星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜 作:いくと
団体戦のフィールドは、東京校の広大な敷地の一角に設けられた、雑木林と岩場の入り混じる区画だった。制限時間まで、あと十数分。両校の生徒には、それぞれの控え所で最終確認をする時間が与えられていた。
京都校にあてがわれた古びた道場。その板張りの床に、京都府立呪術高専の生徒たちが車座に腰を下ろしていた。円の中心には、杖を膝に置いた老爺――学長・楽巌寺嘉伸が、半ば閉じた目のまま鎮座している。
楽巌寺「……さて。表向きの試合の話は、もう終いだ」
しわがれた声が、道場の空気をぴりと引き締める。
楽巌寺「本題に入ろう。今回の交流会、我々京都校に課せられた真の目的は一つ。――東京校一年、虎杖悠仁。あの、宿儺の器を、この混戦に紛れて始末することだ」
その言葉に、道場の空気が一段と重くなった。だが、誰も驚きはしない。ここにいる誰もが、来る前からその『密命』を聞かされていたからだ。
加茂「……了解しています、学長。特級呪物・両面宿儺の器を野放しにするなど、呪術界の理に反する。あれは、いつ箍が外れてもおかしくない爆弾だ」
和装の青年――加茂憲紀が、静かに、しかしはっきりと同意を示す。御三家の一角を担う者としての、彼なりの正義がそこにあった。
西宮「はぁ……。正直、あたしは気が進まないけどねぇ。同い年の子を、試合にかこつけて殺すってのは」
箒を抱えた西宮桃が、頬杖をついてぼやく。だが、その目には反抗の色はない。
西宮「でも、上が決めたことでしょ? あたしらは駒だもの。従うしかないわよね」
三輪「……っ、わ、私は……」
末席で、三輪霞が何か言いかけて、俯いた。生真面目な彼女にとって、この命令はあまりに重い。だが、彼女もまた、逆らう術を持たなかった。
楽巌寺「話が早くて助かる。……そして、今回はもう一つ、厄介な変数が増えた」
楽巌寺の半眼が、わずかに開く。その視線は、道場の壁の向こう――東京校の控え所がある方角へと向けられた。
楽巌寺「あの、素性の知れぬ四人組よ。『魂具術式』とやらを操る、得体の知れぬ者たち」
加茂「……五条は『元は一般人だった』と言っていましたが」
楽巌寺「信じられるか。呪力の練り方も知らぬ素人が、特級を退け、戦うほどに強くなる、だと? そのような理が、この呪術界のどこにある。――あれは、我々の知らぬ『何か』だ。得体が知れぬものは、それだけで脅威よ」
老爺の声に、猜疑の色が濃く滲む。長年、呪術界の古い秩序の中で生きてきた彼にとって、理解できない力とは、すなわち排除すべき異物だった。
楽巌寺「ゆえに、もう一つ命じる。――戦いの中で、あの四人の力を探れ。術式の底、弱点、出力の限界。可能な限り、情報を持ち帰れ。特に、あの銃を使う小僧と、短剣の男。あの二人は連携の要と見た」
加茂「……偵察、ということですね。承知しました」
その時だった。それまで壁に背を預け、腕を組んで目を閉じていた巨漢が、ふいに立ち上がった。筋骨隆々の体躯が、道場の天井に影を落とす。
東堂「――くだらん」
低く、しかしよく通る声。京都校最強の男、東堂葵が、初めて口を開いた。
楽巌寺「……東堂。何がくだらんと言う」
東堂「全部だ、じいさん。虎杖を殺す? あの四人の弱点を探る? ……ハッ、笑わせる」
東堂は組んでいた腕を解き、ぎろりと車座の面々を睥睨した。その瞳には、上からの命令に唯々諾々と従う者たちへの、隠しきれない失望が滲んでいた。
東堂「いいか。俺が今日、この交流会で見たかったもの。それはなァ――魂の熱量だ。虎杖悠仁、あの男が拳を振るった時に立ち上る、あの滾るような生の輝き。そして、あの大男……グラディオラスとか言ったか。あいつの、守るために振るう剣の重さ。あれこそが、俺が求める『本物』だ」
西宮「うわ、出た。東堂の『魂の熱量』論。もう聞き飽きたわよ」
東堂「聞き飽きただと? 桃、貴様には一生分からんだろうな。命令書に書かれた文字を追うだけの人生では、決して見えん景色というものがある」
西宮「なんですって!?」
険悪になりかけた空気を、東堂は豪快な笑い声で吹き飛ばした。
東堂「まあいい。じいさんの命令がどうであろうと、俺は俺のやり方で戦う。虎杖とは全力で拳を交わす。殺すためではなく、互いの魂を確かめ合うためにな! そして、あの四人組……特に大男とは、是が非でも一度ぶつかってみたい。あの魂が、どれほどの熱を持っているのか、この身で確かめてやる!」
