ガールズ&パンツァー・スイーツ   作:氷川蛍

4 / 6
後一話で終わりたかったのですが、うまくまとめられず……
次で終わります、絶対。


序盤戦、 接戦です!!

「終わる頃には良い感じになってるハズ」

 

 赤橋常磐はクーラーバッグに仕度したカスタードバニラを詰めた容器の密封具合を確かめながらⅣ号で忙しなく仕度をしている小原に言った。

エッセンスの香りが風にまぎれ、戦車の音ばかりになっている空間を柔らかくする。

 

「ねえ、試合が終わったら大洗のみなさんパティー会場に呼んでよね。せっかくの交流試合なんだからみんなでスイーツバイキングしましょって」

「おーう、任せておけ」

 

キューポラからおしりと足だけだして内張補修作業に没頭する小原。

周りでは各々の車両で最終チェックをする部員達。

そこに混ざった異色の料理道三人はノート片手にパーティーメニューにチェックだけをしていた。

本格的な競技に入るまで、素人である三人にはやることがない。

だから試合が終わった後に本格的なもてなしをしたいと考えていた。

料理道の部員は朝から忙しく会場を行き来しており、直前の今も赤橋は現部長と電話で話を詰めたりしていた。

 

「セミ・フレットの仕度はどうなったのかしら……」

「大丈夫だよ、久しぶりの丘だしみんな張り切ってるから」

 

「常磐……ありがとうなー、試合に出てくれて」

 

 作戦用のテーブルにカップケーキを並べながら心配ごとで頬に手を当てていた赤橋に、顔を煤で汚した小原が言った。

車体の上にこじんまりと座って、改まった顔で

せっかくの交流試合だったが、結局急な試合もあって部員を定数揃える事は出来ず、そのせいで黎明学園はメイン戦車コメットを二両しか出せなかった。

後はMk.VIC軽戦車の三人乗りを二両、足りない人数合わせをしたⅣ号は赤橋達料理道三人を入れてやっとという始末だった。

離れていった部員達の心を動かすには時間が足らなかったのだ。

 

「なによ、今更。どうしても試合したかったんでしょ」

「うん……私達の代で道をとざしてしまいたくなかった」

「そうだよね、次に繋いでいかないと」

「そうそう、こんなに期待されてるんだから」

 

 赤橋を囲む碧野と黄瀬。

突然の申し出だった手伝いごとの試合。小原の願いはもうすぐ開始となって形になる。

はにかみ頬を赤くした友達の顔が可愛らしく見えて、赤橋は照れていた。

晴天とまではいかなかったが、雲が綺麗な白色を空に引く良い日より。

たくさんの見物客が集まった久しぶりの試合。

 

「私からもお礼を言うわ、赤橋さん、碧野さん、黄瀬さん……私達が戦車道をダメになってしまわないで、こうしてまた試合をするのに向き合えた事、感謝してます」

 

 金色の飾緒を外したいベレー帽の山巌部長。

その後ろに下奉千代と神奈川要、今日ここに集まってくれた部員達が揃っていた。

赤橋は面前に揃う戦車道部員達の姿に、最初は軽い気持ちで手伝いに入った事を恥ずかしく思いつつ頭を掻いて応えた。

 

「いやぁ……そんな、でもね、去年いっぱい試合したのを憶えてたし、黎明学園のみんなが楽しみにしている試合なんだからもったいぶらずにやれたら、いいじゃないかなって」

 

 楽しみ、その言葉に山巌と小原は笑った。

そうだ、お嬢様様学校は窮屈だ。

色々な部活動があるけど、戦車道ほど自分達の心を弾ませてくれたものはなかった。

同じように他の部活や道を頑張る仲間達にとっても、戦車道の試合は楽しみだった。

全寮制の園に住み学業三昧の日々から解放されて、丘にあがり家族と会えること、騒がしい応援をしても許される事。

もったいぶるなんて考えられない全身全霊全力の道に。

 

