スティンガーから極めるゴルフ――HS64を叩き出す無自覚少女、風を切り裂く低弾道でゴルフ界を無双する 作:スティンガー
「神代先輩は、あなたたちとは生きている次元が違うのよ……」
高坂舞が言い残したその言葉は、葛城の夕暮れに吹く冷たい風に混ざり、そのままどこかへ溶けていくようだった。言い終えた舞自身、自分の言葉の重さに耐えかねたのか、どこか肩を震わせながら、足早にクラブハウスの向こうへと去っていった。
周囲は、大会を終えたばかりのジュニア選手たちと、その保護者たちの喧騒で満ち溢れている。
抱き合って「やった! 上位入賞!」と涙を流す者。スコアカードを手に「あそこのアプローチさえミスらなければ……」と、悔しさを滲ませる者。アテストエリアから吐き出される少女たちの喜怒哀楽は、夏の西日に照らされ、長く、濃い影を芝生の上に落としていた。
だが、その喧騒から隔絶されたかのように、如月由依は立ち尽くしていた。
彼女の視線の先にあるのは、アテストエリアそばの壁面に大きく掲げられた、非情なまでの白地のスコアボードだ。そこには文字と数字が整然と並んでいる。
【神代玲奈 OUT 33 / IN 34 / TOTAL 67】
一番上に燦然と輝く、絶対女王のスコア。5アンダーという、ジュニアの大会としてはおよそ信じがたい、完璧に支配された結晶のような数字。
そこから視線を下げると、3番手に舞の名前があった。
【高坂舞 OUT 36 / IN 37 / TOTAL 73】
そして、由依と葵が出場した中学女子Bのリーダーボード。
【風間葵 OUT 39 / IN 43 / TOTAL 82】
さらに、そこから目を覆いたくなるほど遥か下方へと視線を落とした、下位の泥沼の中に、その名前はあった。
【如月由依 OUT 54 / IN 51 / TOTAL 105】
『105』
由依の瞳に、その数字だけが巨大な質量を持って映り込んでいた。
いつもなら、どんな失敗をしても「あはは、全然ダメだったー!」と、トレードマークの無邪気な笑顔で周囲を和ませるはずの彼女だった。東京から引っ越してくる前は、その天然さと明るさで、周囲を照らしてきた。
だが、今の由依は違った。
ピクリとも動かない。微動だにせず、ただスコアボードに刻まれた自分の名前と、105という数字を凝視し続けている。彼女の耳には、もう周囲の声も、風の鳴る音も届いていなかった。ただ、ドク、ドク、と、自分の胸の奥で早鐘を打つ心臓の音だけが、不気味なほど大きく脳内に響き渡っている。
(どうして……?)
由依の頭の中で、拒絶反応のように疑問が渦巻いていた。彼女のこれまでの人生において、世界はなんとなく、思い通りになる場所だった。
けっして、すべての分野で学年トップを走り続けるような、完璧な超人だったわけではない。勉強は人並みに机に向かわなければ平均点止まりだったし、習い事のピアノだって、譜面通りに間違えずに弾くのが精一杯の、ごくありふれたものだった。
ただ、身体を動かすこと――それも、空間の中にある物体の動きを正確に捉え、自分の身体と連動させて一瞬で力を集約するような局面に限っては、彼女は昔から、無自覚のまま異質な輝きを放っていた。
東京の小学校に通っていた頃、体育の授業でテニスやバドミントンをすれば、フォームなんてめちゃくちゃなのに、ラケットの芯で面白いくらいに球を捉えることができた。
ドッジボールでは、至近距離から飛んでくる剛速球の軌道がなぜか手にとるように見え、最小限の動きでひらりと身をかわす。鬼ごっこをすれば、特別足が速いわけでもないのに、重心移動と間合いの取り方が絶妙で、最後まで捕まらなかった。
クラスメイトが手元から落としたペンを、隣にいた由依が電光石火の反射神経で空中でキャッチし、「おっとっと」と呑気に笑うようなことも、彼女にとっては日常茶飯事だった。
彼女の身体に宿っていたのは、のちにゴルフというスポーツで完全開花することになる、圧倒的な空間把握能力と、インパクトの一瞬にすべてのパワーを乗せる打撃の天賦の才。
それが日常の端々で、小さな余波のようにこぼれ落ちていた。だからこそ由依は、泥にまみれて挫折に泣くことも、自分の限界に絶望することもなく、身体を動かすこと全般を、なんとなく最初から上手く出来てしまう側の人間として、健やかに生きてこられたのだ。
挫折、敗北、劣等感。そんな重い言葉は、自分とは一生無関係な概念だと本気で思っていた。