楽巌寺「……相変わらず、手のつけられん男だ。だが、東堂よ。貴様の自由が、京都校の敗北や、上層部への不興に繋がることは許さん。分をわきまえろ」
東堂「ハッ。じいさんこそ、心配は無用だ。俺は勝つ。ただし――俺のやり方でな」
言い捨てて、東堂は道場を出て行こうとする。その背に、加茂が硬い声を投げかけた。
加茂「東堂。お前が個人主義を貫くのは勝手だが……足を引っ張るなよ。俺たちには、果たすべき責務がある」
東堂は立ち止まり、振り返らぬまま、片手をひらりと上げた。
東堂「憲紀。お前は真面目すぎる。……その真面目さが、いつか大事なものを見失わせなきゃいいがな」
その言葉を残し、巨漢は道場の外へと消えていった。残された京都校の面々の間に、なんとも言えぬ沈黙が落ちる。
西宮「……ほんっと、自由な男」
三輪「でも……東堂さんの言うことも、少しだけ、分かる気がします……」
加茂「三輪」
三輪「あっ、す、すみません! な、なんでもないです!」
慌てて口をつぐむ三輪を、加茂は咎めるでもなく、ただ静かに見据えた。彼自身の胸の内にも、命令への忠実さと、同世代の少年を手にかけることへの躊躇いが、確かに渦巻いていた。だが、彼はそれを表には出さない。御三家の男は、私情で責務を曲げてはならない。そう己に言い聞かせて。
加茂「(……宿儺の器。理屈の上では、始末すべきなのは分かっている。だが――)」
脳裏をよぎるのは、先刻グラウンドで見た虎杖悠仁の顔だった。仲間を守ろうと即座に前へ出た、あの真っ直ぐな瞳。あれが、災厄の器だというのか。加茂は小さく頭を振り、雑念を追い払った。
加茂「(迷うな。俺が迷えば、仲間の足並みが乱れる。……責務を果たす。それだけだ)」
西宮「憲紀、また一人で百面相してる。あんたも大概、面倒くさい男よねぇ」
加茂「……余計なお世話だ、西宮」
西宮「はいはい。ま、あたしはあたしで、あの生意気そうな女――釘崎だっけ? あの子をちょっと可愛がってあげるとするわ。女の戦い方ってのを、教えてやらないとね」
箒を肩に担ぎ、西宮がにやりと笑う。その好戦的な笑みには、しかし東堂のような『熱』への渇望はなく、ただ格上として格下を捻じ伏せる愉悦だけがあった。
楽巌寺「……時間だ。全員、位置につけ」
老爺が杖を突いて立ち上がる。京都校の生徒たちが、それぞれの思惑を胸に秘めたまま、道場を後にする。
殺意を懐に抱く者。命令に忠実であろうとする者。気の進まぬまま従う者。そして――ただ己の求める『熱』だけを追う、自由な男。
バラバラの思いを抱えた京都校が、フィールドへと散っていく。
その頃、東京校の控え所では。
虎杖「よーし! 気合入れてくぜ、みんな!」
何も知らぬ虎杖悠仁が、無邪気に拳を突き上げていた。自分に向けられた無数の殺意にも、得体の知れぬ思惑にも気づかぬまま。
プロンプト「おー! っていっても、相手は呪術のエリート校なんだろ? 大丈夫かな、俺たち」
釘崎「何弱気なこと言ってんのよ。向こうがエリートだろうがなんだろうが、やることは変わんないでしょ。ぶっ飛ばすだけ」
釘崎野薔薇が、金槌を軽く放り上げながら不敵に笑う。その隣で、伏黒だけが腕を組んだまま、静かに思考を巡らせていた。
伏黒「……油断するな。あいつら、ただの交流試合をしに来た顔じゃない。特に、あの学長」
虎杖「え? そうか? 俺にはよくわかんなかったけど」
伏黒「お前は少し、鈍すぎる。……まあいい。とにかく、単独行動は避けろ。何かあれば、すぐ声を上げろよ」
そんな仲間たちのやり取りを聞きながら、ノクティスだけが、京都校の道場があった方角を、静かに見つめていた。
ノクティス「(……嫌な感じだ。あいつら、ただ試合をしに来たわけじゃねぇ。虎杖……それに、多分、俺たちも狙われてる)」
彼の魂の奥で、剣を握る感覚が、じりと熱を帯びる。誰に教わったわけでもない。前世の記憶があるわけでもない。ただ、魂が告げていた。この戦いは、ただの交流試合では終わらない、と。
ノクティス「プロンプト。イグニスとも共有しといてくれ。……今日は、背中を預け合うぞ」
プロンプト「……おう。なんか知らんけど、ノクトがそう言うなら、そうなんだろうな。了解!」
多くを語らずとも、通じ合う。それが、この四人の――そして今や、東京校一年ズの間にも広がりつつある、奇妙な絆だった。
号砲が、鳴り響いた。