俺が寝取らないと国が滅びる件~無欠の英雄、5人の魔女(人妻)を幸せにします~   作:ナカザキ

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3:深まる仲

「――エレナ? 返事くらいしたらどうだ。耳まで凍りついたか」

 

不機嫌極まりないクズ夫の足音が、天幕の床を踏みしめて近づいてくる。

 

その時、俺は人生最大の窮地に立たされていた。

真っ暗な掛け布団の中。強引に引っ張り込まれた先は、エレナの体と完全に密着するほどの超至近距離だった。

布地越しに伝わる、彼女の柔らかくも冷たい体の感触。そして、すぐ間近から聞こえる、緊張で引きつった小さく、熱い吐息。

 

(待て待て待て!!! 近い近い近い!! 鼻先が触れそうなんだけど!? 女性経験ゼロのピュア男子にこのシチュエーションは刺激が強すぎて心臓が爆発する!! っていうか、外のクズ夫に俺の心音が聞こえるレベルでバクバク言ってるんだが!?)

 

俺の内心のパニックを察したのか、エレナが布団の中で俺の胸元をぎゅっと掴んできた。

上目遣いで俺を見つめる彼女の瞳が、暗闇の中で微かに潤んでいる。その顔は、恐怖と恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。

 

「……旦那様。明日の戦術書なら、そこのチェストの上に置いてあります」

 

エレナはどうにか声を震わせないよう、いつもの冷徹なトーンを装って布団の外へと声を張った。

 

「チッ、そこか」

 

足音がベッドから逸れ、チェストの方へと向かう。

俺とエレナは、文字通り息を止めて体を硬直させた。肌が触れ合うたびに、甘いハーブの香りと彼女のぬくもりが脳を狂わせそうになる。

 

(頼むから早く行ってくれ……! このままだとクズ夫に見つかる前に、俺が気恥ずかしさでショック死する……!)

 

チェストの引き出しを開け閉めする音が響く。

これで書類が見つかれば、奴は出ていくはずだ。そう祈った、まさにその時。

 

(……あ、やば)

 

極限の緊張のせいか、俺の甲冑の留め具が、ベッドの木枠にほんの少しだけコツリと当たってしまった。

 

チェストの前で、クズ夫の手がピタリと止まる。

 

「……おい。今、ベッドの方で何か音がしなかったか?」

 

冷や汗がドッと噴き出した。

クズ夫の足音が、さっきよりも確実な殺意を孕んで、再びベッドへと近づいてくる。

 

「エレナ、お前……何か隠しているな?」

 

すぐそこまで迫る足音。クズ夫の手が、ベッドの天蓋のカーテンにかけられる。

もう言い訳は通用しない。布団がめくられるまで、あと数秒。

 

(……クソッ、ここまでか! 見つかったら、その瞬間にこのクズの首を跳ねて、エレナを抱えて正面突破するしかない――!)

 

俺が剣の柄に手をかけ、覚悟を決めた、まさにその時だった。

 

――ドガァァァァン!!!

 

天幕の外で、鼓膜を震わせるほどの凄まじい爆発音と、兵士たちの怒号が響き渡った。

 

『敵襲――ッ! 敵襲ォォーッ!! ラインハルト王国の別働隊です! 兵糧庫が激しく燃えています!!』

「何だとぉっ!?」

 

クズ夫が声を荒らげる。カーテンにかかっていた男の手が、完全に離れる気配がした。

 

(隠密部隊の奴ら……! ナイスアシスト!! お前ら最高だ、後で最高級の酒をいくらでも奢ってやる!!!)

