スティンガーから極めるゴルフ――HS64を叩き出す無自覚少女、風を切り裂く低弾道でゴルフ界を無双する   作:スティンガー

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第15話 アゲインストを切り裂く一撃

 ギラギラとした真夏の太陽が、容赦なくアスファルトを焦がしていた。

 第25回ヤマハCUPの会場である葛城ゴルフ倶楽部の駐車場に、鉄平さんのハイエースが滑り込む。

 

 車を降りた瞬間、遠州灘から流れ込む、湿り気を帯びたねっとりとした熱気が私たちを包み込んだ。

 コースを囲む名門特有の深い松林は、夏の青空を背景に濃い緑の影を落とし、まるで巨大な審判のように私たちを見下ろしている。

 

「よっしゃ、着いたぜ! 二人とも、緊張して足がガクガク震えてねえだろうな!」

 

 運転席から勢いよく降りてきた鉄平さんが、首にかけた白いタオルで汗を拭いながら豪快に笑う。その声は、いつも通り地元の現場で職人たちを引っ張るアニキ肌の頼もしさに満ちていた。

 

「鉄平くん、大声を張り上げないように。由依、葵ちゃん、まずは落ち着いて受付を済ませるんだ。熱中症対策の水分の準備は万全だね?」

 

 助手席から降りてきたお父さんは、いつも通りのパリッとしたポロシャツをシワ一つなく着こなし、手にしたiPadの画面を険しい目で見つめていた。画面に映っているのは、今日のコースマップと、数時間ごとに更新される精緻な気象データ、そしてリアルタイムの風向予測グラフだ。

 

 ロジカルなビジネスマンとしての顔が、そのまま競技ゴルフの冷徹な軍師のそれへと切り替わっている。

 

 私は自分のスタンド式キャディバッグをハイエースの荷台から引き抜き、両肩のダブルストラップを背負って軽く肩を回した。

 ずっしりとした重量感が心地よい。

 

 その中に収められているのは、お父さんが信頼するクラフトマンの手によって、私の常軌を逸したスイングに合わせて特注された漆黒の大砲――男子プロですら敬遠するほどの重く硬いシャフトが挿さった、私だけのドライバーだ。

 

「由依ちゃん、絶対に油断しちゃダメだよ。山名コースは、コースのセッティングも、グリーンの硬さや速さも、私たちが普段やっている練習ラウンドとは比べ物にならないくらいタフになるんだから」

 

 隣で慣れた手つきで自分のバッグを担ぎ直した葵ちゃんの表情には、いつもの人懐っこい笑顔がなかった。細い眉をきりっと引き締め、まっすぐに前を見据えるその瞳は、完全にアスリートのそれに切り替わっている。

 

 ジュニア時代からこのシビアな世界に身を置いてきた彼女だからこそ、これから足を踏み入れる場所が、遊び場ではなく戦場であることを、肌感覚で理解しているのだ。

 

 クラブハウスのエントランスへ歩みを進めると、そこには言葉にできないほどの独特なピリピリとした緊迫感が充満していた。

 

 集まっているのは、県内、あるいは近隣の強豪私立中学のゴルフ部員や、有名なジュニアアカデミーのロゴが刺繍されたお揃いの高級なウェアを纏った選手たちだ。誰もが口数を少なくし、鋭い目つきでヤーデージブック(コースの詳細なメモ)を見つめたり、黙々とストレッチを行ったりしている。

 

 ルールもセオリーもまだおぼつかない私にとって、その空気はどこか新鮮で、同時に自分の心拍数を少しだけ速めさせるものだった。

 

 その緊迫した空気の真ん中を通り抜けようとした時、前方から静かに伸びる影があった。

 

「――本当に、この舞台に立つのね。冗談かハッタリの類だと思いたかったけれど」

 

 低く、どこか冷徹な、しかし確実に張り詰めた声が私たちの足を止めさせた。

 

 振り返ると、そこに佇んでいたのは、仕立ての良いゴルフウェアを完璧に着こなした高坂舞先輩だった。ポニーテールに結ばれた美しい黒髪が、時折吹き抜ける強い風に小さく揺れている。彼女の瞳は、前回のボロ部室への偵察時――紡がSNSにアップした動画を合成の詐欺だと決めつけ、怒鳴り込んできたあの時とは、明らかに違う色を宿していた。

 

