教師たちのヒーローアカデミア ~teachers side~   作:リリット

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初めて小説書きます、拙い所も多いかと思いますが自分以外にも読んで楽しめる人がいればと思い投稿してみます。


第1話

 四月。

 

 柔らかな春の日差しを浴びながら、満開の桜が雄英高校の広大な敷地を彩っていた。

 校門へ続く並木道には淡い桃色の花弁が舞い、風が吹くたびに校舎の白い外壁や整備された芝生の上へ降り積もっていく。その光景だけを切り取ればどこにでもある平和な学校の春景色だ。しかし、その校門に掲げられた校章と巨大な校舎群は、この場所が決して普通の学校ではないことを物語っていた。

 

 国立雄英高等学校。

 

 数多くのプロヒーローを輩出し続ける日本最高峰のヒーロー育成機関であり、ヒーローを志す若者達にとっては憧れの舞台。その名は全国に知れ渡っており、毎年熾烈な競争を勝ち抜いた生徒達だけが入学を許される。

 

 今年もまた新たな一年生達が門をくぐった。

 希望に胸を膨らませる者。

 自らの実力を証明しようと意気込む者。

 不安と緊張で押し潰されそうになっている者。

 それぞれ異なる思いを抱えながらも、彼らは同じスタートラインへ立っている。

 入学式からまだ一週間余り。新しいクラスにも少しずつ慣れ始めた一方で、互いの個性や性格が見え始める時期でもあった。

 

 そんな昼下がりの雄英高校。窓の外で桜の花弁が春風に舞う中、職員室には束の間の静けさが訪れていた。遠くのグラウンドからは訓練中の生徒達の掛け声が聞こえ、時折何かが爆ぜるような音が響いてくる。一般の学校なら大騒ぎになりそうな音も、この学校では誰も気に留めない日常の一部だった。

 

 そんな喧騒を背景に、緑谷出久は目の前の書類から顔を上げることもできずにいた。

 理由は単純である。

 向かい側に座る相澤消太から、教師としての在り方について延々と説教を受けていたからだ。

 

「この現代でウチに入ってこれるような奴は将来ヒーロー確約されているようなもんだからな。増長しないように俺達が厳しくしないといけないんだ、わかるな?」

「先生けっこう優しかったけどな・・・」

「ああ?」

「ナンデモナイデス・・・」

 

 ぶちぶちと説教を垂れる相澤に思わず口答えして更に詰められる緑谷。今は先輩後輩という関係性であれど、元教師と生徒という関係性ゆえ緑谷は相澤に頭が上がらない。

 

 「お前は生徒の気持ちを考え過ぎる。もちろんそれ自体は悪いことじゃない。だが教師は生徒の友達じゃないんだ。時には嫌われても止めなきゃならないし、納得されなくても叱らなきゃならない」

 

「まぁまぁ、デクも頑張ってるじゃん。俺達が一年の頃なんてもっと酷かったぜ?」

 

 その様子を見ていたプレゼント・マイクこと山田ひざしが、面白そうに笑いながら横から口を挟んだ。

 

「お前の意見は参考にならん」

 

「ひどくね?」

 

 取り付く島もない相澤。そんな光景も雄英ヒーロー科職員室の日常になりつつある・・・

 

 その時だった。

 

 職員室の外から響いた甲高い悲鳴に、緑谷は反射的に顔を上げた。悲鳴は一度では終わらず、続けざまに何人もの叫び声や慌ただしい足音が廊下の向こうから聞こえてくる。その切迫した様子に、雑談交じりだった職員室の空気は一瞬で引き締まり、三人はほぼ同時に席を立った。

 雄英高校で悲鳴が聞こえるというのは、それだけで十分な緊急事態である。個性の暴発か、訓練中の事故か、それとも校外からの侵入者か。緑谷の脳裏にいくつもの可能性がよぎる中、職員室の扉を開けた先には、ちょうどこちらへ向かって全力で駆け戻ってくる二人の生徒の姿があった。

 

 照元と出水である。

 

 どちらもA組とB組の学級委員だが、特に照元は普段どんな状況でも余裕を崩さないタイプだった。その照元がわずかに顔を引きつらせているのを見て、ただ事ではないと緑谷は感じる。

 

「先生!」

 

 出水が息を切らしながら駆け寄ってくる。

 

「大変です!」

 

「何があった」

 