だから、静岡の御殿場に引っ越してきて、ゴルフというスポーツに出会ったときも、その前提は変わらないはずだった。
葵から7番アイアンを借りて、言われるままに振った2球目。バシィィィン、という破裂音とともに、地を這うような弾道でコンパネ板を撃ち抜いた。自分の身体の奥にある大砲が、ゴルフという競技の特性と完全に噛み合った瞬間だった。
お父さんが目の色を変えて驚き、信頼するクラフトマンが「本物の天才だ」と声を震わせ、中1の女子としては前代未聞の、重く硬い特注クラブが彼女の手に与えられた。
今日の大会だって、強烈な向かい風が吹き荒れる中、由依の放ったスティンガーは、風の壁を真っ向から切り裂き、同組の選手たちが絶望する中で320ヤードという異次元のドライブを記録した。あのプライドの高い高坂舞が、その物理的な暴力の前に戦慄する姿を見て、由依は無意識のうちに、いつもの無邪気さでこう確信していたのだ。
――私、ゴルフでも、このままあっさりと一番になっちゃうんだ、と。
これまでの人生の延長線上にある、素朴で、悪意の一切ない、純粋な思い込み。それこそが、由依という天才の根底を支えていた、危ういほどの全能感だった。
それが。
グリーンという名の、たった十センチの穴を巡る迷宮の中で、跡形もなく粉砕された。
脳裏に、今日の光景が、鮮明な悪夢となって蘇る。
320ヤードを飛ばし、残りわずか数十ヤードのウェッジショット。そこからピンを狙うべき短い1打になった瞬間、世界は突如として牙を剥いた。由依の放つ圧倒的なパワーも、風を切り裂く直線も、ピン手前のシビアなエリアでは、すべてが裏目に出た。
完璧に捉えたはずのアプローチは、強烈なアゲインストに押し戻されて、グリーンの手前でポトリと落ちた。
ならばと弾道を低く抑えて打てば、グリーンを丸ごと飛び越えて奥のラフへと突き抜け、バンカーショットは反対側にある別のバンカーへと突き刺さる。
カップに向けてそっと転がしたはずのボールは、葛城特有の、目を狂わせる強烈な傾斜と芝目に弄ばれ、あらぬ方向へと加速していく。あれ? と思っている間に、ボールはカップを無情に通り過ぎ、打てば打つほどカップを嘲笑うように逸れていく。3パットは当たり前、あるホールでは絶望の4パットを叩いた。
由依の誇る直線の暴力が通用しない空間。
ウェッジの繊細な距離感、芝目のロジック、パッティングの力加減。それらが未熟な由依は、グリーンに上がるたびに、ただなす術もなくスコアを削り取られていった。ロングゲームでどれだけ他を圧倒しようとも、ショートゲームでの大叩きが、彼女のスコアを105という凡庸以下の数字へと引きずり下ろしたのだ。
由依は、ゆっくりと自分の右手を顔の前に掲げた。
特注のカスタムクラブを握り締め、男子プロ以上のヘッドスピードで何百球とボールを放っていた、由依の武器。
この手に、これだけの力があるのに。世界を切り裂くようなスティンガーが打てるのに。
なぜ、あのわずか数メートルの距離で、球を沈めることができなかったのか。
「……っ」
胸の奥から、どろりとした、熱くドス黒い塊がせり上がってくるのを、由依は感じていた。
それは、彼女の人生の中で、一度も経験したことのない感情だった。
喉がひりつくように熱い。胸がギチギチと締め付けられ、うまく息が吸えない。頭の芯が沸騰したように熱いのに、指先は氷のように冷たくなっていく。これが、何なのか、今の由依には分からなかった。
「あはは……」
いつものように、笑おうとした。
『全然ダメだったよ、葵ちゃん。やっぱりゴルフって難しいね』
そう言って、いつも通りの天然な、お気楽な由依として振る舞おうとした。けれど、口角がピクリとも動かない。声を出そうとしても、喉の奥が完全に閉じてしまっていて、かすれた呼気が漏れるだけだった。
ただ、じっと己の手のひらを見つめる由依の瞳の奥に、言葉にならない、強烈な渇きが宿っていた。砂漠の真ん中で、水を求めてのたうち回るような、圧倒的な飢餓感。涙すら出ないほどの、深い、深い敗北の泥沼。
その隣で。
風間葵もまた、同じリーダーボードを見上げていた。
『82』
あの11番ショートホールで強風に煽られ、わずかに届かず顎の深いバンカーへ落としてトリプルボギーを叩いたのがなければ。あるいは16番のパーパット、カップの縁をクルリと回って蹴り出された、あのわずか数ミリのズレからボギーに崩れなければ。
