星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜   作:いくと

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chapter.05
反目の握手と、覚醒者たちの紹介


伏黒の影から這い出た『玉犬』と『鵺』が、真依の喉笛を狙って低く唸りを上げる。

 

 張り詰めた殺気が、グラウンドの空気を凍りつかせていた。あと一呼吸、誰かが均衡を崩せば、それは交流会ではなく殺し合いへと転がり落ちる。そんな薄氷の上に、両校の生徒たちは立っていた。

 

 その氷を割ったのは、地を打つ乾いた音だった。

 

 「カツン」

 

 杖の先端が、グラウンドの土を穿つ。

 

 楽巌寺「……勇ましいことだ。東京校の犬どもは、随分と躾がなっておらんと見える」

 

 京都校学長・楽巌寺嘉伸が、半ば閉じたような目をわずかに開いた。値踏みするような、ねっとりとした視線が、伏黒の式神を、そしてその奥に立つノクティスたちを舐めるように這い回る。長年培われた保守的な思想が、その皺深い顔に刻み込まれていた。

 

 夜蛾「楽巌寺学長。先に手を出したのはそちらの生徒です。落とし前は交流会の場でつけましょう。……団体戦の前に潰し合いはよくないです。」

 

 校舎の陰から現れた夜蛾正道が、腕を組んだまま低く応じる。マスク越しの視線は鋭く、京都校の面々を静かに威圧していた。

 

 その緊張を場違いなほど軽い声が引き裂いた。

 

 五条「はいはーい、ストップストップ。せっかくの交流会でしょ? 初っ端から流血沙汰なんて、上層部のジジ……こほん、お偉方に叱られちゃうよ?」

 

 目隠しの男——五条悟が、へらへらと笑いながら両校の間に割って入る。緊迫していた空気が、彼一人の登場で急速に薄まっていく。それが最強の男の持つ、異様な引力だった。

 

 五条「それにさ、楽巌寺のじーちゃん。今年の東京校はちょっと面白いよ? 例年通りだと思って来たなら、痛い目見るかもねぇ」

 

 楽巌寺「……ほう。その減らず口、相変わらずだな五条悟。だが、いくら貴様が最強でも、生徒の質までは誤魔化せまい」

 

 五条「そう思う? じゃあ紹介しよっか。——おい、そこの新入りズ。前出てきな」

 

 軽い口調で手招きされ、ノクティスたちは戸惑いながらも前に出た。京都校の視線が、一斉に彼らへと突き刺さる。

 

 五条「こいつらがね、今年うちに入った新入生。ノクティス君とプロンプト君。……で、後ろの大人二人がグラディオラス君とイグニス君。四人とも、つい最近まで呪術のじゅの字も知らなかった、ただの一般人だったんだよ」

 

 その紹介に、京都校の面々がわずかにざわめいた。値踏みと侮り、そしてほんの少しの警戒。様々な色を含んだ視線が、四人の身体を無遠慮に検分していく。

 

 西宮「はぁ? 一般人? ……ちょっと待ちなさいよ。あんた今、そこの二人の大人が『即戦力』だって話をしてたじゃない。素人が即戦力って、どういう理屈よ。ナメてんの?」

 

 箒を肩に担いだ少女——西宮桃が、訝しげに眉をひそめる。呪骨で編まれたその箒は、彼女が空を舞うための翼であり、同時に苛烈な性格の表れでもあった。彼女の言葉は、口には出さずとも、京都校全員が抱いた疑問を代弁していた。

 

 五条「そこが面白いとこなんだよねー。こいつら、術式の系統も、呪力の練り方も、何にも習ってない。教科書通りの呪術師からしたら、ありえない存在なわけ。なのに、新宿で特級を退けた。しかも——」

 

 五条が、一拍おいて、にやりと笑って続ける。まるで手品師が種を明かす瞬間のように、楽しげに。

 

 五条「戦えば戦うほど、強くなる」

 