 あの時、舞先輩は、私たちの目の前で私が放った一撃を、確かに目撃したのだ。

 プレハブの骨組みをガタガタと震わせ、トラックマンにヘッドスピード64m/sという男子プロの怪物級の数値を叩き出した、あの地を尋常ならざる速度で這う漆黒の弾道を。あの瞬間の、彼女のプライドが真っ二つに叩き割られたかのような、凍りついた驚愕の表情を私は忘れていない。

 

「高坂先輩、おはようございます」

 

 葵ちゃんが、一歩前に出て真っ直ぐに舞先輩を見据えて挨拶を交わす。その声には、かつてジュニアの大会で何度も競り合ってきたライバルへの、確かな敬意と警戒が含まれていた。半年前、アカデミーを卒業して地元の公立へ進み、競技の表舞台から身を引こうとした彼女は、今、戦う覚悟をその瞳に宿していた。

 

「……ええ、おはよう、風間。あなたの実力については、今更言うまでもないわ。アカデミーの頃から、どんなに過酷なコンディションでも崩れなかった、あなたのそのタフさとしぶとさは認めてあげる」

 

 舞先輩は葵ちゃんに視線を向けたままでそう言ったが、その言葉の端々には、どこか焦燥感が滲んでいた。かつて自分の誘いを断り、消えたはずのライバルが、別の怪物の隣で再び輝きを取り戻そうとしている。そのことへの焦りと、言葉にできない喪失感。葵ちゃんも、そのわずかな声音の震えを敏感に察知したのか、小さく眉をひそめる。二人の間には、私には入ることのできない、小学生時代から紡がれてきた独特の濃密な緊張感が流れていた。

 

 そして、彼女の鋭い視線はゆっくりと、葵ちゃんの隣に立つ私、そして私が担いでいる特注の漆黒のドライバーが覗くキャディバッグへと移動した。

 

 舞先輩の美しい顔が、わずかに歪む。以前に私の物理的な暴力を見てしまっている彼女の脳裏には、あのプレハブを揺るがした破裂音が今も耳に焼き付いているのだろう。

 

「だけど……如月由依。勘違いしないで頂戴ね。確かにあなたの持つその異常なパワー、そしてあの鳥カゴで放った風をも切り裂くような低弾道――あれは、認めざるを得ない未知の脅威だわ」

 

 舞先輩は、自分の胸元に手を当て、湧き上がる動揺を押し殺すように言葉を紡いだ。

 

「あんな理不尽な球、歴史をいくら紐解いても存在しない。ゴルフの常識を無視した、ただの暴力よ。……でもね、ここはあんな狭い鳥カゴや、平坦な練習場の打席とはわけが違うの。本物の競技ゴルフのコースよ」

 

 彼女の言葉が、徐々に熱を帯びていく。それは私に言い聞かせているというよりも、自分自身の誇りと、これまで積み重ねてきた努力の正当性を必死に防衛するための、悲痛なまでの叫びのように聞こえた。

 

「夏の大会のセッティングを舐めないことね。フェアウェイを外せば、ボールがすっぽり隠れるほど深いラフが牙を剥く。グリーンはガラスのようにカチカチに踏み固められ、ちょっとしたタッチのミスで簡単に外まで転がり落ちる。そして何より、このコースには、目に見えない傾斜の錯覚(マジック)があるのよ」

 

 そこまでまくしたてたところで、舞先輩の視線が、私のすぐ隣に並び立つ葵ちゃんへと移った。自分の背中を追ってくるはずだった特別な存在。その彼女が、今は自分ではなく、東京から降って湧いたような素人の怪物と肩を並べ、再び同じ競技者としてここに立っている。その構図そのものが、彼女のプライドを内側からチクチクと刺しているようだった。

 

「上りに見えて猛烈に下っているグリーンの罠を、あなたのような素人が見抜けるわけがない。……一発の飛距離だけで、ヘッドスピードの数字だけでスコアが作れるほど、このスポーツは甘くないわ!」

「高坂先輩……」

 

 葵ちゃんが息を呑む。

 その表情は、舞先輩がここまで感情を露わにして、一人の初心者を激しく牽制することなど、かつてはあり得なかったとでも言うようだった。それほどまでに、事前に目撃した私の球が、彼女の張り詰めたプライドの防壁に深い亀裂を入れていたのだ。

