思ったら大間違いよ。らしからぬ試合をきっと見せてくれるわ」

 

 

 

 

 

 暖機の整ったエンジン音。

二両の戦車を運んだ自動車部羽根部長は手旗を持って間に立っていた。

青色のつなぎはそのまま、ベルトに引っかけたジャッジの腕輪。

山を上がった演習場は雲のない青空の下に、小原と山巌部長。

その後ろに控えるⅣ号とコメット。

鋼の意思を持つ騎士の、鋼鉄の馬は低い嘶きを大地に這わせている。

少ない風が木々を揺らし、緊張の糸をたぐる。

 

「約束よ、私に負けたら試合はしない。後で我が儘を言わないでね」

 

 赤のベレー帽、黎明の校章である朝日をデザインしたワッペンを頭に、黒髪を靡かせた山巌澪。

背筋も正しく、茶色の編み上げ靴に詰め襟の黒服と赤のフレアスカートで、同じ出で立ちの小原を睨んだ。

 

「私が勝ったら試合をする。それだけ」

 

 真っ直ぐな二人の言い分に、羽根は二度頷くと。

 

「正々堂々と戦い、結果をもって敗者は勝者の要求に従う事。この試合を私自動車部部長羽根虎子が立ち会いの元、開始する」

 

 宣言の後に完結なコース説明。

平地から山沿い、台地に向かって標的を撃つという単純明快なもの。

打ち方や走り方は各々の戦車の特性を生かしたやり方を使う。

ただし1から12までを必ず順番に射て、スタート地点に戻るというタイムトライアルでもある。

 

「ルールはそれだけだ。健闘を祈る」

 

 羽根の号令に二人は深くお辞儀をして礼を取る。

戦隊長の顔、二人が再び目線を合わせた時に戦車のエンジンは唸りを上げていた。

轟音と黒煙、足下を揺らす力牽制を背に二人は各々の戦車に搭乗する。

スタートラインに向かって動き出す砲塔の騎士達。

キューポラから身を乗り出し、Ⅳ号より一回り大きく早い足を持つコメットを睨む

平型、現代戦車に近づく過程で作られたイギリス軍巡航戦車コメット。

ドイツ戦車に後塵を浴びせられ続けたイギリスが作った第二次大戦末期の戦車は威厳も高く威圧的でもある。

 

「目にもの見せてやる……」

 

 それでも小原の目は輝いていた。

戦くというよりも久しぶりに並ぶ僚友の車両に、喜びの黄色い声が喉に手を宛て乗員の士気を煽る程に。

 

「常磐!! とにかく走る事に集中して!! 楓は私の指示を復唱!! 若菜はきっちり装填こなしてくれ!! 後の事は私達に任せて」

「任せるわ……私達は私達の出来る事をカッチリやる。キッチンタイマーと戦う料理人を信じなさいって」

「言葉は私達ふうに変換するけどオールオッケーよね!!」

「アルデンテの鬼を舐めないでよね!!」

 

「オールオッケーさ!! ドーン来い!!」

 

 良い音を響かせ大地を蹴りスタートラインに止まるⅣ号。

一方のコッメトも蹴り足鮮やかに乱れる事なくラインに着く。

姿を見せない車長山巌だが、砲塔内部でゆっくりとかつて息を合わせて戦った戦車に手を這わすと。

 

「行くわよ……」

 

 逸る心を抑え、共に乗り込んだ仲間の肩を叩いた。

同乗する仲間は一年前50試合をこなした三年生の部員。

互いの顔を見なくてもやることはもうわかっている、静かに息を上げるコメット熱気は内側に十分篭もっている。

 

 締め切った砲塔、ペリスコープから小さく見える羽根の手旗、大きく振りかぶった腕が空を切るように振り下ろされた。

一瞬、濁音の地は大きく二つの車両に電撃のムチを入れる軋みで姿勢を斜めにする。

そして後は真っ直ぐ走るばかり。

激しく土煙をあげ、猛気と黒煙を背に的に向かう二両、出だしで一歩前を走ったⅣ号は五百を進む間に並ばれていた。

足の速い、早く走る事に重きを置いて作られたダークグリーンの駿馬。

性能の差は歴然だった。正面切って打ち合うのならばまだ勝機もあるだろうⅣ号だが、ただ真っ直ぐ走り的に向かうというのではコメットには追いつかない。

並べた肩は三秒と持たず、少しずつ引き離される。

互いのエンジンがどれ程唸ろうと……

三年生チームの冷静で的確な行動は、錆びることなく駿馬の血となり動いて行く。

 

