スティンガーから極めるゴルフ――HS64を叩き出す無自覚少女、風を切り裂く低弾道でゴルフ界を無双する   作:スティンガー

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第13話 チート弱小ゴルフ部と、初の親子練習ラウンド

 五月下旬の土曜日早朝。

 

 まだ朝露が残る澄んだ空気の中、鉄平さんの運転する大きなハイエースの助手席で、私のお父さんはすでに言葉のアクセルを全開に踏み込んでいた。

 

「――と言うことなんだ。いいかい鉄平くん、これが由依の現時点における最終回答としてのセッティングだ。ドライバーには『Ventus Black 8-TX』のチップカット、1番から3番までのアイアンには、『Ventus Black HB 10-TX』をチップカットして挿してある。これによって、尋常ではないインパクト効率でもシャフトが一切ねじれず、エネルギーを限界までボールに伝えられるんだ!」

 

 助手席に座るお父さんは、後ろの荷室に積まれた私のキャディバッグの方を何度も振り返りながら、狂気すら感じられる熱量で身振り手振りを交えて熱弁している。今回の練習ラウンドには、私のお母さんも、葵ちゃんのお母さんも同行していない。留守番の母親たちがいないのをいいことに、お父さんの親バカ兼ギアオタクの暴走を止めるストッパーは完全に消滅していた。

 

「フェアフェイウッドやハイブリッドは今の市販ヘッドじゃ由依の衝撃に耐えきれず、すぐに割れるかへたってしまう。だから肉厚なロングアイアンなんだ。5番から下も『ダイナミックゴールドのX7』を逆番手ずらしで組んで極限まで剛性を高めてある。これくらいタフでなければ物理的にへし折れるからね。どうだ鉄平くん、この完璧なフローは!」

 

 ハイエースを運転する鉄平さんは、「ガハハ!」と豪快に笑いながらハンドルを回した。

 

「おう達也兄ィ、そのセッティングの講釈、数えてもう五回目だぜ? ハイブリッド用のシャフトをぶった切ってアイアンに挿すなんて、正気の沙汰じゃねえ。普通の人間が振ったら一発で肘が消し飛ぶ棒だわ」

「いや、消し飛びはしないよ? いくら硬くてもカーボンだから衝撃吸収性は高い。まともに1ミリもしならないだけでね」

「わかったわかった、消し飛ばねえのはわかったから!」

 

 後部座席で並んで座っていた私と葵ちゃんは、その弾丸のような早口の応酬をただ黙って聞き流していた。

 葵ちゃんはゴルフ部の部室で日常的に私のこの異様なクラブセットを目にしているせいか、特にお父さんの熱弁に圧倒される様子もなく、少し眠そうにシートに背を預けたままサッパリとした調子で言った。

 

「あらためて考えると、中学生女子のバッグの中身とは思えないラインナップですよね。一番アイアンなんて、男子プロでも入れてる人ほとんどいないのに。まあ、由依ちゃんのスイングなら、これくらい硬くて重くないと逆に危ないっていうのは、見てるからわかりますけど」

「フフ、分かってくれるか葵くん! さすがはジュニアの修羅場をくぐってきたゴルファーだ!」

 

 お父さんは嬉しそうにメガネの奥の目を輝かせ、額にじわりと浮かんだ変な汗をハンカチで拭った。

 

「ま、いくらデータや理屈が完璧でも、最後にモノを言うのはコースの芝の上だからな。部活の練習であれだけネットをぶち破りそうな球打ってんだ、その狂ったクラブで由依ちゃんが実際のコースでどう暴れるか、特等席で見せてもらうぜ」

 

 ハンドルを握る鉄平さんは、窓を少し開けて高原の爽やかな風を車内に引き込みながら豪快に笑った。鉄平さんは普段の建築職人としての仕事で鍛え上げられた頑強な肉体を持っており、四十一歳という若さもあって、ゴルフに関しては圧倒的なパワーと現場主義の感覚派。普段はオフィスワーカーとして机に向かっている四十八歳のお父さんとは、理論と感性の両極端で絶妙なバディバランスを保っていた。

 

