スティンガーから極めるゴルフ――HS64を叩き出す無自覚少女、風を切り裂く低弾道でゴルフ界を無双する   作:スティンガー

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第12話 チート弱小ゴルフ部と、大人のいない平日

「はい、14ヤードキャリー、ど真ん中! これで十球連続成功。由依ちゃん、今の完璧。インパクトの時の面の向き(フェースアングル)、完全に真っ直ぐ(スクエア)だよ」

「ふぅ……、よかったぁ……」

 

 トタン屋根を清々しい陽光が照りつける、学校の敷地外れ。かつては運動部の物置として放置されていたボロプレハブ小屋の中に、小気味よい打球音と、それをカウントする明るい声が響いていた。

 

 私は、額ににじむ汗を制服の袖で拭いながら、手にした重たいカスタムウェッジを持ち直す。

 視線の先にあるのは鳥カゴ、その正面には、中心に赤い円が描かれた白い布の的が吊るされている。

 

 距離にして、わずか二メートル半。

 お父さんから言い渡されたフルショット禁止令の真髄が、今まさに私の目の前に突きつけられていた。

 

「すごいよね、これ。完全に何かの修行部屋じゃん。由依のパパが持ち込んだ、この数百万円もするっていうトラックマンのモニター、20ヤードのアプローチデータだけを表示するために使われてて、ちょっと笑えるんだけど」

 

 プレハブの壁際に設置された長机の上。そこにはデータ分析用のノートパソコンと大型モニターが置かれ、マネージャーの紡ちゃんが自動販売機で買ってきた炭酸飲料のペットボトルを片手に、ケラケラと笑っていた。

 

 紡ちゃんは長机のパイプ椅子に座りながら、私の打球が的に当たるたびに、手元のバインダーの用紙に正の字を書き込んでカウントしてくれている。

 

「でも、しょうがないよ、紡ちゃん。由依ちゃんがここで本気で振り回したら、この部室、粉々になっちゃうから」

 

 プレハブの床を大きく占領する、特製の人工芝グリーンの上で、パターを構えながら苦笑いしているのは葵ちゃんだ。

 

 私たちが交互に鳥カゴを使えるよう、私がウェッジで二メートル半の的当てをしている間、葵ちゃんは床一面に敷かれた広いグリーン上を使い、黙々と二メートルの距離のパッティング練習を繰り返していた。私の打球の合間に、時々、葵ちゃんがモニターの数値をチェックして、データ的なアドバイスをくれるのが、大人のいない平日の私たちの練習スタイルだ。

 

 新設されたばかりの我が校のゴルフ部――部員二名、マネージャー一名の超弱小組織の放課後は、驚くほど静かで、そしてストイックだった。

 

 先日、部室に突如として現れた、私立強豪校の高坂舞先輩が、私が放った一撃の風圧と打球音に圧倒され、まるで恐怖に怯えるようにして逃げ帰っていった。

 

 その翌日から、私のスイングの異常なまでのパワーと、プレハブへの衝撃を懸念したお父さんたちによって、私はこの部屋で全力でクラブを振ることを完全に禁止されたのだ。

 

 あの時の鉄平さんの、呆れ果てたような、けれどどこか楽しそうな顔が今でも思い浮かぶ。

 

『ネットの繊維こそ無事だったが、支柱の根元が悲鳴を上げてやがった。お前の放つ時速350キロ超えの弾丸のエネルギーを毎日至近距離で喰らい続けたら、一週間でこのプレハブの骨組みごと引っ張られて、建物自体がひん曲がっちまう。打つたびに窓ガラスがビリビリ鳴るのも心臓に悪い。部室を立ち退きにされる前に、ここでブン回すのはストップだ』

 

 鉄平さんにそう諭され、お父さんもネクタイを緩めながら、いつになく真剣な表情で私に語りかけてきた。

 

『由依、お前の飛距離はすでに世界レベルだ。今さら狭いプレハブでフルショットを繰り返すメリットはない。お前にとって最大の課題は、その強大なパワーをミリ単位でコントロールする技術だ』

『今の由依は、あまりにも出力が高すぎて力を抜く、という行為が全くできていないんだ』

 

 東京の小学校を卒業して、この春に御殿場の中学校へ転校してきたばかりの私は、ゴルフのゴの字も知らなかった。お父さんの言うショートゲームの大切さも、最初はピンと来ていなかった。

