星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜 作:いくと
東京呪術高専の裏山、深い森に囲まれた開けた広場。
地下施設での掃討任務という血生臭い死闘を乗り越えた彼らに、五条悟は「交流会に向けた親睦と連携強化」という名目で、裏山での野営(キャンプ)を命じていた。
「うおぉーっ! 訓練の後の肉、最高ォォ!! イグニスさん、この香草焼き、マジで死ぬほど美味い!」
虎杖悠仁が焚き火の傍で歓声を上げる。
パチパチと薪が爆ぜる音と、鉄板の上で肉が踊る香ばしい匂いが、静かな夜の森に広がっていた。
グラディオラスが豪快に薪をくべ、火力を調整する。その横で、イグニスが手際よく下ごしらえしてきた肉を並べ、プロンプトが虎杖とふざけ合いながら、ノクティスの皿に焼けたばかりの串を放り投げていた。
ノクティス「……サンキュー、プロンプト。でもこれ、ちょっと焼きすぎだろ。炭になってるぞ」
ノクティスが苦笑いしながら肉を口に運ぶ。
戦場では空間跳躍(シフト)を駆使し、敵の急所を的確に穿つ『王』としての顔を持つ彼も、今はただの年相応の少年の表情をしていた。前世の記憶を持たない彼らだが、ふと漂う森の匂いや、焚き火のパチパチという音に、胸の奥が不思議とざわつく感覚を覚えていた。
イグニス「……火加減はこんなところか。それにしても、不思議なものだな」
イグニスがふと、手にしたレードルを見つめて小さく呟いた。
その表情には、普段の冷静な戦術指揮官としての仮面とは違う、どこか懐かしげな戸惑いが浮かんでいる。
グラディオラス「何がだ、イグニス」
グラディオラスが鉄板を返しながら、怪訝そうに問いかける。
イグニス「いや……なぜか、こうして大勢の食事を作ることに対して、全く苦を感じない。むしろ、食材の切り方から味付けの加減まで、手が勝手に動く。誰かのために料理を振る舞うことが、私の『日常』であったかのように、な」
イグニスの言葉を聞いた瞬間、その場にいたノクティス、グラディオラス、プロンプトの三人は、申し合わせたように手を止めた。
彼らには前世の記憶がない。それでも、この炎を囲む夜が、自分たちの魂にとってどれほどかけがえのないものであったか、そしてどれほど大切なものを失ってきたかを、無意識の底で共鳴させ合っていた。
プロンプト「……なんかさ、ここの空、星がすごく綺麗だね。ずっと見てても飽きない」
プロンプトがカメラのレンズを下ろし、焚き火越しに見上げる夜空を指差す。
数日前まで、彼らは地下施設という名の地獄にいた。人間を材料にしてシガイを合成するという、命を弄ぶ狂気の実験場。そこで目にした光景は、彼らの心に深く暗い影を落としていた。
ノクティス「……なあ。俺たち、なんで戦ってるんだろうな」
ポツリと、ノクティスがこぼした。
それは、彼がこの世界に来てからずっと抱えていた問いだった。
ノクティス「俺たちは、この世界の人間じゃない。呪術師でもない。それなのに、あの化け物どもに命を狙われ、死線を超えなきゃいけない。……正直、逃げ出したくなる時もある」
その言葉は、弱音ではなかった。戦士としての過酷な現実を噛み締める、王の魂の吐露だった。
グラディオラス「はっ、何を言ってやがる。……俺たちが戦う理由は、他でもねぇ。今日、こうして皆で飯を食い、明日の朝を笑って迎える。……この『日常』を守り抜くこと、それだけで十分じゃねぇか」
グラディオラスの太い声が、夜の静寂を打ち破る。
グラディオラス「俺は最強の盾になる。お前がシフトで自由に暴れ回れるように、プロンプトが遠くから狙撃できるように、イグニスが皆の背中を支えられるように。……それが、俺の役目だ。俺たちが何者だろうと、ここで仲間と肩を並べてるって事実に変わりはねぇ」
イグニス「ああ。ノクト、お前が剣を握る時、その背中は私が守る。プロンプト、お前の観測眼は私たちの生命線だ。……過去に誰であったかなど、今の私たちには必要ない」
仲間たちの言葉が、ノクティスの胸に深く突き刺さる。
彼らは彼らのままで、ここで生きている。その事実に、ノクティスは強烈な救いを感じていた。
ノクティス「……ああ。そうだな。すまん、ちょっとカッコつけすぎた」
ノクティスが鼻をすすると、虎杖が「何言ってんだよノクト!」と大笑いして肩を組んだ。
虎杖「俺たちだって、いきなり呪いなんて見えて、最初はパニックだったぞ! でもさ、戦い抜いて、こうして飯食ってりゃ、昨日より少しだけ強くなれる。それが呪術師ってモンだろ!」
伏黒「……虎杖の言う通りだ。過去を嘆くより、次の任務に向けた連携を磨く方が建設的だぞ」
伏黒もまた、焚き火の光に目を細めながら、ノクティスたちに視線を送った。
