星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜 作:いくと
一方、五条が渋谷で群れを一掃していたのと同じ頃。
特級呪術師・夏油傑は、池袋の巨大な廃ビル群に到着していた。
かつては大型商業施設が立ち並び、多くの人で賑わっていた一帯だが、現在は再開発の途中で放棄され、無人の巨大なコンクリートの墓標のようになっている。その静寂な空間を、赤黒い毒を滴らせる化け物たちが埋め尽くしていた。
「ギギギ……キシャアアアッ!!」
夏油「……なるほど。渋谷や新宿の反応と遜色ない。特級クラスの呪力量を放つ巨大な個体が一体、周囲を取り囲む進化型の取り巻きが約八十体といったところか」
夏油は袈裟の袖を揺らしながら、冷静に敵の戦力を分析する。
夏油「行け」
彼が短く命じると、足元の影から這い出した無数の巨大なムカデ型の呪霊や、刃のような腕を持つ鎌鼬の呪霊たちが、一斉に化け物の群れへと突撃していった。
夏油の『呪霊操術』は、降伏させた呪霊を取り込み、自在に操る術式。彼の手持ちの呪霊の数は数千に及び、その圧倒的な手数は一個師団の軍隊にも匹敵する。
だが、彼が放った一級・二級クラスの呪霊たちが、化け物の群れに噛み付いた瞬間だった。
「ジュアアアアッ!」
呪霊「ギィィャアアアッ!?」
ムカデ型の呪霊が、激しい苦悶の声を上げて身悶えした。
化け物たちの表面を覆う赤黒いタール状の毒に触れた箇所から、呪霊の肉体そのものである『呪力』が急速に分解され、ブクブクと泡を吹いて溶け落ちていくのだ。
あっという間に、夏油が放った十数体の呪霊は、毒の海に飲み込まれて霧散してしまった。
夏油「……ほう。私の強力な呪霊たちが、触れた端から溶かされていくか」
夏油は動じることなく、その光景を冷徹な瞳で観察していた。
夏油「一年ズの報告や、伊地知の観測通りだ。あれは呪霊ではない。呪力を分解し、生命力を直接削り取る『未知の毒』の塊。……純粋な呪力の集合体である私の手持ちたちにとっては、文字通り『天敵』というわけだ」
通常の術師であれば、自身の術式が完全に封じられ、最大の武器が通用しないというこの状況で、絶望してパニックに陥るだろう。
しかし、夏油傑は特級呪術師である。自らの術式に頼り切っただけの弱者ではない。
化け物たちが、呪霊を平らげて勢いづき、夏油へ向かって一斉に殺到してくる。
夏油「呪霊が溶かされるなら、直接私の手で叩き潰せばいいだけの話だ」
夏油は袈裟を翻し、恐るべき体術で化け物の懐へと飛び込んだ。
彼が長身から繰り出すしなやかな回し蹴りが、先頭の化け物の首をへし折る。さらに、硬質化した毒の装甲の隙間――関節部分や眼球といった弱点を正確に狙い、呪力を込めた貫手で急所を連続で貫いていく。
毒の粘液が彼の腕に付着しようとするが、夏油は呪力の防御膜をミリ単位で精緻に調整し、触れる直前のギリギリで弾き飛ばしている。
だが、敵の数は圧倒的だった。
倒しても倒しても、ビルの陰から新たな化け物が湧き出してくる。さらに、特級クラスの巨大な個体が、後方から毒を固めた散弾を雨霰と撃ち出してきた。
夏油「チッ……。いくら私でも、体術だけで適応を続ける八十体を相手にするのは、流石に骨が折れるな。それに、時間をかけすぎれば高専本校が危ない。……悟のことだ、高専には何か裏の手を打っているだろうが、それでも急ぐに越したことはない」
夏油は一度大きく後退し、ビルの屋上へと跳躍して距離を取った。
