俺が寝取らないと国が滅びる件~無欠の英雄、5人の魔女(人妻)を幸せにします~   作:ナカザキ

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1:無欠の英雄

「――以上が、我がラインハルト王国が直面している絶望的な戦況である」

 

 厳粛な円卓会議室に、作戦参謀の重苦しい声が響き渡る。

 

 壁面の魔法映像に映し出されているのは、激しく燃え盛る国境の砦と、圧倒的な物量で押し寄せる『魔道国』の軍勢だ。

 

 我が国の防衛線は文字通り風前の灯火。

 明日、明後日に全面崩壊してもおかしくない極限状態だった。

 

「……打つ手は、本当にないのですか」

 

 居並ぶ老練な将軍たちが絶望に俯く中、俺は毅然とした声を意識して張り上げた。

 

 白銀の甲冑に身を包み、非の打ち所のない端正な容姿を持つ男――ディン・アルカディア。

 

 若くして数々の死線を潜り抜け、私欲を持たず、民のために剣を振るう姿から、国内外で『無欠の英雄』と称えられる国の至宝。

 

 ……それが、周囲が俺に勝手に貼り付けたレッテルであり、現在の俺の肩書だ。

 

 だが、そんな神格化されたパブリックイメージとは裏腹に、俺の内心は冷や汗が止まらなかった。

 

 周囲の期待に応えるため、俺は日々、胃に穴が空くようなプレッシャーと戦いながら、必死に『無欠の英雄』を演じているに過ぎないのだから。

 

「いや、一つだけ……極秘裏に伝わる『起死回生の秘術』があった」

 

 国王陛下が重い口を開いた。

 その表情は、なぜか救国の策を語るものとは思えないほど複雑に歪んでいる。

 

「この地に、かつて世界を滅ぼしかけた『異次元の5人の魔女』を召喚し、我が陣営に引き入れるのだ。彼女たち一人の力は、魔道国の一軍に匹敵する」

 

「異次元の魔女、ですか……! しかし、彼女たちを従わせるなど容易ではないはず」

 

 俺が真摯な眼差しで問い返すと、国王陛下はゴホンと気まずそうに咳払いをした。

 

「うむ。ここからが本題なのだ、ディンよ……」

 

 国王陛下は一度言葉を切り、まるで己の不徳を恥じるかのように天を仰いだ。

 

「召喚の秘術そのものは既に完成している。だが、問題は彼女たちを我が陣営に縛り付ける『契約』の条件だ。古の盟約によれば、魔女たちを完全に服従させるには、彼女たちの『愛』を勝ち取り、魂の伴侶として誓いを立てねばならん」

「愛、ですか。……国を救うためであれば、このディン、喜んでその魔女殿に誠実を尽し、生涯を添い遂げる覚悟にございます!」

 

 俺は迷いなく胸の甲冑を叩き、凛とした誓いを立てた。

 

 我ながら完璧、これぞ非の打ち所のない英雄の身の処し方。 

 

 そう確信していた俺だったが、そのあまりにも真っ直ぐで高潔な眼差しに、国王陛下だけでなく、周囲の将軍たちまでが一斉に目を逸らした。

 

 会議室を包む、なんとも言えないバツの悪い沈黙。

 

 俺はわずかに眉をひそめる。

 

「……皆、どうされたのですか? 私の覚悟に、何か不都合でも?」

「いや、ディン。お前の愛国心と高潔さは疑っておらん。ただな……」

 

 作戦参謀が脂汗を拭いながら、一枚の魔法羊皮紙を突き出してきた。

 

 そこに映し出されていたのは、冷徹な美貌を湛えた一人の美しい蒼い髪の女性。

 そしてその隣で、傲慢に歪んだ笑みを浮かべる魔道国の上級魔術師の姿だった。

 

「彼女は『5人の魔女』の一人、氷の魔女エレナ。……そして、その隣にいるのが彼女の『夫』スネイルだ。彼女だけではない。そう、彼女たちは全員、すでに別の男と婚姻関係にある」

「……は?」

 

 俺の口から、素のトーンで短い声が漏れた。

 

「つまりだ、ディンよ」

 

 国王陛下が意を決したように、重々しく、かつ最大の悲壮感を込めて言い放った。

 

「お前には、あの魔道国の男から、魔女エレナを『寝取って(NTR)』きてもらいたい。それしか、この国が生き残る道は残されていないのだ!」

 

 ――は?

 ――いま、この国のトップはなんて言ったんだ?

