スティンガーから極めるゴルフ――HS64を叩き出す無自覚少女、風を切り裂く低弾道でゴルフ界を無双する   作:スティンガー

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第4話 家庭内パニックと、二人の父親の邂逅

 御殿場の夕暮れは、東京のそれとは全く違っていた。

 ビル群に遮られることなく、どこまでもなだらかに広がる裾野。その頂点に鎮座する富士山の巨大なシルエットが、燃えるような茜色の空にどっしりと浮かび上がっている。

 

「……ねえ、本当に、本当にどうやって打ったの? 私、まだ夢でも見てる気分なんだけど」

 

 隣を歩く葵ちゃんが、さっきから何度も私の顔を覗き込んでは、驚きを隠せない様子で同じ質問を繰り返している。その腕には、私が文字通りひん曲げてしまった彼女の7番アイアンが、無惨な姿で抱えられていた。

 

「葵、お前がしつこく質問したら如月のお嬢ちゃんが困るだろ。……それにしても、まさかゴムのショットマットごとひっくり返すやら、俺が設置したコンパネまで粉砕するやら……」

 

 先頭を歩く鉄平さんが、作業着の大きな背中で頭をガシガシと掻いた。その声には困惑が混じっているものの、どこか弾んだ、妙に嬉しそうな響きがある。

 

「いや、だがな……もし葵の言ったことが全部マジだったら、これはとんでもねえぞ。中1の女の子が初スイングでシャフトを曲げて、コンパネをブチ抜くだあ? 普通ならそんなバカな、で終わりだが……もし本当なら、俺は今、歴史的な怪物の誕生に立ち会ってるってことだからな。おいおい、考えただけでゾクゾクしてきやがった」

 

 鉄平さんは振り返り、ニカッと豪快な笑みを浮かべて私を見た。その目は、いたずらを発見した少年のような、純粋な期待感と好奇心でギラギラと輝いている。

 

 新居までの帰り道、私は申し訳なさと、胸の奥から湧き上がる興奮が入り混じった複雑な気持ちで、何度も自分の右の手のひらを握ったり開いたりしていた。

 じわじわとした、心地よい熱がまだ残っている。

 

 葵ちゃんに言われるがまま、形を変えて放ったあの一撃。白い球のド真ん中を鉄の塊が射抜いた瞬間の、あの手応えのなさ。まるで、上質な絹豆腐をあつらえ向けの鋭利なナイフで、すうっと滑らかに切り裂いたかのような、あの奇妙なまでに軽やかな感触が、どうしても頭から離れなかった。

 

「あの……ここ、です」

 

 私が恐る恐る立派な無垢材の玄関扉を開けると、新築特有のい草と木の香りが鼻腔をくすぐる。蚊の鳴くような声で「ただいま……」と言う私の後ろで、鉄平さんが「夜分に突然失礼します」と野太い、しかし丁寧な声を響かせた。

 

「あら由依、おかえりなさい。ずいぶん遅かったじゃな――って、あら?」

 

 廊下の奥から顔を出したエプロン姿のお母さん――佳乃が、私の跳ねた土を浴びて泥だらけの服や、皺だらけになったブラウスの袖、そして真っ黒に汚れた手を見て眉をひそめ、さらに私の後ろに立つ、見知らぬ体格の良い男性とゴルフクラブを持った少女の姿を見て、完全に言葉を失った。

 

「あ、あの、お母さん、これにはいろいろ事情があって……」

「突然の訪問、誠に申し訳ありません!」

 

 私がしどろもどろになっていると、鉄平さんが一歩前に出て、深々と頭を下げた。

 

「私、すぐそこで建築の職人をやっております、風間と申します。実は、うちの庭に作ってある個人の練習スペースでお嬢さんが、その……ちょっとしたハプニングを起こされまして。怪我はなかったんですが、親御さんに直接ご説明をと思い、不躾ながら同行させていただきました」

「えっ……建築の? ハプニング? とにかく、立ち話もなんですし、中へどうぞ……!」

 