 

 同時に、自分を拒絶した葵ちゃんを、別の形で再び競技の表舞台へと引っ張り出してきた私に対する、強烈な割り切れなさ――そんな嫉妬に似た眼差しが、その鋭い瞳の奥にギラギラと燃え盛っているのを、私はピリピリとした空気の中で確かに感じていた。

 

「私は別の組だから、今日のラウンドで直接あなたとプレーすることは無い。けれど……スコアボードが掲示される頃には、本当のゴルフを思い知ることになる。私は、私の完璧なマネジメントと技術で、あなたたちの遥か上から名前を見下ろしてあげる。せいぜい、最初の数ホールで自滅しないように気をつけることね」

 

 それだけを激しい口調で言い残すと、舞先輩は踵を返し、背筋をピンと伸ばしたまま、優雅に、しかしどこか逃げるような早足でパッティンググリーンの方へと去っていった。

 

「……でも、舞先輩の言うことは何一つ間違ってないよ」

 

 葵ちゃんが真剣な眼差しで、私の両肩をがしっと掴んだ。その手のひらから、彼女の真剣な体温が伝わってくる。

 

「由依ちゃん。競技ゴルフの怖さはね、練習なんかのラウンドとは、プレッシャーの重みが決定的に違うこと。一つ一つの判断ミスが、そのままスコアボードに刻まれていくし、誰にも助けてはもらえない。これから始まるのは、そんな一打の重みに押し潰されそうになる、息の詰まる戦いなんだ」

 

 そこまで一気に告げると、葵ちゃんはいつもの人懐っこい、けれど最高に不敵な笑みをその唇に咲かせた。

 

「……でも、由依ちゃんの初陣だもん。お父さんたちとプレハブで死ぬほど積み上げてきた、私たちのゴルフがどこまで通用するか、思いっきり試してこよう。私も自分の組で全力で戦ってくる。お互いベストを尽くして――あの高坂先輩の鼻を、絶対に明かしてやろうね!」

 

「うん……! 行ってきます、葵ちゃん!」

 

 私は力強く頷いた。胸の奥が、熱いエネルギーで満たされていくのを感じた。

 

 ◇

 

「如月由依さん、ティーオフをどうぞ」

 

 大会の競技委員の声がマイクを通して響き渡り、私はついに、スターティングホールのティーイングエリアへと足を踏み入れた。

 

 ティーグラウンドの後方に設けられた保護者・観戦エリアには、多くの視線が集まっている。

 その中には、心配そうに眼鏡の位置を直すお父さんや、拳を強く握りしめている鉄平さんの姿もあった。ルール上、ここから私は、一切アドバイスを受けることが許されない。

 

 どのクラブを選び、どこを狙い、どう打つか。すべての決断と責任は、私のこの細い両腕の中にゆだねられている。 完全な、孤独な一人の戦いだった。

 

 見下ろす1番ホールのフェアウェイは、遥か先までなだらかに伸びているように見えたが、今日のゴルフ場は完全に牙を剥き、選手たちを歓迎していなかった。

 

 遮るもののない広大な大地を、ゴォォォォ……という不気味な重低音を立てて、凶暴な風が吹き荒れているのだ。

 遠州灘から遮るものなく吹き上げてくる、最大風速10メートルはあろうかという強烈なアゲインストだ。

 

 私の前にティーショットを放った同伴競技者のジュニアたちの打球は、いずれも素晴らしいフォームから放たれた美しい放物線だった。しかし、その白い球たちは、最高点に達した瞬間に凶暴な風の壁に正面から押し潰され、まるで見えない壁に衝突したかのように失速して、フェアウェイの遥か手前や、左右の浅いラフへと力なくポトリと落ちていってしまっていた。

 

「うわぁ、すごい風……。まともに高く上げたら、球が自分のところにまで戻ってきちゃいそう……」

 

 私が思わず無邪気な調子で呟くと、同伴競技者の女の子が、緊張で強張った顔のまま私を怪訝そうに一瞥した。

 

 ロープの外で見守るお父さんは、私のその言葉を聞き、メガネの奥の瞳を冷徹に光らせた。彼の脳内には、すでに私の特注クラブのデータと、この風を切り裂くための唯一の解答が完璧に導き出されているはずだ。

 