眼下に群がる化け物たちを見下ろし、彼は深く息を吸い込んだ。
夏油「本来、私の術式は呪霊を使役し、命じ、消費するもの。……だが、毒によって呪力が分解されるのなら、分解される以上の異常な密度を持たせ、理(ことわり)を反転させればいい」
ビルの屋上に立つ夏油の周囲で、異様な呪力の渦が巻き起こり始めた。
夏油「私の術式『呪霊操術』は、呪霊を取り込み使役する。ならば、その術式を反転させればどうなるか」
彼の足元から、巨大な漆黒の呪霊が五体這い出してくる。それは彼が長年使役し、大切に育ててきた、一級相当の極めて強力な呪霊たちだった。
しかし、夏油はそれらを敵に向けなかった。
夏油「『術式反転』」
夏油が指を組み、印を結ぶと、這い出した呪霊たちの輪郭がグニャリと歪み始めた。
彼らが悲鳴を上げる間もなく、その肉体は強制的に『解体』され、純粋で高密度な呪力の奔流へと還元されていく。
夏油「本来、呪霊の命は使い捨てだ。だが、反転の理で解体し、呪力という純粋なリソースに再構築すれば……条件は厳しいが、別の核となる呪霊に注ぎ込むことで、一時的な『進化(限界突破)』を引き起こせる」
解体された五体分の莫大な呪力リソースが、夏油の背後に控えていた一体の呪霊――巨大な竜のような姿をした特級仮想怨霊へと一気に注ぎ込まれた。
「ギュウゥゥゥォォォォンッ!!」
桁違いの呪力を食らい、限界を超えて肥大化した竜の呪霊が、空気を震わせる凄まじい咆哮を上げた。
その身体を覆う黒い鱗は、もはや未知の毒ごときでは分解できないほどの圧倒的な呪力密度と硬度を誇っている。
夏油「吹き飛ばせ」
竜の呪霊が大きく口を開け、極限まで圧縮された呪力のブレスを、地上の化け物の群れに向けて一気に放った。
それはまさに、純粋な破壊の光だった。
ビル群ごと化け物たちを薙ぎ払い、赤黒い毒の装甲を瞬時に蒸発させていく。特級クラスの巨大な個体でさえ、その圧倒的な出力の前に抗うことができず、断末魔を上げて崩れ去った。
夏油「……よし。大半は片付いたな」
砂埃が晴れる中、夏油は残存している十数体の化け物を見下ろした。
彼らは仲間が消し飛ばされたことなど気にする様子もなく、ビルの壁を這い上がり、夏油のいる屋上へと殺到してくる。生き残ったことで学習し、より強固で凶悪な形態へと姿を変えながら。
夏油「まだ来るか。生命への執着を持たない、純粋な悪意の産物。……面倒だな」
夏油はふと、両手の指を複雑に交差させようとした。
特級呪術師としての最大の切り札。周囲の空間を己の生得領域で塗り替え、絶対的な必中効果を付与する究極の呪術。
夏油「……いや、ここで領域を広げるわけにはいかないか」
夏油は組みかけた指を解き、小さく独りごちた。
池袋の街には、まだ逃げ遅れた一般人が瓦礫の陰に隠れている可能性がある。領域展開による無差別な呪霊の暴走は、彼らまで巻き込む危険性が高すぎた。それに、彼がここで呪力を限界まで使い果たせば、高専で何かが起きた時のフォローに回れない。
夏油「領域を使わずとも、やることは変わらない」
夏油は再び体術の構えを取り、限界突破した竜の呪霊と共に、屋上へと飛び込んできた化け物たちを冷静かつ冷酷に粉砕していく。
特級術師の真髄。それはどんな不利な状況下でも、決して焦らず、持てる手札を最適化して勝利をもぎ取る、その揺るぎない精神力にあった。
生存ルート夏油は反転できます、使役反対として持ってる呪霊の解体でき、その際リソースが生まれていろいろできる感じかな
ただ夏油の術式と今回の相手では少し相性悪いかな…