 お母さんはパニックになりながらも、私たちを広々としたリビングへと促した。「あなた! あなたちょっと来て、大変よ!」というお母さんの鋭い声が廊下に響く。

 

 リビングへ足を踏み入れると、そこでは我が家の家長であり、大企業の新プロジェクト総責任者であるお父さん――如月達也が、いつもの戦闘態勢で佇んでいた。

 

 戦闘態勢、といっても、スーツを着ているわけではない。グレーのポロシャツにチノパンというラフな部屋着姿なのだが、その手には、まるで我が子のように大切に扱われている一本の金属製の棒が握られていた。鈍い輝きを放つ、高級なパター。床には贅沢な長さの緑色のパターマットが敷かれており、お父さんは数センチ単位のストロークを、ミリ単位の真剣な眼差しで繰り返していた。

 

 お父さんは、自他共に認めるガチのゴルフ狂だった。

 大学時代の4年間、仕送りもアルバイト代も、そして睡眠時間すらもすべてゴルフに注ぎ込み、一気にハンデ3のシングルゴルファーまで登り詰めたという、我が家のちょっとした伝説(とお母さんにとっては苦い記憶)の持ち主だ。社会人になってからは激務のせいで接待ゴルフやギア集めのオタク趣味に落ち着いていたけれど、ゴルフに対する情熱の炎は、少しも衰えていない。

 

「おい佳乃、一体何事だ、大声を出し――」

 

 お父さんが怪訝そうな顔でパターを手に振り返った瞬間、リビングに現れた泥だらけの娘、体格のいい見知らぬ職人風の男、そしてゴルフクラブを抱えた少女、というあまりにカオスな光景を前にして、その動きをピタリと止めた。

 

 持っていたパターのヘッドが、コンとフローリングに触れて小さな音を立てる。お父さんはゆっくりと顔を上げ、メガネの奥の目を、信じられないものを見たかのように見開いた。

 

「――あの、如月由依ちゃんのお父さん、でよろしいでしょうか」

 

 リビングの張り詰めた沈黙を破ったのは、作業着姿の大きな男性――鉄平さんの、野太くも神妙な声だった。

 

「夜分突然お邪魔して本当に申し訳ありません。すぐそこで建築の職人をやっております、風間鉄平と申します。……実は、お嬢さんがうちの庭の練習スペースで、その、ちょっとしたハプニングを起こされまして」

「ハプニング……? 娘が、ですか?」

 

 お父さんはパターを握ったまま、エリートビジネスマン特有の鋭い視線で風間親子を観察し始めた。泥だらけの私、作業着の男、そして妙にギラギラした目で私を凝視している中1の女の子。

 

「あの……パパ……。こっち、さっきお友達になった葵ちゃんと、葵ちゃんのパパの鉄平さん……」

 

 私はお父さんの厳しい視線から逃れるように、いつになく小さくなって声を絞り出した。いつもなら「へへっ」と笑ってごまかすところだが、今回ばかりは完全に事の重大さに肝を冷やしている。

 

「私ね、さっき葵ちゃんの家の鳥カゴ(ネットスペース)で、初めてゴルフをやらせてもらったの。そしたら……その、一回目に力が入りすぎちゃって、地面のマットを思いっきり前方に吹っ飛ばしちゃって……」

「……マットを、吹っ飛ばした?」

 

 お父さんは首を傾げた。その表情には、私の拙い説明に対する明らかな困惑が浮かんでいる。

 

「ハハハ、なるほど。ダフって固定が少しズレたんだね。初心者の女の子にはよくあることだ。風間さん、うちの娘が驚かせてしまってすみません。マットの買い替え代くらいはすぐに――」

「いや、お父さん、そんな単純な話じゃねえんです」

 

 鉄平さんが首を振り、隣の葵ちゃんの肩を叩いた。

 

「葵、お前の手にある『それ』を、このお父さんに見せな」

「……はい」

 

 葵ちゃんが一歩前に踏み出し、両手で大事そうに抱えていた一本のアイアンを、ゆっくりとお父さんの目の前のテーブルへと置いた。

 