 今日の舞台は、御殿場周辺にある普通の、やや優しめな一般コースだった。プロのトーナメントが開催されるような超難関のポテトチップスグリーンや深いアリソンバンカーがあるわけではなく、フェアウェイも比較的広くて平坦。コースデビューの私に他人に迷惑をかけない最低限のマナーを実践させるには、これ以上ない絶好のプライベートコースだった。

 

 車がゴルフ場に到着すると、私たちはさっそく練習グリーンへと向かった。私は一ヶ月の間、部室の鳥カゴや人工芝のグリーン、打ちっぱなし練習場で、お父さんから最低限のアプローチとパッティングの形だけは教わっていた。だから、全く打ち方が分からないというわけではない。パターを握り、お父さんに言われた通りのアドレスを作って、球を転がしてみる。

 

「……あ、また通り過ぎちゃった」

 

 私の打った球は、カップを優に2メートルはオーバーして、グリーンの外の芝生まで転がっていった。

 

「わかるだろう、由依。お前の球の捉え方は完璧だが、脳内の出力メーターがまだ制御しきれていない。振り幅に対する転がり幅のデータが、身体に蓄積されていないんだ」

 

 お父さんがノートを広げて眉間にシワを寄せた。

 

 そうなのだ。練習で何度も打てるならまだしも、どれくらいの力で打てばどれくらい転がるかという加減が、私はまださっぱり掴めていなかった。アプローチも同様で、打ち方の形は知っているものの、距離を合わせる精度は完全にお察しのレベルだった。

 

「まあまあ、パットの距離感なんて一朝一夕で身につくもんじゃねえさ。まずはコースの空気を楽しもうぜ」

 

 鉄平さんが笑顔で私たちの肩を叩き、私たちは記念すべき1番ホールのティグラウンドへと移動した。

 

 ◇

 

 1番ホールは、365ヤードの平坦なパー4。

 

 青々としたフェアウェイが真っ直ぐに伸びており、プレッシャーを感じさせるようなハザードも少ない、とても穏やかなロケーション。最初に、ティーグラウンドの横にある金属筒からそれぞれ抽選棒を引き抜くと、最初の一番を引き当てたお父さんが誇らしげに前に出た。

 

1番目(オナー)は私だな。由依、ゴルフというゲームの全体の流れを、しっかりと見ておくんだぞ」

 

 お父さんがドライバーを構え、カチッとした綺麗なフォームでスイングした。カシィンと乾いた音がして、ボールはフェアウェイの右側、250ヤード付近へと綺麗に収まった。まずは父親としての手本のような安定したショットだった。

 

「へへ、じゃあ次は俺な。達也兄ィ、手堅いねえ。でも、普通の力強さってやつも見せておかないと」

 

 鉄平さんが使い込まれたドライバーを無造作に構え、太い腕を鋭くしならせて振り抜いた。

 

 バシィン!

 

 力強い音とともに放たれた球は、お父さんのボールを完全にアウトドライブし、270ヤードを優に超えたフェアウェイ中央へ力強く着弾した。

 

「どうだ、由依ちゃん。おっさんのフルパワーだとこれくらいが限界だ。お前の普通とは次元が違うだろうけど、これが現実的な大人の飛距離ってやつよ」

 

 鉄平さんがニカッと笑ってウインクする。

 

「それじゃあ、由依ちゃんの番だね。緊張しないで、いつも通りにね」

 

 葵ちゃんが私の背中を軽くポンと叩いて送り出してくれた。

 

 鉄平さんも葵ちゃんも、部室のトラックマンのデータや、打ちっぱなし練習場での私のドライバーショットを何度も目にしている。だから私がどんな球を打つかは知っていて、今更腰を抜かして驚愕するようなことはない。ただ、実際のコースのティーグラウンドという独特の緊張感の中で、練習通りの球が打てるか、という、純粋な期待と感心の目を向けていた。

 

「うん。……じゃあ、いきます」

 

 私は特注の、漆黒のドライバーを手にティーグラウンドに立った。ティーアップをし、いつも通りに構える。フルショットに関するスイングのアドバイスは、お父さんからほとんど受けていない。受ける必要がなかったからだ。私の身体は、最初から構えて振れば真芯にしか当たらないようにできている。

 

 ゆっくりとテークバックし、トップから一気に身体を回転させた。

 

 ――バキィィィン!!!