 相澤が短く尋ねると、二人は一瞬顔を見合わせ、それから出水が真面目な顔で答えた。

 

「ゴキブリです」

 

 予想外の返答に緑谷は思わず瞬きを繰り返した。 確かに雄英は全寮制であり、広大な敷地を抱える学校だ。虫の一匹や二匹出てもおかしくはない。しかし先程の悲鳴や騒ぎと結びつかない。そんな緑谷の横で、山田が堪えきれないというように吹き出した。

 

「なんだよ、そんなことで大騒ぎしてたのか! 最近の高校生は虫耐性無さすぎだろ!」

 

「いや、本当に凄いんですって!」

 

「凄いって言われてもゴキブリはゴキブリだろ?」

 

「お前虫ダメだろうが」

 

「いやいや、それは昔の話だぜ相澤。俺ももう来年には40の良い年したオッサンよ、虫なんて克服してんのさ」

 

 笑いながら山田は二人の横を通り過ぎ、そのまま廊下の角へ向かっていく。出水が何か言おうとしていたが、その前に山田は軽い足取りで曲がり角の向こうを覗き込んだ。

 次の瞬間、彼の姿が消えた。

 いや、正確には倒れた。

 視界の外から鈍い音が聞こえ、慌てて駆け寄った緑谷と相澤は、床に大の字になって転がる山田を発見することになる。

 

「山田先生!?」

 

 緑谷は思わず声を上げた。相澤もさすがに眉をひそめている。プロヒーローとして第一線で戦い続けてきた男が、敵襲でもなく訓練事故でもなく、廊下で気絶しているという光景はなかなか衝撃的だった。

 だが、その原因を目にした瞬間、緑谷も言葉を失った。

 

 廊下が黒かった。

 そう見えたのだ。

 

 床も壁も窓枠も、視界に入るありとあらゆる場所が黒い何かで覆われている。そして目を凝らした瞬間、それらが無数の脚と触角を持って蠢いていることに気付く。ざわざわと耳障りな羽音が響き、黒い波のようにうねるそれらは廊下一帯を埋め尽くしていた。

 

 数十ではない。

 数百でもない。

 おそらく数千匹規模のゴキブリが、まるで洪水のように校舎の一角を占拠していたのである。さすがの緑谷も数秒間思考が停止した。隣に立つ相澤も珍しく絶句している。その様子を見た照元が、どこか諦めたような表情で肩をすくめた。

 

「だから言ったんですよ」

 

「……何があった」

 

 相澤が額を押さえながら尋ねる。

 

「多分、八雲の個性が暴走したんじゃないかと」

 

 「あいつか・・・!!!」

 

 確かにこの惨状はそれしか考えられない。本人を視れば――いや、そうなれば制御不能に陥ったゴキブリの大群が四散する事になる。相澤は廊下を埋め尽くすゴキブリの大群を一瞥すると、頭痛を堪えるように額へ手を当てながら大きく息を吐いた。状況そのものは前代未聞だが、対処法が全く無いわけではない。問題は規模であり、このまま放置すれば校舎中へ拡散する恐れがある以上、一刻も早く専門の人員を呼ぶ必要があった。

 

「十三号を探してくる」

 

 短くそう告げる。ブラックホールの個性を持つ十三号なら、この状況を収束させられる可能性が高い。少なくとも教師達だけで右往左往しているよりは遥かに建設的な判断だった。

 

「緑谷、お前は周辺の生徒を避難させろ。この騒ぎを見に来る連中もいるだろうし、無駄に人が集まると余計面倒になる」

 

「分かりました」

 

「照元と出水もグラウンドに避難だ。ついでにそこのアホも引きずっていけ」

 

「了解です」

 

 次々と指示を飛ばした相澤は、そのまま職員室へ向かって駆け出していく。緑谷もまた近くの教室へ声を掛けようと歩き出しかけた、その時だった。

 

「逃げろぉぉぉぉぉ!!」

 

 校舎のどこかから響いた絶叫に、思わず全員が顔を上げる。ただの悲鳴ではない。何かに追い立てられ、理性を失いかけた人間が絞り出したような切迫した叫びだった。

 そして、その声を耳にした瞬間だった。緑谷の視界がぐらりと揺れた。いや、実際に揺れたわけではない。 頭の中へ何かが流れ込んできたのだ。

 

 黒い影。

 

 無数の脚。

 

 耳障りな羽音。

 

