星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜 作:いくと
戦場の一角、フィールドの外れに設えられた古い石碑群――交流会の記念碑として設置されていたそれらが、突如として蠢き始めた。無数の石碑が軋みを上げながら融合し、一つの巨大な人型――もう一体の特級シガイ、碑淵が姿を現す。
蝕環との攻防を続けていたノクティス、プロンプト、イグニス、そして伏黒の四人は、その異様な気配に、ほぼ同時に振り返った。
ノクティス「――なんだ、あれは」
ノクティスが剣を構えながら、その異様な姿を見据えた。石碑の表面には、無数の人間の顔と名前が浮かんでは消えている。その声は、複数人の読経が重なったような、不気味な響きを持っていた。
プロンプト「うわ、気味悪っ……! なんか喋ってないか、あれ」
彼の声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。プロンプトの視線が、一瞬だけフィールドの奥――花御と交戦を続けるグラディオラスたちの方角を掠める。土煙の向こうから、大剣が枝を薙ぐ轟音が、今も途切れず響いていた。
プロンプト「……グラディオは、向こうで手一杯だ。こっちは、こっちで片付けるしかねぇな」
イグニス「ああ。援軍を待つ余裕はない。――伏黒、君も付き合ってくれるか」
伏黒「言われるまでもない。蝕環の相手は、今は他の連中が受け持ってる。……あの石碑、放っておける気配じゃない」
四人が即席の陣を組むと同時に、碑淵の口――否、その表面に刻まれた文字の連なりが、低く響く声を発した。
碑淵「……記憶。……そなたたちの、記憶……」
イグニスが眉をひそめる。
イグニス「まさか、こちらの動きを読んでいるのか」
碑淵「私は、刻む者。討ち取りし者の記憶と、攻撃の型を、この身に刻み続ける者……」
石碑の巨体が、ゆっくりと四人へと向き直った。その動きの一つ一つが、まるで長い年月を経た古文書がめくれるかのように、重々しく、そして異様だった。
碑淵「これまで討ち取りし呪術師の技――その全てを、この身に宿す」
宣言と共に、石碑の腕が、多種多様な武器のように変形し始めた。ある時は剣の形に、ある時は鞭のようにしなり、次の瞬間には拳の形へと変わる。四方八方から繰り出される攻撃は、まるで無数の術者と同時に対峙しているかのような錯覚を生んだ。
プロンプト「――なんだこいつ、器用すぎるだろ……!」
プロンプトが咄嗟に放った銃弾が、石碑の肩口に着弾する。だが、続けて同じ角度から放った二発目は、碑淵が僅かに体勢を変えるだけで回避された。
プロンプト「――マジかよ。今、当たったのと同じ軌道だったぞ」
伏黒「なら、こっちはどうだ」
伏黒が印を組み、玉犬を二体同時に放つ。黒い獣が左右から石碑の脚部へ喰らいつく――が、一度目に浅い傷を刻んだきり、二度目の突進は、変形した石の腕にあっさりと叩き落とされた。
伏黒「……嘘だろ。玉犬の間合いまで、もう覚えたのか」
イグニス「――そうか。あれは、受けた攻撃を『記録』し、次から軽減する術式だ」
イグニスが冷静に分析する。短剣を逆手に構え直しながら、彼の視線が石碑の表面――攻撃を受けるたびに増えていく文字の刻印を捉えた。
イグニス「同じ攻撃は二度は効かない。術式も、型のある技も、繰り返せば繰り返すほど通らなくなる。……厄介だな。伏黒、君の式神は型が明確な分、奴には格好の教材だ」
伏黒「……認めたくないが、その通りだ。なら、どうする」
碑淵の攻撃は苛烈さを増していた。記録された無数の術式の模倣が、雨のように四人へと降り注ぐ。ノクティスは剣を投げ、シフトで攻撃の間隙を縫いながら、石碑の懐へと斬り込んだ。一撃目は深く通った。だが、二度目に同じ軌道で跳んだ瞬間、待ち構えていた石の腕が、彼の着地点を正確に薙ぎ払った。
ノクティス「――ちっ……!」
間一髪で後方へ跳び退き、ノクティスは荒い息を吐いた。
ノクティス「(――シフトの軌道まで、読まれてる。同じ手は、二度通らねぇ)」
碑淵「刻んだ。……そなたの跳躍も、獣の牙も、炎の軌跡も。すべて、この身に」
だが、その読経のような声に、初めて僅かな揺らぎが混じった。
碑淵「……だが、解せぬ。そなたたちの『繋がり』は、刻めぬ。……なぜだ。前世の記憶もなく、示し合わせもせぬというに、なぜそこまで、繋がれる……? ――そして、そこの式神使い。出会って幾許も経たぬはずのそなたまで、なぜ、噛み合う……?」
その問いかけに、伏黒が僅かに目を見開いた。指摘されて初めて、自覚する――先刻から、自分の式神の展開は、頼まれもしないのに三人の動きの「穴」を埋め続けていた。
