星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜   作:いくと

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剣閃、未知の域へ

フィールドの端、誰の目にも留まらない木立の陰で、ノクティスは一人、新たに姿を現した呪霊と対峙していた。

 

体長二メートルはあろうかという、蜘蛛を思わせる異形。八本の脚の先端が、刃物のように鋭く尖っている。低位にしては禍々しい気配を纏うそれを前に、ノクティスは静かに右手を掲げた。

 

青白い光の粒子が収束し、彼の手に重厚な片手剣が顕現する。

 

ノクティス「――さて、と」

 

踏み込みと同時に、剣を一閃。蜘蛛の脚の一本が宙を舞う。だが、残る七本の脚が即座に反撃に転じ、ノクティスは後方へ跳んでそれを躱した。

 

ノクティス「(……こいつも、悪くない動きしてやがる)」

 

胸中で呟きながら、彼は左手を掲げる。掌の先に小さな炎の結晶が生まれ、それを蜘蛛へ向けて放った。着弾と同時に爆ぜる炎。だが、呪霊の甲殻はそれなりの硬度を持っており、致命傷には至らない。

 

ノクティス「(魔法石の生成、あと二回ってところか。……燃費、相変わらず悪いな)」

 

魂の奥から力を引き出すたび、ノクティス自身にも分かる疲労感があった。周囲の呪霊を討伐すれば力が増す――それがこの術式の特性だと分かってはいるが、対人戦であるこの交流会では、レベルアップ特性は発動しない。今、彼が使えるのは、これまで積み上げてきた力の分だけだ。

 

蜘蛛の呪霊が体勢を立て直し、再び突進してくる。ノクティスは剣を構え直し、迎え撃った。

 

その一部始終を、少し離れた岩陰から見つめる二つの視線があった。

 

三輪「――あれが、噂の……」

 

三輪霞は刀の柄に手をかけたまま、じっとノクティスの動きを観察していた。彼女の視線は、剣の顕現そのものよりも、その「質」に注がれている。

 

三輪「呪力の流れが……見たことのないものです。武器を出す瞬間、呪力が全然練られていない。まるで、最初から『そこにあった』ものを、ただ引っ張り出しているような……」

 

呟きながら、彼女はゆっくりと岩陰から歩み出た。抜刀術「シン・陰流」の遣い手として鍛えた目は、他の誰よりも呪力の質感に敏感だ。だからこそ、目の前の光景に強い違和感を覚えていた。

 

ノクティスがその気配に気づき、剣を構えたまま振り返る。

 

ノクティス「――お前も、京都のやつか」

 

三輪「はい……。三輪霞と、申します。……あの、少し、お手合わせ願えますか」

 

丁寧な物言いとは裏腹に、彼女の腰は既に低く沈み、抜刀の構えに入っていた。

 

ノクティス「別に、断る理由もねぇけど」

 

言うが早いか、三輪の姿が掻き消えた。抜刀術特有の、居合の一閃。ノクティスはそれを完全には見切れず、とっさに剣を横に薙いで衝撃を殺す。腕に鈍い痺れが走った。

 

ノクティス「――っ、速……!」

 

三輪「油断、なさらないでください……。私、これでも、それなりに稽古を積んでいますので」

 

言葉遣いこそ控えめだが、放たれる刃の速さと正確さは、京都御三家に伍する術師としての実力を確かに物語っていた。ノクティスは剣を構え直し、今度は自分から間合いを詰める。

 

魔具の剣と、簡易領域を纏った刀が幾度も交差する。三輪の一撃一撃は無駄がなく、まるで水が低きに流れるような自然さでノクティスの隙を突いてくる。ノクティスもまた、前世の記憶などないはずなのに、まるで剣術を知り尽くしているかのような動きでそれに応じた。

 

三輪「(……強い。それに、この人の剣筋……見たことがないのに、なぜか、次にどう動くか分かる気がする……)」

 

内心で首を傾げながらも、三輪は手を緩めない。膠着状態が続く中、彼女はふと、戦いながらも冷静に観察を続けていた自分に気づく。

 

三輪「――さっきから、あなたの魔法。同じものを、そう何度も撃てないようですね」

 

ノクティスの表情がわずかに強張る。図星だった。

 

ノクティス「……気のせいだろ」

 