「そうだ!! ドーンやろう!! 出し惜しみなんてなしで!!」

 

 大きく声をあげて飛び上がる小原の姿に、みんなが拳を上げる。

 

「宣言したんだ、いっぱい胸借りて頑張るって」

「そう言ったわね、大洗も多国籍車両の編成だしきっと楽しい試合になるよ」

 

 砲手として共にⅣ号に乗る下奉千代がチビの車長の肩を叩く。

市役所の駐車場から向こうに広がる町が今日の舞台だ。

 身を翻しこれから始まる試合への道をさした山巌部長は声をあげた。

 

「さあ、やりましょう。派手に美しく競いましょう!!」

 

 部長の号令に黄色い声は団結の叫びを上げる。

少数精鋭となった黎明学園チームは迫る時間に鼓動を高め、集まった部員全てが期待に頬を赤くし、用意されたカップケーキに舌鼓した。

 

 

 

 

 

「キラキラしてまぶしかったよねぇ……ああいうのを社交界っていうのかな?」

「どうなんだろうね……私も試合前の交流会とか初めてだから……」

 

 武部沙織はⅣ号戦車の通信機にもたれ、指定スタート場所へと進む戦車の振動に揺られながら二時間前の交流会を思い出していた。

右手で狐色の髪を指に巻きつつ、前世紀的言葉を口にしていた。

その上、車長のイスに座った西住みほも、過去の対外試合を思い出しながら返事したが、黒森峰は他校と試合前にも後にも交流会など持って事がなかったため初めて目にすると顎に手を当てて困った顔を見せた。

 試合会場である焼津市。その市内に入る東名高速道路焼津ICを降りて山側に向かったところが開会式場。

前回聖グロリアーナ戦は大洗でも山間部に作られた会場がスタート地点だったが、今回は山が遠いため休耕田を整地した平野での開式。

両陣営も長い海岸線を渡った東と西に陣取りする形で始まる、いわいる最初から市街地戦という豪快な設定である。

ここ焼津は黎明学園の本拠地という訳ではない。

黎明学園は愛知県にある学校で、大洗は茨城が本拠地。

急な試合の申し込みのうえに拠点とは違う、静岡県焼津市が会場となった訳だが、会場周辺の段取りは全て黎明学園サイドが手配していた。

 

「持ってくるのは戦車だけでかまいませんよ。後はこちらで仕度させて頂きます」

 

 試合の二日前、焼津に向かって海を行く学校艦、大洗女子学園生徒会に、黎明学園戦車道部部長山巌澪から電話があり、試合受諾のお礼と挨拶が交わされた。

その時に山巌が言った言葉は間違いではなかった。

メイン会場、顔合わせをするスタジアムの隣にはガーデンパーティー会場が作られ選手と関係者に飲食は無料で自由にとれるようにされている。

更に戦車の調整に必要な工具は自由に貸し出しされるエンジニアハウス仕様のドラゴントレーラーまでも待機していた。

 大洗女子学園から、久しぶりの陸を楽しみに上がった生徒達は元より、戦車道の試合がある事を聞きつけ集まった一般人へも誰彼分けることなくパーティー会場に入れるうえ、低額で飲み物食べ物が振る舞われ、町を歩く観客の顔もホクホクだった。

 

「黎明さんが試合に来ると町が賑やかになってええねぇ」

「去年みたいにたくさん来てくれたらええのにねぇ」

 

コンパニオン達が行き来し、スーツのアシスタントが会場整理をする様子など、見た事のない世界に西住みほを始め大洗戦車道部員達は驚き、会場での料理を満喫する余裕もなく交流会の挨拶をしていた。

 

「マーチングバンドで校歌を歌うなんて、やっぱりお嬢様の学校は品があるんですね」

「あれはすごかったですねー」

 

