スティンガーから極めるゴルフ――HS64を叩き出す無自覚少女、風を切り裂く低弾道でゴルフ界を無双する   作:スティンガー

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第6話 大砲の設計図

「パパ、今日のフィッティングって、具体的に何をするの?」

 

 助手席に座る由依が、シートベルトに少し体を預けながら、小首を傾げて尋ねてきた。窓の外には、初夏の柔らかな陽光に照らされた御殿場の豊かな緑が流れていく。遠くには、冠雪をわずかに残した富士山が、青空を背に圧倒的な存在感でそびえ立っていた。

 

 ハンドルを握る達也は、バックミラーで娘の様子をちらりと確認し、破顔しそうになるのをどうにか堪えて、真面目な父親の声を装った。

 

「フィッティングというのはな、由依。ゴルファーにとっての仕立て服を作るようなものだ。お前専用の、お前の筋力や骨格、スイングの速さに完璧に合わせたゴルフクラブの設計図を、プロの職人に作ってもらうんだよ」

「ふーん……仕立て服。お洋服なら、東京にいた頃にお母さんと一緒にお店で作ったことあるけど、ゴルフのクラブも同じなんだね」

「ああ、同じだ。いや、それ以上に重要かもしれない」

 

 達也の胸の奥は、ここ数日、ずっとお祭り騒ぎのように激しく鳴り響いていた。

 

 先週末、地元の練習場で目撃した、娘のあのスイング。静寂を切り裂くような乾いた破裂音と、風の壁を文字通り破壊して200ヤード先の看板に一直線に突き刺さった、地を這うような弾丸ライナー。ゴルフを始めてまだ数日の中学1年生の女の子が放ったとは、逆立ちしても信じられない、怪物の一撃だった。

 

 大学時代の4年間、すべての時間と情熱、そしてバイト代を注ぎ込み、ハンデ3のシングルゴルファーにまで登り詰めた達也だからこそ、それがどれほど異常な事態であるかが、血の気が引くほど理解できていた。自分が血の滲むような努力の果てにようやく辿り着いた、あるいはそれでも届かなかった領域に、娘は初手で、しかも無自覚に足を踏み入れている。

 

(変な癖がつく前に、あの子のポテンシャルを完全に受け止められる本物の道具を与えなければならない。それが、ゴルファーである僕の、親としての使命だ)

 

 その一心で、達也が真っ先に予約を入れたのは、かねてより絶大な信頼を置いている敏腕クラフトマン、坂本のスタジオだった。自社ブランドの開発を率いる達也と違って、特定のメーカーに縛られず、世界中のギアをフラットに扱える彼なら、あの化け物じみた由依のポテンシャルにも必ず答えを出してくれる。そう確信していた。

 

「パパ、なんだかすごく嬉しそう。鼻歌、フンフン言ってるよ」

「おっと、すまんすまん。……いや、由依がゴルフに興味を持ってくれたのが、パパは本当に嬉しいんだ」

「興味っていうか……葵ちゃんと一緒にいるのが楽しいし、あの白い球が綺麗に飛んだとき、なんだかすっきりしたから。でも、私、力が強いみたいだから、またお店のものを壊しちゃわないか、それだけがちょっと心配」

 

 由依は自分の細く白い手のひらを開いたり閉じたりしながら、のんきに笑った。

 

「大丈夫だ。今日のところは、プロの職人さんがちゃんと見守ってくれるからな。安心して、お前の思い切りのいいスイングを見せてやればいい」

 

 車は市街地を抜け、洗練された外観のゴルフショップ、その奥に併設された完全予約制の高級フィッティングスタジオへと滑り込んだ。

 

 ◇

 

 ガラス扉を開けると、ほのかに新品のラバーグリップ特有の甘い匂いと、整然と並べられたカーボンやチタンのヘッドが放つ、メカニカルな輝きが二人を迎えた。

 