 

 コース内に、2人とは比較にならないほどの激しい衝撃音が木霊した。

 

 地面スレスレの高さを切り裂くような、猛烈な初速のライナー。アゲインストの風すら力でねじ伏せて突き進む、真っ直ぐな白い球――。私のスティンガーショットが、遮るもののない大空の下で初めて解き放たれた。

 

 球はお父さんの250ヤードも、鉄平さんの270ヤードも、まるで見えない障害物であるかのように一瞬で飛び越えた。優しめなコースの柔らかいフェアウェイに着弾したボールは、そのまま猛烈な勢いで前へと転がっていく。ランも含めて、およそ370ヤード。

 

 ボールは花道を綺麗に駆け上がり――遥か彼方、陽炎の向こうで小さく翻るピンフラッグの影へと吸い込まれ、そのまま見えなくなった。

 

「……おい、マジかよ。今、完全にスジってなかったか?」

 

 鉄平さんが、咥えようとしていたタバコを止めて、細い目をさらに細めながら遥か彼方のグリーンを睨みつけた。

 

「届いたのは間違いない。花道を真っ直ぐ駆け上がっていったぞ……。おい葵、お前の目で見てどうだ?」

「え、ええっ……!? ラインは完璧にピンの方向だったけど……! さすがにティーグラウンドからじゃ正確な位置までは見えないけど、もし手前で止まってなきゃ、まさか……」

「いやいや、まさかそんな偶然があるわけ――よし、確認だ! カート出すぞ!」

 

 鉄平さんが大声を張り上げ、葵ちゃんがまだ打っていないことも忘れてカートに飛び乗る。葵ちゃんも手で日差しを遮りながら、興奮と困惑で声を裏返らせてブンブンと手を振っていた。

 

「フフ……計算通りだ、鉄平くん。あの広大なフェアウェイ、あの風の中でこそ、最終回答(セッティング)が完全な真価を発揮する……!」

 

 そんな大人とゴルフ経験者が大騒ぎしている中で、当の私のお父さんだけは、自分が打ったわけでもないのに、まるで世界一の数式を解き明かした数学者のような顔をしてウッキウキの絶頂で悦に浸っていたけれど。

 

 ◇

 

「……嘘、だろ……」

 

 それから各々ちゃんと自分のプレイを進め、全員で息を呑むようにしてカートから降り、グリーンに足を踏み入れた瞬間、鉄平さんが天を仰いだ。

 

 見当たらないボールを探す必要すらなかった。 緑の芝生の上、小さな赤旗がはためくピンのすぐ真横――わずか2メートルの位置に、私の白いボールがちょこんと、何食わぬ顔で鎮座していたのだ。

 

「本当に乗ってる……! しかもベタピン……!? あの低空ライナーでここに止まるなんて、どんな確率なの……!?」

 

 葵ちゃんが口元を押さえてプルプルと震えている。マグレの領域を遥かに超越した神がかった結果に、周囲が完全にお祭り騒ぎになる中、当の本人である私はといえば、ピンまでの距離を見て、呑気にこんなことを考えていた。

 

(あ、これ、いつも部室で紡ちゃんや葵ちゃんと練習してる距離と、だいたい同じくらいだ)

 

 2メートルに満たない距離。パー4を1オンしてのイーグルパット――ゴルフ経験者ならプレッシャーで手が震えるような大勝負なのだが、まだスコアの概念すら怪しい私には、その状況の意味がまったく分からない。ただ純粋に、「これなら、いつも通りやれば入るかも!」というワクワク感だけが胸に満ちていた。

 

 私がパターを構えようとすると、お父さんと鉄平さんが、急に真剣な顔になって二人がかりでグリーンにしゃがみ込んだ。自分のパット以上に丁寧にラインを読んで、「由依、ここは少しスライスするから、カップの左端を狙いなさい」と完全に初心者の私に、プロのキャディ以上の完璧なマネジメントの下駄を、二人がかりで履かせにきている。

 

「カップの左端、だね」

 

 私は教わった通りのラインにフェースを合わせ、いつものようにパターを握った。 頭の中でリフレッシュされるのは、あの放課後、葵ちゃんが隣で教えてくれた言葉。

 

 ――パターのストロークは、時計の振り子と同じ。等速で、クラブの重さだけでボールを静かに押してあげるの。

 

 低く引いて、重さだけで、押す。

 

 コン、と芯を喰った小気味いい音が響く。 けれど、初めての本物のグリーンのせいか、あるいは私の壊れた距離感メーターのせいで、打たれた球はいつもより少し強めのタッチになってしまった。 あ、ちょっと強すぎたかも、と私が思った瞬間。

 

 ガシャコン!