 砲塔横のハッチを開けて、試合前の緊張をほぐすように風を入れる秋山は、口を横に笑みを見せて、マーチで入場をして校歌を歌った黎明戦車道のメンツを思い出していた。

自分達が整列した後に入場行進で会場に、相手選手の派手な登場に、おっとり顔の五十鈴も見入ってしまっていた。

赤のベレー帽、黒の詰め襟、フレアスカートに編み上げブーツ。

戦隊長山巌部長の肩にかかる金色の飾緒、仕立ても鮮やかな道着姿で整列した黎明選手団。

その後ろに並んだ戦車の装飾にも驚いた。

コメットもⅣ号も、綺麗なモールを飾りまるで展示物のようになっている様に。

 

「うちも早く制服欲しいよねー、かっこよかったね!! あれならすごくモテそう!!」

「モテるかどうかは知らないが……道着があるのはいいな」

 

 いまだ学校制服のままで操縦桿を握る冷泉麻子は、手前に置いた市街地図を熟読しながら抑揚少なく低い声で話しの間に入った。

聖グロリアーナ戦から二週間、再設立されたばかりの大洗女子に試合を申し込んだお嬢様学校の感想をそれぞれが口にしきったあたりでⅣ号を先頭に指定スタートラインに全ての戦車が出そろっていた。

広い田園が続く中、用水路遮蔽と防風林で目隠しをした小学校校舎。

西に下ると航空自衛隊の静浜基地があるが、そこからは試合歓迎のバルーンが上がっている。

家電量販店を要する大型道路が左手の側に広がっている所が大洗女子のスタート地点、相手の黎明学園は東に向かった焼津市役所後ろからのスタート。

距離はさして離れていないが、途中に砲撃禁止区域である新幹線、大型の用水路が通る完全な市街地戦仕様の立地。

 スタートの発煙弾が上がるにはまだ少し時間がある中で、秋山優香里と西住みほ、Ⅳ号乗り合いの仲間達は地図と睨めっこをしていた。

 

「以外でしたね、黎明学園は全車両コメットで来ると思ってましたが……」

「うん、そうだね」

 

 地図に赤ペンを走らせていた西住みほも思い出したように首を傾げた。

黎明の試合データでは全車両コメットでの参戦が圧倒的に多かったのに、今回はいささか奇妙を感じる車両編成だった。

それが一つの悩みにもなっていた。

こういうものは揃いの戦車で来てくれた方が相手の戦術を割り出しやすい。

多国籍車両を使うチームは統一戦術が使いにくいが、相手に手の内をけどられにくいというメリットもある。

そういう意味では大洗のバラバラの車両編成は特性を活かす方法となるが、今回は向こうも規格がバラバラ。

注意深くしておく必要を強く感じる形だと頷く。

 黎明学園の編成車両はメイン車両に巡航戦車コメット二両、Mk.VIC軽戦車二両、それとⅣ号戦車。

コメットとⅣ号は見るからに脅威だが、Mk.VIC軽戦車は場違い感を醸す小さな車両。

サンドカラーに荒廃の亀裂パターンを塗り込んだ迷彩。大砲は持たず12.7と7.7の重機関砲を持つ小粒な鉄騎。

顔合わせで初めてその車両を見た武部沙織は。

「小さくて可愛いのがいるー」と、はしゃぐ程のものだったが、秋山優香里はスタートラインにつくまでの間、癖毛の頭をこねくり回して考えていた事を率直告げた。

 

「黎明は全隊が足の速い戦車の編成ですね」

「そうだね……コメットも整地で50キロをだすけど、軽戦車の方は荒道でも40キロ、整地なら50キロ以上のハイスピード車。今回の市街戦を考えるとけっこう手強いかも」

 

 二人の会話に耳を傾けていた武部と冷泉。

 

「あの小さいのも早いの?」

「早そうだな、そういう音をしていた」

 