「的を視認、停止ライン確認」

 

 三馬身ならぬ、三両以上を先行したコメット。

確実に的を射るラインに到着する為に減速をかけたその時だった。

背中の神経を逆撫でする砲口、切っ先を落とす音に目が冷める。

自分達より後ろの位置から、Ⅳ号の砲火は目覚めの雷電のごとく的に刺さっていた。

 

「なんですって!!」

 

 山巌の言葉もそうだが、前を見ていた仲間も呆然としていた。

自分達の後ろから飛んだ矢は、見事に的を砕いている。

的の中に入った事を示す赤旗が振られている。

 

「当たりました? よろしくないですよ、この距離を当てるなんて……」

 

 引き離した距離は関係ない、射的なのだから走りながらでも当てた者が有利。

緊急減速をかけて後ろから自分達を越える距離で、一か八かの賭のような射撃を仕掛けるのも有りだが、その足を次の的に向けてすでに反転させている事を見れば解った、これは確実に狙ってやっているという事。

絶対に賭ではないという事を。

 

「ヒットアンドアウェイ、そんな……砲手はいなかったハズなのに……」

 

 既に背を見せて次の的に向かうⅣ号。

車長としてキューポラから姿を見せ、手を振り戦車の行く先を的確に指示している小原。

ポニーテールが涼やかに揺れて見えるのに心が粟立つ。

誰かが撃っている。弾道計算をして、誰かが確実に的を射ている。

足りないはずの人員が揃っている。いない事が前提で走っていた自分の隙を突かれていた。

 ハッチをあけⅣ号を見ていた山巌に自両砲撃の振動と熱風が髪を巻いて伝わる。

 

「澪さん!! 惚けないで!! 負けられないでしょ!!」

 

 同乗の仲間が躍起になって車両を旋回させていく中で、コメットの砲撃に成功の赤旗が見える。

的を射たことに対する安堵よりも、自分達がまさかの後塵を拝する事に呆然としていた山巌は席に戻った。

 

「当然よ!! 私は部長なのよ!! 簡単に負けるなんて……あり得ない!!」

 

 地面を切り崩すように履帯を回し、車体を返す。

すでに二つめの的に砲撃をする音が響く道をコメットは風切るように走り出した。

 

 

 

 

 

 

「試合終了……勝者Ⅳ号!! 小原乙女チーム!!」

 

 試合終了のフラッグを大きく振り回した羽根のとなり、ゴールである傾斜の壁に戻った小原の顔は終始外に顔を出していたため煤でほの暗く成っていたが、勝利宣言に飛び上がり満面の笑みのまま赤橋達料理道三人に向かってダイブしていた。

そして試合終了の挨拶のためにⅣ号の前に並んだ下奉千代の姿に山巌部長は唇を噛んでいた。

一等砲手の存在。それが神の遠矢を実現させた主だった。

 

「……下奉さん……どうして……」

 

 自分と同じように恥をかく試合はする必要はないと、小原の言葉に耳を貸さなかった下奉。

なのにどうして真逆の行動に出たのかと迫らざる得なかった。

重い足取りで面前に立つと、息を整えて聞く

 

「どうして、試合はしたくなかったハズでしょ……」

「すいません……でも私、戦車好きなんです」

 

 小原に負けた事で自分が衰えたと思い込み、この上恥さらしな試合にかり出されると憤った思いで掴んだ下奉の手は震え涙の顔を真っ直ぐに向けていた。

 

「このまま、このまま卒業なんて……好きで始めたのに嫌い終わってしまうだなんて嫌だったんです……試合がしたいんです!! 戦車に乗りたいんです!!」

 

 涙の告白。

土曜の夜、大洗からのスパイを逃して学校に戻った下奉千代は小原を止めるつもりで倉庫に向かっていた所で風呂上がりの料理道三人組とかち合っていた。

そこで小原を止めるのは無理でも、操縦に引っ張られた三人を説得する事は出来るのではと考えたが、赤橋の言葉に目論見も思い込みも打ち砕かれていた。

 