 

 真っ直ぐ転がったボールは、カップの裏側に激しく当たって、そのまま奇跡的にカップの底へとねじ込まれた。

 

 人生初のホールで、私は無自覚に、ワンオン・イーグルを達成したのだった。

 

 ◇

 

 最初の数ホール、私のゴルフは信じられないほどの快進撃を続けているように見えた。とにかく、私のフルショットは曲がらない。ミスショットやチョロ、右や左への大スライスといった、初心者が必ず通るはずの絶望は一切存在しなかった。構えて振れば、ボールは常に完璧なミート率で真芯を捉え、狙った直線方向へ一直線に飛んでいく。

 

 それに加えて、私の隣には、ハンデ3の理論派であるお父さんと、コースを知り尽くした鉄平さん、そして競技経験のある葵ちゃんという、これ以上ない最強のナビゲーションが揃っていた。

 

「由依、次のティショットは、あの右の木の間を狙え。お前の球なら突き抜けてフェアウェイのベストポジションへ行く」

「由依ちゃん、セカンドはグリーンの手前が広いから、あのエッジの方向を狙って打てば間違いないよ」

 

 3人がかりで、風の計算や狙い所、最適な番手選びの下駄を完璧に履かせてくれるため、私はただ言われた方向へ迷いなく完璧なショットを放つだけでよかった。大自然のハザードやOBゾーンは、その完璧なナビゲーションによってすべて事前に完全回避されていた。

 

(もしかして、ゴルフって、言われた通りに打っていれば、簡単にパーやバーディが取れるスポーツなのかな?)

 

 私の心の中に、そんな、今思えば恐ろしいほどの傲慢さと油断が芽生え始めていた。

 しかし、そのイージーゲームの錯覚は、グリーン周りのショートゲームという領域に入った瞬間に、完全に崩壊することになる。

 

 それは、前半の第4ホール、パー5のグリーン周りで起こった。

 私のセカンドショットは完璧なミートで放たれたものの、アドレス方向の誤りや風の影響もあって、ピンまで残り30ヤードのなだらかな芝生の上に止まった。

 

「よし、由依。形は練習通りだ。ここからサンドウェッジで、あのピンの根元に向けて打つんだぞ」

 

 お父さんに促され、私はサンドウェッジを構えた。

 打ち方の形は、部室の鳥カゴで多少は練習していた。だから、構え方もクラブの入れ方も分かっている。問題は、それ以外の要素――アドレス方向、面の向き(フェースアングル)、そして何よりも力の加減(ショットパワー)だった。

 

(……30ヤードって、どれくらいの強さで振ればいいんだっけ?)

 

 私のスイングは、フルショットなら常に真芯を捉えてしまう。アプローチにおいても、初心者のように怖がってダフるとか、球の頭を叩いてトップするというミスはあまり起きない。今回も加減はともかく、ウェッジは、正確にボールの真芯をクリーンヒットした。

 

 コツン、と完璧なミート音が響く。しかし、私の脳内メーターのショットパワーの調節が完全にバグっていた。30ヤードでいいはずの距離に対して、私の身体は50ヤード以上の強烈なパワーで振り抜いてしまったのだ。さらに、インパクトの瞬間に無自覚に手首が返り、フェースアングルがほんの数度、左へ傾いていた。

 

 完璧に芯を捉えた白球は、凄まじい推進力のまま、狙ったピンの遥か左側へと向かって飛んでいった。

 

「あ、飛びすぎ……!」

 

 葵ちゃんが声をあげる。球はグリーンを完全に横切り、反対側のエッジを越えて奥のラフへと消えていった。

 