 コメットが俊足な戦車である事は大洗でのミーティングで部員全員に教えてあったが、Mk.VIC軽戦車についてここで知る限りを教えるしかない。

喉に当てたマイクを抑え、一度咳払いをした西住みほは開始の合図を待つ仲間達に最初の注意点を話す事にした。

キューポラから乗り出し、暖機の振動を上らせる自校車両を見回して。

 

「黎明学園の戦車はどの車両も例外なく足が速いです。コメットもⅣ号も強敵ですが、Mk.VIC軽戦車……これも、小さいからと侮らないでください。ポイントは相手の走りを省略する事、細かく市街地を使い戦車を挟み込む方法が有効です。息を合わせて頑張りましょう!!」

 

 もうしばらくすれば開始の発煙弾が打ち上げられる。

徐々に緊張の糸が引き合い、スタートのテープを切る時が来ようとしていた。

頑張ろうの声に拳を上げる歴女チームのカエサルやエルヴィン。

緊張のため二人して砲塔から顔を出している一年生チーム。

河島桃生徒会広報一人だけが唇を噛みながら時を待つ生徒会チーム。

今回先行偵察の任を請け負ったチームワークはピカイチのバレーボール部チーム。

全員の顔を見る西住みほの後ろで、秋山は思い出したように言った。

 

「試合を申し込んでくださって、選手代表挨拶をした小原殿……うちと一緒のⅣ号戦車でしたよね」

「うん」

「あれって……なんか変な感じしませんでした?」

「変? ……そういえば何か変な感じ……」

 

 秋山に言われて何か引っかかった点があった事を、西住みほも思い返していた。

Ⅳ号は戦車道を嗜む学校では使用の少なくない車両だが、小原が搭乗するⅣ号はどこか変な感じだった。

全体に野暮ったく、西住達の乗るスッキリ感がなくキャンバスを砲塔と、後ろの籠に括り付けていたのは気になっていた。

それ以外を派手なモールで飾っていた事で、そこだけが鮮明に思い出された。

 

「あれは……」

「試合開始!!!」

 

 顎に手を置いて傾げた首が、空を仰ぐ。

発煙団の白の軌跡が空を舞い、アナウンスの後半をかき消す戦車の足音が響く。

思い浮かんだ疑問を振り払って、大洗女子は一斉に前進を開始した。

 

 

 

 

 

 黎明学園、小原乙女が搭乗のⅣ号は焼津市役所を出ると本隊と離れ、焼津港沿い八雲通りを南下していた。

すぐ隣は学園艦をつけた港、親水広場が見える大通りだが出来るだけ目立つ事のないよう一本入った住宅道路を走り青峰プールを渡った下水処理場近く用水路との間にあるドラム缶小屋をスクリーンにして立ち止まっていた。

用水路は海に近く、すぐに港に出られる位置にあるため幅も広く傾斜からストンと深みに落ちる形になっている。

道からは見られないよう小屋に隠れての作業。ここから次の作戦に入るために。

 

「乙女、向こうの先行偵察があるとすれば必ずここに来るわ。早くしてね」

 

 上部ハッチを開けて外で作業をする小原に、砲手の下奉が心配になって顔を出していた。

隠れていてもエンジンの音まで落とすのは難しい、ただでさえこのⅣ号はマフラーがないから五月蠅いのだが、こんな所を見つかれば一気に砲撃をされる心配もありエンジンを止める事はできない。

斜面を下った側にいるⅣ号での作業は緊張が続いていた。

 

「大丈夫、後ちょっとで終わるよ。ここをしっかり絞めとかないと……」

「あっ……」

 

 砲塔のスナップをきつくとめ、錆びをこすりつけた手袋で額を拭った小原の目は、八九式中戦車とその指揮官であるバレー部キャプテン磯部典子と見つめ合っていた。

風は穏やかでまだ少し肌寒い潮の香りが二人と、二つの戦車の間で緩やかに木々を揺らしていた。

小屋を挟んで、横に座るⅣ号と真っ直ぐ縦に入ってきた八九式。

真っ直ぐ砲が撃てる位置にいた磯部だったが、Ⅳ号の砲塔が回った事に即座に決断した。

 