 

「チッ、どいつもこいつも無能ばかりめ! エレナ、お前もすぐに戦支度をして表へ出ろ! 奇襲を仕掛けてきたネズミどもを一人残らず凍らせてやるのだ!」

 

クズ夫は忌々しげに言い捨てると、今度こそバタバタと足音を立てて天幕の外へと飛び出していった。

 

完全に奴の気配が遠ざかる。

「ふ、はあぁ……」と、俺とエレナの口から、同時に深い安堵の息が漏れた。

 

バサリ、と掛け布団をめくって、俺たちは夜の空気の中に這い出る。

 

「助かった……。本当に危機一髪でしたね、エレナ殿」

 

俺が乱れた髪を直しながら声をかけると、ベッドの上に座り込んだエレナは、まだ顔を真っ赤にしたまま、自分の胸元を隠すようにして俺を睨んできた。

 

「……あなた、本当に心臓に悪い男ね。敵陣のど真んで、あんな……あんなに近くで……」

「申し訳ありません。ですが、おかげで生き延びられました。……それに」

 

俺は彼女の目を見つめ、一歩近づく。

 

「あなたとこうして秘密を共有できた。それは、私にとって何よりの収穫です」

 

(よし、ピンチの後のイケメンフォロー! 完璧だ俺!)

 

エレナは一瞬呆然とした後、ぷいっと顔を背けた。だが、その耳たぶまで真っ赤に染まっているのは隠せていない。

 

「……もう行って。旦那様が戻ってくるわ。明日の戦場では……私は手加減なんてできない。指輪の命令には逆らえないから」

「分かっています。その呪わしい指輪ごと、あなたを必ず救い出してみせる。……また明日、戦場で会いましょう」

 

俺はもう一度、完璧な『無欠の微笑み』を浮かべると、夜の闇に溶けるように天幕の裏から脱出した。

 

胸に潜むのは、クズ夫への怒りと、エレナの冷たい手の感触。

初陣の夜は、こうして更けていった。

 

 

 

 

「――撃てぇっ! 我らが魔導の真髄を見せてやれ!」

 

クズ夫の怒号とともに、両軍の魔法と砲撃が激しく交錯する。

大地が震え、爆炎が天を焦がす。俺たち近衛歩兵は、馬車を死守すべく盾を構えて密集陣形を敷いていた。最前列の特等席(最悪のポジション)にいる俺の目には、ラインハルト王国の防衛陣地が必死に抵抗しているのがよく見えた。

 

(みんな、頑張ってくれ……! 俺が後ろからこのクズの首を狙うまで、なんとか持ちこたえてくれ!)

 

その時だった。

我がラインハルト王国の防衛陣地から、一際巨大な魔導砲弾が放たれた。それは美しい放物線を描き――あろうことか、クズ夫のいる馬車ではなく、その横で強大な氷魔法を展開していたエレナを目掛けて猛烈な速度で飛来したのだ。

 

「え……?」

 

エレナがその大質量に気付く。だが、大規模な術式の最中だった彼女は、とっさの防御魔法が間に合わない。

隣のクズ夫はといえば、「うわあああ!」と情けない悲鳴を上げて一人で馬車の奥へ転がり込んでいやがった。

 

(――体が、勝手に動いていた)

 

考えるより先に、俺は槍を投げ捨てて地面を蹴っていた。

ただの一般兵Aが、総大将の馬車へ向かって文字通り跳躍する。

 

「エレナ様――ッ!!」

 

「えっ――あな、た――」

 

驚愕に目を見開くエレナの体を、俺は全力で突き飛ばし、その華奢な身を抱きかかえるようにして庇った。

直後、強烈な衝撃と熱波が俺の背中を襲う。

 

ズドォォォォォン!!!

 

背後で炸裂した砲弾の破片と爆風が、魔道国の頑丈な甲冑ごと、俺の背中の肉を容赦なく引き裂いた。

 

「が、はっ……!?」

 

口から大量の血が溢れる。背中が焼け付くように熱く、そして急速に感覚が遠のいていく。

激しい衝撃と共に俺とエレナは地面を転がり、俺は彼女をかばったまま仰向けに倒れ込んだ。

 

(あ、これマジで洒落になってない大怪我だわ……。聖魔術で自己治癒……いや、一般兵のフリしてるから今それ使ったら一発でスパイだってバレる……ッ!)