「どんまい由依ちゃん! ミートは完璧だったよ。次はもう少し面を真っ直ぐ意識して、力を抜いてみよう」

 

 葵ちゃんが優しくアドバイスをくれる。

 

「うん……」

 

 私は気を取り直して、奥のラフから再びウェッジを構えた。残り20ヤード。今度は力を抜こう、と意識する。面の向きも真っ直ぐに合わせた。しかし、今度は力を抜きすぎた。さらに、アドレスの方向がわずかに右を向いていることに、自分では気づいていなかった。

 

 コン。

 

 またしても、私のクラブはボールの真芯を完璧に捉えた。しかし、パワーが足りなすぎる上に、アドレス方向がズレていたため、球は狙いとは違う右方向へ力なくポロンと転がり、グリーンに乗っただけで止まってしまった。ピンまではまだ10メートル以上もある。

 

「うう……思ったところに全然いかない……」

 

 そこからのパッティングも、まさにお察しの惨状だった。

 

 お父さんたちがどれだけ、右へ1カップ半とラインの下駄を履かせてくれても、私がパターを打つ瞬間のフェースアングルが微かに開いていれば、球はその瞬間にラインから外れる。さらに、力の加減が全く合わないため、10メートルのパットを5メートルオーバーさせ、返しのパットを今度は怖がって2メートルショートさせる、というような大迷走を始めたのだ。

 

 形は知っている。それなのに、アドレス方向のズレ、面の向きの狂い、そして力の加減のバグによって、私はグリーン周りを行ったり来たりする往復ビンタを連発することになった。

 

 番手選びや風の読みといった大人の下駄(ナビ)はあったが、最後の手の力加減や、面を合わせるシビアさだけは、私の身体がその場で処理するしかない。その下駄の通用しないショートゲームの領域に入った瞬間、私はただの不器用なド素人へと成り下がった。

 

 結局、そのホールで私は打数を大きく失い、それ以降もグリーン周りに捕まるたびに、スコアをずるずると削られていったのだった。

 

 ◇

 

「はあ……。結局、なんだか数え切れないくらいいっぱい打っちゃった。お父さん、ごめんなさい。私、やっぱり全然うまくできなかった……」

 

 18ホールをすべて回り終え、夕暮れ時のクラブハウスに戻ってきた時、私はすっかり意気消沈していた。

 前半のイーグルが嘘のように、後半に入ってからも、私はグリーン周りのアプローチやパッティングに差し掛かるたびに、パワーの調節ミスと面の向きの狂いによって、自滅の数字を次々とスコアカードに刻み込んでいた。

 

 ティーショットは毎回、凄まじい飛距離のスティンガーでフェアウェイを正確に捉え、セカンドショットも大人たちのナビの通りに打てば完璧にグリーンの近くまで運ぶことができた。なのに、そこからのショートゲームだけで、何十打という点数を無駄にドブに捨てていた。

 

 ショットは完璧で、マネジメントに下駄を履かせてもらうというプラス要素と、精度お察しのショートゲームというマイナス要素。その二つが激しく相殺し合った結果、私の人生初ラウンドの最終スコアは――91、という数字で着地していた。

 

 トボトボと歩く私を見て、お父さんと鉄平さんは一瞬だけ顔を見合わせ――それから、どちらからともなく同時に吹き出した。

 

「お、おいおい由依ちゃん、勘弁してくれよ。謝りたいのはこっちのセリフだっての」

 

 鉄平さんが、呆れたように笑いながら頭をワシワシと掻く。

 

「初めてコースに出て、パーとかボギーの意味すらろくに分かってない初心者がだぞ? 普通はボールを何個も無くして、120とか130とか叩いて絶望するのがゴルフなんだよ。それを、スコア91って……自分が何やったか分かってねえな?」

 

 お父さんはスコアカードと、自分のノートにびっしりと書き込まれた私のデータを凝視していた。そのメガネの奥の瞳には、より深い確信の光が灯っていた。

 

「何を言っているんだ、由依。謝る必要などどこにもない。むしろ、私の立てたデータ分析と練習メニューの正しさが、これ以上ない形で証明されたよ」

 

 お父さんは低い声で、けれど興奮を隠せない様子で言った。

 