「ごり押しブロック!! 小屋ごと水路に落とす!!」

 

 Ⅳ号が真横に見えたのがその決定に至った理由だった。

今ならT字の形にいる相手の腹を押して、隣の水路に突き落とす事が出来る。迷ってなどいられない。

傾斜のかかった下りに車体を晒してしまった九八式が、急速シフトで坂を登り切る間に打たれる可能性は高いし、Ⅳ号の砲弾を至近距離で受けたらひとたまりもない。

だったら押すしかない。勢いと団結だったら大洗一のバレーボール部は、小屋の側面に八九式をぶつけていた。

 

「せーのー!!!」

「ファッ!! まてまてまてまて!!!」

 

 近すぎる距離、真横から小屋を押されたⅣ号はそのまま押されて足を滑らせると水路に向かって落ちていく。

衝撃に波乗り状態で手を振る小原、さすがに整地されていない草木の上では真横からの突撃に踏ん張れないというもの、履帯でめくった土に足を取られるがごとく泥濘に踊って落ちる。

小原が慌ててキューポラに頭から飛び込み、ハッチを閉めた時。

Ⅳ号は片足から突っ込んだ用水路の傾斜に引きずられて水没していった。

雪崩打つドラム缶を浴びせられながら。

 

「やったぁぁぁぁ!!! 一両撃破!!!」

 

 深い緑色の水路にすっぽり落ちたⅣ号は、キューポラの部分がうっすら見える程度に沈んでいた。

半分が沈む水路登坂とは違い完全に沈んだ戦車の姿に、バレー部は勝利を確信しながら心配も一気に募っていた。

 

「キャプテン、全部沈むのはちょっと……助けないと……」

 

 心配の声をあげる金色癖毛の佐々木あけび。磯部キャプテンも他の二人と顔を見合わせる。

このままだと酸欠という事態が試合の中で起こるのは望ましくない。

ハッチを開けて助けに走ろうとしたその時。号砲の一撃が空に響いた。

それが描く軌跡は磯部キャプテンの目にしっかり写っていた。

クランクに入り組んだ県道31号八雲通りの内側から外に対して斉射された砲弾の弧は十分過ぎる脅威だった。

このままだと逃げる道をふさがれる、Ⅳ号以外で大型弾頭を撃つのは黎明メイン戦車のコメットしかいない、打撃力もさる事ながら足の速さで追いつかれたら戦える相手でない事は十分に聞かされていた。

 

「やばい、緊急離脱!!」

「あっちの戦車は?」

「ジャッジがいるから救助されるだろう!! 今は逃げる方が大事!!」

 

 水路の端まで詰め寄っていた九八式は、ドロを跳ね上げて坂を駆け上った。

磯部キャプテンは身を乗り出し、沈んだⅣ号と近くに立つジャッジを確認していた。

 

「こちらバレー部チーム。Ⅳ号戦車を撃破しました。この道から先、東からコメットが近づいています!!」

「わかりました。そこから真っ直ぐの道を走って縦小路に入ったら西に下って、こちらと合流しましょう」

 

 早さの要求されるコース、道の途中でコメットと遭遇する確立は高いがそれで敵をおびき寄せる事も出来る。

次の指示に素早く道に戻った磯部は、沈んだⅣ号に視線を向けることなく走って行った。

それが甘い判断だという事を知るのは試合最後の時。

Ⅳ号戦車が水没の中でも白旗を揚げていなかった事を後で知り、不注意を実感する事になる。

 

 

 

 

 

「あぶなかった……」

「本当にあぶなかったわよ!! もうびしょ濡れじゃない……」

 