たらればの思考が、葵の脳裏をぐるぐると駆け巡る。9歳からゴルフを叩き込まれ、御殿場の地で牙を磨いてきたジュニアとして、この82と言うスコアは悔しい結果だった。舞は73。かつてしのぎを削り、由依の前で鼻を明かしてやると大口を叩いたのに、9打もの大差をつけられて完敗している。
突きつけられた現実への衝撃で、一度は視界が涙で歪みかけた。
だが、その沸騰しかけた激情のピークを超えた瞬間、葵の心を満たしたのは、激しい怒りや涙ではなく、どこか冷めた、静かな感情だった。
(でも……しょうがないよね)
心が壊れてしまわないよう、葵は、自らの中に湧き上がろうとする悔しさを、無意識のうちに大人の諦念という名のオブラートで包み込もうとしていた。
(私は9歳からやってるけど、神代玲奈さんはもっと前からやってるし、練習量も私の比じゃない。舞ちゃんだって、あのパットを身につけるために、毎日夜遅くまで残って、手が動かなくなるまで居残り練習をしてたのを知ってる。それに比べて、私は……新設されたばかりの弱小部で、環境だけチートにしてもらったけど、本物の覚悟が足りてなかったんだ。今の私の実力なら、82というスコアは妥当。むしろ、よく粘った方だよ。1打の重みを知れただけでも、今回の夏の大会は、いい経験になった。うん、そうだよ。次、頑張ればいいんだから……)
それは、ジュニアの世界という大人の縮図に長く身を置いてきたからこそ、葵が身につけてしまった、悲しい防衛本能だった。これ以上傷つかないために。自分の限界を綺麗にラッピングして、納得という名の鍵をかけて、心の奥底に仕舞い込む。そうやって、自分を納得させる大人びた諦め。それが、風間葵という少女の、これまでのゴルフに対するスタンスの限界でもあった。
しかし。
「……あ」
葵が何気なく、隣に立つ由依の横顔を見た瞬間。彼女の心臓が、ドクン、と大きく跳ね上がった。
由依は、泣いていなかった。
ただ、その表情は、葵がこれまで見たことのないほどに強張っていた。いつもふにゃりと柔らかく笑う頬は硬く引き締まり、視線はスコアボードの自分の名前を、親の仇でも見るかのような鋭さで射抜いている。彼女の全身から、触れたら手が切れるのではないかと思わせるほどの、張り詰めた覇気と、凄まじい飢餓感が立ち上っていた。
その尋常ではない様子に、葵の背筋を、ゾクリと冷たい衝撃が駆け抜けた。脳の奥の細胞が、一斉に警報を鳴らす。
葵は、理解してしまったのだ。由依のその、壊れてしまいそうなほどの横顔の理由を。
(この子は……由依は……)
葵はゴクリと唾を飲み込んだ。全身の毛穴が逆立ち、肌が強烈に粟立っていく。
(本気で、最初から、自分が一番上に立つと思ってたんだ……)
ゴルフを始めて、まだ数ヶ月。
コースマネジメントも知らない、アプローチのバリエーションもない、グリーンの芝目も傾斜も読めない。何もかもが付け焼き刃で、お父さんたちのチート環境によって、形を整えただけの、正真正銘の素人だ。
由依本人も、今の自分に、あの『67』や『73』なんて数字を叩き出せる実力がないことくらい、頭では分かっているはずなのだ。理屈では、データでは、天地の差があることなんて嫌というほど突きつけられている。それなのに。彼女の剥き出しの魂は、そんな理屈を、ハナから一切受け付けていなかった。
毎日泥をすするような思いで練習を重ねてきた高坂舞に。プロのレギュラーツアーでもローアマの常連である、あの絶対女王・神代玲奈に。
ただ、負けた、不甲斐ないスコアを出してしまった、というその事実だけに、本能が、プライドが、狂おしいほどの拒絶反応を起こしている。理屈なんか関係なく、この夏の大会で最初から勝って、自分が頂点に立つのが当然だと、本気でそう信じ込んでいたのだ。
なんという、傲慢。
なんという、身の程知らず。
何百万人というゴルファーが、何十年かけてもたどり着けない頂に、始めて数ヶ月の自分が一歩で飛び乗れると、本気でそう思っていたというのか。普通なら、そんな由依の姿を見て、世間知らずのお嬢様が、鼻をへし折られてショックを受けているだけだと呆れるべきだった。あるいは、ジュニアの厳しさを知る者として、現実の重さを説くべきだった。
だが、葵の胸を支配したのは、呆れなどでは断じてなかった。畏怖。そして、魂を根底から揺さぶられるような、圧倒的な衝撃だ。
(私は……私は何を、綺麗に納得しようとしてたの?)