 床を埋め尽くし、壁を這い回り、天井から降り注ぐ夥しい数のゴキブリ。

 

 その中心に立たされたような圧迫感と、生理的嫌悪感を掻き立てる生々しい映像が、一瞬にして脳裏を埋め尽くす。

 

「っ!?」

 

 緑谷は思わず足を止めた。まるで誰かの記憶を無理やり見せられたような感覚だった。現実に見たわけではない。目の前の光景でもない。それなのに妙な現実味があり、触角の動きや羽音の一つひとつまで鮮明に想像できてしまう。隣にいた照元も僅かに眉を顰め、出水も思わず耳を押さえている。誰も口には出さないが、全員が同じものを見たのだと緑谷には分かった。

 

 そして、一拍遅れて校舎中から悲鳴が上がり始めた。

 

「きゃあああああああっ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

「何だよこれ!?」

 

「来るな! 来るなぁ!!」

 

 遠くの教室。

 

 反対側の廊下。

 

 階上。

 

 階下。

 

 あらゆる方向から悲鳴と怒号が響き始める。おそらく彼らもまた見たのだろう。、あの夥しいゴキブリの群れを。

 事情を知らない生徒達が教室から飛び出し、その様子を見た別の生徒達がさらに混乱する。誰かが走れば周囲も走り、誰かが叫べばそれを聞いた者もまた取り乱す。混乱は瞬く間に校舎全体へ広がり、つい数十秒前まで平穏だった昼下がりの雄英高校は、まるで敵襲を受けたかのような大騒ぎへと変貌していた。

 校舎中に響き渡る悲鳴と怒号は収まる気配を見せず、生徒達の混乱は時間が経つごとに広がっていった。事情を知らない生徒が教室から飛び出し、その様子を見た別の生徒がさらに慌てる。誰かが走れば周囲も走り出し、誰かが叫べばその恐怖は瞬く間に伝播していく。

 

 このままではゴキブリそのものよりも、生徒達の混乱による二次被害の方が深刻になるかもしれない。そう緑谷が考えた矢先だった。

 

「失礼します!!」

 

 聞き慣れた女性の声が背後から響く。 振り返ると、廊下の向こうから小走りで駆けてくる女性教師の姿があった。

 

 不動とまる。

 

 今年からヒーロー科一年B組の担任を務める教師であり、問題児揃いのクラスに日々振り回されている人物でもある。

 俊敏な身のこなしで駆けてくると、そのまま廊下の奥へ視線を向けた。

 

 次の瞬間。

 廊下を埋め尽くしていたゴキブリ達の動きがぴたりと止まる。

 

 壁を這っていた個体も。

 

 羽ばたいていた個体も。

 

 床を走り回っていた個体も。

 

 まるで時間そのものを止められたかのように、その場で完全に静止した。異様な光景だった。

 先程まで耳障りな羽音とざわめきで満たされていた空間が、一瞬にして静寂に包まれる。

 

 不動の個性。

 視界に収めた対象の動きを停止させる能力。

 派手さこそないが、こうした事態では驚異的な制圧力を発揮する。

 

「長くは持たないんで、誰か早くどうにかして下さいー」

 

 怯えた声とは裏腹に、不動の視線は微動だにしない。

 そして、その言葉に応えるようなタイミングで廊下の向こうから白い宇宙服姿が現れた。

 

「お待たせしました」

 

 十三号だった。連絡を受けて駆け付けたのだろう。状況を一目見ただけで全てを察したらしく、特に質問をすることもなく前へ出る。

 

「では失礼します」

 

 そう言って指先を前へ向けた瞬間、空間そのものが歪み始める。

 『ブラックホール』。強大な吸引力を生み出す十三号の個性が発動した。

 動きを封じられたゴキブリ達は抵抗することもできず次々と吸い込まれていき、黒い奔流となって掌へ収束していく。床を埋め尽くしていた群れも、壁や天井に張り付いていた個体も、一匹残らず吸引され、内部で細かく分解されて塵へと変換されていった。

 

 数分後。

 

 先程まで黒く染まっていた廊下は、何事もなかったかのように元の姿を取り戻していた。問題は収束した。 少なくとも物理的には。

 しかし校舎全体を覆った混乱はまだ続いている。 緑谷はすぐに近くの通信設備へ向かうと、校内放送用のマイクを手に取った。

 

 深呼吸を一つ。教師として、生徒達を安心させるのが今の自分の役目だ。

 