 

意識がブラックアウトしかける。

朦朧とする視界の中で、泥まみれになったエレナが、信じられないものを見るような目で俺を見下ろしていた。その綺麗な瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

 

「どうして……どうして、ただの歩兵のあなたが、私みたいな化け物を……!」

 

「……昨日、言った、はずだ……。あなたを、守る、と……」

 

血を吐きながら、俺は兜の隙間から、消え入りそうな声で微笑んでみせた。

その言葉を聞いた瞬間、エレナの顔が劇的に変わった。彼女は俺が「昨夜の侵入者(ディン)」であることに完全に気付いたのだ。

 

「ああ、あああ……っ! 死なせない、絶対に死なせないわ……!」

 

エレナは半狂乱になって俺の胸に両手を当てた。

彼女の周囲に、昼間の破壊的な冷気とは真逆の、透き通るような純白の『反転治癒魔術』の光が溢れ出す。魔女としての底知れない魔力が、俺の壊死しかけた背中の細胞を一瞬で再生させていく。傷口が塞がり、失われた血液が満ちていくのが分かった。

 

「おい! エレナ、無事か! お前が死んだら誰が戦うんだ!」

 

爆発が収まり、馬車の陰からノコノコとクズ夫が姿を現した。奴は、エレナが俺を必死に治療しているのを見て、不快そうに顔を歪める。

 

「チッ、なんだその薄汚い一般兵は。私の盾になって死ぬのが歩兵の仕事だろう。そんなゴミの手当てなど後回しにしろ!」

 

クズ夫の容赦ない言葉。だが、立ち上がったエレナの纏う空気は、さきほどまでとは一変していた。

彼女は冷徹極まる、しかし絶対的な意思を宿した瞳でクズ夫を射抜いた。

 

「……旦那様。この者は、我が身を挺して私を守りました。もしこの者がいなければ、私は今の一撃で重傷を負い、戦線を維持することは不可能だったでしょう」

 

「ぬ、不遜な……。私に口答えする気か!」

 

「これは魔道国の不利益を防ぐための進言です。これほど優秀で忠誠心のある盾を、ただの消耗品として扱うのは愚策の極み。――これより、この兵士を私の『専属護衛(側近)』として取り立てます。異論はありませんね?」

 

エレナの左手の『精神隷属の指輪』が激しく明滅する。指輪の強制力に抗い、凄まじい精神力で自分の意志を通そうとするエレナの気迫に、クズ夫は一瞬気圧されたように言葉を詰まらせた。

 

「フ、フン……! 好きにするがいい! 役立たずの化け物には、お似合いの泥塗れの兵卒だ!」

 

クズ夫は吐き捨てるように言うと、バツが悪そうに馬車へと戻っていった。

 

周囲の兵士たちが遠巻きに見守る中、エレナは地面に跪いたままの俺に手を差し伸べた。

その顔には、夫には決して見せない、微かな、そして特別な信頼の微笑みが浮かんでいた。

 

「立ちなさい、私の騎士。これからは、私のすぐ傍で……私を守って頂戴?」

 

「――ハッ。我が命に代えましても、エレナ様をお守りいたします」

 

俺は彼女の手を取り、深く一礼した。

 

(やった……! 大怪我した甲斐があったぜ! これで二十四時間、合法的にエレナの隣をキープできるポジションをゲットだ!!)