由依の、その傲慢なまでの純粋さが、葵の心にかけられていた諦念の鍵を、大槌で叩き割るように粉砕していく。
自分は実力相応だ、いい経験になった、なんて言葉で誤魔化して、傷つくことから逃げていた。悔し涙を流すことすら、自分のプライドを守るために放棄していた。誰よりも近くで、由依のあの異次元のスティンガーを見ていた。あの打撃音を、その鼓膜に刻み込んできた。
誰よりも由依の才能を信じ、その導き手になろうとしていたはずの自分が、当の由依が本気で世界を獲りにいっているその横で、どうして自分の限界を勝手に決めて、小さくまとまろうとしていたのか。
ゴルフを始めて数ヶ月の怪物が、本気で世界の頂点を見据えて飢えている。なら、9歳からゴルフに人生を捧げてきた自分が、ここで立ち止まって、納得したフリをしていていいわけがない。
由依の胸の中に宿った、猛烈な渇きが、風間葵という少女の中で眠っていた、獰猛なまでの闘争心に、凶悪な火をつけた。葵の瞳から、それまでの大人びた諦めが急速に消え去っていく。代わりに宿ったのは、ぎらぎらとした、野生の肉食獣のような鋭い光だ。
「……由依ちゃん」
葵は、震える声を絞り出し、隣の少女の名前を呼んだ。
由依の身体が、ビクリと小さく揺れる。彼女は、錆びついた人形のように、ゆっくりと首を動かし、葵の方を向いた。その大きな瞳には、黒い炎が静かに揺らめいている。
「葵ちゃん……」
由依の声は、かすれていて、今にも消えそうだった。彼女は、自分のポロシャツの胸元を、細い指先でぎゅっと、引きちぎらんばかりに強く掴みしめた。
「私……ここが、すごく痛いの。胸の奥が、何かで焼かれてるみたいに熱くて……カラカラに乾いてて……息を吸うと、胸がすっごく苦しいの。何、これ。私、どうしちゃったんだろう。上手くいかないことなんて無かったから……練習しても上手くいかないことがあるなんて、考えたことも無かった。東京にいた時だって、何をやっても最初から、なんとなく上手くやれてたのに……。今は、どうしても笑えないの。笑いたくないの」
由依の言葉は、彼女自身の魂の叫びそのものだった。初めて直面した、自分の思い通りにならない世界。初めて突きつけられた、圧倒的な敗北という名の現実。その痛みに、彼女の無垢な心は激しく悲鳴を上げていた。
その姿を見て、葵の目からも、それまで堰き止めていた熱いものが、一気に溢れ出して頬を伝った。だが、葵の表情に、もう弱さはなかった。彼女は、涙を拭いもせず、由依の目をまっすぐに見つめ返した。
「っ……そうだよ、由依ちゃん」
葵は、一歩、由依に歩み寄った。その声には、これまで由依にゴルフを教えていたときのような優しさはなかった。あるのは、同じ戦場に立つ、一人のゴルファーとしての、容赦のない熱量だ。
「それが、悔しいってことだよ」
「悔しい……?」
由依が、その言葉の意味を確かめるように、小さくオウム返しにする。
「そう。本気で自分が一番だって信じて、本気で勝つ気でいたから……届かなかった事実が、胸を締め付けるんだよ。誤魔化せないくらい、心がどんどん乾いちゃうんだよ。……由依ちゃん、あなたは天才だよ。でも、ゴルフは、飛ばすだけのゲームじゃない。それを今日、舞ちゃんや玲奈さんに、現実として突きつけられたの」
葵は、自分の拳を、爪が手のひらに食い込むほどに強く握りしめた。