『こちら職員室です。校内で発生していた騒動は既に収束しています。生徒の皆さんは落ち着いて行動してください。繰り返します――』

 

 努めて冷静な声で放送を続ける。教師が慌てれば生徒も慌てる。だからこそ声だけは落ち着いていなければならない。緑谷の放送は混乱する校舎へ少しずつ浸透していき、悲鳴と怒号に包まれていた雄英高校も徐々に平静を取り戻し始めていた。

 

 

職員室。

 

 

 事態の収束からしばらく後。

 

 ようやく校舎内が平静を取り戻した頃には、教師達の間で既に責任者会議と事情聴取の準備が始まっていた。

 

 もっとも、今回の場合は犯人探しなどするまでもない。

 

 廊下をゴキブリで埋め尽くした張本人も、その騒動を引き起こした当事者達も既に判明している。

 

 職員室の一角では、三人の一年生が綺麗に並んで正座させられていた。

 

 八雲うらら。

 

 蜂原甘音。

 

 音無颯。

 

 仁王立ちする相澤を前にして、三人ともさすがに神妙な顔をしているが、その温度差はかなり大きい。

 

 八雲は膝の上で握った手を震わせながら俯き、今にも泣き出しそうな顔をしているし、蜂原も気まずそうに頬を掻いてはいるも。音無は比較的落ち着いていたが、それでも自分が発端の一端を担っている自覚はあるらしく、普段よりも更に口数が少なかった。

 

 そんな三人を見下ろしながら、相澤は深々とため息を吐く。今日だけで何度目になるか分からない。緑谷も隣で事情聴取に立ち会っていたが、既に報告書を書く未来を想像して胃が痛くなっていた。校内にゴキブリが大量発生したためヒーロー教師複数名が出動――というだけでも十分異常だというのに、その原因を文章にしなければならないのである。

 

「さて」

 

 相澤が低い声で切り出す。

 

「とりあえず最初から聞こう。何でこんなことになった」

 

 職員室が静まり返る。三人は顔を見合わせたが、真っ先に口を開いたのは音無だった。

 

「あ・・・(最初は、八雲さんの相談でした)」

 

 音無が口を開くと、脳内に直接言いたい言葉が伝わってくる。相澤が続きを促すように顎をしゃくる。

 

「えと・・・(八雲さんの個性って虫を使うじゃないですか。でも学校に連れてくる時の管理が難しくて……特にゴキブリは逃げやすいし、普通のケースだと中で死んじゃうこともあるらしくて)」

 

 音無はちらりと八雲へ視線を向ける。八雲は小さく頷いた。個性を活かそうとするなら使役する虫の管理は避けて通れない問題であり、実際かなり悩んでいたらしい。

 

「うん・・・(それで、兄にいるので相談してみたんです。何か良い方法がないかなと思って)」

 

「音無飄か」

 

「はい」

 

 音無飄は優秀なサポート科3年生であり、性格に難はあるがかなりの有名人だ。ヒーロー科の教師達も名前くらいは知っている。

 

「話をしたら興味を持ってくれて、専用の運搬ケースを試作してくれることになりました」

 

 そこまでは極めて真面目な話だった。 むしろ個性の運用改善としては褒められても良いくらいである。緑谷もその辺りまでは感心しながら聞いていた。問題はここからだった。

 

「完成したケースを受け取りに行った時、蜂原さんも一緒に来てたんです」

 

 音無がそう言った瞬間、相澤がゆっくりと蜂原へ視線を向ける。蜂原は露骨に目を逸らした。

 

「何でお前がいた」

 

「いや、そのですね」

 

 蜂原が頭を掻く。

 

「ケース作る時に参考資料が欲しいって言われまして」

 

「参考資料?」

 

「私、身体の中で蜂を飼ってるじゃないですか」

 

 蜂原の個性は、体内で共生する蜂群を操る能力である。生物を安全に保持しながら共存する身体構造という意味では、確かに八雲のケース開発にも参考になる。

 

「それで兄さんが、実際に虫と共生してる人間の話を聞きたいって」

 

「なるほど」

 

 そこまでは分かる。むしろ理にかなっている。教師達も頷いた。ここまでは誰も悪くない。本当に悪くない。

 

「はい(それでケースが完成して)」

 

 音無が続ける。

 

「廊下で受け取ったんです」

 

「うん」

 

「そしたら蜂原さんが」

 

