教師たちのヒーローアカデミア ~teachers side~ 作:リリット
項垂れながら廊下を歩く八雲、蜂原、音無の三人の足取りは重かった。除籍こそ免れたものの、相澤から受けた説教はなかなかに堪えたのである。特に八雲は終始縮こまりっぱなしで、今にも「ごめんなさい」と言い出しそうな顔をしていた教室の前に辿り着くと、蜂原がおそるおそる扉を開く。
その瞬間だった。
「お、帰ってきた」
「生きてたか」
「相澤先生に食われなかった?」
教室中から一斉に声が飛んできた。三人は思わず足を止める。非難の言葉が飛んでくるものだと思っていたのかもしれない。しかし向けられたのは呆れと心配が入り混じった、いつも通りの視線だった。
「お帰り、三人とも。相澤先生にこってり絞られたかしら?」
くつくつと喉を鳴らして笑う骸道の胸元では、胸郭を突き破るように伸びた肋骨が揺れ、そのたびにカラコロと乾いた音を立てている。
八雲は少しだけ目を伏せた。
「……今回は、本当に私が悪かった」
普段なら言い訳の一つも出そうな蜂原ですら何も言わない。音無も視線を逸らしたまま黙っている。三人とも、自分達の軽率さがどれだけの騒動を招いたかは十分理解していた。そんな空気を破ったのは泥面だった。どろりと揺れる巨体が立ち上がる。
二メートルを優に超える体格は威圧感こそあるものの、その声色は驚くほど柔らかかった。
「大丈夫」
泥のような顔の奥からくぐもった声が響く。
「三人が真面目にヒーローを目指していることくらい、みんな知ってる」
巨大な手が八雲の肩を軽く叩いた。それだけで、張り詰めていたものが少し緩む。
「失敗はしたけどさ」
誰かが言う。
「別にヴィランになったわけじゃねぇし」
「むしろ雄英じゃいつものことだろ」
「確かに」
あちこちから笑い声が上がった。入学してまだ一ヶ月も経っていないというのに、このクラスには既に数え切れないほどの事故と騒動の歴史が積み上がっている。今さらゴキブリ事件が一つ増えたところで、驚きはしても仲間外れにする理由にはならない。空気が和らいだのを見計らったように、毒島が席へ腰を下ろしながら口を開いた。
「それより、次の合同戦闘訓練の話をしよう」
切り替えが早い。
「俺の毒と照元の影を組み合わせれば――」
「こーら」
すかさず声が飛ぶ。教室の中央で腕を組んでいた照元だった。
「個性の不正使用で怒られたばっかりだろ」
わざとらしく眉を吊り上げてみせる。 周囲から笑いが起きた。
「いや、訓練の話だぞ」
「それでもまずは先生のいる所で相談しろって」
そう言いながらも、照元自身は怒っていない。むしろ弟妹達を見守る兄のような口調だった。やがて彼は少しだけ真面目な表情になる。
「別に説教するつもりはないけどさ」
教室の空気が僅かに引き締まる。
「個性の扱いはちゃんと考えないとな。特に俺達みたいな連中は」
その言葉には重みがあった。このクラスにいる生徒達は皆、強力な個性を持っている。一歩間違えれば大事故になりかねない力ばかりだ。だからこそ、誰も軽く受け流さない。
「……そうだな」
音無が静かに頷く。七瀬も、泥面も、骸道も、それぞれ神妙な表情で言葉を受け止めていた。騒がしく見える彼らだが、その危うさを理解していないわけではない。教室の外からその様子を眺めていた不動とまるは、そっと胸を撫で下ろした。説教を受けた三人が必要以上に落ち込んでいないか少し心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。
問題ばかり起こすクラスだ。
手もかかる。
胃も痛くなる。
それでも。
仲間が失敗した時に責めるのではなく、支えながら前へ進もうとする姿は、間違いなくヒーローの卵そのものだった。
(うん……)
自然と頬が緩む。
(この子たちなら、大丈夫そうだね)
そう呟くと、とまるは誰にも気付かれないよう静かに踵を返した。
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翌日の放課後、昨日の大騒動によって一時は校内中を恐怖と混乱に陥れた廊下には、今なおその爪痕が色濃く残されていた。十三号の個性とサポート科の協力によって大部分は復旧しているものの、床や壁には清掃の跡が残り、一部には修繕待ちの箇所も見受けられる。その一角には「立入禁止」のテープが張られ、掃除用具や回収用コンテナが並べられていた。
そんな現場の前に立たされた八雲うらら、蜂原甘音、音無颯の三人へ向けて、相澤は腕を組みながら淡々と告げた。
「そういうわけで、この廊下を元通りになるまで掃除しておけ。昨日の件の責任を取るという意味もあるし、ヒーロー活動で発生した被害を復旧するのも大事な仕事の一つだ。個性は使うなよ」
決して怒鳴るわけでもなく、しかし有無を言わせぬ口調だった。
「「「はい……」」」
三人の返事は揃っていたが、その声音にはそれぞれ違う感情が滲んでいた。八雲は申し訳なさと後ろめたさから肩を縮こまらせ、蜂原は流石に反省しているらしく珍しく大人しくしており、音無は静かに頷きながらも自分の責任を噛み締めているようだった。