 落ちたⅣ号から小型の潜望鏡を上げた小原は、去っていく八九式を見ながらやっと一息ついていた。

勢いで押されて横滑りで水路に没したが、ギリギリでキューポラ上ハッチの水密を仕上げる事ができた。

だが本当に直前だっため、落ちた瞬間の煽り水が車内に入り込み、下奉を始め料理道の三人は頭から水を被る形になっていた。

 

「はっはっはっ、ちゃんと下に水着を着ておけよ。なんにしろ慌てて向こうにこいつの事がバレるよりはよかった」

「上手い具合に援護射撃もして貰えたのが功を奏したね。白旗が揚がってないことに気がつかずにいっちゃったし」

 

 判定の白旗があがっていないうちは負けではない。

大洗の八九式はそれを確認する暇もなかったのか、砲撃に恐れを成したのか沈めたⅣ号をしっかり確認する事なくこの場を立ち去っていた。

せっかくの道着にかかった水を払う碧野のとなりで小原は、水面近くにてⅣ号を見ているジャッジに自分達が潜水に入った事を知らせるために潜望鏡を上げ下げして見せる。

 

「良し、予定より早かったけど沈んだし、ここから潜行して本隊が大洗を追い詰めるポイントまで移動しよう」

 

 シュノーケルを立ち上げ、詰まった水を外に噴き上げたⅣ号は大型用水路の中を時速5キロというスローペースで隠密行動に入って行った。

 

 

 

 

 

「Ⅳ号が予定より早く水没しちゃったみたい」

 

 急な援護射撃の要請を聞いた山巌部長は、県道416号を避けて神式通りをMk後ろ似、少しの距離を置いて前を走るコメットの中で交信していた。

 

「車体の方は大丈夫なんですか?」

 

 平行する道を行くもう一両のコメットから神奈川要が状態について聞く。

二両のコメットは416号を挟んで同時に南下を続けていた。

 

「問題なさそうよ、ギリギリで間に合って……でもけっこう水を被っちゃったみたいだけど」

「あぶないなー。とりあえずⅣ号が潜水したという事は、ここから私が先行でよろしいですか?」

「そうね、そっちでまず道を絞める形で追い立てて頂こうかしら、堅小路公園に迂回そこから北に向かって押し上げて来てください」

「了解」

 

道を更に分けさらに広く陣を使う黎明の動きに、大洗は結集して立ち向かう形になっていた。

 

 

 

 

 

「……Ⅳ号撃破でありますか……」

「はやっ!!」

「やはり弱小か……」

 

 横ハッチを開けて策敵に忙しなく目を動かしていた秋山優香里は気落ちした顔だった。

始まって三十分たらずの朗報に肩を落とした。

今回この試合を望み、反対する黎明戦車道部の全てを押し切って手紙を出してくれた小原が搭乗するⅣ号撃破の報告はもの悲しく感じられたのだ。

 

「勝負したかったのに……残念です」

「本当に、でもまだ終わっていませんから頑張りましょう」

 

 挨拶で出会った好敵手の会えない最後に肩を落とした秋山を、五十鈴華が顔を会わせて励ました。

 

「そう、終わってないよ、秋山さん!!」

 

 肩を落とした秋山優香里に角を立てた厳しい声を返したのはキューポラから外を警戒していた西住みほだった。

警戒にきつく目を凝らすみほの隣、横のハッチを開けた秋山も感じていた。

振動と音、戦車が勢いをあげて迫る圧力を。

 

「来た!! 後ろに回られてる」

 

 縦小路の横に並ぶ道筋。後方に砲塔を回していた大洗Ⅳ号の視界に写ったのは、白い線を引く迫撃の奇蹟だった。

弾は挑発なのか、距離を測るための空打ちなのか、大洗戦車の群れを飛び越し前方の道に大穴を開けてた。

後方から走る道は若干標高が高い、迫る戦車の筋が向こうから見える位置に目を向けるが、家屋が邪魔をして煙りだけが目印だ。

 

「ここから全体はみえないけど……そうとう近くに来られてる。ブロックごとに別れましょう、相手を挟み込むために民家の遮蔽を十分に使い捕まらないようにして」

「了解!!」

 

