星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜 作:いくと
東堂の高笑いが響き渡るグラウンド。一触即発の熱気が最高潮に達し、両校の生徒たちの呪力がぶつかり合おうとしたその時だった。
「――はいはい、そこまで。他校の敷地で随分と楽しそうじゃない、京都の皆さーん」
空から降ってきたような、ひどく軽薄な声。しかし、その声が響いた瞬間、グラウンドの空気が「物理的に」きしみを上げた。
五条悟と夏油傑。現代最強の特級術師二人が、悠然とした足取りで歩み出てきたのだ。
楽巌寺「五条……夏油……」
彼らが並び立っただけで、周囲の重力が数倍に跳ね上がったかのような絶対的な威圧感が空間を支配する。東堂の規格外の闘気も、ノクティスの放っていた冷たい殺気も、最強の二人が放つ底知れぬプレッシャーの前では凪のように鎮まらざるを得なかった。
五条「僕がちょっと出張してる間に、僕の可愛い生徒たちをいじめに来るなんて。上層部のお爺ちゃんたちは随分と暇なんだねえ。それとも、僕らがいない時じゃないと動けないくらいビビってるのかな?」
五条の言葉は軽口の形をとっていたが、目隠し越しに放たれる視線は絶対零度の冷酷さを帯びていた。楽巌寺が顔をしかめ、杖を強く握り直す。
楽巌寺「口が過ぎるぞ、五条。我々は、呪術の理を乱すイレギュラーと、結界内に匿われた非術師の少女について、正当な査問を……」
夏油「正当な査問、ですか」
五条の言葉を遮るように、夏油が一歩前に出た。その顔には穏やかな笑みが張り付いているが、特級呪霊たちを使役する彼から漏れ出る呪力は、楽巌寺たちの退路を完全に塞ぐように展開されていた。
夏油「各地で発生した未知の特級呪霊『シガイ』。その同時多発テロを防いだのは、他でもない彼らです。呪術界が未曾有の危機に瀕しているこの状況下で、東京校の戦力である彼らを排除しようとするのは……上層部は自ら防衛戦力を削ぎ落とし、東京を火の海にしたいと宣言していると同義ですが。まさか、そんな愚かな判断をするわけがありませんよね?」
理路整然と、しかし逃げ道を一切与えない完璧な牽制。五条が絶対的な暴力による脅しをかけ、夏油がそれを大義名分でコーティングして退路を断つ。この阿吽の呼吸こそが、彼らが「最強の二人」たる所以であった。
五条「そういうこと。彼らは僕の生徒だ。文句があるなら、僕と傑がまとめて相手になるよ。……で、どうする?」
その圧倒的なプレッシャーの前に、楽巌寺は奥歯を噛み締め、沈黙を強いられるしかなかった。
一方、その騒動の輪から少し離れた校舎の影。
アーデン「やれやれ、相変わらずあの二人はやりすぎだねえ。胃が痛くならないかい、歌姫先生?」
京都校の引率として訪れていた庵歌姫に、アーデンが人懐っこい笑みを浮かべて缶コーヒーを差し出した。
歌姫「アーデン先生……。五条のヤツ、本当に上層部を敵に回す気ね。あの得体の知れない連中を庇って……」
アーデン「得体の知れない、か。……歌姫先生、君は本当にそう思っているのかい?」
アーデンは声を潜め、周囲を警戒するような素振りを見せた。
アーデン「ここだけの話だけどね……あの『シガイ』と呼ばれる化け物。あれ、実は上層部の一部が極秘裏に進めていた『呪力を持たない兵器』の実験が暴走したものだとしたら、どう思う?」
歌姫「なっ……!? 上層部が、あんな化け物を……!?」
アーデン「声が大きいよ。……考えてもみてごらん。なぜ上層部は、シガイの被害が拡大しているこのタイミングで、真っ先にあのイレギュラーな少年たちを消そうとしたのか。それは、彼らの力がシガイにとって『天敵』であり、実験の隠蔽の邪魔になるからじゃないのかな?」