「ケーキが好きなのに食べないなんて……そんな不自然よ」

 

 湯上がりの柔らかな笑顔を見せた赤橋と仲間達。

思い知らされたのだ。

好きだった。

戦車道が好きで、去年一年50回もの試合をした。

好きだから続けた苦楽の思い出は今も輝いて、止めてしまった今年がいかに暗く停滞した日々だったかを知ってしまった。

 

「好きなものは、自分を元気にする元なんだよ。我慢するなんて体に悪いわよ」

 

 自分の元気の素は戦車道だったと下奉は確信してしまった。

だからその日、車長と砲手をいかにしてやりこなそうと特訓していた小原に頼んだ。

 

「私を使ってよ、私を……戦車に乗せて……」

 

 額を真っ赤にした小原は勝利を分かち合う今、料理道三人組にダイブしたように、下奉の胸に飛び込んできた。

 

「千代ぉ!!! 撃ってくれよ!! ドーン撃ってくれ!!」

 

 友達は自分の帰還を待っていてくれた。

それだけで心に張っていた靄は晴れ、今ここに立っていると泣いた。

 

 

 

 

「……でも……」

 

 自分が掴んだ手を、強く握り返して泣く下奉の姿に、山巌は悔恨を渦巻かせていた。

肌寒い風に揺られる、力無い黒髪は顔を俯かせていた。

自分の一存で戦車道を閉塞させていったのでは?

がむしゃらに試合を続けるのは見苦しい、道を穢していると思い込んで……

 

「澪、戦車道部はお前一人のものじゃない。戦車が一人で動かせないのと一緒だよ。困難を思うのならばみんなで前に進めばいい。一人じゃないんだ」

 

 自分の失念を押しつけていた?

疑念から胸を抱き、心を折りそうになった山巌の肩を叩いたのは、羽根自動車部部長だった。

旗をベルトに括り付け、笑顔で下から山巌を見つめると。

 

「やっぱりかっこいいよ、戦車に乗っている澪は綺麗だ」

「でも……私は今まで……」

 

 そうは言われても、黒森峰の門前払いから半年近く心を戒めてきた。

ただ試合が出来る事が楽しくてやって来たことを罵られた。

優良子女の学校としていかな嗜みとはいえ、そこまでの暴走を許してしまった自分がここでそれをチャラにして……何もなかった事にして戦車道を続けられるのかという疑念。

 

「黒森峰の目指す戦車道と一緒じゃなくたっていいじゃないか!! 私達が積み重ねてきた戦車道を見せてやればいいじゃないか!!」

 

 下がり続ける頭に響いた小原の声。

過去の記憶に固められた壁を打ち壊す声、脳を叩くように響いた小さな友達の声に、山巌澪は顔を上げた。

視界に広がる戦車道部員。

神奈川要が集めた、今この道を愛する部員達。

今日は誰もこの試合を見に来ないハズだったのに、部員達は拳を固めて答えを待っていた。

薄く涙を浮かべた山巌部長の答えを。

 

「私達には私達の愛する戦車道がある。それを持って挑みましょう。試合をしましょう」

 

 心は決まった。

好きだった事は、今でも好き。

交流試合への道を宣言した山巌にロケットのように飛んで抱きついた小原。

 

「そうだよ!! まだまだ卒業まで時間はあるよ、ドーンと行こう!! いっぱい試合しよう!!」

 

 今まで山巌部長の手前、だまり続けてきた二年生達が駆け寄る。

試合がしたかったと泣き、戦車道の制服の美しさに羨望の眼差しと思いをぶつけてお互いが叩き合った。

良い結末を見た羽根自動車部部長はにっこり笑って電話していた。

 

「全自動車部部員に通達する。週末の試合のために戦車全てをピカピカに仕上げるぞ!!」

 

 耳に返る阿鼻叫喚の声さえも、新たな出発の前夜祭のように楽しいものだと、スパナを持った手の袖をまくり上げ倉庫に向かって走って行った。

 

 

 

 

 

「……なんか、すごくない……」

 