 その一言に、加茂憲紀の目が細められた。和装に身を包んだその青年は、呪術界御三家の一角を担う名家の生まれとしての矜持を、その背筋の伸びた姿勢に滲ませている。

 

 加茂「……戦うほど、強くなる? 呪術師の力は、生得的な術式と、鍛錬による呪力量で決まる。後天的に、際限なく伸びるなどという話は聞いたことがない」

 

 イグニス「その反応は当然だ、加茂君……と言ったか。我々自身、この力の理屈を完全には理解していない。ただ、事実として、我々は呪霊を討つたびに己の限界を更新し続けている。まるで、身体が『経験値』を蓄積していくかのようにな」

 

 冷静に応じるイグニスの言葉に、加茂は不快そうに口を噤んだ。理屈で説明できないものを、この誇り高い青年は好まない。その様子を、ノクティスは静かに観察していた。

 

 ノクティス「(……こいつら、俺たちを警戒してる。いや、それだけじゃない。虎杖を……)」

 

 ノクティスの視線が、京都校の面々が時折虎杖へ向ける、冷たく粘つくような視線を捉えていた。それは同世代を見る目ではない。処理すべき『対象』を見る目だ。前世の記憶などない彼に、その理由を知る術はない。だが、本能が告げていた。この交流会は、ただの試合では終わらない、と。

 

 と——。

 

 東堂「ハッ、いい茶番だ! だが俺はまだ満足していないぞ!」

 

 依然として虎杖とグラディオラスの間で仁王立ちする東堂葵が、上着を投げ捨てたまま咆哮した。筋骨隆々の巨体から、湯気のような呪力が立ち上っている。

 

 東堂「学長がそう言うなら仕方あるまい。……だが虎杖、そこの大男。試合が始まったら、遠慮はいらんぞ。互いの『魂の熱量』を、存分にぶつけ合おうじゃないか!」

 

 虎杖「お、おう……なんかよくわかんねぇけど、わかった!」

 

 グラディオラス「はっ、上等だ。……だが悪ぃな東堂。俺は大人枠でな。この試合には出ねぇんだよ」

 

 東堂「なにィ!?」

 

 あからさまに落胆する東堂の巨体が、コミカルにぐらりと傾いだ。その反応に、張り詰めていたグラウンドの空気が、わずかに緩む。

 

 そして、その緩んだ空気に紛れるように、京都校の面々が、ゆっくりと前に出てきた。

 

 西宮「アンタたちが噂の『器』? ふーん……箒で上から見下ろしてやるには、ちょうどいい面構えじゃない」

 

 三輪「西宮さん、挑発は……。す、すみません、彼女に悪気は……いえ、多分あります」

 

 加茂「……無駄口はよせ。俺たちがここへ来た意味を、忘れるな」

 

 加茂憲紀と名乗った和装の青年の声には、笑いの一片もなかった。その視線が、ちらりと虎杖に向けられる。——『それ』の器を、どう処理するか。京都校の総意が、その一瞥に滲んでいた。

 

 伏黒「(……やはりな。こいつらの狙いは、最初から交流試合じゃない)」

 

 伏黒だけが、その視線の意味に正確に気づいていた。だが、今それを口にはしない。証拠のない断定は、ただ場を荒らすだけだ。

 

 メカ丸『……全員、揃ったか。では、始めようか』

 

 傀儡の巨躯——究極メカ丸が、抑揚のない合成音声で告げる。その奥に何が隠れているのか、この時点では誰も知る由もなかった。

 

 夜蛾「……時間も押している。全員、傾聴しろ」

 

 夜蛾の低い号令に、両校の生徒たちが渋々ながら意識を切り替える。

 

 夜蛾「今年の団体戦は例年通り——『呪霊討伐レース』だ。指定された広域の区画内に、二級から準一級相当の呪霊を複数放つ。制限時間内に、より多くの呪霊を祓ったチームの勝利。呪霊の等級に応じて配点が変わる。ルールは単純だが……」

