星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜 作:いくと
虎杖悠仁の精神の奥底。
生温かい血の池が果てしなく広がり、無数の骸骨が積み上げられた生得領域。
その頂に鎮座する玉座で、両面宿儺は頬杖をつきながら、忌々しげに、そして酷く愉しげに喉の奥で笑い声を転がしていた。
宿儺「……クックック。滑稽なものだ」
彼の視界には、器である小僧(虎杖)の眼を通じて見た、最近の『日常』が映し出されていた。
イグニスという男が作った食事を囲み、下らない冗談で笑い合う術師たち。
そして、あの黒髪の小僧――ノクティスと、純白の光を放つ娘――ルナフレーナが、星空の下で交わしていた安っぽい誓い。
宿儺「『この笑顔を絶対に失いたくない』か。……虫唾が走る。弱者の寄り合いが、己の分も弁えずに永遠を語るか」
宿儺は鋭い爪で、玉座の骸をカリカリと削る。
千年の時を生きた呪いの王にとって、彼らたちの放つ力は、確かに奇妙ではあった。
五条悟が言うように、彼らの力は呪力という負の感情のシステムから逸脱している。怒りや憎しみからではなく、魂の奥底に眠る『記憶』や『かつて持っていた器』の形を、現実世界へ強制的に引きずり出し、具現化する現象。
宿儺「(あの術式……。呪力の燃えカスすら感じさせぬ、純粋な魂の具現。かつてどこぞの世界で、余程の重圧を背負い、頂に立った者たちの残滓であろうな。……だが)」
宿儺の口角が、限界まで吊り上がる。
宿儺「所詮は偽りの器。過去の記憶すら持たぬ空っぽの魂が、形ばかりの刃を振るって『護る』と嘯く。……ならば、その刃が叩き折られ、護るべき温もりが無残に散らされる時、あの空っぽの魂には何が残る?」
宿儺の興味は、ただ一つ。
完全な絶望による、魂の崩壊だ。
特に、あのルナフレーナという娘。呪力を持たず、呪いを根本から否定する『正のエネルギー』だけで構成されたような、清らかで目障りな異物。
宿儺「(あの穢れを知らぬ白が、底なしの泥に沈み、汚され、這いずる時……そして、それを護ると誓った銀髪の小僧が、己の無力に絶望して泣き叫ぶ時。……ああ、想像するだけで、極上の呪いが滴り落ちそうだ)」
宿儺は立ち上がり、血の池を見下ろした。
器である虎杖を絶望の底へ突き落とす算段に、新たな、そして極上の玩具が加わった。
呪いの王は、光が強ければ強いほど、その後に訪れる闇がどれほど濃く甘美なものになるかを知り尽くしている。彼らの紡ぐ「絆」など、彼にとっては惨劇を彩るスパイスに過ぎなかった。
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同時刻。
東京の地下深く。高専が掃討したあの実験施設とは別の、不知(羂索)の真の本拠地。
薄暗い空間には、いくつもの巨大な培養槽が並び、その中では赤黒いタール状の『シガイ』が脈打つように蠢いている。
真人「あははっ! ねぇ不知、あの地下施設、五条悟たちに見つかって潰されちゃったね。せっかく俺がいじって遊ぼうと思ってたのにさぁ」
継ぎ接ぎだらけの顔を持つ特級呪霊、真人が、培養槽のガラスにへばりつきながら無邪気に笑う。
漏瑚「ふん。おまえが人間や呪霊を粗悪な毒と混ぜ合わせるから、足がつくのだ。……だいたい、あの『シガイ』とやらは気に入らん。我々呪いの誇りである呪力を分解し喰らうなど、本末転倒ではないか」
頭部が火山になっている漏瑚が、忌々しげに煙を吐き出す。
だが、その二人の言葉を聞いて、袈裟を纏い額に縫い目を持つ男――不知は、静かに、底知れぬ笑みを浮かべた。
