星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜   作:いくと

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肉の饗宴、再び

虎杖悠仁がフィールドの奥、崩れかけた廃校舎の裏手に差し掛かった時、既にその男は待ち構えていた。野太い声とともに、巨躯が木陰から躍り出る。東堂葵――筋肉の鎧を纏ったかのような体躯と、燃えるような瞳を持つ京都校三年生だった。

 

東堂「――待っていたぞ、虎杖悠仁!」

 

虎杖「げ、東堂さん! また会ったな……!」

 

虎杖が身構えると同時に、東堂は既に距離を詰めていた。拳が唸りを上げて振り抜かれる。虎杖はとっさに腕を交差させて受け止めたが、衝撃で体が数メートル後ろへ吹き飛ばされた。

 

東堂「ハッ! 良い反応だ! やはりお前は、この東堂葵の親友(ブラザー)に相応しい器を持っている!」

 

体勢を立て直しながら虎杖が叫んだ。

 

虎杖「親友って、まだそこまで話してもないんだけど……!」

 

だが、口とは裏腹に、体は自然と拳を握り直していた。東堂の放つ闘気――純粋な「戦いたい」という熱量が、否応なく虎杖の血を滾らせる。

 

討伐レースの規則上、ここでモノを言うのは、純粋な地力と、度胸と、積み重ねてきた技だけだった。だからこそ、虎杖はこの戦いに変な緊張感を覚えていた。誰かの力を借りることができない。今、目の前の男と対等に渡り合えるかどうかは、純粋に自分自身の実力にかかっている。

 

東堂「来い、虎杖! 手加減など無用だ、俺はお前の全力が見たい!」

 

東堂が拳を構え直す。その巨体からは想像もつかない速さで踏み込み、連撃を繰り出してきた。虎杖は防御と回避を織り交ぜながら、隙を見て蹴りを叩き込む。

 

虎杖「――ぐっ……! やっぱ重い、あんたの一撃……!」

 

東堂「当然だ! この拳には、俺の魂の熱量の全てが乗っている!」

 

拳と拳、フットワークと読み合い。互いの攻撃が交差するたびに、周囲の空気が震えるような衝撃波が走った。フィールドの片隅では、既に幾つもの視線がこの肉弾戦に釘付けになっていた。

 

離れた場所からその光景を眺めていたのは、たまたま近くまで討伐に来ていた三輪霞だった。彼女は呆れたように溜め息をつきながらも、視線は東堂の一挙一動を注意深く追っている。

 

三輪「東堂さん……また、こんなところで無駄に暴れて……。私、あなたの後始末で今日何度目だか……」

 

東堂「無駄ではない、霞! これは魂と魂のぶつかり合いだ、お前にも分かるだろう!」

 

三輪「わ、分かりません……。すみません、私にはさっぱり……。いつも通りとしか、言いようがないです……」

 

三輪は小さく肩をすくめると、自分の獲物を探すべく踵を返した。彼女の脳裏にも、楽巌寺から下された密命――虎杖悠仁の排除――が過ぎったが、あえて何も言わずに立ち去った。東堂が本気で戦っているのは事実だが、それが密命の遂行とは違う次元の話だということを、彼女は薄々察していた。

 

一瞬の間合いで、虎杖がふと問いかけた。彼自身、まだはっきりとした確信があるわけではなかった。だが、京都の他の生徒たちから時折感じる、刃のような視線――それが東堂からは、まるで感じられないことに気づき始めていた。

 

虎杖「――なあ、東堂さん。あんた、さっきから随分楽しそうだけど……本当にただの模擬戦って感じだよな」

 

東堂は拳を止めず、しかし声にわずかな翳りを滲ませた。

 

東堂「――当然だ」

 

(……楽巌寺様の密命、か。虎杖悠仁を排除せよ、と)

 

脳裏に過ぎるのは、京都校の作戦会議での光景だった。学長の言葉、他の生徒たちの緊張した面持ち。だが東堂は、あの場でも誓ったのだ――自分だけは、その密命に従わない、と。

 

(俺は、魂の熱量でしか人を測らない。虎杖悠仁――お前の拳には、澱みも殺意もない。ただ純粋に、強くなりたいという想いだけがある。それを、命令ひとつで潰すなど――俺の美学が許さん!)

 

虎杖「――どうした、東堂さん? 急に黙り込んで」

 

東堂は我に返ったように笑った。獰猛な、しかしどこか安堵を滲ませた笑みだった。

 

東堂「なんでもない! ただ、お前と拳を交える度に確信が強まるだけだ――虎杖、お前はやはり、我が親友(ブラザー)だ!」

 

虎杖が苦笑しながらも、拳を握り直した。

 

虎杖「だから、まだそう決めるには早いって……!」

 

だが不思議と、その言葉が嫌ではなかった。むしろどこか、認められたような、くすぐったい嬉しさがあった。

 

東堂「ならば、その拳で証明してみせろ! 俺を唸らせてみろ、虎杖悠仁!」

 