 

「ね、ねと……っ!?」

「そうだ! 世間は貴様を『無欠の英雄』と称え、清廉潔白の象徴として崇めている! そんなお前に、このような破廉恥極まる不徳の命を下さねばならん我が身の無能を許してくれ……!」

 

 がっくりと拳を机につく国王陛下。

 

 将軍たちも「すまない、ディン様……!」「我らのために、どうかその綺麗な手を汚してくれ……!」と涙ながらに懇願し始める。

 

 しかし、周囲の涙ぐましい懇願を前に、俺の脳内は今まさに崩壊しかけている国境の砦より激しく大炎上していた。

 

 『無欠の英雄』などと大層な二つ名で呼ばれてはいるが、その実態は、ただ真面目に、真っ当に努力を積み重ねてきただけの男だ。

 

 女性経験だって、周囲が勝手に神格化して遠巻きにしてくるせいで、実質「年齢イコール未経験」の超ピュア。

 

 それなのに、初陣の相手が「他国の既婚者」で、課せられたミッションが「寝取り」など、いくらなんでもハードルが高過ぎる。山か。

 

「あの、陛下。私は剣技や聖魔術の訓練は受けてきましたが、女性を、その……誘惑するような不埒な術は一切……」

 

「案ずるな、ディン。すでに我が国の隠密部隊が、氷の魔女エレナの家庭環境について徹底的なリサーチを完了している」

 

 参謀が「勝機あり!」と言わんばかりにドヤ顔で資料を開いた。

 

「魔道国のクズ夫は、彼女の強大な魔力を政治利用しているだけで、家庭内では激しいモラハラを繰り返しているようだ! エレナの心は冷え切り、孤独に震えている! つまり、お前のその『美貌と優しさ』で誠心誠意寄り添えば、必ずや彼女の寝返り――ゲフン、寝取りは成功する!」

 

「な、何を自信満々に……それに言い換える必要ありましたか!」

 

 というか、そんなに自陣満々なら参謀本人が行けば良いだろう。

 

「頼む、ディン! 最初の魔女エレナがこちらに付けば、前線を維持している魔道国の軍勢は一網打尽にできる! 国の未来は、お前の『寝取り』にかかっているのだ!」

 

 国王陛下が深々と頭を下げる。

 将軍たちも一斉に床に平伏した。

 

 もはや、断れる空気など微塵も残されていなかった。ここで「恥ずかしいので嫌です」と言えば、数日後には国が滅び、何万もの民が虐殺される。

 

 そんな最悪の未来を天秤にかけられたら、選ぶ道は一つしかなかった。

 

(ああ、クソッ……! やってやる、やってやればいいんだろ!――ーん)

 

 と、俺はそこである重大な事実に気付いてしまった。

 

「彼女たちは全員、すでに別の男と婚姻関係にある、とか仰りましたよね?」

「ああ。召喚の魔法は一月も前につつがなく行った。しかし、結果として言うならば、彼女たち5人の魔女は全員がわが国を出奔した」

「なんでも彼女たちは、各々の地で人生の伴侶を見付けたようだ。流石魔女、手の早いことだ」

 

「なっ」

 

 嘘だろ。一月前に救国の英雄たる魔女は召喚されていて――。

 すでに誰一人わが国には残っていない―――。

 そして、彼女たちは皆、既婚者である――。

 

 つまり俺は、これから残りの魔女たちに対しても――――?。

 

「他の魔女のことは今はいいでしょう。今のっぴきならないのは、『氷の魔女』エレナです。やつの氷魔法とクズ夫の魔法具で何千人もの仲間が氷漬けにされました」

 

 参謀のその言葉が、俺の頭を一気に冷え込ませた。

 

 そうだ。

 

 他の魔女がどうとか、俺のプライドやら貞操(?)やらが、どうとか言っている場合じゃない。

 今この瞬間にも、国境では仲間たちが死んでいるんだ。

 

 覚悟を決めろ、ディン。そのためならば―――。

 

 俺は引きつりそうになる顔の筋肉をどうにか制御し、誰もが見惚れる完璧な『無欠の微笑み』へと修正して、深く一礼した。

 

「――御意。このディン・アルカディア、不徳の汚名を背負う覚悟はできました。我が国の命運をかけ……必ずや、氷の魔女を『救い出し』てみせましょう」

 

 そうだ。

 魔女を縛るため、生涯の愛を囁くのだ。寝取った腕で、口で、愛を囁くんだ。

 

「おおお……! さすが無欠の英雄! なんという自己犠牲の精神!」

「ディン様万歳! 聖なる寝取り魔に栄光あれ!!」

 

(頼むからその呼び方はやめてくれ、末代まで呪われそうだ!!!)

 

 心の中で血の涙を流す俺を置き去りに、会議室には割れんばかりの歓声が響く。

 

 こうして、世界の命運を賭けた、前代未聞の「英雄によるNTRミッション」の幕が上がったのだった。




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