 

 けれど、こうして大人がいない平日の放課後、葵ちゃんと紡ちゃんの三人だけでデータを睨み合っていると、その言葉の本当の意味が、少しずつ体の芯に染み込んでいくのが分かった。

 

「じゃあ由依ちゃん、もう一度的のど真ん中に、キャリーでぴったり14ヤード。落とし場所を意識して、手首の角度は固定したまま、お腹の回転だけで運ぶイメージで」

「うん……」

 

 私は呼吸を整え、アドレスに入る。

 

 手渡されたクラブは、お父さんがクラフトマンの坂本さんに頼んで組み上げた、ずっしりと重い完全カスタム品のウェッジ。中学生の女子が持つにはあまりにも武骨で、鉄の塊のような威圧感がある。けれど不思議とアドレスに入ると、その重さが私の余計な動きを完全に封じ込めてくれる感覚があった。

 

 目標は、目の前の的。

 テークバックは、腰の高さまで。そこから、ただ重力に従うようにクラブを落とし、体の回転だけでボールを拾う。

 

 ――コン。

 

 短い、けれど凝縮された打球音が響き、小さな白い球がポーンとわずかに浮き上がって、鳥カゴの的に当たった。

 パサッ、と球がネットの根元に落ちる。

 

「……どうかな?」

 

 私が恐る恐る長机のモニターを振り返ると、椅子から身を乗り出した紡ちゃんがバインダーに素早く正の字を書き加えた。

 

「はい、中心直撃! これで11球連続。由依、今のめちゃくちゃ綺麗だったよ」

「よかったぁ……」

 

 思わず肩の力を抜く。

 わずか二メートル半のアプローチ。子供の遊びにすら見える短いショットだが、この中に完璧なインパクトのすべてが詰まっている。私の持つ強大なパワーを慎重にコントロールし、超低速で正確に動かすための、果てしない訓練が始まろうとしていた。

 

「それにしても、二人が交互に打ってると、この部室、本当に音が静かでいいね」

 

 紡ちゃんがペットボトルをデスクに置きながら、しみじみとプレハブ内を見回した。

 

「由依のお父さんと、葵のお父さん。あの二人のコーチ陣がいる時はさ、隙あらば、よし、外の練習場に行ってリアルな弾道を確認するぞ! って、すぐに私たちを連れ出しちゃうじゃない? あのお父さんたちがいない平日の放課後だけが、この部活の唯一ののんびりできる時間だよ」

「あはは、確かにそうだね」

 

 葵ちゃんがパッティングの姿勢を解き、少し腰を伸ばしながら笑った。

 

「私のお父さんも、達也さんも、仕事がすごくできる人だから、自分の裁量で動けるのはすごいんだけど……そのせいで、平日の夕方前だろうが、仕事のキリがついた瞬間、曜日不定期で台風みたいに部室に乱入してくるからね。今週はまだ来てないけど、お父さんたちが来られない日があるからこそ、私たちはこうやって自分たちのペースでじっくり練習できるんだよ」

「本当だね」

 

 私は笑顔で首を振った。

 

「パパたちがいると、どうしても熱気がすごくて圧倒されちゃうから。大人がいない時間は、私にとっても、自分の体と向き合えるすごく大切な秘密基地って感じがする」

 

 お父さん――達也は、大企業の静岡エリアトップという偉い立場のはずなのに、娘のゴルフのことになると完全に目が狂う。実際には、午前中に重要な会議や決裁書類の山をものすごいスピードで片付け、トップとしての組織の仕組みを作っている優秀なビジネスマンらしい。だからこそ、週のうち1~2日ほどは自分の裁量をフル活用して放課後の部室に突撃してくる。

 

 葵ちゃんのお父さん――鉄平さんも同様だ。地元の建築関係を引っ張る職人であり、いくつかの現場の段取りを完璧に指揮している一人親方。彼もまた、「今日の現場は完璧に終わらせた!」という日、作業着のままハイエースで乗り込んでくる。

 

 だからこそ、彼らが仕事でどうしても席を外せない残りの数日間だけが、子供たちだけの静かな時間を保てる貴重なチャンスだった。

 

「よし、じゃあ由依ちゃん、鳥カゴの的当てはこれで一区切りにして、次は交代しよっか。次は私が鳥カゴでハーフスイングの軌道チェックをやるから、由依ちゃんがこのパッティンググリーンを使ってね」