 再び全員の視線が集まる。 蜂原が肩を縮めた。

 

「いやだって気になるじゃないですか」

 

「何がだ」

 

「音無先輩の作った新型ですよ?」

 

 悪びれもなく言う。

 

「実際どんな感じか見てみたいじゃないですか」

 

 相澤が目を閉じた。緑谷も薄々結末を察し始めている。

 

「それで開けたのか」

 

「ちょっとだけ」

 

「開けたんだな」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

「あ(そしたら思ったより性能が良すぎまして)」

 

「性能?」

 

「ええ・・・(中の虫が飛び出しやすいように出口が工夫されてたんですよ)」

 

 音無が遠い目をする。

 

「わぁ・・(開けた瞬間に、ケースの中にいたゴキブリが廊下中へ散開しました)」

 

 職員室が静まり返った。八雲は既に顔を覆っている。思い出したくもないらしい。

 

「その瞬間、近くを歩いていた普通科の生徒が目撃して悲鳴を上げて」

 

 蜂原が説明を続ける。

 

「その悲鳴を聞いて八雲さんもびっくりして」

 

「うぅ……」

 

「個性の制御が吹き飛びました」

 

 そこから先は教師達も知っている通りだった。

 

 呼び寄せられるゴキブリ。

 さらに増える悲鳴。

 さらに暴走する個性。

 

 「ん・・・(で、僕はどうにかして生徒たちを避難させないとと思って叫んだんですけど・・・)」

 

 音無颯。個性『超圧縮言語』。一言の言葉に、余す所無くイメージを乗せられる。

 その言葉を持って校舎一体に地獄絵図のイメージが拡散された。

   

 そして最終的には校舎の一角どころか全校を巻き込む大騒動へ発展したのである。

 

 全てを聞き終えた相澤はしばらく沈黙したまま三人を見下ろしていたが、やがてゆっくりと額を押さえた。三人を見下ろしたまま腕を組み、まるで今聞いた内容を頭の中で整理しているかのように目を閉じている。

 八雲は俯いたまま肩を縮こまらせ、蜂原も流石に気まずくなったのか落ち着きなく視線を泳がせていた。音無だけは比較的冷静だったが、それでも額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 やがて相澤はゆっくりと目を開いた。

 

「まず八雲」

 

「は、はいっ!」

 

 名前を呼ばれただけで肩が跳ねる。

 

「お前の個性は便利だが危険だ。今回みたいに制御を失えば周囲へ与える影響も大きい。苦手なものがあるのは仕方ないが、だからこそ自分がどんな状況で制御を失いやすいか把握しておけ」

 

「……はい」

 

「ヒーローは自分の個性の危険性を理解していることが前提だ。使い方だけじゃない。暴走した時に何が起きるかも含めてな」

 

 八雲は小さく頷いた。

 

 叱られているというより、諭されているという方が近い。

 

 それがかえって申し訳なかったのか、耳まで赤くなっている。

 

 相澤は続いて音無へ視線を向けた。

 

「音無」

 

「はい」

 

「お前も同じだ。善意でやったのは分かるし、実際サポートアイテムを作ろうとした判断自体は間違ってない」

 

 音無が少しだけ顔を上げる。

 

「だが、自分の個性も他人の個性も危険性を軽く見るな。特にお前の場合は自覚が薄い。結果として何が起きるか、もう一歩先まで考えろ」

 

「……はい」

 

 音無は素直に頭を下げた。今回の件で最も反省しているのは案外彼かもしれない、と緑谷は思う。

 相澤は最後に蜂原へ顔を向けた。

 

「蜂原」

 

「はい」

 

「お前はサポートアイテムを軽率に扱うな」

 

「うっ」

 

 即座に痛い所を突かれた。

 

「新しい物を試したくなる気持ちは分かる。だがサポートアイテムは玩具じゃない。開発段階の物なら尚更だ。安全確認もせず勝手に開けるな」

 

「はい……」

 

「ヒーローが使う装備は人命に関わる。興味本位で触っていい物じゃない」

 

 蜂原も今度ばかりは言い返せず、しゅんと肩を落とした。そこまで言ってから相澤は大きくため息を吐く。

 

「あと音無」

 

「はい?」

 

「お前の兄にも後で話を聞く」

 

 音無がぎくりと肩を震わせた。

 

「正直、あいつならこの事態を予想した上で面白がって渡していても驚かん」

 

「はい(……否定しきれません)」

 