「由依ちゃんは、今日初めて握った私の7番アイアンで、まず一発目にこれをやったんです」

 

 お父さんの視線が、テーブルの上のクラブへと落ちる。

 その瞬間、お父さんの息が物理的に止まった。

 本来なら、職人が鍛え上げた真っ直ぐな鉄の棒であるはずのスチールシャフトが、ヘッドの付け根に近いネックの部分から、まるで飴細工のように無惨に、ぐにゃりと右側にひん曲がっていたのだ。

 

「クラブを地面に叩きつけたり、変な方向に振り回したりしてこうなったわけじゃないんです。由依ちゃんは私が教えた通りに、とても素直に、ただ全力で、すごく綺麗なスイングをしただけ。……でも、ヘッドが走るスピードが信じられないくらい速かった。地面をダフっただけなのに、ショットマットごと吹っ飛ばして、シャフトが捻じ切れる手前までいってたんです!」

「……す、スチールシャフトが、ネックから折れ曲がっている……!? そんな馬鹿な、NSプロの850か……? いくら軽量スチールとはいえ、中1の女の子のパワーで、地面をダフっただけでこんな曲がり方をするわけが――」

 

 お父さんは狼狽し、壊れたクラブをひったくるように手に取って、眼鏡が触れそうなほど顔を近づけて凝視した。

 

「嘘じゃないんです! 盛ってもいません!」

 

 葵ちゃんが、お父さんの困惑を置き去りにするような、恐怖と興奮が混じった目で叫んだ。

 

「由依ちゃんは、一発目でこれを壊したあと、倉庫から出してきたお父さんの重いクラブに持ち替えて、二発目を打ったんです。……そしたら、音が……。おじさん、音が違ったんです! 私やうちのお父さんが振った時のようなシュパッって音じゃない。完全に芯と芯が正面衝突した、あの乾いた、空気が爆発したような破裂音だったんです! あれは絶対に、まぐれで当たったトップの薄い音なんかじゃない。完全に白球のコアを真っ芯でブチ抜いた、完璧なインパクトの音でした!」

 

 お父さんの肩が、目に見えてビクンと硬直した。

彼の脳裏に、テレビで見るPGAツアーのトッププロたちの映像が、そして自分が大学時代に憧れ、どうしても出すことができなかった、あの乾いたインパクト音が鮮烈に蘇る。

 

「放たれた球は、目にも留まらぬ速さの超低空で突き刺さりました。厚布の的を破って、後ろの衝撃吸収クッションごとコンパネの板をぶち抜いたんです!」

「7番で、クッションごとコンパネを……」

 

 お父さんの口から、呆然とした言葉が漏れた。

 ハンデ3に到達するまでに蓄積された膨大なゴルフの常識が、脳内で高速回転し、バグを起こし始める。

 

 今日初めてクラブを握った女の子が、そんな球を打つなどあり得ない。陸上で言えば、初めて走った子供が世界記録を出したというほどの狂気だ。ゴルファーとしてのプライドが、目の前のひん曲がった鉄の棒という絶対的な証拠を前にして、悲鳴を上げていた。

 

「如月さん、俺も職人として、頑丈さには自信がある鳥カゴを組んでるんですがね」

 

 鉄平さんが頭を掻きながら、苦笑混じりに、しかし真剣な目で言葉を重ねた。

 

「お嬢さんの一撃はクッションごとコンパネを叩き割った。その結果が、今あんたの手にあるひん曲がった鉄の棒だ。これだけの証拠が、今、目の前にある。……見たところ、あんたもかなりガチのゴルファーだ。これが何を意味するか、分かるんじゃないですか?」

「……」

 

 お父さんは、言葉を失った。

 目の前にある、物理的にあり得ない角度で歪んだ実物のクラブ。そして風間親子の語る、あまりにも具体的で生々しい、ゴルファーとしての視点。

 ゴルフ脳の塊であるお父さんだからこそ、一瞬で理解してしまったのだ。

 