「はーい! 交代だね」

 

 私はウェッジをキャディバッグに収め、代わりにずっしりと重いパターを引き抜いた。

 プレハブの床に広がる、鉄平さんがわざわざ床板の傾きを水平器で正確に測定し、その上に寸分の狂いもなく敷き詰めたという最高級の人工芝。私の体よりも遥かに広いそのグリーン上に立ち、ボールを一つ、そっと置く。

 

「じゃあ、由依のメニューは、一メートル半のパッティングね」

 

 紡ちゃんがバインダーのページをめくり、新しい計測シートを準備しながらこちらを見た。

 

「ルールはパパさんたちからの指定通り。十球連続でカップの真ん中から沈めること。途中で一球でも外したり、カップの縁を叩いて蹴られたら、最初からやり直し。カウントは私がやるから、由依は集中して!」

「うん、お願い、紡ちゃん」

 

 私はボールの前に立ち、パターを構えた。

 ターゲットは、一メートル半先にある、床に埋め込まれた小さなプラスチック製のカップ。

 たったの一メートル半。歩けば二歩にも満たない距離。

 けれど、こうして構えてみると、その距離がまるで果てしなく遠い砂漠のように思えてくる。

 

「由依ちゃん、肩の力を抜いて」

 

 鳥カゴに入り、アイアンを小気味よく振り抜きながら葵ちゃんが声をかけてくれる。

 

「パターのストロークは、時計の振り子と同じ。等速で、行きと帰りのスピードがまったく同じになるように。打つんじゃなくて、クラブの重さだけでボールを静かに押してあげるの」

 

 私は目を閉じ、一度深く深呼吸をした。

 

 東京にいた頃の私は、ゴルフなんておじさんのスポーツだとばかり思っていた。毎日、きらきらしたビル群の間を歩いて、流行りの洋服を見て、小学校のお友達とおしゃべりをして。それが私の世界のすべてだった。

 

 御殿場に引っ越してきて、富士山の大きさに圧倒されて、葵ちゃんと出会って、なんとなく握らされたクラブを振ったら、私の世界は一変した。

 

 空気を切り裂く、あの恐ろしいほどの衝撃。自分の体の中に、自分でもコントロールできないほどのバケモノが眠っていることを知った時の、あのゾクゾクするような恐怖と高揚感。

 

 お父さんは言った。そのバケモノを飼い慣らすためには、力を極限まで抜くという行為を覚えなければならない。この地味な一メートル半を完璧に支配するしかないのだと。

 

 目を開ける。ボールの白い球体が、網膜に焼き付くように鮮明に見えた。

 テークバック。低く、ゆっくりと。

 切り返し。力を入れず、パターの自重だけで。

 

 ――トツ。

 

 耳に心地よい、静かな感触。ボールは最高級の人工芝の短い毛並みを滑るように転がり、一切のブレもなく、カップの真ん中へと吸い込まれた。

 

 ――コトン。

 

「よし、一球目!」

 

 紡ちゃんがペンを走らせる。

 

「由依、今のは見てて安心感があったよ。ボールがまっすぐ転がってた」

「ふぅ……」

 

 私は小さく息を吐き出し、二球目のボールを引き寄せる。

 

 集中力が、プレハブの中の空気をじりじりと熱くしていくのが分かった。窓からは時折、他の運動部の元気な掛け声や、遠くを走る車の音が聞こえてくるけれど、今の私の耳には、パターのヘッドがボールに触れる音しか届かない。

 

 二球目。――コトン。

 三球目。――コトン。

 

 すぐ横の鳥カゴからは、葵ちゃんのシャープで無駄のないスイング音と、ネットが規則正しく揺れる音が聞こえてくる。葵ちゃんは本当にゴルフが上手で、体の軸が全くブレない。彼女の綺麗なストロークの音をリズムにしながら、私は自分の感覚を研ぎ澄ませていく。

 

 四球目。――コトン。

 五球目。――コトン。

 

 順調にカップが音を立てていく。手のひらにじんわりと汗がにじむ。

 

 パターのグリップを握る指先が、ほんの少しだけ力んだ。その微小な変化を、私の高い出力を持つ筋肉は見逃さなかった。力を抜こう、抜こうとする意識が、逆にわずかな硬さを生んでしまう。

 