東京校と転生組。異なる起源を持つ彼らが、この裏山の炎の前で、確かな『個』として結びついていく。
プロンプト「よし! じゃあ、今度の特訓は伏黒の『玉犬』と、俺の銃撃のコンビネーションをもう一度詰めようぜ! ノクトがシフトで敵の目を引きつけてる間に、俺が全弾叩き込むの!」
ノクティス「ああ、それならシフトの軌道を伏黒の式神の死角に合わせれば、完全に無防備を作れるな」
イグニス「悪くない。では、明日からの特訓の予定を立て直そうか。まずは……」
夜の森に、作戦会議の声と笑い声が混ざり合う。
彼らは知っていた。この温かな炎が消えた先に待っているのは、血と絶望に塗れた戦場であることを。だが、それでも彼らは誓うのだ。この、一見すればありふれた『夜営』という名の宝物を、何があっても奪わせはしないと。
ノクティス「(……守る。全部だ。この景色も、この仲間たちも。全部、俺の手で)」
焚き火の炎が、ノクティスの瞳の中で力強く、そして決意に満ちた熱を持って燃え盛っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同じ頃、高専の女子寮の一角。
禪院真希の自室では、釘崎野薔薇とルナフレーナを招いての、ささやかなお茶会が開かれていた。
釘崎「ん〜っ! このマカロン、最高に美味しいわ! さすが真希さん、センスいい!」
釘崎がマカロンを口に運び、満足げに目を細める。
普段の殺伐とした空気はなく、部屋には穏やかな香りが満ちていた。だが、真希の視線は、ルナフレーナへと向けられていた。
真希「……あんた、呪力が全然ないわね。それでよく生きてこられたわ。禪院家なら、あんたみたいなのは掃き溜めに投げ込まれてる」
真希の声には、呪術界の冷酷な階級社会への苛立ちと、呪力を持たない者としての葛藤が隠されていた。ルナフレーナは静かにカップを置く。
ルナフレーナ「はい。私は術式も呪力も持たない……ただの非術師です。でも、だからこそ見えるものもあるのかもしれません」
ルナフレーナは自分の手をそっと見つめる。
彼女の中にあるのは、呪力とは異なる、世界を癒やすための純粋な力。
ルナフレーナ「真希先輩、あなたも……ご自身の力を証明するために、この高専で戦っているのですね」
真希は一瞬、言葉を詰まらせた。
禪院家を叩き潰す。呪術界の理を自らの力で塗り替える。その狂気的なまでの決意を、ルナフレーナは見抜いていた。
真希「……ハッ。証明? そんな生易しいもんじゃないわ。呪力という呪いに縛られたあの連中を、呪力を持たない私が力でねじ伏せて、あの家の頂点に立つ。それだけよ」
真希の言葉には、血の滲むような悔しさと、それを糧にした強烈な執念が宿っている。
ルナフレーナ「素敵です。自分の意志で、運命を切り開こうとするその姿勢は……どんな術式よりも強く、尊いものです」
その言葉は、真希の心の深いところに刺さった。
「呪力がない」という事実だけで嘲笑され続けた彼女にとって、その言葉は、何よりも温かく、力強い賛辞だった。
釘崎「そうよ真希さん! 私たち、どんな力を持っていようが関係ないわ! 私は私、あんたはあんた! ……あ、そうそう、ルナ。あんた、今度の交流会で何か皆をサポートするアイデアとかないの?」
釘崎が会話の空気を変える。
ルナフレーナは少し考え込み、そっと自分の両手を合わせた。
ルナフレーナ「武器……というわけではないのですが、皆さんが任務から戻るたびに、武器の強度が落ちているのが気になっていて……。私が、皆さんの武器を『祈りの力』で護り、少しだけ長持ちさせるような……結界のようなものを纏わせることはできないかと」
ルナフレーナが集中すると、彼女の掌から微かに白光が滲み出る。それは呪術の『術式』というより、彼女の魂そのものが放つ、万物を慈しむ光だった。
真希「……あんた、呪力を持たない非術師が、光の盾を構築する気?」
真希は、その光が持つ未知の可能性に戦慄を覚えた。
もし、それが交流会という極限の戦場で実現すれば、東京校の陣形は、前衛の圧倒的な火力と、後方からの万全な防護という、完璧な形態を完成させることになる。
真希「いいわ。その光、交流会までに形にしなさい。あんたの口だけじゃないってこと、証明してやるわよ」
ルナフレーナ「はい! 真希先輩、釘崎さん。交流会、皆で勝ちに行きましょう!」
ルナフレーナの弾けるような笑顔に、釘崎も真希も、自然と口元を緩める。
釘崎「そうこなくっちゃ! 東京校が京都校をボコボコにして、私たちの絆の深さを見せつけてやりましょ!」
深夜の女子寮で語り合われた、未来の戦いの計画。
男子たちが炎の前で誓い合った友情の裏側で、女子たちもまた、誰かを守り、自分の道を開くための強靭な絆を結び直していた。
いっぱい日常は書きたい。
交流戦はもうちょい後かも、書きたいものがたくさん…