「だろうな」

 

 即答だった。緑谷も隣で思わず苦笑する。どうやら教師陣の中での評価も似たようなものらしい。

 

 しばらくして。三人はちらちらと顔を見合わせ始めた。何か言いたげである。

 その様子に気付いた相澤が眉をひそめた。

 

「何だ」

 

 代表するように八雲がおずおずと手を挙げる。

 

「あの……」

 

「何だ」

 

「私たち……その……」

 

 言い淀みながら視線を泳がせる。そして恐る恐る尋ねた。

 

「除籍、とかですか……?」

 

 職員室が静まり返った。緑谷は思わず目を瞬かせる。なるほど。三人ともずっとそれを心配していたのか。雄英には相澤の除籍伝説が半ば都市伝説のように語られている。入学したばかりの一年生なら怯えていても不思議ではない。

 相澤は数秒ほど無言だった。やがて呆れたように息を吐く。

 

「あるわけないだろ」

 

 三人が同時に顔を上げた。

 

「今回の件は馬鹿な失敗ではあるが、故意でも悪意でもない。反省すべき点は山ほどあるが、それとこれとは別問題だ」

 

 その言葉に八雲の肩から目に見えて力が抜ける。蜂原も胸を撫で下ろし、音無も小さく安堵の息を漏らした。

 もっとも。

 

「反省文は提出しろ」

 

 三人の表情が固まる。

 

「各自原稿用紙十枚」

 

「えっ」

 

「内容は今回の件についてだ。原因、反省点、再発防止策。明後日までに提出」

 

「じゅ、十枚……」

 

「少ないと思うなら増やしてもいいぞ」

 

「いえ結構です!」

 

 蜂原が即答した。相澤は手をひらひらと振る。

 

「終わりだ。さっさと行け」

 

「失礼しました!」

 

 三人はほとんど逃げるような勢いで立ち上がると、職員室からそそくさと退散していった。扉が閉まる。静寂が戻る。その背中を見送りながら、緑谷は苦笑した。

 

「元気ですね」

 

「元気すぎる」

 

 相澤はそう言って再び深いため息を吐いた。

 三人の生徒が職員室を後にすると、先程までの騒がしさが嘘のように静けさが戻った。もっとも、それはあくまで表面上の話であり、教師達の疲労や頭痛の種まで一緒に消えてくれるわけではない。八雲が残していった反省文、蜂原への指導、音無の兄への事情確認、さらには今回の騒動についての報告書作成まで考え始めると、緑谷は思わず苦笑を浮かべた。

 そんな中、不動は申し訳なさそうに肩を竦めながら頭を下げた。

 

「本当にすみません。うちの生徒達が……」

 

 担任として責任を感じているのだろう。しかし相澤は即座に首を横へ振った。

 

「気にするな。不動先生はよくやっています。現場の初動も悪くなかったし、被害の拡大も最小限に抑えられました。」

 

 その言葉に不動は僅かに表情を緩めたが、、その場でがっくりと肩を落とした。

 

「やっぱり私、教師に向いてないんだぁ……」

 

 今にも机へ突っ伏しそうな勢いである。先程までは生徒達の前で気丈に振る舞っていたが、どうやら完全に気が抜けてしまったらしい。今回の件は相澤も言った通り不動の責任ではない。しかし担任という立場上、生徒が問題を起こせば自分の指導不足だったのではないかと考えてしまうのだろう。

 

 緑谷は慌てて立ち上がった。

 

「そんなことないですよ!」

 

 思いのほか大きな声が出てしまい、職員室の何人かがこちらを見る。しかし緑谷は気にせず言葉を続けた。

 

「さっきだって、不動先生の個性がなかったら被害はもっと大きくなっていました! あの場で即座に状況を判断してゴキブリの動きを止めたの、本当に凄かったです!」

 

 思い返しても見事な対応だった。あの瞬間、廊下を埋め尽くしていたゴキブリの大群はまだ広がり続けていた。もし不動が駆け付けていなければ、十三号が到着するまでに被害はさらに拡大していただろう。

 

「えぇ……でもなぁ……」

 

 不動はまだ浮上しきれないらしい。

 

「生徒達は可愛いんだけど、毎日何かしら事件起こすし……」

 

「それは雄英だからです!」

 

「慰めになってる?」

 

「なってないかもしれません!」

 

 思わず本音が漏れた。すると近くで話を聞いていた相澤が小さく鼻を鳴らした。

 