もっとも、三人が掃除を始めようとしたその時だった。
「いやいや、流石に三人だけでやらせるのは無理っしょ」
背後から聞こえてきた聞き慣れた声に振り返ると、そこにはモップや雑巾、バケツを抱えたB組の面々がぞろぞろと集まってきていた。まるで最初からそうするつもりだったかのように自然な足取りで、それぞれが掃除道具を手にしている。その先頭を歩いていた照元は、きょとんとした表情を浮かべる三人を見て不思議そうに首を傾げた。
「何その顔」
「え……いや……」
八雲は目を丸くしたまま言葉を失う。教室で待っているものだと思っていたクラスメイト達が、何故か全員ここにいるのだから当然だった。照元はそんな八雲へ向けて、いつも通りの屈託のない笑顔を浮かべた。
「三人だけにやらせるわけないじゃん」
あまりにも当たり前のような口調だった。
「だって俺達仲間だろ?昨日だってみんな同じクラスとして巻き込まれてたわけだし、こういう時くらい一緒にやらないと逆に気持ち悪いじゃん」
照元らしい理屈だった。そしてその言葉に周囲の生徒達も当然のように頷いている。
「ていうか普通に面白そうだったしねぇ」
骸道が笑いながら言う。
「お前は少し黙ってろ」
織戸が即座に突っ込む。
「昨日も避難中ずっと笑ってただろ」
「いやぁ、あんな数のゴキブリ初めて見たからさ」
「俺は二度と見たくない」
そんなやり取りに周囲から笑い声が漏れる。
誰一人として嫌そうな顔をしていない。
誰一人として八雲達を責めようともしていない。
その事実が、八雲には何よりも信じられなかった。胸の奥がじわりと熱くなる。昨日からずっと抱え込んでいた罪悪感が少しだけ緩んだ気がした。
「み、みんな……」
思わず声が震える。
「ごめんなさい……私のせいで……」
気付けば自然と頭が下がっていた。
「本当に迷惑かけて……その……」
それ以上言葉が続かない。そんな八雲の肩を照元がぽんと軽く叩いた。
「だから気にしすぎだって」
その声音には責める色など欠片もなかった。
「失敗なんて誰でもするしさ。俺らだって今まで散々やらかしてるだろ?」
その言葉に周囲から「あー」という納得の声が上がる。
「そういや骸道、入学して一週間で窓ガラス割ってたな」
「三枚な」
「訂正するな」
「織戸は訓練場の床を半分崩してた」
「お前その話好きだな」
「事実だし」
「蜂原も蜂逃がしてたよな」
「やめろその話!」
次々と飛び出してくる失敗談に笑いが広がっていく。 それは責任を軽く見ているわけではない。ただ、失敗した仲間を一人で抱え込ませるつもりがないだけだった。
一方で音無はそんなクラスメイト達を静かに見回した後、小さく頭を下げた。
「ありがとう」
短い言葉だった。しかし普段あまり感情を表に出さない彼だからこそ、その一言には大きな重みがあった。照元は照れ臭そうに笑う。
「いいって。そういうのは今度誰かがやらかした時に返してくれれば」
「……たぶん返す機会はすぐ来ると思う」
「否定できねぇな」
再び笑いが起こる。そしてそんな和やかな空気の中、蜂原が八雲の隣へ歩み寄った。
「ほらほら、うららちゃんも元気出して!」
明るく笑いながら背中を叩く。
「みんな全然怒ってないしさ!一緒に頑張って掃除しよう!」
まるで自分は完全に励ます側であるかのような態度だった。
その瞬間だった。
「いや、お前が言うな」
織戸が即座に突っ込む。
「そもそもの発端お前だろ」
「ケース開けたの蜂原じゃん」
「むしろ主犯格」
「一番最初のスイッチ押した人」
次々と飛んでくる追撃。
蜂原の笑顔が固まった。
「え?」
「え?じゃない」
「待って待って待って!」
蜂原が慌てて手を振る。
「確かに開けたけど!開けたけどさぁ!」
「認めたな」
「認めたな」
「認めたな」
「なんでみんな同時に言うの!?」
悲鳴を上げる蜂原を見て、今度こそB組全員から大きな笑い声が上がった。その輪の中で、八雲も思わず吹き出しそうになりながら口元を押さえる。昨日まで押し潰されそうだった罪悪感はまだ消えていない。けれど、それでも。こんな風に自分を受け入れてくれる仲間達がいるのだと思うと、不思議と前を向ける気がした。
騒がしくて、まとまりがなくて、問題ばかり起こして、それでも誰かが落ち込めば自然と手を差し伸べる。そんなB組の空気の中で、八雲はほんの少しだけ微笑んだ。
「お前ら、参加するなら口より手を動かせ」
「「「はーい」」」
相澤先生の一言で、空気が締まる。
それでも、さっきまでより息はしやすかった。
八雲はモップを握り直す。床にこびりついた汚れを、少しずつ押し流していく。
――視線を感じる。
廊下の奥。普通科の生徒と目が合った。その瞬間、相手は露骨に顔を逸らし、足早に去っていく。
ああ、と心の中でため息が落ちた。
ずっと、見られてきた目だ。 個性が発現した頃から、何度も。
気持ち悪い。怖い。汚い。関わりたくない。
言葉にしなくても伝わってくる、あの視線。
――慣れている。はずなのに。
胸の奥が、少しだけ重くなる。
八雲は何も言わず、モップを握る手に力を込めた。
不動とまるはB組担任。デクがA組担任です
A組の話もまたいずれ