東堂が地を蹴り、渾身の一撃を放つ。虎杖はそれを真正面から受け止めることを選んだ。両者の拳がぶつかり合い、爆発的な衝撃波がフィールドの土埃を巻き上げる。

 

虎杖「――ぐああああ!」

 

東堂「うおおおおお!」

 

雄叫びとともに拮抗する二つの力。討伐レースの得点など、この瞬間の二人にはどうでもよくなっていた。ただ純粋に、目の前の相手と全力でぶつかり合う――それだけが全てだった。

 

拳が交差するたび、虎杖は自分の中に眠る何かが少しずつ引き出されていくのを感じていた。宿儺の器としての力ではない。純粋に、自分自身が積み重ねてきた鍛錬と、今この瞬間の気迫だけが、東堂の圧力に応えている。

 

東堂「――もっとだ、虎杖! お前の限界はそんなものではないはずだ!」

 

東堂の連撃が速度を増す。虎杖は防御に徹しながらも、僅かな隙を見出そうと目を凝らした。この男の拳は重く、速い。だが、単調ではない。まるで何かを試すように、緩急をつけて攻めてくる。

 

虎杖「――くっ……! なら、これでどうだ!」

 

虎杖が地を強く踏み込み、下段からの蹴り上げを繰り出す。東堂はそれを紙一重で躱しながらも、僅かに体勢を崩した。その隙を逃さず、虎杖は追撃の拳を叩き込む。

 

東堂「――ハッ! いいぞ、その意気だ!」

 

東堂は吹き飛ばされながらも、むしろ愉快そうに笑っていた。受けた衝撃をものともせず、すぐさま体勢を立て直し、再び拳を構える。

 

拳の交差が幾度も繰り返され、やがて二人はほぼ同時に膝をつく。息は上がり、全身は汗と土埃にまみれていたが、両者の表情には清々しいまでの充実感が浮かんでいた。

 

東堂「――ハッ……ハッ……。いい試合だった、虎杖」

 

虎杖「あんたも、な……。マジで化け物じみた強さだったよ、東堂さん」

 

荒い呼吸の合間に、互いの健闘を称え合う。それは京都と東京、敵味方という枠を超えた、純粋な戦士同士の敬意だった。

 

東堂は内心で静かに誓いを新たにする。(――楽巌寺様、申し訳ないが、俺はこの男を殺す気にはなれん。もしお前たちがどうしても虎杖を排除するというなら、その時は俺が――)

 

そこまで考えて、東堂は小さく頭を振った。今はまだ、その決意を表に出す時ではない。ただ静かに、己の中に刻んでおくだけでいい。京都校の中で、殺意を持たずにこの場に立っているのは、恐らく自分だけだろう。それでいい、と東堂は思う。魂の熱量こそが全てだ。命令書一枚で人を殺すような真似は、自分の生き様には合わない。

 

東堂が立ち上がり、埃を払いながら告げた。

 

東堂「――さて、そろそろ休戦といくか。俺もまだ、討伐数を稼がねばならんのでな」

 

虎杖も笑いながら立ち上がり、拳を軽く突き出した。

 

虎杖「おう、また今度な。次は負けねーから」

 

東堂はその拳に、自らの拳をわずかに合わせて応じた。それは言葉よりも雄弁な、戦友としての約束だった。

 

東堂が去り際、ふと足を止めて振り返った。その声にはいつもの豪快さとは違う、真剣な響きが混じっていた。

 

東堂「――虎杖悠仁。一つだけ、覚えておけ」

 

東堂「この交流会、お前が思っている以上に、色々な思惑が渦巻いている。……全てを話す気はないが、少なくとも俺は、お前の敵ではない。それだけは、忘れるな」

 

虎杖「――え? どういう……」

 

虎杖が問い返そうとした時には、東堂は既に背を向けて歩き出していた。その巨躯が木々の向こうへ消えていくのを、虎杖はしばし呆然と見送った。

 

(今の、どういう意味だ……?)

 

漠然とした違和感が胸に残る。だが、深く考える間もなく、フィールドの喧騒が再び虎杖の意識を引き戻した。討伐レースはまだ続いている。今は目の前のことに集中するべきだ、と虎杖は頭を切り替えた。

 

大きく息を吐きながら、虎杖は次の獲物を探すべく視線を巡らせる。ふと、フィールドの端――誰の目にも留まらない木立の陰で、一人静かに立つ人影が見えた。ノクティスだった。彼は仲間の手を借りることもなく、たった一人で、新たに姿を現した呪霊と対峙しようとしていた。

 

その横顔に浮かぶのは、いつもの気だるげな表情。だが纏う空気だけは、いつもと違う静けさを帯びていた。まるで、何か答えの出ない問いを抱えたまま、それでも目の前の敵と向き合おうとしているかのような――。

 

虎杖はそれ以上深く考えることなく、次の獲物を探すべく、フィールドの奥へと足を向けた。討伐レースの号砲は鳴り響いたばかりだ。まだまだ、この戦いは終わらない。

 




キャラの口調って難しいよね…
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