 奥の作業場から、エプロン姿の小柄な男が顔を出した。白髪混じりの短髪に、知的な丸眼鏡。彼こそが、数々のツアープロやトップアマのクラブを手掛けてきた熟練のクラフトマン、坂本だった。

 

「いやあ、如月さん! 静岡の方へご栄転されたと聞いていましたが、まさかこんなに早くお会いできるとは」

「ご無沙汰しています、坂本さん。ええ、新生活が落ち着いてからゆっくり挨拶に伺うつもりだったんですが、のんびり片付けなんてしていられない事態になりましてね。電話でも言った通り、どうしても今すぐあなたに見てもらいたい『とんでもない素材』を連れてきました」

 

 達也が破顔すると、坂本も懐かしそうに目を細めて丸眼鏡の位置を直した。

 

「ハハ、達也さんの我が儘なリクエストなら慣れっこですが……おや、そちらが噂の?」

 

 坂本は眼鏡の位置を直しながら、達也の後ろに立つ由依を穏やかな目で見つめた。

 

「初めまして、如月由依です。今日はよろしくお願いします」

 

 由依が丁寧にお辞儀をすると、坂本は破顔して、優しく頷いた。

 

「こちらこそ、よろしくね、由依ちゃん。……如月さん、お電話で『とんでもない素材を見つけた、至急フィッティングしてくれ』と大興奮で仰るから、どんな屈強なスポーツ少女が来るかと思えば、ずいぶんと線が細くて綺麗なお嬢さんじゃないですか。本当にこの子が、7番アイアンで200ヤードを?」

 

 坂本の口調はどこまでも穏やかだったが、その目には明らかな疑念が浮かんでいた。無理もない。プロの道具を毎日触っている彼からすれば、身長も平均的で、モデルのようにスッとした綺麗な立ち姿の大人しい女の子が、男子プロ以上の数値を叩き出したなど、大袈裟な親バカの妄想か、あるいは練習場の距離表示の勘違いにしか聞こえないのだろう。

 

「坂本さん、嘘じゃないんだ。僕のゴルファーとしてのプライドに懸けて、彼女のポテンシャルは本物だ。百聞は一見に如かず、だ。早速、打たせてみてくれ」

 

 達也の真剣な眼差しに、坂本は少しだけ表情を引き締め、「分かりました」とスタジオの奥にある最新のインドア試打室へと二人を促した。

 

 試打室は、正面に巨大なシミュレーションスクリーンが張られ、足元には世界中のツアープロが弾道計測に使用する最新鋭のセンサー機器が鎮座していた。壁には、あらゆる重量、あらゆる硬さのシャフトが、まるで博物館のように整然と差し込まれている。

 

「さて、それじゃあ由依ちゃん。まずは体を温める代わりに、うちにある標準的なクラブで何発か打ってみようか」

 

 坂本はそう言って、試打用ラックから一本のクラブを引き抜いた。

 

「まずは一般的なレディスクラブ……軽量のカーボンシャフトが挿さった7番アイアンから試してみましょうか。そこまでおっしゃるのなら、どんな挙動をするか、見てみたいので」

 

 手渡されたレディスクラブを、由依は不思議そうに見つめた。

 

「わあ、軽い……。葵ちゃんに借りたやつよりも、なんだかおもちゃみたいに軽いです。あの、これ、普通に振っても大丈夫ですか? 地面を叩かないようには気をつけますけど……」

「ははは、大丈夫だよ。そんなに簡単に壊れるような代物じゃないから、いつもの通りに気持ちよく振ってごらん」

 

 由依は「はい」と素直に頷くと、指定された打席へと進んだ。

 

(――そうは言っても、まずは、地面を叩かないように綺麗に振り抜こう)

 

 地面を叩かないようにと集中して、ボールの手前にクラブを構えた。――その瞬間、坂本が小さく息を呑む音が、静かな試打室に微かに響いた。丸眼鏡の奥の目が、カチリと鋭い職人の目に切り替わる。