「気にする必要はない」

 

 相変わらず無愛想な口調だったが、その声音には僅かな苦笑が混じっていた。

 

「大丈夫ですよ不動先生、緑谷にもなんとか務まってるくらいですから」

 

 職員室が一瞬静まり返った。

 そして。

 

「えっ」

 

 緑谷が固まる。

 

「えっ、僕なんとか務まってますか!?」

 

 思わず身を乗り出した。目が輝いている。予想外の反応だった。相澤が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「そこ食いつくのか」

 

「だって相澤先生が褒めてくれるなんて滅多にないじゃないですか!」

 

「褒めてない」

 

「でも『なんとか務まってる』って!」

 

「最低限だ」

 

「最低限でも務まってる判定なんですよね!?」

 

 緑谷はすっかり上機嫌になっていた。教師になってから何年も経つというのに、恩師からの評価には未だに弱いらしい。その様子を見ていた不動はぽかんとしていたが、やがて吹き出した。

 

「あはは……」

 

 思わず笑いが漏れる。先程まで沈んでいた表情が少しだけ和らいでいた。相澤はそんな二人を見て再びため息を吐く。まったく、教師になっても中身はそう変わらない。問題児だった生徒達が教師になり、今度は自分達が問題児を相手に頭を抱えている。

 その光景が少しだけ可笑しくて、職員室には先程までの重苦しい空気に代わり、穏やかな笑い声が広がっていた。

 

 

 ヒーロー社会はこの八年間で大きく姿を変えている。かつては子供達の憧れの象徴であり、多くの者が漠然と夢見る職業だったヒーローという存在は、社会の変化と共により現実的な職業として認識されるようになった。責任の重さも危険性も広く知られ、誰もが気軽に目指す職業ではなくなったのである。

 

 その結果として起きた変化は、皮肉にもヒーロー養成校へ集まる生徒達の質を大きく変えることになった。

 

 今なおヒーローを志す者達はいる。しかしその多くは、自らの個性に強い自信を持つ者達であり、自分の能力を社会のために活かしたいと本気で考えている者達だった。言い換えれば、雄英高校へ入学してくる生徒達は年々「強個性」の割合が高くなっていたのである。

 それ自体は決して悪いことではない。強力な個性は人々を救う大きな力となり得るし、実際に優れたヒーローの多くは突出した能力を持っている。しかし問題は、その力を扱う生徒達がまだ十代半ばの未熟な少年少女であるという事実だった。巨大な破壊力を持つ個性。広範囲へ影響を及ぼす個性。精神へ干渉する個性。生態系すら変えかねない個性。かつてなら一人のプロヒーローが持っていても驚かれたような能力を、今の生徒達は当たり前のように扱っている。そして彼らの多くは、自らの力の危険性をまだ完全には理解できていない。

 

 今日の騒動もその典型だった。誰一人として悪意は無い。八雲は個性の運用を改善しようとしていただけだったし、音無は友人を助けようとしていただけだった。蜂原もまた好奇心が暴走しただけであり、誰かを傷付けようなどとは微塵も考えていなかった。それでも結果として校舎全体を巻き込む大混乱が発生し、教師総出での対応を余儀なくされたのである。強い力は人を救う。しかし同時に、その力はほんの小さな失敗や油断によって容易く周囲を巻き込む災害へと変貌する。

 だからこそ現在のヒーロー教育は、単に個性を伸ばすだけでは成立しなくなっていた。能力の使い方を教えるだけでなく、能力を制御する方法を教えなければならない。力を解放する訓練だけでなく、力を抑える訓練もしなければならない。そして何より、自分の個性が周囲へどのような影響を与えるのかを理解させなければならない。

 

 かつて雄英高校が向き合っていたのは「ヒーローの卵」だった。しかし今、教師達が向き合っているのは、それぞれが将来有望であると同時に、ほんの少し間違えれば社会へ深刻な被害を与えかねない危険な力を抱えた少年少女達である。

 

 これはそんな時代の雄英高校の物語だ。

 

 未来のヒーロー達を育てるため、その力を伸ばしながらも暴走から守り、失敗を叱り、時には尻拭いをしながら成長を見守る教師達の物語。そして、未熟な強者達が数え切れない失敗を重ねながら、一人前のヒーローへと成長していく物語である。

 




小説ってこんな感じで良いんだろうか・・・(何もわからないマン)
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