 

 五条「殺し以外は、なんでもアリ。呪霊を横取りしてもいいし、相手チームを足止めしてもいい。妨害も罠も、まあ常識の範囲でならご自由に、ってこと。まあ、ほどほどにね?」

 

 夜蛾の説明を五条が軽薄に補足する。その『なんでもアリ』という言葉に、京都校の何人かが、意味ありげに視線を交わした。楽巌寺の口の端が、わずかに吊り上がる。ノクティスは、その一瞬のやり取りを見逃さなかった。

 

 ノクティス「(……足止め、横取り。その気になれば、事故を装って誰かを潰すこともできる、か。しかもこの広さのフィールドなら、審判の目も届かない。上等だ。そういうルールなら、こっちも遠慮はいらねぇ)」

 

 彼の脳裏に、後方で家入硝子に付き添われているルナフレーナの姿が浮かぶ。真依の弾丸から守った、大切な少女。この殺伐とした世界に自分が巻き込んでしまった、罪と、それでも手放せない想い。二度と、あんな真似はさせない。魂の奥底で、剣を握る感覚が静かに、しかし確かな熱を帯びていく。

 

 その熱を、後ろから伸びてきた手がそっと押さえた。

 

 ルナフレーナ「……ノクト。大丈夫です。わたくしは、無事ですから」

 

 狙われた当人であるルナが、むしろノクティスを宥めている。その落ち着いた声に、ノクティスは詰めていた息を静かに吐いた。

 

 家入「ルナちゃんは私が預かる。……あんたたちは、あんたたちの戦いをしてきな」

 

 白衣の家入硝子が、気だるげにルナの肩を抱いて後方へ下がらせる。非術師の少女を最前線から遠ざける、それが今できる最善の守りだった。

 

 また静かな怒りを感じ取ったのか、隣にいたプロンプトが軽く肩を小突いてきた。

 

 プロンプト「ノクト、なんか顔こわいぞ? 大丈夫か? まあ、気持ちはわかるけどさ。あいつら、ルナちゃんに手ぇ出そうとしたもんな」

 

 ノクティス「……ああ。ただ、絶対に負けらんねぇって思っただけだ。ルナが見てる前で、無様は晒せねぇしな」

 

 プロンプト「へへっ、俺もだよ。舐められっぱなしは性に合わないしな! 一般人上がりが、御三家だかなんだか知らねぇけど、ぎゃふんと言わせてやろうぜ!」

 

 軽口を叩き合う二人の背後で、グラディオラスが拳を鳴らし、イグニスが静かに眼鏡を押し上げる。四人の間に、視線を交わすまでもない、あの奇妙な一体感が満ちていく。誰に習ったわけでもない。前世の記憶があるわけでもない。ただ、魂が知っている。この四人でなら、どんな絶望も打ち破れると。

 

 夜蛾「——両校、フィールドへ。制限時間は二時間。……では」

 

 その宣言と共に、緊張と高揚を孕んだ空気が、一気に膨れ上がる。

 

 ノクティスは、フィールドへ向かう直前、もう一度だけ後方を振り返った。家入の傍らで、こちらを見て小さく頷くルナフレーナ。その姿を目に焼き付けて、彼は前を向く。青白い光の粒子が収束し、その手に重厚な片手剣が顕現した。

 

 記憶を持たぬ王とその仲間たちの、新たな戦いの号砲が——今、鳴らされようとしていた。

 

 そして、その熱狂を、遥か上空から見下ろす影があったことに、まだ誰も気づいていない。

 

 都心の廃ビルの屋上。継ぎ接ぎだらけの顔を持つ男が、無邪気に足をぶらつかせながら、グラウンドの一点——純白の魂を持つ少女を、じっと見つめていた。

 

 真人「……やっぱり綺麗だなぁ、あの子の魂。ねぇ不知、僕やっぱり、あれに触ってみたくてたまらないよ」




ついに交流戦だ~
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