 

(……なんだ、このアドレスは)

 

 坂本は驚愕していた。

 

 由依が構えた瞬間、彼女の細い体幹を中心に、一切の無駄がない完璧な軸が出現したのだ。背線の角度、手の位置、膝の曲がり具合、そして足の裏にかかる重心の配分。まるで、何十年もゴルフのセオリーを研究し尽くしたトッププロが、鏡の前で何万回も再現して作り上げたかのような、非の打ち所がない美しい型。

 

「如月さん……彼女、本当にレッスンも何も受けていないんですか?」

 

 坂本が信じられないといった様子で小声で尋ねると、達也は無言で、誇らしげに深く頷いた。

 

「いきます――」

 

 由依の声と共に、静かにバックスイングが始動した。関節の引っ掛かりが一切ない、流れるような美しい旋回。そしてトップの位置に達した次の瞬間、由依の無自覚な怪物のスイッチがオンになった。

 

 ――ゴォッ!!!

 

 室内で鳴り響くにはあまりにも異質な、空気を強烈に圧縮したような重低音の風切り音が響く。坂本が「えっ」と声を上げる暇すらなかった。

 

 インパクト。

 

 ――パシィィィィンッッッ!!!

 

 空気を引き裂く猛烈な風切り音。直後、試打室の防球ネットが、ちぎれんばかりの勢いで激しく波打った。バチン、と凄まじい破壊音が響く。

 坂本は、あやうく手に持っていたタブレットを落としそうになった。

 

「な……ッ!?」

 

 今、目の前の華奢な少女が何をしたのか、脳の理解が追いつかない。

 

 レディスクラブの軟弱なシャフトは、由依の異常なダウンスイングの風圧とタメに耐えきれず、インパクトの瞬間に信じられない角度でグニャリと寝ていた。まるでムチのようにしなり遅れたヘッドはフェースを完全に開いたままボールを捉え、打球は右斜め上へロケットのようにすっ飛んで、天井近くのネットに猛烈な勢いで突き刺さっている。

 

 坂本は思わず後方に一歩のけぞった。

 今の音はなんだ。今のヘッドスピードはなんだ。

 慌てて足元の計測器の画面に目を落とす。

 

【ヘッドスピード:50.4 m/s】

【ボール初速:60.0 m/s】

【ミート率(スマッシュファクター):1.19】

【弾道:極端な右プッシュアウト】

 

 坂本は絶句したまま、画面と、フィニッシュの姿勢からストンとクラブを下ろした由依を交互に見つめた。

 

「あ、あの……坂本さん? 変な音がして、変なところに飛んじゃいました。葵ちゃんのクラブを振った時にも思ったんですけど、軽いクラブだと、なんだか振った瞬間に、棒がぐにゃぐにゃに曲がっているみたいな感覚があって……」

 

 由依は申し訳なさそうに、手元のレディスクラブを見つめている。

 坂本は、震える手で眼鏡を外し、眉間を強く押さえた。

 

「……如月さん。あなたの仰っていたことは、誇張でも何でもなかった。いや、それどころか……」

 

 坂本は再び眼鏡をかけ、由依の手にあるクラブを見つめながら、専門家としての冷静さをどうにか取り戻そうと、穏やかに、しかし極めて真剣なトーンで語り始めた。

 

「由依ちゃん、今棒がぐにゃぐにゃしていると感じたのはね、君の感覚が正しい証拠だよ。……お父さん、今のデータを見てください。ヘッドスピードは50m/sに達しています。7番アイアンでこの数値は、男子プロでもそうそう居ない、一握りのハードヒッターのレベルです。そんな凄まじい速度で、このレディス用のシャフトを振ったらどうなるか」

 

 坂本は、手元にあるレディス用のクラブのシャフトを、両手で優しくしならせてみせた。

 