 娘の如月由依が、今日、見よう見まねの初スイングで、自分が一生をかけても届かなかった神の領域に、足を踏み入れてしまったということを。

 

「あ、あの……風間さん、本当に申し訳ありません……!」

 

 キッチンのカウンターから、お母さんが血の気の引いた顔で飛び出してきた。ゴルフの専門的なショットや弾道の話はさっぱり分からない。けれど、娘が、マットを吹っ飛ばし、クラブを飴細工のようにひん曲げ、人の家の設備を破壊した、という事実は、十分に理解できたからだ。

 

「由依! あんた一体何をやらかしてるのよ! 初めてお友達になった子の家で、そんな……暴れるなんて……っ。風間さん、弁償はもちろん、お怪我はありませんでしたか!? 警察とか、その……」

 

 必死に頭を下げるお母さんの横で、お父さんはガタガタと椅子の音を立てて立ち上がった。お母さんは「あなたからも一言お詫びしてよ!」と夫の袖を引こうとしたが――その手をすり抜け、お父さんは喉をかきむしるような大声をあげた。

 

「警察なわけがないだろう、佳乃! 弁償なんて当たり前だ、そんな次元の話をしているんじゃない!!」

「えっ……? あなた……?」

 

 お母さんが呆気に取られる。 お父さんの瞳は、未知の巨大な原石を発見したゴールドラッシュの炭鉱夫のように、怪しく、激しく輝いていた。

 お父さんはガタガタと椅子の音を立てて立ち上がると、強い誠意の籠もった真っ直ぐな視線を鉄平さんへと向けた。

 

「風間さん。このクラブの弁償はもちろん、お宅の設備の修理代も、すべて責任を持って私が持たせていただきます」

「いやいや、如月さん、それは気にしないでくださいよ!」

 

 鉄平さんは大きな手を振って、ハハハと笑った。

 

「鳥カゴのコンパネなんて俺が端材で適当に打ったやつですからね。そもそもの発端は、うちの葵が面白がって無理に振らせちまった面もある。お互い様ってことで、修理代なんて野暮なものはナシにしましょうや」

「いや、しかし、そういうわけには……」

 

 なおも食い下がろうとするお父さんに、鉄平さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「どうしても筋を通したいってんなら、こうしましょう。葵の7番アイアン、シャフトの修理だけ如月さんに甘えていいですか? その代わり、鳥カゴの方は完全にチャラ。……で、今週の土曜日の朝、うちの行きつけの練習場に来てくれませんか。お嬢さんのそのバグ、もう一回、大人の目でも見届けさせてほしいんですよ」

 

 お父さんはハッと目を見張った。まるで一生に一度の重要なビジネス交渉で、最高の逆提案を受けたかのような真剣な面持ちで、力強く頷いた。

 

「……分かりました。このクラブは私が一度預かり、すぐにショップへ修理に出します。幸い、シャフトの交換だけなら、その日のうちには仕上がるはず。土曜日の朝、直したクラブを持って必ず伺います。娘のショット、僕もこの目で確かめたいので」

「ハハ、大歓迎ですよ、如月さん」

 

 鉄平さんはニヤリと豪快に笑った。

 

「頑固な常連の親父たちも、みんな巻き込んで待ってます。ゴルフ狂の父親同士、じっくり話しましょうや。……じゃあ、葵、俺たちは一度引き上げるぞ。如月さん、また土曜日に!」

「はい、土曜日の朝9時、必ず。……本当に、色々とありがとうございます、風間さん、葵ちゃん」

 

 お父さんは深々と頭を下げ、嵐のように去っていく風間親子を玄関先で見送った。 パタン、と静かにドアが閉まる。

 

 風間親子が帰ったあとの静まり返ったリビングで、お父さんは曲がったクラブを握りしめたまま、尋常ではない汗を吹き出し、呆然と固まってしまった。手の震えが止まっていない。

 お父さんはゆっくりと、玄関近くにぽつんと立っていた私を振り返り、私の両肩を、今度は骨が軋むほどの強い力でガシッと掴んだ。その眼差しは、真剣そのものだった。

 

