星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜 作:いくと
交流会に向けた特訓の日々が続く東京呪術高専。
その日、第1グラウンドは異様な熱気と、次元の違う呪力の奔流に包まれていた。
ノクティス「はぁっ……!」
青白い光の軌跡を残し、ノクティスが空間跳躍(シフト)で虚空を駆け抜ける。
手にした大剣に極限まで「魂の力」を込め、対象の死角から脳天へと完璧なタイミングで振り下ろした。
だが――。
五条「んー、惜しい。速度も軌道も申し分ないけど、僕には『当たらない』んだよね」
ノクティスの大剣は、目隠しをして悠然と立つ五条悟の頭上数センチのところで、見えない壁に阻まれたようにピタリと停止していた。
どんなに力を込めても、刃はそれ以上1ミリも進まない。
ノクティス「……っ、クソッ! なんだよこれ、何度やっても弾かれもしねえ。ただ『止まる』だけだ!」
五条「弾いてるんじゃないよ。僕とノクト君の間に、『無限』があるからね」
五条は片手をポケットに突っ込んだまま、ニカッと笑った。
少し離れた木陰では、息を乱して倒れ込む虎杖や伏黒、そして腕を組んで戦況を見つめるグラディオラスたちの姿がある。今日は、現代最強の特級呪術師二人による、基礎を超えた「応用と到達点」の特別講義が行われていた。
五条「呪術の基本は負の感情から呪力を練り、術式に流すこと。でも、特級クラスの戦いになると、それだけじゃどうにもならない壁がある。僕のこの『無下限呪術』もそう。アキレスと亀の話みたいに、僕に近づくものは永遠に僕に触れられない」
ノクティス「無限を……現実に持ってくる? そんなデタラメ、どうやったら破れるんだよ」
ノクティスが大剣を消散させ、荒い息を吐きながら膝に手をつく。
そこに、袈裟を揺らしながら夏油傑がゆっくりと歩み寄ってきた。
夏油「術式という理(ことわり)の押し付け合い。それを打破するための技術が、呪術の極致には存在する。……ノクティス君、君のその力は呪力ではない『魂の記憶』だと言うが、出力の形は呪術とよく似ている。だからこそ、さらに先へ進めるはずだ」
ノクティス「先、って……」
夏油「例えば『極ノ番(ごくのばん)』。領域展開を除けば、それぞれの術式における最大の奥義だ。私の『呪霊操術』で言えば……」
夏油が手のひらを上に向けると、そこに高密度に圧縮された漆黒の呪力の渦が生まれた。
周囲の空気がビリビリと震え、グラウンドの石が浮き上がるほどの重圧。
夏油「取り込んだ呪霊を一つにまとめ、超高密度の呪力として撃ち出す『極ノ番・うずまき』。君が使っている、呪力を圧縮して物理現象の炎などに変換する『魔法石(結晶石)』……あれは、極ノ番の概念に極めて近い」
ノクティス「魔法石が……奥義に……」
夏油「今は燃費が悪く乱発できないと言っていたね。だが、出力を上げるのではなく、圧縮率と解釈を変えれば、一撃で特級を塵にするほどの必殺の札になる。君の『器』なら、それができるはずだ」
五条と夏油。最強の二人から直接語られる、呪術戦の深淵。
ノクティスは自身の掌を見つめた。敵を倒すたびに底上げされていく総量。だが、それをどう使うかという「解釈」の広がりが、彼にはまだ足りていなかった。
五条「そして、呪術の頂点。それは『領域展開』だ」
五条の声が一段低くなり、周囲の空気がピンと張り詰める。
五条「自分の心の中の風景――『生得領域』を、呪力で周囲の空間に構築する。領域の中では、自身のステータスが爆上がりする上に、付与された術式は『絶対に当たる』。……僕の無限だろうがなんだろうが、領域の中なら必中するってこと」
ノクティス「心の中の、風景……」
五条「そう。ノクト君の力は魂の記憶なんだろ? だったら、君の魂の一番深いところにある『風景』を現実に引っ張り出すことができれば、君は自分だけの絶対的な王座(領域)を創り出せる」
その言葉を聞いた瞬間、ノクティスの脳裏に、ノイズ交じりのフラッシュバックが走った。
見たこともないはずの、巨大な玉座。
宙に浮かぶ無数の輝く武器。
何かを重く、ひどく悲しい決意と共に背負い込んだ記憶の断片――。
ノクティス「(……俺の、領域。俺の、魂の形……)」
頭痛を覚え、ノクティスが僅かに顔をしかめた時だった。
ルナフレーナ「ノクト! 皆様、お疲れ様です!」
ふわりと、春の風のような心地よい声がグラウンドに響いた。
見れば、ルナフレーナがイグニスと共に、冷たいレモネードとタオルを乗せたワゴンを押して歩いてくる。
彼女の姿を見た瞬間、ノクティスの魂の奥で軋んでいた重圧が、嘘のようにスッと解けていくのを感じた。
虎杖「うおおお! ルナフレーナさん、天使!! マジで喉カラカラだったんだよ!」
グラディオラス「はっ、五条先生も夏油先生も、容赦がねえからな。サンキュー、ルナ。イグニスも助かるぜ」
プロンプト「あー、生き返るぅ……ノクトも早くおいでよ!」
仲間たちがわいわいとワゴンに群がり、厳しい訓練の空気が一瞬にして温かな日常へと塗り替えられていく。
ルナフレーナはノクティスの元へ小走りで駆け寄ると、冷たく冷やしたタオルをそっと彼の頬に当てた。
ルナフレーナ「お疲れ様です、ノクト。少し、顔色が悪いようですが……無理をしていませんか?」
ノクティス「……いや、なんでもねえよ。ちょっと難しい話を聞いて、知恵熱が出そうだっただけだ」
ノクティスは照れくさそうに笑い、彼女から受け取ったレモネードをごくりと飲み干した。
爽やかな甘酸っぱさが、乾いた喉と疲れた身体に染み渡る。
ルナフレーナ「ふふっ。五条先生たちのお話、私には難しくてよく分かりませんが……でも、ノクトがまた強くなろうとしているのは分かります。私にも、もっとできることが増えればいいのですが」
ノクティス「バカ、お前は今のままで十分すげえよ。お前のその光がなきゃ、俺たちはとっくに終わってた」
ノクティスは、ルナフレーナの頭にポンと手を乗せた。
彼女の透き通るような青い瞳が、嬉しそうに細められる。
ノクティス「(……領域展開。極ノ番。俺がもっと強くなれれば、この笑顔を、この下らなくて最高な日常を、誰にも奪われずに守り切れる)」
前世の記憶を持たない王は、心の中で静かに、だが鋼のように硬い誓いを立てていた。
その穏やかな光景を、五条と夏油は少し離れた場所から見守っていた。
夏油「……良い仲間たちだ。彼らの絆は、呪術師のそれよりもずっと純粋で強固だね」
五条「だね。でも、光が強ければ強いほど、そこに落ちる影は濃くなる。……上の連中や、あのツギハギ野郎(不知)が、この平和な時間をいつまでも許してくれるとは思えない」
五条の六眼は、目前の眩しい青春の風景を見つめながらも、遥か先の最悪の未来を警戒していた。