伏黒「(――こいつらと組むと、思考する前に体が動く。……さっきから、ずっとだ)」
イグニス「――見えたぞ、突破口が」
イグニスの声が、静かに、しかし確信を帯びて響いた。
イグニス「奴が刻めるのは『型』だ。繰り返される攻撃、決まった軌道、術式の法則性。……だが、逆に言えば」
彼の視線が、ノクティスへと向けられた。
イグニス「毎回異なる、即興の連携には、対応しきれない」
ノクティスが、はっと目を見開いた。
ノクティス「(――そうか。こいつは、俺たちの『繋がり』そのものが、理解できないんだ)」
その閃きと共に、ノクティスは剣を構え直した。彼の脳裏に、これまでの戦いの中で何度も感じてきた、あの奇妙な一体感の記憶がよぎる。理由は分からない。だが、この面子でならという確信だけは、揺るがなかった。
ノクティス「――プロンプト、イグニス。何も考えずに、思うがままに動いてくれ。……伏黒、お前もだ」
伏黒「……俺は、お前たちみたいな阿吽の呼吸は持ってない」
プロンプト「さっきまで散々やってただろ、俺と! 考えるな、俺の標に合わせて来い!」
伏黒は一瞬押し黙り、それから小さく息を吐いた。
伏黒「(……乗ってみるか、この妙な感覚に)」
言葉と共に、四人は同時に動き出した。誰も指示を出さず、誰も打ち合わせをしない。それでも、彼らの動きは水が低きに流れるように、自然と噛み合っていく。
伏黒の鵺が上空から閃光を散らして碑淵の視界を掻き乱し、玉犬が毎回異なる角度から牽制を仕掛ける。プロンプトの銃弾が死角から石碑の表面に標を刻み、イグニスが炎を纏わせた短剣で石の装甲を炙る。そして、ノクティスの剣が――プロンプトの刻んだ標を足場に、鋭角に軌道を折り曲げる二段シフトで、記録の追いつかない一撃を叩き込む。
同じ連携は、二度と繰り返されなかった。ある時は鵺が囮になり、ある時はイグニスの炎が目眩ましになり、ある時はノクティス自身が囮となってプロンプトの狙撃を通す。四つの意志が、その場その場で最適の形へと組み変わり続ける。
碑淵「――な……! この動き、刻めぬ……! なぜだ、なぜ、記憶もなく、これほどまでに……!」
石碑の巨体が、初めて明確な動揺を見せた。ノクティスの剣が、その表面に深い亀裂を刻む。
碑淵「記憶こそが、絆の証……。それなくして、なぜ、これほどまでに繋がれる……!」
ノクティスは、剣を突き立てながら、静かに答えた。
ノクティス「――知るかよ、そんなこと。俺たちにも分からねぇ。ただ、こいつらとなら、どんな敵にも負ける気がしねぇ。それだけだ」
その言葉と共に、四人の連携が更なる速度を増していく。碑淵はもはや、その動きの全てを刻むことができず、次第に防戦一方へと追い込まれていった。
石碑の巨体に、幾筋もの亀裂が走る。碑淵は苦悶するような声を上げながら、僅かに後退した。
碑淵「――この理不尽な繋がりよ……。私の『記録』では、到底理解しえぬ……」
その呟きを最後に、碑淵は完全な沈黙へと沈んでいった。もっとも、その巨躯が完全に崩れ去ることはなく、フィールドの片隅で、なおも不気味な気配を纏ったまま蠢き続けていた。その様子を見つめる四人の目には、まだ油断のない緊張が宿っていた。
プロンプト「――なんとか、退けたか」
イグニス「油断はするな。あれは完全に消滅したわけではない」
伏黒「ああ。……それにしても」
伏黒が、剣を納めるノクティスたちを、どこか測りかねるような目で見た。
伏黒「お前らと組むと、調子が狂う。理屈で説明のつかない連携なんて、術師の戦い方じゃない。……だが、悪くはなかった」
プロンプト「――お、素直じゃん、恵!」
伏黒「その呼び方をするな」
軽口の応酬に、僅かな笑いが漏れる。だが、イグニスだけは、沈黙した石碑を見つめたまま、静かに口を開いた。
イグニス「――それにしても、あの碑淵とやらの問いは、妙に引っかかるな。『記憶もなく、なぜ繋がれる』、と」
プロンプト「――俺たちにも、分かんねぇけどな。ただ、なんかこう……体が、勝手に分かるっていうか」
ノクティス「(――そうだな。理由なんて、今は分からなくてもいい)」
短くそう思いながら、ノクティスは剣を虚空へと霧散させた。その時、フィールドの奥から、毒に倒れた生徒を抱えた術師が救護所の方角へと走っていくのが見えた。
イグニス「――怪我人が増えている。私は彼を救護所まで運ぶのを手伝ってくる。すぐに戻る」
ノクティス「ああ、頼む。……こっちは警戒を続ける」
イグニスが負傷者のもとへと駆けていくのを見送り、残った三人は互いに頷き合い、次なる脅威への警戒を新たにした。
ノクティス「(――終わってねぇ。まだ、何か仕掛けてくる)」
戦いは、まだ終わりを見せていなかった。