「由依ちゃん、一般的な女性用のシャフトは、少ない力でも球が上がるように、とても柔らかく作られているんだ。でも、由依ちゃんほどの速度で振ってしまうと、ダウンスイングの途中でシャフトが耐えきれずに暴れてしまい、インパクトの瞬間にヘッドの向きが完全に狂う。結果としてエネルギーがボールに伝わらず、ミート率がここまで下がってしまう。これではどれだけスイングが綺麗でも、芯で捉えることは不可能なんだ」

 

 坂本は一息つくと、達也の方を向いて、少し表情を曇らせた。

 

「お父さん、いち早く彼女をここへ連れてこられたのは大正解でした。もし、普通のスチールやレディスのクラブで練習をさせていたら、大変なことになっていたかもしれません」

「そうだろうな……やはり怪我か?」

 

 達也が緊張した面持ちで尋ねる。

 はい、と坂本は静かに頷いた。

 

「これほど強烈なスイングで柔らかすぎる道具を使うと、暴れるシャフトを手首でねじ伏せる変な癖がつき、フォームが崩れます。それ以上に危険なのは、芯を外したときの激しい衝撃が、まだ未発達な体にすべて跳ね返ってくることです。手首や肘だけでなく、骨格を痛める大怪我になりかねない。彼女の才能を守るためにも、道具はきちんとしたものを用意するべきです」

 

 坂本の説明は、論理的で、かつ由依の体を何よりも気遣った温かみのあるものだった。達也は胸を撫で下ろしながらも、職人の言葉に強い確信を得て、目を爛々と輝かせた。

 

「やはりそうか……。坂本さん、あの子のポテンシャルを100%安全に、そして最大出力で受け止められる最高のスペックを、ここで見つけてやってくれ」

「もちろんです。これほどの原石に出会えて、クラフトマンとして血が騒がないわけがない。由依ちゃん、今度は少し、おじさんが用意する別のクラブを試してみてくれるかい?」

「はい! 怪我をしちゃうのは嫌なので、私に合うやつ、教えてほしいです」

 

 由依は素直に微笑み、次の指示を待った。

 

 ◇

 

 ここから、坂本による本格的な大砲の設計図の作成が始まった。

 

 坂本は、ただ重く硬いだけのクラブを闇雲に渡すような雑な真似はしなかった。彼は、由依のスイングの本質がどこにあるのかを、一本ずつクラブを変えながら慎重に見極めていった。

 

「まずは、『フジクラ AXIOM 75-X』からいきましょう。重量70グラム台のカーボンシャフトで、軽いのに、中身は戦闘機のボディに使う超高弾性カーボンが使われている、最先端の軽硬シャフトです」

 

 由依に手渡されたそのクラブは、先ほどのレディスクラブと比べても、さほど重さが変わらなかった。

 

「わあ……重さはさっきとそんなに変わらないですね」

「だろう? 重さはわずか70グラム台。君の華奢な体でも、今まで通りにビュンビュン振れる。だけどね、由依ちゃん。そのシャフトを両手で少し曲げてごらん」

 

 由依が言われた通りにグッと力を入れると、シャフトは僅かに弧を描いた。けれど、先ほどのレディスクラブのようにグニャリとたわむ気配は一切ない。

 

「少し曲がりますけど、全然違いますね。カチカチです」

「そう。普通の女性ならビクともしないし、球すら上がらない硬い棒だ。でも、君のヘッドスピードなら適切にしならせることができる。さっきはシャフトが負けて、パワーが全部無駄なバックスピンになって上に逃げていたんだ」

 

 坂本は、新しいボールを自らの手で丁寧にセットした。その目は、未知の怪物を前にした科学者のように爛々と輝いている。

 

「このシャフトなら、君のエネルギーを100%、前への推進力に変えられる。……さあ、由依ちゃん。もう一度、思い切り打ってみて」

 

 バシィィン!