 六球目。

 

 ――トツ。

 

 放たれたボールは、先ほどまでの滑らかな転がりとは違い、わずかに右へヨレた。

 

「あ、」

 

 紡ちゃんが声を漏らす。

 ボールはカップの右側の縁に当たり、不吉なプラスチック音を立てて――くるりと半周し、外へ弾き出された。

 

「……あ」

 

 私はパターを持ったまま、固まってしまった。

 

「あちゃー、右への押し出しだね」

 

 葵ちゃんが鳥カゴの中から手を止め、こちらを覗き込んだ。

 

「今、ダウンスイングでほんの少しだけ右手の親指に力が入って、フェースが開いちゃった。由依ちゃんは筋肉の出力が大きすぎるから、ほんのちょっとの力みでも、クラブのフェースがミリ単位でズレちゃうんだよね」

「残念、やり直し! 一球目からね」

 

 紡ちゃんが申し訳なさそうに、けれどルール通りにシートのカウントを斜線で消した。

 

 容赦のない、理詰めの練習。けれど、これがゴルフの現実なのだと、私はこの数週間で痛いほど理解していた。どんなに三百何十ヤードを美しく飛ばしたとしても、最後の一メートル半を外せば、すべては同じ一打としてスコアに跳ね返ってくる。

 

「うう……もう一回、最初からお願いします!」

「よし、その意気だよ。ボール、並べ直すね」

 

 紡ちゃんが椅子から立ち上がり、床のボールを素早く集めて、再び一メートル半の距離で綺麗に並べ直してくれた。その無駄のないサポートを見ているだけで、彼女がマネージャーとしてどれほど真剣に私たちを支えてくれているかが伝わってきて、胸の奥が熱くなる。

 

 二度目の挑戦は、八球目でわずかにパンチが入ってやり直し。

 三度目は、五球目でフェースが開いてカップの右に弾かれた。

 

 プレハブの床に虚しく転がる球を、紡ちゃんが何度も何度も黙々と拾い、並べ直してくれる。その作業を繰り返すうち、窓から差し込む陽光の角度がじわじわと傾き、室内にどんよりとした熱気が溜まっていった。

 

 壁の時計を見れば、この一メートル半のラインに立ち続けてから、すでに一時間近くが経過しようとしていた。

 ただ等速でパターを動かす、それだけの行為に、脳の全神経をすり潰すようなエネルギーを要求される。手のひらは汗でじっとりと濡れ、制服のブラウスは背中に張り付いていた。

 

 再び、一メートル半の沈黙。

 一球目。

 

 ――コトン。

 

 プレハブの中の時間。それは、大人たちが狙い澄ましてやってくる週に二日ほどの英才教育の日とは違い、自分たちだけのテンポで流れていく。

 

 東京にいた頃の私なら、こんな地味な作業を何時間も繰り返すなんて、絶対に退えられなかったと思う。スマートフォンをいじったり、友達と流行りのカフェに行ったりしている方が、ずっと楽で楽しかったはずだ。

 

 でも、今は違う。

 この重たい鉄のクラブを通じて、自分の指先の神経一本一本、足の裏の体重のかかり方、呼吸のタイミングまでをコントロールしようとするプロセスそのものが、たまらなく刺激的だった。

 

 二球目、三球目、四球目……。

 一本の細い糸の上を綱渡りするように、私はストロークを繰り返す。

 

「……九球目」

 

 紡ちゃんの静かな呟き。彼女は息を潜めるようにして私の手元を見つめている。

 

 ――コトン。

 

 綺麗な音を立てて、九球目が消える。

 

「次、ラスト。由依、いつも通りにね」

 

 バインダーを握りしめ、紡ちゃんの目が真剣に輝いた。

 

 十球目。

 

 私はクラブを構え、ボールの芯を見つめた。

 ここでプレッシャーを感じて体がすくめば、また最初からだ。でも、不思議と恐怖はなかった。この数週間、毎日、大人がいないこの部屋で、葵ちゃんと紡ちゃんと一緒に積み上げてきた時間が、私の背中を支えてくれている。

 

 低く引いて、重さだけで、押す。

 

 ――トツ。

 

 ボールは最高級の人工芝の上をまっすぐに転がり、まるで最初からそこに行くことが運命づけられていたかのように、カップのど真ん中へ滑り込んだ。

 

 ――コトン。

 