「鉄平くん、見てくれ。由依のこのスタッツ(データ)を。18ホール中、フルショットのミスは実質的にゼロだ。すべてのショットが真芯を喰っている。それなのにスコアが91なのは、偏にショートゲームのアドレス方向、面の管理、そしてパワーコントロールの不備だけが原因だ」

 

 鉄平さんも、いつもの豪快な笑いを少し引っ込め、感心したように私のスコアカードを見つめていた。

 

「ああ、達也兄ィの言う通りだな。と言うか、普通、初ラウンドの素人が91で上がってきたらそれだけで大天才だが、この内訳は不気味すぎるぜ。ショットだけで言えばプロ以上のスタッツなのに、グリーン周りだけで30打以上損してる。逆に言えば、そこさえ直せばいつでも70台が出せるってことだ」

 

 お父さんは私の両肩をガシッと掴むと、変な汗まみれの顔で力強く頷いた。

 

「由依! コースに出てよく分かっただろう。お前に必要なのは、フルショットの練習ではない。やはり、私が事前に組んでいた、アプローチ4割、パット6割、フルショット無しの地道なメニューを、これからさらに徹底し、深化させていくことだ! 脳内に正しい距離感のデータを蓄積し、アドレスの方向とフェースアングルを寸分の狂いもなく管理する能力。これを身につけるまで、しばらくは地道なショートゲーム特訓を継続するぞ!」

 

「うう……分かった。頑張る……」

 

 私は小さく返事をした。お父さんはすでに、明日からのショートゲーム特訓のデータ補正について鉄平さんと猛烈な早口で議論を始めていた。

 

 隣にいた葵ちゃんは、私のスコアカードを見て、

 

「ショットだけで91……。ショートゲームのタッチがまだ全然出来ていないのに、このスコアで上がってきちゃうんだから、もし出来るようになったら……? すごい、私もうかうかしていられない……。明日からの部活、もっと頑張らないと」

 

 と、言いながら私の手を握ってくれた。そして、当の私はというと。お父さんからショートゲームの特訓継続を言い渡され、自分の未熟さを痛感したはずだった。……はずだったのだけれど。

 

 クラブハウスの洗面台で、鏡に映る自分の顔を見つめる。火照った頬を冷たい水で洗うと、視界が妙にクリアになった気がした。胸の奥からふつふつと湧き上がってくる、得体の知れない全能感が、私の背筋をピンと伸ばさせる。

 

(そっか……アプローチとパットであんなに失敗したのに、91が出るってすごいことなんだ……。ってことは、もしみんなと同じくらい普通にピンに寄るようになれば、スコアってどうなっちゃうの?)

 

 お父さんは難しい顔をしてノートにデータを書き込んでいるけれど、私の中の計算式はもっとシンプルだった。このアプローチ4割、パット6割という地味なメニューをちょっと真面目にこなして、転がすコツさえ掴んでしまえば、課題のショートゲームだってすぐに出来るようになるかもしれない。

 

 お父さんや鉄平さんが後ろから次は何ヤード、あそこを狙えと、完璧な道標(ナビ)を敷いてくれていたからこその91であるという本質に、私は全く気づいていなかった。足元に用意されていた、至れり尽くせりの頑丈な下駄の存在を知らないまま、私は自分の翼だけで飛べたと錯覚していたのだ。

 

 この日以降も、私はお父さんの指示通りにショートゲームのメニューを淡々と消化していった。

 それと並行するように、一度コツを掴んだ一般向けのコースでは、私の規格外のショット力がそのままスコアに直結し始める。85、83、時には82、スコアカードの数字が縮むたび、私の視界はどんどん高くなっていった。

 

『もしかして私、自分が思っている以上に、ゴルフの才能があるのかも……?』

 

 そんな甘い万能感を胸に抱いたまま、私は夏を迎えることになる。

 

 その先に待つ本物の戦場――大人たちの手厚いナビゲーションがすべて剥ぎ取られ、遮るもののない孤独な荒野で、本当の世界の壁がどれほどの高さにあるのか。その本質を突きつけられる日がすぐそこまで迫っていることなど、この時の私は露ほども疑っていなかった。

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