 直接言葉を交わすことはできなくても、お父さんの視線は「そのための特注スペックだ。お前のスティンガーで、風の抵抗など物理的にねじ伏せてしまえ」と、雄弁に語っていた。鉄平さんもまた、声を出さないように注意しながら、胸の前で大きく熱い拳を握りしめていた。

 

 私は、自分のバッグから、あの漆黒の特注ドライバーを引き抜いた。カーボンとチタンの塊が、真夏の強烈な太陽光を反射して、怪しく鈍い輝きを放つ。

 男子プロ仕様を凌駕する、一切のしなりを拒絶するような強度のシャフトが、私の手のひらにずしりと冷たい緊張感を伝えてくる。

 

 ティーイングエリアの後方、次の組の準備をしながらこちらの様子を窺っている高坂舞先輩の姿が、視界の端に入った。舞先輩は、腕を組んだまま、氷のように冷ややかで、しかしどこか祈るような歪んだ眼差しを私に向けていた。

 

(いくら練習で規格外の球を打てたからって、ここは極限の緊張感が支配する本番の舞台。それに、この遮るもののない葛城の、最大風速10メートルの狂暴な海風よ。あんな超低空の弾丸ライナーだろうと、この風の中で少しでも打出しの角度を間違えれば、風に押し潰されて即座に左右の深い夏高麗のラフ、最悪のハザードに捕まるわ。……お願い、ゴルフの神様、あの理不尽な暴力を、この葛城の罠で引き摺り下ろして……!)

 

 彼女の心の奥底から湧き上がる、これまでの自分の正統な努力を裏切りたくないという必死の祈りが、その鋭い視線から痛いほどに伝わってくる。事前に私の球を見てしまっているからこそ、彼女はコースの自然がその怪物を調教してくれることを、誰よりも強く願っているのだ。

 

 同じ組で私の後ろに控えている同伴競技者の女の子たちが、私の黒いドライバーを凝視しながら、怯えたように小さく息を呑む気配が伝わってくる。風の轟音に掻き消されそうになりながらも、彼女たちの視線は「女子プロでも使わないようなスペックではないか」「ただの初心者の力自慢だろう」と、拒絶のサインを送っていた。

 

 けれど、私はただ、真っ白なゴルフボールをティーの上に静かに乗せ、その前に立った。

 周囲の雑音も、舞先輩の刺すような視線も、私の意識の表層からすうっと消えていく。

 

 私の肉体には、何度と無く叩き込んできた、あの最高に気持ちいい手応えの記憶が、鮮烈に、深く刻み込まれていた。どう体を動かせば、あの絹豆腐を極上のナイフで切り裂くような、手応えのない完璧なインパクトが再現できるか。私の筋肉と骨格のすべてが、その出力を完全に覚えている。

 

 私は漆黒のドライバーを握りしめた。そして、ボールの位置を、通常の左足かかと線上よりもぐっと右側――右足寄りのポジションへとセットする。

 

 アドレスを構えた瞬間、クラブヘッドのロフト角が極限まで立ち、まるでアイアンのように鋭く地面を睨みつける形が完成した。風を高く受けるのではなく、地を這う弾道でブチ抜くための戦闘態勢だ。

 

 すうっと深く息を吸い込む。

 次の瞬間、耳元を激しく鳴らしていた凶暴な風の音が、一瞬だけ、嘘のように遠ざかった。

 静寂。世界から色が消え、私の視界には、真っ白な球のド真ん中と、その先へと真っ直ぐ伸びるフェアウェイの細い一本の線だけが鮮明に浮かび上がっていた。

 

 テークバック。

 

 私の細身の体が、まるできつく絞り上げられる極厚のゴムのバネのように、しなやかに、かつ限界の限界までねじり上げられていく。一切の無駄のないエネルギーの充填。

 

 そして――トップに達したコンマ1秒の静寂の後、ダウンスイングへの移行と同時に、私の天性の加速力が初手から最大出力で爆発した。

 

 ――――バシィィィィィンッッッ!!!!