 

 

エレナの「専属護衛」という地位を手に入れた俺は、堂々と彼女の私室がある巨大な天幕への出入りを許されることになった。

 

夜。周囲の兵士たちの喧騒が遠のき、天幕の中がしんと静まり返った頃。俺は部屋の入り口に立ち、周囲に誰もいないことを確認してから、そっと中へと足を踏み入れた。

 

豪華な絨毯の先、ベッドの端に腰掛けていたエレナが、俺の姿を見るなり弾かれたように立ち上がった。

 

「あなた……! 背中の怪我は、本当に、もう大丈夫なの……!?」

 

昼間の冷徹な魔女の仮面はどこへやら、彼女は必死な形相で俺に駆け寄ってくると、俺の体を強引に後ろに回らせ、背中を確かめようと手を伸ばしてきた。

 

「大丈夫です、エレナ殿。あなたの『反転治癒魔術』は完璧でした。ご覧の通り、痛みも全くありません」

 

俺は振り返り、彼女を安心させるために、いつもの『無欠の微笑み』を向けた。

だが、エレナはまだ不安そうに胸元に手を当て、潤んだ瞳で俺を見上げている。

 

「本当に、馬鹿な人……。いくら私を守るためだからって、あんな砲弾をまともに受けるなんて。もし私の治療が少しでも遅れていたら、あなたは死んでいたのよ? どうしてそこまでしてくれるの……」

 

「言ったはずです。あなたを、その呪わしい運命から連れ去るためだと」

 

俺は一歩、彼女に近づいた。

女性経験ゼロの心臓は相変わらずうるさいが、側近という特等席を得た今、ここからが真の作戦開始だ。

 

「エレナ殿、私は単にあなたを助けたいだけではない。あなたを縛るあのクズ……旦那様の『精神隷属の指輪』、あれを無力化し、あなたを完全に自由にしたいのです。そのための計画を、これから深く話し合いたい」

 

俺の真剣な言葉に、エレナは小さく息を呑み、それから諦めたように自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「……無理よ。あの指輪の制御権は、完全に旦那様が握っているの。彼が死ぬか、あるいは指輪の魔力供給源である『マスターキーの魔導書』を破壊しない限り、私は一生、彼の命令に逆らえないわ」

 

(――マスターキーの魔導書!?)

 

俺は心の中でガタッと立ち上がった。

なるほど、指輪そのものを無理やり引き抜こうとすればエレナの精神に負荷がかかるが、その供給源である魔導書を叩き潰せばいいわけだ。ターゲットが明確になれば、こちらのものだ。

 

「その魔導書は、どこにあるか分かりますか?」

 

「……おそらく、旦那様が肌身離さず持ち歩いているか、彼の私室の隠し金庫の中。でも、そこには強力な警報結界が張られているわ。一般兵じゃ近づくことすらできない」

 

「一般兵なら、ですね」

 

俺はクッと不敵に微笑んでみせた。

 

「私には、非常に優秀な隠密の部下たちがいます。彼らに指示を出し、旦那様の行動パターンと金庫の結界の解除方法を裏から調査させましょう。エレナ殿、あなたはこれまで通り、旦那様に従うフリを続けていてください。私が必ず、その指輪をただのガラクタに変えてみせます」

 

頼もしく胸を叩く俺を見て、エレナの頬がじわりと赤く染まっていく。彼女は驚いたように目を見開いた後、そっと俺の手のひらに自分の手を重ねてきた。

昼間触れたときよりも、彼女の指先は確実に温かくなっていた。

 

「……あなたって、本当に不思議な人ね。ただの兵士だなんて、絶対に嘘。まるで……おとぎ話に出てくる、本物の英雄みたい」

 

(ひえええええ!! 本物の英雄って言われちゃったよ!! バレてないよね!? 『無欠の英雄』ディンだってこと、まだバレてないよね!?)

 

内心で冷や汗をだくだくと流しながらも、俺は彼女の手を優しく握り返し、極上のキザな笑みを貼り付けた。

 

「お望みなら、あなただけの英雄になってみせましょう。――だから、もう泣かないでくださいね」

 

「……うん……っ」

 

エレナは恥ずかしそうに俯きながらも、嬉しそうに小さく頷いた。

クズ夫のすぐ足元、密室の私室で、俺たちの「寝取り反逆計画」は着実に進展していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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