 それぞれのチームから返る応対。

忙しくなる砲塔の中、秋山は装填のために並んだ弾を確認すると。

 

「いつでもオッケーであります!!」

 

 やる気の息を吹き返した顔を見せた。

操縦桿を握る冷泉の極めて単調な口が指示を仰ぐ。

 

「どうする?」

「私達と38tはここで旋回、後ろからくるコメットを挟み打ちます」

 

 一方通行の縦小路、青果店を過ぎると左に鋭角に曲がる事が出来る、ここで三凸とリーを前進させ、偵察と迫る敵を連れて戻る八九式と合流させる。

自分達は後ろからくるコメットを挟み殲滅する。。

 

「向こうも二手に分けて来てる……こちらも分けて相手をしましょう。冷静にやれば必ずコメットを撃てます……って、あれは」

 

 顔を出していた西住、相打つために角を曲がった時に見えた物はMk.VICだった。

小さな戦車は細い一方通行の道を猛然と走って来ていた。

 

「砲塔旋回……あっ!!」

 

 驚きはさらに後ろに、縦列で進んでくるコメット。

むしろもう一本別の道で出会うと思っていた相手が見えたのは普通ではあり得ない事だった。

堅牢でスマートな形を見せたコメットが視界から見切れる。風を巻いて曲がった角を進むⅣ号。

 

「38t、コメットはMk.VICに付いてきてますか?」

 

 咄嗟によぎった悪い予感、自分達の目で確認出来なかった相手の動きを生徒会チームに問い合わせるが、テンションの高い河島の声が聞こえるだけ。

見切れた相手が考える戦法は? 同じ事を操縦手の冷泉麻子も感じていた。

 

「挟まれるかもしれないぞ」

「解ってます、コメットが前の角を曲がっていたら……」

 

 後ろから砲撃を開始するMk.VIC、乾いた軽い音が断続して響く。

大砲とは違う弾が38tの装甲を弾く火花を散らす。

このままだと先に角を曲がった自分達は次の辻でコメットの射界正面に出てしまう可能性が高い。

挟み込もうとしていた作戦は。向こうも同じ。

改めて市街戦の読み合いが難しい物だと手に汗を握った西住みほだったが、自分の予想する作戦をひっくり返したのは、極度のテンパリを発揮した河島桃だった。

 

「三十六計逃げるにしかずぅぅぅぅ!!!」

 

 

 

 

 

「手前の角を旋回、Ⅳ号を追い落とすよ!!」

 

 神奈川要は上部ハッチから外に姿を見せ、鋭角のカーブを左に曲がった大洗の二車両を確認すると、すぐに手前の角を迷わず左に曲がっていた。

大洗側から曲がらず真っ直ぐ道を走っていった方は、山巌部長率いる戦車隊と後五分足らずでぶつかる。

だがそこに金星はいない、神奈川の悪戯っぽい目は小原が一矢報いる標的として定めたⅣ号西住流を見ていた。

それが自分の標的として目の前に転がった事に喜びの声をあげて。

 

「あははははは、大洗の新星をこの手で叩く!!! 乙女には悪いけど、私がいただくわ!!」

 

 地形はバッチリ頭に入っていた。

Ⅳ号が曲がった角を二等辺三角形最大の鋭角だとすれば、コメットはその手前を曲がり90°の底側に向かえば交差線上の走って来るⅣ号を真横から打ち抜ける。

38tというおまけに邪魔されて後ろの確認は難しかっただろうⅣ号を待ち構える形。

おそらく大洗Ⅳ号はコメットは隠れて走り打ちをすると思っていた裏をかいた。

 

「街角ごと吹っ飛ばしてさしあげましょう」

 