 

 それは、ゴルフ場という広大な空間の空気を、一瞬にして完全に真空へと変えてしまうかのような、肉厚で、あまりにも凄まじい大爆音だった。日本の女子プロ界はおろか、世界のトップで戦う男子プロの領域ですら滅多に耳にすることのない、空気が正面衝突して大爆発を起こしたかのような猛烈な重低音の破裂音。

 

 ロープ外で見ていた周囲のジュニア選手やギャラリーたちが、「ひゃっ!?」「うわっ!?」と短い悲鳴をあげて、思わずその場に身をすくめる。何が起きたのか理解できず、耳を押さえる者さえいた。

 

 放たれた白球は、高さわずか数メートルという、人間の視線の高さをそのまま維持するような、尋常ならざる超低空の鋭い弾道を描きながら飛び出した。

 

 通常のゴルフの常識であれば、そんな低い球は、正面から吹きつける風速10メートルの猛烈なアゲインストの風の壁に押し戻され、瞬時に失速して地面を転がるだけのチョロになるはずだった。しかし、私の放った弾道は、その常識という名の壁をあざ笑うかのように、完全に異次元の挙動を示した。

 

 ヘッドスピード64m/s、ボール初速96m/sという、物理的なエネルギーの塊をそのまま乗せた真っ白な球は、凶暴な向かい風の風頭を真っ正面から鋭く切り裂き、普通の打球なら急激に失速するはずの風の中で、自らの推進力をいっさい落とすことなく、むしろ猛烈な勢いを維持したまま、どこまでも、どこまでも真っ直ぐに伸びていったのだ。

 

 定規で正確に線を引いたかのような、完璧な直線運動。

 

 弾道はフェアウェイのど真ん中を猛然と突き進み、通常の選手たちの打球が到底届かない250ヤード地点をはるか超えた場所で、ようやくファーストバウンドを記録した。カチカチに乾燥し、美しく刈り込まれた夏の極上のフェアウェイに遮られることなく着弾した球は、その圧倒的な勢いを維持したまま、乾いた芝生の上を滑るようにして、凄まじい勢いでさらに転がり続けた。

 

 どこまで行くの、と言わんばかりに転がり、最終的に球がピタリと止まったのは、遥か彼方――フェアウェイの先にある、緩やかな上り坂の手前だった。

 

 後から競技委員のレーダーデータによって正確に確認されたその驚異の飛距離は、真夏の大アゲインストの中で放たれたとは到底信じがたい、驚愕の320ヤードドライブだった。

 

 ティーイングエリア後方から、その信じられない弾道の一部始終を目撃していた高坂舞先輩の顔から、完全に血の気が引いていた。彼女は、幼い頃からゴルフを、努力を、スイングの精緻な理屈とセオリーを誰よりも真摯に、血の滲むような思いで学んできた正統派のゴルファーだった。だからこそ、今目の前で起きた物理的な暴力の異常性と、それが練習場だけでなく、この極限の風が吹き荒れる本番のコースの初手で完璧に再現されたということの本当の意味が、恐怖として彼女の脳にダイレクトに理解できてしまったのだ。

 

 あの如月由依という少女は、本物の、得体の知れない怪物なのだと。

 あの風間葵が自分の誘いを断ってまで、隣に立つことを選んだ理由が、あの恐ろしい弾道そのものだったのだと、認めざるを得ない現実として突きつけられていた。

 

「何よ……あの球……」

 

 舞先輩は、自身のゴルフウェアの袖を掴んだまま、ガタガタと小刻みに震えていた。叫ぶことすらできず、ただ圧倒的な理不尽さへの恐怖から、涙目でその場に立ち尽くすしかない。

 

「この暴風のようなアゲインストを、ただの初速で圧殺した……? そんなの、私がこれまで積み上げてきたゴルフの教科書の、どこにも書いてないわ……!」

 

 彼女が何年もかけて磨き上げてきた完璧なスイングと緻密なマネジメントのすべてが、あの容赦のない一撃の前では、まるでおもちゃのように無力に思えてしまったのかもしれない。

 

「よし……! パパ、鉄平さん、今の感じで合ってるよね?」

 

 そんな周囲の凍りついた衝撃を余所に、私はいつも通りの調子で笑いながら、特注のドライバーをポンと肩に担いだ。観戦エリアでは、お父さんが深く安堵の息を漏らしながらメガネを押し上げ、鉄平さんが静かにガッツポーズを繰り出しているのが見えた。

 

 ――だが。

 

 この誰もが言葉を失った異次元の320ヤードドライブこそが、私の今日の最高潮であり、同時に、これから始まる冷酷な現実への入り口に過ぎなかったのだということを、この時の私はまだ、一文字も知る由がなかったのである。

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