三輪「いいえ。呼吸の乱れ方が違います。剣を出す時と、魔法を撃つ時とで、消耗の質が明らかに……。まるで、ご自身の中の何かを、無理に引きずり出しているような」

 

彼女の観察眼は的確だった。ノクティスは内心で舌打ちしながらも、表には出さない。この術式の正体を、易々と悟らせるわけにはいかなかった。

 

そこへ、木々の隙間から静かな足音が近づいてきた。

 

加茂「――三輪。そこまでにしておけ」

 

現れたのは加茂憲紀だった。彼はノクティスと三輪、両者の攻防を少し離れた場所から観察していたらしい。

 

三輪「加茂さん……」

 

加茂「後は、私が引き継ぐ。お前は他の呪霊を討伐しろ。得点も稼がねばならん」

 

三輪は一瞬躊躇うような表情を見せたが、やがて小さく頭を下げた。

 

三輪「……分かりました。では、お先に失礼します」

 

刀を鞘に納め、三輪はフィールドの奥へと去っていった。残されたノクティスと加茂の間に、張り詰めた沈黙が落ちる。

 

加茂「――ノクティス、といったな」

 

ノクティス「そうだけど。あんたも、俺の術式が気になるクチか」

 

加茂「率直に言えば、そうだ」

 

加茂は手のひらを軽く切り、赤い血を滴らせた。それが瞬時に硬化し、鋭い刃と化す。

 

加茂「先ほど三輪が言っていたことと、私の見立ては同じだ。お前の武器の顕現――呪力の練り方が、我々の知る術式のいずれとも異なる。まるで、法則そのものが違う場所から持ち込まれたかのようにな」

 

ノクティス「……そりゃ、光栄だね」

 

軽口で応じながらも、ノクティスの内心は静かに警戒を強めていた。京都の連中は、思っていた以上に鋭い。この力の正体――前世の記憶も、転生の事実も、誰にも知られてはならない何かだ。理由は分からない。だが、本能がそう告げていた。

 

加茂「――防御を怠るなよ」

 

言葉と同時に、加茂の血の刃が幾筋も放たれる。ノクティスは剣でそれを弾きながら、後方へ跳んで距離を取った。

 

二対一――否、既に三輪が去った今は、純粋な一対一の勝負だった。だが、加茂の攻めは容赦がない。赤い刃が空間を埋め尽くすように迫り、ノクティスは防戦を強いられる。

 

ノクティス「(……くそ、燃費が……)」

 

魔法石を新たに生成しようにも、既に二度使った疲労が響いていた。剣の一閃だけで凌がねばならない局面が増えていく。加茂はその変化を見逃さなかった。

 

加茂「――やはりな。お前の力には、何か『上限』がある。無尽蔵ではない」

 

図星を突かれ、ノクティスは奥歯を噛んだ。

 

ノクティス「上等だよ。上限があろうがなかろうが、今この瞬間、あんたを退けられればそれでいい」

 

そう言い放つと、ノクティスは残る力を振り絞り、剣に炎の属性を纏わせて斬りかかった。加茂はそれを冷静に見切り、血の盾で受け止める。両者の力が拮抗し、火花と赤い飛沫が同時に舞い散った。

 

その一瞬、ノクティスの脳裏に浮かんだのは、フィールドの外で家入と共に佇むルナフレーナの姿だった。

 

ノクティス「(……ルナ。俺は、まだ足りねぇ。もっと、強くならなきゃ)」

 

静かな決意を胸に、彼は加茂との攻防を続ける。互いに一歩も譲らぬ均衡は、しばらくの間、崩れることはなかった。

 

加茂「――今日のところは、これくらいにしておこう」

 

やがて加茂が刃を霧散させ、静かに一歩下がった。

 

加茂「お前の力、底までは見えなかった。だが――弱点の一端は、確かに掴ませてもらった」

 

ノクティス「……そりゃどうも」

 

加茂はそれ以上を語らず、踵を返して森の奥へと消えていった。一人残されたノクティスは、荒い息を整えながら、剣を虚空へと霧散させる。

 

ノクティス「(……燃費の悪さ、見抜かれたか。……次からは、もう少し気を付けねぇとな)」

 

胸の内で静かに反省しつつ、彼はフィールドの奥、まだ聞こえてくる討伐レースの喧騒へと足を向けた。この交流会が、思っていたよりもずっと多くの目に晒されていることを、彼は今、改めて実感していた。

 

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