言葉巧みに嘘と真実を織り交ぜるアーデンの話術。シガイが人為的なものであるという「真実」に、上層部の陰謀という「嘘」を混ぜ込むことで、京都校側の心理を巧みに誘導していく。
歌姫「そんな……じゃあ、楽巌寺学長はそれに加担して……」
アーデン「さあ、それは僕にも分からない。ただ、僕たちは現場の人間として、真実を見極める必要があるんじゃないかな。可愛い生徒たちを、腐敗した権力の犠牲にしないためにもね」
アーデンの老獪な手腕は、不知の真の計画から目を逸らさせつつ、呪術界の内部に深い疑心暗鬼の種を植え付けていく。二重スパイとしての暗躍は、誰にも気づかれることなく静かに、そして確実に進行していた。
その日の深夜。高専内の五条の執務室。
甚爾「――で? 追加の報酬は用意してあるんだろうな、五条の坊ちゃん」
窓枠に腰掛け、夜風と共に音もなく現れたのは、伏黒甚爾だった。
五条「相変わらず、気配ゼロで現れるねえ。パパ黒のおかげで本校の被害は最小限で済んだよ。お疲れ様」
五条はデスクの引き出しから分厚い封筒を取り出し、甚爾に向けて放り投げた。甚爾はそれを受け取り、中身の札束を親指で弾いて確認する。
甚爾「まあ、悪くない額だ。だが、俺が持ってきた『情報』はこれだけじゃ安すぎるぜ」
五条「情報? ああ、不知とか名乗ってたツギハギ野郎のアジトのこと?」
甚爾はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
甚爾「あいつら、呪術師の裏をかくのは上手いが、詰めが甘えな。アジトの周囲には厳重な呪力の結界と探知用の呪霊を配置してやがったが……俺には呪力が一ミリもねえ。呪力で感知するトラップなんて、俺にとっちゃ素通りできる自動ドアみたいなもんだ」
呪力を持たない甚爾は、不知の残した『捕骸の匣』の微かな残滓や、シガイ特有のタールの匂い、わずかな土の削れといった「純粋な物理的痕跡」だけを野生の勘と驚異的な身体能力で追跡していたのだ。それは、呪力の残穢を追うことしかできない呪術師には絶対に不可能なアプローチだった。
甚爾「たどり着いたのは、東京の地下深くにある廃棄された巨大施設だ。そこでは、あいつらがどこぞの呪詛師から奪った『変成術式』ってのを使って、あの生臭いシガイウイルスを大量培養してやがった。巨大な培養槽がズラリと並んだ、気色の悪い光景だったぜ」
五条「へえ……変成術式でウイルスの培養ね。なるほど、点と点が繋がったよ」
五条は目隠しを少しずらし、六眼を妖しく光らせた。
五条「で、そのアジトの座標は? もちろん、追加で振り込むよ」
甚爾「毎度あり。口座は知ってるな?」
金と利害だけで結ばれた二人の会話。互いの倫理観など一切気にせず、ただ相手の実力と役割だけを化け物同士として認め合う、異質でシビアな関係性がそこにあった。
甚爾が座標を記したメモを残して闇に消えた後、五条は窓の外の月を見上げた。
五条「地下の培養施設、か。僕や傑が行って吹き飛ばすのは簡単だけど……」
五条の脳裏に、昼間にグラウンドで見せた一年ズと転生者たちの完璧な連携が浮かぶ。彼らは確かに成長している。だが、上層部のジジイ共を完全に黙らせ、この呪術界で彼らの居場所を確固たるものにするためには、「結果」という名の絶対的な暴力が必要だった。
五条「よし、決めた」
五条の顔に、教育者としての期待と、冷徹な政治的計算が入り混じった笑みが浮かぶ。
五条「明日、一年ズとノクトたちに、その地下施設を掃討させよう。これが、上層部を黙らせるための最高の実戦試験になる。……彼らなら、必ずやり遂げるさ」
夜の静寂の中、次なる死闘へのカウントダウンが、静かに時を刻み始めていた。
不知はばれたこと知ってるんでしょうかね…