 

【ヘッドスピード:50.2 m/s】

【ボール初速:64.3 m/s】

【ミート率(スマッシュファクター):1.28】

【弾道:左へ低く飛ぶフックボール】

 

「ふむ……まだ軽さが災いしているね。いくら硬くても70グラム台では、君のスピードに耐えきれず手元が暴れてしまう。それならやはりスチールに変えよう。シャフト自体を物理的に重くして、君の猛烈なスイング軌道を強制的に安定させるんだ」

 

 坂本の目が、確信に満ちた輝きを帯びる。

 

 坂本は、迷いのない足取りで工房のラックへと向かうと、スチールシャフトがずらりと並ぶ一角から、一本のアイアンを引き抜いてきた。鈍い鈍色の輝きを放つ、重厚なスチールシャフトが挿さったアイアンだ。

 

「よし、由依ちゃん。これを振ってみてほしい。……『ダイナミックゴールド X100』。アスリートゴルファーや男子プロにとっては王道の、伝統的でタフな重硬スチールだ。レディスクラブのほぼ倍の重さがある。ずっしりくるかもしれないけれど、君の綺麗な軸のまま、素直に振り抜いてごらん」

 

 手渡されたそのアイアンを、由依は両手で持ち上げた。

 

「わあ……凄くずっしりしてる。でも坂本さん、これ、なんだか凄く頼もしいです。葵ちゃんちの倉庫で借りたやつと同じで、棒が全然曲がらない感じがします」

 

 由依の瞳に、無自覚な怪物の心地よい昂りが灯った。

 

 彼女は打席に入り、再びあの完璧な、彫刻のように美しいアドレスを完成させた。440グラムを超える鉄の塊を握っているとは到底思えないほど、その佇まいは軽やかで、自然だった。

 

 静寂が、試打室を支配する。

 達也は拳を握りしめ、坂本は唾を飲み込んで画面を見つめた。

 

 由依が、ゆっくりとトップへクラブを上げ――切り返した。

 

 ――ビュッ!!

 

 先ほどまでの風切り音とは、次元の違う爆音が室内に鳴り渡った。

 それは、暴風が狭い谷間を吹き抜けるかのような、凶暴なまでの空気の破裂音。

 完璧にコントロールされた体幹の回転が生み出した超高速のヘッドが、重量級スチールシャフトの剛性と完全に一体となり、寸分の狂いもなく、白いボールの赤道を完全に捉えた。

 

 ――バシィィィィィンッッッ!!!!!

 

 肉厚で圧倒的な金属音が激突の事実を告げた。

 放たれた白球は、地を這うような超低空のまま、寸分のブレもなく一直線にスクリーンへと突き刺さる。完璧なストレート・スティンガー。

 坂本は、弾かれたように計測器の画面に飛びついた。表示されたデータを見た瞬間、達也が歓声をあげる。

 

【ヘッドスピード:50.8 m/s】

【ボール初速:70.1 m/s】

【ミート率(スマッシュファクター):1.38】

【弾道:低弾道ストレート】

 

「低めで完璧なストレート、ミート率約1.4……」

 

 達也は腕を組み、モニターに表示された非の打ち所がない数値を静かに見つめた。

 

「特に問題のない数値には見える。……だが、坂本さん。プロのクラブフィッターとしての君の見立てを聞きたい」

「すっごく気持ちよく、まっすぐ飛んでくれました!」

 

 由依も嬉しそうに目を輝かせている。

 

 だが。

 

 坂本はすぐには答えなかった。丸眼鏡の奥の目を細め、解析ソフトの画面を指で静かにスクロールさせていた。

 

「弾道データは、確かに無欠のストレートです。達也さんがわざわざ彼女をここに連れてこられた理由もよく分かります。ですが……GCクワッドが捉えたインパクト直前のヘッド挙動や、スイング解析ソフトが、奇妙な値を示しているように見えます」

「奇妙な値……? 弾道がこれだけ安定しているのにか」

 

 達也の静かな問いに、坂本はモニターのグラフを指し示した。

 