 交流戦の試合会場に向かってⅣ号を進ませていた式部沙織は、ハッチから見える陸地に集まる人の群れに目を丸くしていた。

静岡県焼津港の大桟橋に接岸した大洗学校艦の隣似並んだ黎明学園艦の大きさにも驚いたが、接岸口の親水広場から向こうに続く道を埋めるたくさんの人の姿に口をポカンとあけた状態になっていた。

前回は地元大洗での試合で馴染みのある顔がたくさん来てくれていたし、ショッピングモールで遊ぶ事にも余念がなかったが、ここ焼津はよく知らない土地だった。

そこに群れなして歩く旗持ちの人の列。

 

「応援団でしょうか?」

「応援団ですね」

 

 同じく側部ハッチ顔を覗かせていた五十鈴華の声に、秋山優香里が垂れ目をほっこりさせて答えた。

応援団。

地元でもないのに、そんなものが来てくれる練習試合なんてと式部沙織の心がポンッと跳ねる。

 

「マジ、前の試合の評判そんなによかったの……私のファンかな?」

 

道路を行く年若い男性の姿に腰が妙にくねる。

色恋の話しは実践がなくても、夢色いっぱいの顔で手を重ねて。

 

「こまっちゃうな、一緒に写真撮って下さいとかいわれたらどうしよう」

「撮ってさしあげればいいじゃないですか、沙織さんが」

「ぶー、私が撮ってあげてどうするのよー、私と写りたいって話しなのにー」

「沙織殿違いますよ、あれは黎明学園の応援団ですよ」

 

 いつもの凸凹問答をする沙織と華の間を割って秋山は手帳を見て言った。

 

「黎明学園は日本最大の優良子女の集うお嬢様学校でありますから、お家の方達の応援もいっぱいくるんでしょうね」

「そうなの、でも弱いんだよね。弱くても良家のお嬢様にはこんなに応援団くるんだ」

「弱くないですよ」

 

 クルリと前言を打ち消す発言。

最初に試合の事を聞いたときは弱い学校だと言っていた秋山なのに、沙織は口を膨らますと。

 

「前、弱いって言ってたじゃん」

「勉強不足でした。調べたら……黎明学園は去年公式戦10回、非公式の対外試合40回やってるすごい所でした」

 

 小さく舌を出した顔は、弱くとも試合を愛し挑み続けた黎明の歴史を知った顔。

膨大な数の試合を、戦車道を愛したからこそ続けた学校との会戦は心躍る物に変わっており、式部沙織が慌てるようなものでない事に満面の笑みで。

 

「いいじゃないですか!! 今までにない楽しい試合になりますよ!!」

「えー、楽しいって……話が違うじゃなーい!! 酷いよね、みぽりん!!」

 

 車長席から長蛇の列を見ていた西住みほは、制服の裾を引っ張られて苦笑いを見せていた。

大観衆が訪れる試合というものは久しぶり、公式戦でもないのに多くの人が戦車道の試合を楽しみにしている顔を見るのは複雑な気持ちになっていた。

50回も戦ったのに弱小と言われた学校。

どこか自分の弱い部分にも似通ったものを感じていた。

たくさん時間を戦車に乗り、黒森峰在籍一年生にして副隊長を勉めたのに……

どこかで逃げていたから、大事な時に勝てなかったのではという複雑な悔恨。

その思いに下がる眉を、心配そうに見る沙織に笑顔を見せる。

 

「でも、そうだよね、合計50回も試合をしてきたチームと顔を合わせられるんだもん、胸を借りて頑張ろう」

 

 友達と自分を励ますつもりで言った言葉が、そのまま黎明学園代表として挨拶に出た小原か聞かされる事になるのは後数時間後、開会式の事だった。

 

「小さかろうが大きかろうが、ドーンと胸借りるつもりで頑張るからよろしく!!」と

 




早く終わらないと色々な事に迷ってしまう。

学校艦の信濃型? でもあれは元は大和だよね、大和型の方がいいかな。
黒森峰が悪い学校みたいになってるけど、そんな事はぜんぜんないです。むしろ妄想です。
強い学校には、強いという意味があり理由があるのだから。
桃ちゃんが可愛いよね。
きっと柚子ちゃんと会長とは幼馴染みなんだろう、出身も三人とも一緒だし、可愛い友達なんだね。

次回で終わる予定です。
早く向こうもかかないと……本当に神隠しにあぅぅぅ。
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