「由依。本当なんだな。本当に、コンパネの板を一瞬で破壊したんだな。それも、鉄平さんの重い大人用のクラブで……」

「え? うん、スコーンって、お豆腐を切るみたいに気持ちいい音がしたよ。葵ちゃんに教わった通りにやったら、すっごい音がして、パカッて真っ二つに割れちゃって……。パパ、肩痛いよ」

「ちょっとあなた、由依が痛がってるじゃないの、離しなさい!」

 

 お母さんが慌てて私たちの間に割って入ろうとするが、お父さんは耳にも貸さない。

 

「お豆腐を切るみたいに……! インパクトの抵抗がゼロだったということか! 天性のスイング効率、肉体の連動性が、初手から完璧な形で噛み合っていると……!」

 

 お父さんは私の言葉を独自のゴルフ脳で超解釈し、リビングで激しく頭を抱えた。

 

「信じられない……。私が大学で4年間、無限の時間と情熱を注ぎ、手の皮を何枚も剥いて、ようやく到達したハンデ3の領域。それを、我が娘が、今日初めてクラブを握っただけで、初手で超越したというのか……! これは奇跡だ。いや、絶望的なまでの才能の暴力(バグ)だ……!」

 

「ねえ、あなた。さっきから何ブツブツ言ってるのよ。才能のバグって何よ、わけのわからない言葉を使わないで」

 

 お母さんは呆れたようにため息をつくと、私の肩を優しくさすりながらお父さんをキッと睨みつけた。

 

「それより大変なことじゃないの! 由依、あんた女の子なのに、他人の家の頑丈な板を破壊するなんてどんな怪力よ!? いくら風間さんが修理はいいって言ってくださったからって、明日、私から奥さんにもちゃんとお詫びの電話を――」

 

「う、うん……本当にごめんなさい……」

 

 お母さんの真っ当な説教に、私は完全にちんまりと縮こまり、ソファのクッションを抱きしめてコクコクと何度も首を振った。弁償代は私のお小遣いから引かれるのだろうか、と本気で戦々恐々としている。

 

 常識的な被害の心配をするお母さんを完全に無視して、お父さんはソファに放り出していたパターを再び拾い上げると、リビングの真ん中で狂ったように素振りを始めた。 ビュッ! ビュッ! と、いつもより明らかに力んだ不穏な風切り音がリビングに響く。彼の中のゴルファーとしてのプライドと父親としての歓喜が、いま激しくシェイクされているのが丸分かりだった。

 

「よし、決めたぞ! 土曜日の朝は練習場でオーディションだ! 由依、パパの目の前でその一撃を、もう一回実演してみせるんだ! もしそれが本当なら……パパは、君のゴルファーとしての人生を、命に代えてもバックアップする準備がある!」

「ちょっと! あなた、いい加減にしなさい!」

 

 お母さんの鋭い怒声がリビングに響いた。

 

「風間さんに言われるがまま土曜日に練習場に行く約束なんてしちゃって……。引っ越してきたばかりなのに、勝手に娘を巻き込まないでよ! あなたが昔、ゴルフで家庭を顧みなかった暗黒期を私は忘れてないんだからね!?」

 

 キッチンからお母さんの怒声が飛ぶが、お父さんの耳にはもう、200ヤード先のピンフラッグの羽ためきしか聞こえていないようだった。

 

「えええ……もう一回打つの……? また何か壊したらどうしよう……」

 

 完全にあの頃の狂気を取り戻して素振りを続けるお父さんと、その暴走を止められず、言葉通り蚊帳の外で頭を抱えるお母さん。その両極端なふたりを、私はすっかり怯えた目で、嵐が過ぎ去るのを待つかのように見つめるしかなかった。

 

 これが、我が家を巻き込む家庭内パニックの幕開けであり、私が自分の異常な才能を、大人のエゴと愛によって徹底的に視覚化されていく、最初の狂喜の夜だった。

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