不知「そう怒るな、漏瑚。あの施設が潰されたのは想定内……いや、むしろ計画通りさ。あれはあくまで『シガイ』が魂の器としてどこまで定着するか、そして高専側……特にあの『イレギュラーな少年たち』がどう動くかを見るための、ただの観測所に過ぎない」
不知は懐から、禍々しい呪力で封をされた『捕骸の匣(ほがいのばこ)』を取り出し、手の中で弄ぶ。
不知「私の真の目的は、単なるバケモノの量産ではない。『シガイ』という呪力を喰らい適応するウイルスを用いて、この国の呪霊たちを繋ぐ『支配可能なネットワーク』を構築すること。……個ではなく、群体としての絶対的な呪いのシステムを創り上げる。それが、次なる死滅回遊、そして天元同化への完璧な布石となる」
真人「へえ……! それ、俺の『無為転変』で魂の形を繋ぎ合わせるのとは違うの?」
不知「君のは粘土遊びだ、真人。私は、生命というシステムのOSそのものを書き換えようとしている。……そして、そのテストケースとして、近々面白いイベントがあるらしいじゃないか」
不知の視線が、部屋の暗がりに向いた。
そこには、深く帽子を被り、壁に寄りかかって缶コーヒーを転がしているアーデンの姿があった。
アーデン「……京都姉妹校交流会、だね。やれやれ、耳が早い。東京校と京都校の可愛い生徒たちが、親睦を深めるための平和なお遊戯会だよ。まさか、そこにまで君の悪趣味な出し物を持ち込むつもりかい?」
アーデンが飄々とした口調で問いかける。
不知「お遊戯会だからこそ、最高の実験場になる。若い呪術師たちが呪力をぶつけ合い、熱狂する空間。そこに、私の『ネットワーク化』されたシガイを少しだけ混ぜてみる。……アーデン、君には内部から結界の調整を頼みたい」
アーデン「人使いが荒いねえ。バレたら僕、五条に八つ裂きにされちゃうんだけど」
アーデンは大袈裟に肩をすくめるが、不知はその言葉を鼻で笑った。
不知「君がそんなヘマをするはずがないだろう? ……それに、君も興味があるはずだ。君が目をかけているあの子たち……未知の力を持つ少年と、シガイの天敵とも言える『正のエネルギー』を操る少女が、進化したシガイのネットワークを前に、どこまで抗えるか」
真人「あっ、それ俺も興味ある! あのノクティスって子の魂、すっごく変なんだよね。普通の人間の魂の形をしてないっていうか……なんか、別の器に無理やり詰め込まれてるみたいな? 一度、直接触って形を変えてみたいなぁ!」
真人の無邪気で残酷な欲求に、アーデンは帽子の下でほんの僅かに目を細めた。
アーデン「(……真人の『無為転変』。魂の形を弄るあの能力は、確かにノクトたちにとって最悪の相性かもしれないね。それに、不知のシガイネットワーク。……本当に、次から次へと厄介な盤面を用意してくれる)」
だが、アーデンは二重スパイとしての役割を崩さない。
彼は缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱へ放り投げた。
アーデン「いいだろう。交流会の裏で、君の実験に協力してあげるよ。……ただし、彼らが君の予想を超えて、その『ネットワーク』ごと全部ぶっ壊してしまっても、僕のせいにしないでくれよ?」
不知「フッ……期待しているよ。彼らが真のジョーカーたり得るか、それとも、ただの盤面の上の塵として消えるか。見物させてもらおう」
冷たい地下施設で、黒幕と呪霊、そして裏切りのスパイの密談が交わされる。
高専で紡がれている若者たちの眩い青春と絆。
そのすぐ裏側、見えない深淵では、彼らの魂を根こそぎ貪り喰らおうとする悪意の蜘蛛の巣が、音もなく、確実に張り巡らされていた。
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