星の病と呪いの理〜記憶を持たない転生者たちの新たな戦い〜 作:いくと
戦場が佳境に入る中、フィールドの上空に漂っていた気配が、ゆっくりと降下を始めた。継ぎ接ぎだらけの顔を持つ男――真人が、ふわりと地上に降り立つ。周囲の空気が、彼の登場と共に、ひやりと質を変えたように感じられた。
真人「――やっと会えたね」
彼の視線は、救護所の一角――疲労困憊しながらも祈りを紡ぎ続けるルナフレーナへと真っ直ぐに注がれていた。
家入「――なっ……! あんた、いつの間に!」
家入が咄嗟にルナフレーナを庇うように前へ出る。だが、真人はその存在すら意に介さず、ただルナフレーナだけを見つめていた。
真人「ねえ、君。すごく綺麗な魂してるね。……ちょっとだけ、触らせてくれない?」
ルナフレーナ「――っ……!」
ルナフレーナが息を呑み、思わず後ずさる。得体の知れない存在から向けられる視線に、彼女の背筋が凍りついた。
真人「大丈夫、痛くはしないよ。ただ、その綺麗な魂が、絶望に染まる瞬間ってやつを、見てみたいだけなんだ」
無邪気な、しかし底知れぬ悪意を孕んだ声。真人がゆっくりと手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
ノクティス「――ルナに、触るな」
低く、しかし確かな怒気を孕んだ声が響いた。碑淵を退けた直後、胸騒ぎに駆られて救護所へと走っていたノクティスが、既に真人とルナフレーナの間へと割り込んでいた。
真人「――お、誰かと思えば。噂の、術式使いの子か」
真人が興味深そうにノクティスを見やる。だが、その視線はすぐにルナフレーナへと戻された。彼の意識の全ては、既にその一点にしか向いていないようだった。
真人「君には興味ないんだよねぇ。俺が見たいのは、そこの子の魂だけ」
ノクティス「――関係ねぇよ。お前がルナに向ける目、それだけで殺す理由には十分だ」
剣を構えるノクティスの背後に、いつの間にか、プロンプトとイグニスの気配が並んでいた。そして次の瞬間、花御との戦線を東堂と虎杖に預けたグラディオラスまでもが、大剣を担いだまま駆けつけた。誰かが呼んだわけでもない。ただ、ノクティスの危機を感じ取った瞬間、四人の意識が同時にこの場所へと向かっていた。
プロンプト「――ノクト、待たせたな!」
イグニス「彼女には、指一本触れさせない」
グラディオラス「向こうは東堂たちが押さえてる。――四人揃えば、怖いものなしだ!」
真人は、四方から自分を囲む四人の姿に、僅かに眉を上げた。
真人「――へえ。示し合わせてもいないのに、こんなに息ぴったり? 面白いなぁ、君たち」
彼が言い終えるより早く、四人は同時に動き出していた。誰が指示したわけでもない。ただ、守るべきものが同じだった。その一点だけで、四つの意志は完璧に重なり合っていた。
グラディオラスの大剣が真人の側面から、プロンプトの銃弾が背後から、イグニスの炎が上空から、そしてノクティスの剣が正面から――四方向からの同時攻撃が、真人へと殺到する。フィールドの空気が、その一瞬だけ、完全に四人の意志に支配されたかのようだった。
真人「――おっと」
真人は無為転変を使い、己の体の一部を変形させて回避しようとする。だが、四人の連携は、彼が予測できる範囲を遥かに超えていた。逃げ場を塞ぐように迫る刃と銃弾と炎に、彼は初めて、明確な回避行動を強いられていた。
真人「――なるほど。これが、絆ってやつか」
軽い口調とは裏腹に、真人の背に一筋、浅い傷が走った。彼は僅かに目を細め、四人を値踏みするように見渡した。
真人「――君たちみたいなの、初めて見たなぁ。もっと遊びたいけど……」
彼の表情には、苛立ちよりも、むしろ純粋な好奇心が滲んでいた。まるで、珍しい玩具を見つけた子供のような目で、真人は四人を眺めていた。
真人「うーん、今日のところは、これくらいにしとこうかな」
彼が呟いた、その瞬間。フィールド全体を覆っていた帳に、大きな亀裂が走った。
五条「――待たせたな!」
亀裂の向こうから、五条悟の声が響き渡る。無下限呪術によって帳を突破した五条と、続くように現れたアーデン、夏油の姿が、フィールドに舞い降りた。
五条「――おや。随分と、可愛い訪問者がいるみたいだね」
五条の視線が、真人へと向けられる。その瞬間、真人の顔から、それまでの余裕が僅かに消えた。
真人「――ちっ、最強がお出ましか。今日は退散するとしよう」
真人はそう言い残すと、瞬時にその場から姿を消した。フィールドを覆っていた紫の靄も、それに呼応するように急速に薄れていく。花御と蝕環、碑淵の気配もまた、潮が引くように後退していった。
夏油「――間に合ったか」
夏油傑が、安堵の息を吐きながら周囲を見渡す。彼の視線が、疲労困憊した生徒たちの姿を確認し、僅かに和らいだ。
夏油「みんな、よく持ちこたえたな」
その言葉に、虎杖をはじめとする生徒たちの間に、ようやく安堵の空気が広がった。
ノクティスは、剣を下ろしながら、荒い息を整えていた。
ノクティス「(――ルナ、無事だったか)」
彼の視線が、救護所の方角へと向けられる。ルナフレーナは、疲労の色を隠せぬまま、それでも確かに、無傷でそこに立っていた。
ルナフレーナ「――ノクト……!」
彼女が小さく声を上げ、こちらへと視線を向ける。ノクティスは、その瞳に浮かぶ安堵の色を見て、ようやく自分の中の緊張も僅かに緩むのを感じた。
ノクティス「――無事で、良かった」
短くそれだけ告げると、ノクティスは剣を完全に霧散させた。全身に残る疲労が、今更のように押し寄せてくる。だが、その疲労以上に、胸の内には安堵と、そして拭いきれない不穏な予感とが、複雑に絡み合っていた。
プロンプトが、隣で肩の力を抜きながら呟いた。
プロンプト「――なんか、今日はいろいろありすぎだろ」
グラディオラス「同感だ。だが、みんな無事で何よりだ」
イグニスもまた、静かに頷きながら周囲を見渡した。
イグニス「――この一件、必ず尾を引く。今日得た警戒心を、忘れてはならないな」
彼の言葉に、他の三人も静かに頷いた。今日の戦いは、単なる交流会の余興では済まされない、何か大きな影の存在を予感させるものだった。
プロンプト「――なんにせよ、みんな無事だったのが一番だよな」
グラディオラス「ああ。それだけは、確かだ」
四人はそれぞれの疲労を押して、フィールドの中央――安堵と興奮に沸く生徒たちの輪の方へと、ゆっくり歩き出した。
真人が去り際に見せた、あの欲望に満ちた視線――それが何を意味するのか、ノクティスにはまだ分からない。だが、胸の奥に、拭いきれない不穏な予感だけが、静かに残り続けていた。