 砲塔を迫る街角に合わせ、片手に花びらの束を用意してMkとの通信を密にとる。

追い立てられたⅣ号と38tはここに必ず姿を現すという確信と経験のなせる技だった。

クルクルと癖所を回って相手を打つのは黎明の十八番だった、来る相手の早さと距離、計算で答えを得る事が出来るのは不足のない戦いで、必然の勝ち星。

 

「こちらカトンテール、的はそのまま直進しています接敵まで後15秒」

「了解、後13秒。砲撃まで後10秒」

「装填!!」

 

 構えて時間を睨んだ神奈川だったが、進む一秒の間で事態は急転していた。

Mk.VICのコードネーム、カトンテールの悲鳴と響き渡る重量物のブレーキ。

地面を削る濁音と機械が軋む金切り音が、交わらない不快な音を響かせるのは、簡単に止まらないⅣ号の車体が、引かれる力の重さに踏ん張り道を抉っている証拠。

音で状況を想像はできたが、危険極まりない賭を目の前に黎明戦車道部は小さいながらパニックを起こしていた。

はさみ打とうとする自分達に気が付いたⅣ号が急ブレーキをかけて回避をした事が、しかしⅣ号の後ろには縦列でいた38tはどうなったのか?神奈川は空転した策の前で考えていた。

 

「38tはどうなったの?!!」

「38tは……逃げました……わっわっわっわ」

「何が逃げたの?」

 

 交信までもが軋みだした音を飲み込み、仲間の声が良く聞こえない。

 

「38tが急に左に曲がって……目の前に四号がぁぁぁぁぁ」

「左に道はないわよ!!」

「駐車場の柵をぉお……わぁぁぁぁぁ」

 

 次に聞こえたのは砲撃音。

停止していた神奈川のコメットの前に、大洗Ⅳ号は現れなかった。

そのままの変わって路面を削った埃と巻き込みにあった民家の塀が吹き飛ばされて溢れ出て視界を完全に隠す形になっていた。

猛気と塵がまい、視界を塞ぐ中で仲間への交信に声を挙げる。

 

「カトンテール!! 応答して!!! カトンテール!!」

「やられましたぁ……」

 

 力無い声、ノイズに混ざるため息の嵐。

 

「直撃を受けて……行動不能……」

 

 信じられない暴挙だった。

後ろから迫るMkに対して恐れはなかったが、コメットと挟まれる事を口にした西住みほの言葉に、道無き道に舵を切ったのは生徒会チームの河島桃だった。

本人は砲手であったのにも関わらず、小山柚子の持つ操縦桿を引いて。

 

「こっちだぁぁぁぁぁぁ」と、左に無理矢理曲げてしまったのだ。

 

 この状況を見て前を走っていたⅣ号は急ブレーキを踏むことが出来たのだ。

もし38tが後ろに付いたままならば、ブレーキは踏めない。

互いに違いに車両をぶつけて試合終了となるか、このまま突っ込んで交差点で一か八かの違い打ちをしなければならないかという危機一髪を、テンパッた河島の判断が良い方に賽の目を出していた。

 緊急停止から切り返し、後ろに迫っていたMk.VICはおよそ攻撃及ばない鉄の城壁であるⅣ号の攻撃にあえなく撃沈。

そのままⅣ号は38tが逃げた道。道ではなく月極駐車場の柵を押し破って逃走していた。

後に残された味方の白旗。

 

「……逃げられた……やっぱり一筋縄じゃいかないわ……」

 

 早くも自両の随伴である仲間を失った神奈川は唇を噛んで、状況を山巌部長に報告した。

 

「了解……。もっとやりましょう派手に、もっと美しく行きましょう、負けずの心で競いましょう!! 美しく!!」

 

 空砲の甲高い音。

空に舞い散る花びらの下、山巌部長は悠々とコメットを進ませていた。

 




小原乙女の乗るⅣ号はあれです。
本当はもっと厳重なセッティングが必要だけど、小説だしテンポもあるのでああいう形でだしました。
カトンテールは兎の名前です。
焼津市は良い所です。

早く早く……
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