「……よし! 十球連続成功! 完璧!」

 

 紡ちゃんが飛び上がるようにして立ち上がり、バインダーを掲げた。

 

「すごいよ由依! 最後、完全にフェースのブレがゼロだった。私、見てて鳥肌立っちゃった!」

「やったぁぁぁ……!」

 

 私はパターを両手で突き上げ、その場にへたり込んだ。全身の緊張が一気に解けて、心地よい疲労感が波のように押し寄せてくる。

 

「お疲れ様、由依ちゃん」

 

 葵ちゃんも鳥カゴから出てきて、タオルで汗を拭きながら嬉しそうに微笑んだ。

 

「今の十球目、すごく綺麗な球の回転だったよ。トラックマンのデータを見るまでもないくらい。由依ちゃん、インパクトの瞬間に脳の集中力がバーストするタイプだから、こういう地味な練習の枠の中にエネルギーを閉じ込める訓練が、本当に効いてるんだね」

「ありがとう、葵ちゃん。紡ちゃんもカウントありがとう」

 

 紡ちゃんが手渡してくれた冷えた炭酸飲料のペットボトルを私の頬に押し当てる。ひんやりとした刺激が、火照った体に最高に気持ちよかった。

 

「でも、本当にお父さんたちがいない時間は、私にとってすごく大切な秘密基地だよ」

 

 私はプレハブのトタン天井を見上げた。

 埃っぽくて、エアコンもなくて、お世辞にも綺麗とは言えない部室。けれど、ここには私たちの夢と、それを科学的に支えるトラックマンと、鉄平さんが作ってくれた頑丈な鳥カゴがある。

 

 大人たちが自分の優秀な頭脳と職人技で整えてくれた環境を、彼らが仕事でいない間に、私たちは自分たちの手でじっくりと咀嚼し、血肉に変えていく。この地味なインドアでの練習があるからこそ、広い練習場に連れ出されたとき、空へ向かって迷わずに球を放つことができるのだ。

 

「さーて、今日のノルマも終わったことだし、残りの時間はこれ、みんなで食べよ!」

 

 紡ちゃんが長机の引き出しから新しいお菓子の袋を取り出し、嬉しそうに広げた。

 

「由依のお父さんが部員の糖分補給に役立ててくれたまえって、出張土産の高級チョコレートを箱ごと置いていったからさ。これ、めちゃくちゃ美味しいんだよね」

「あ、達也さん、また紡ちゃんを甘やかして……」

 

 葵ちゃんが呆れたように笑うけれど、その手はすでにチョコレートに伸びていた。

 

「もぐもぐ……ん、美味しい! パパ、良いことするなぁ」

 

 私も一切れのチョコレートを口に含む。濃厚な甘さが、極限まで集中していた脳にじんわりと染み渡り、最高の幸福感が広がっていく。

 

「これならさ、明日あたりにお父さんたちが不定期の乱入を仕掛けてきても、ばっちり対応できるね」

 

 紡ちゃんがチョコレートを指でつまみながら、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「明日は木曜日でしょ? 由依のお父さん、だいたい週の後半の夕方に、本日の業務すべて完了。屋外練習の準備を、とかいうメッセージを送ってきて、車で乗り付けてくるから。明日はきっと連行される日だよ」

「あはは、間違いないね」

 

 葵ちゃんも楽しそうに同意する。

 

「私のお父さんも、現場のキリが良い日は、おう! 今日は若い奴らに任せて早上がりだ! ハイエース乗れ! って来るし。明日は二人揃って台風みたいに乱入してくるかも」

 

 私は自分の小さな手のひらを見つめ、それからギュッと握りしめた。

 

「うん。でも、これだけ練習したから、明日パパたちが来てもちゃんと打てる気がする。外の練習場でどれだけデータを測られても、もう前みたいに力んだりはしないよ」

 

 プレハブの開け放たれた窓から、御殿場の爽やかな風が吹き込んきて、少女たちの笑い声を優しく包み込んでいく。

 

 大人たちが仕事で不在の、平日の放課後。

 それは、弱小ゴルフ部でありながら、世界で一番贅沢でストイックな、私たちの秘密の修行時間だった。ここで極限まで高められたエネルギーが、やがて屋外の広大な大空へ向かって解き放たれるその時を、私たちは静かに、けれど確かなワクワク感と共に待ち望んでいた。

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