「私も、悔しい。82なんてスコアで、実力通りだなんて、納得したフリをしてた自分が、死ぬほど恥ずかしい。実力相応だ、いい経験になった、なんて言葉で誤魔化して、私は逃げてた。由依ちゃん、あなたが本気で一番上を目指してるのに、私がここで諦めていいわけがないじゃん!」
葵の叫びは、葛城の静かな夕暮れの練習グリーンに、激しく響き渡った。
「私も、悔しい。こんなところで終わるのは嫌だ。神代玲奈も、高坂舞も……次は絶対に、引きずり下ろしてやる。あなたのその、めちゃくちゃな
葵は、涙で濡れた顔のまま、不敵に、猛々しく笑ってみせた。
「その乾いた胸を、ゴルフで満たしにいこう。笑えないなら、勝つまで笑わなくていい。あいつらを全員ぶち抜くまで、徹底的にやろうよ」
由依は、目を見開いたまま、葵の言葉を一つひとつ、自分の心の中に染み込ませていくようだった。悔しいという感情の名前を知った瞬間。彼女の胸の奥のカラカラに乾いた痛みが、明確な目的意識へと形を変えていく。
(そうか……私、悔しいんだ)
初めて知った、敗北の味。それは、泥のように苦く、しかし、同時に身体の奥底から、信じられないほどのエネルギーを沸き立たせる、劇薬のような味だった。
由依の唇が、小さく震える。
「……うん」
彼女は、小さく、しかし鋼のように固い決意を込めて、頷いた。
「やる。私、次の大会では、絶対に一番になる。あの十センチの穴の中に、私のボールを、全部、思った通りに沈めてみせる」
二人の少女の視線が、火花を散らすように交錯する。
そこにはもう、これまでのゴルフを教える先輩と、都会から来た素人の友達という、ぬるい関係は存在しなかった。互いのポテンシャルを認め合い、互いの存在によって己の限界を打ち破り、同じ頂点を目指して全力で競い合う。
如月由依と、風間葵。
二人の間に、生涯にわたる、真のライバルとしての関係が、この夕暮れの中で、確かに産声を上げた瞬間だった。
――そこから、少し離れた場所。
ハイエースの横では、お父さんコンビ――如月達也と風間鉄平が、並んで立ち、愛娘たちの背中をじっと見つめていた。鉄平は、手にしたハイエースのキーを指先で弄びながら、ふう、と深くタバコの煙を吐き出した。
「……達也兄ィ。ありゃあ、かける言葉がねえな」
達也は、いつものようにiPadを手にしたまま、メガネの奥の目を細めた。娘が105という惨憺たる大叩きをしたにもかかわらず、その表情には冷徹な分析眼だけでなく、一人のゴルファーとして、娘の瞳に宿った黒い炎に対する深い畏敬の念が浮かんでいた。
「いや、鉄平くん。言葉なんて必要ないさ。彼女たちは今、本当の意味でゴルファーになったんだ」
達也は、静かに言った。
「ゴルフというスポーツの、最も残酷で、最も美しい部分に、あの二人は今、同時に触れた。ここから先は、彼女たち自身の魂の戦いになる」
「ハッ、違いねえ。あいつらのあのツラ……俺が昔、アマチュアの大会でボコボコにされて、悔しくて1晩中練習グリーンにしがみついてた時のツラと、全く同じだわ」
鉄平は携帯灰皿にタバコをぐっと押し込み、白い歯を見せて笑った。
「よし、達也兄ィ。今夜は美味い酒が飲めそうだ。そして、明日からは……地獄の特訓の始まりだな」
「ああ。彼女たちのあの渇きを癒やすための、最高にロジカルで、最高に狂ったメニューを用意しよう」
達也もまた、娘たちの未来の成長を確信し、静かに闘志を燃やすのだった。