「見てください。このX100の先端が、スイングの負荷に負けてわずかにネジれている。驚くべきは、由依ちゃんがインパクトの瞬間にそれを無意識にアジャストし、まっすぐに戻していることです。見抜けなかったのも無理はありません。彼女の天才的な感覚が、道具の力不足をカバーしてしまっているんです」

 

坂本の指摘に、達也は言葉を失った。由依はハッとしたように、自分の手のひらを見つめている。

 

「あ……当たる瞬間に、クラブがちょっと後ろに置いていかれそうになる感じがして。だから、まっすぐ行くようにお腹の回転をほんの少しだけ、ピシッと合わせたかも……」

「道具に合わせて、無意識にブレーキを踏んでいる状態ですね。X100でもまだ柔らかい。如月さん、市販品で最も硬い『ダイナミックゴールド X7』を試してみましょう」

 

 坂本から手渡されたX7の試打アイアンを、由依が再び振り抜いた。

 

 ――バシィィィィィンッッッ!!!!!

 

 打球音の響きが一段と締まり、GCクワッドの捉える挙動のブレも極小になった。しかし、坂本はなおも数値を凝視し、職人としての冷徹な計算を脳内で弾き出す。

 

「……なるほど。標準のX7でも、彼女の解放にはまだ足りない。如月さん、これでセッティングの全容が見えました」

 

 坂本は画面から目を離し、眼鏡の位置を直した。

 

「まず、これほどのパワーでは、ウッド類や中空アイアンは耐久性が持ちません。ですが、これだけミート率が圧倒的なら、最も強度の高い鉄の塊、マッスルバックを使いこなせる。ウッド類の枠も同様に、1番から3番のロングアイアンを選択肢に入れるべきでしょう」

 

 彼はモニターの数値をトントンと指で叩いた。

 

「4番からはこのX7を逆番手ずらしで組み、ウッド類の枠となる1番から3番には『VENTUS BLACK HB 10-TX』あたりを、チップカットして挿す魔改造がいいでしょう。そこまで尖らせて初めて、彼女が何も考えずに100%で振るだけで、オートマチックに真っ直ぐ飛ぶ道具になります」

 

 坂本は興奮で上気した顔のまま、工房のラックから最後の1本を引き抜いた。

 由依に差し出されたのは、ドラコン用ヘッド『キャロウェイ ELYTE LD』に、特殊スペックである『VENTUS BLACK 7-TX』が挿さった試打ドライバーだった。

 

「さあ、由依ちゃん。これが最後だ。うちに置いてある試打クラブでは最硬スペック、7TXだ。これで、思いきり世界を引っぱたいてごらん」

「一番、遠くに……」

 

 由依の瞳に、無自覚な怪物の心地よい昂りが灯った。

 

 ――キィィィィィンッッッ!!!!!

 

 鼓膜が破れるかと思うほどの、凶暴な高周波の破裂音が試打室を震わせた。正面のスクリーンがちぎれんばかりに凹み、跳ね返ったボールが凄まじい勢いで防護ネットを激しく揺さぶった。坂本と達也は、吸い寄せられるように画面を凝視した。

 

【ヘッドスピード:64.0 m/s】

【ボール初速:96.0 m/s】

【ミート率(スマッシュファクター):1.50】

【キャリー飛距離:370.5 y】

 

「さん……370ヤード……!?」

 

 達也の口から、魂が抜けたような声が漏れた。

 しかし、坂本はトラックマンとハイスピードカメラのデータを凝視したまま、恐ろしい結論を口にした。

 

「……信じられない。この超ハードなシャフトですら、インパクトでわずかにねじれて負けている。それを彼女の感覚で強引にスクエアに戻して、完璧なストレートに仕立て上げているんだ。如月さん、この7TXどころか、8TXのようなシャフトをさらにチップカットして、ねじれを完全に殺す極限のカスタムでなければ、彼女のスピードは受け止めきれません」

 

 無邪気に笑う由依の横で、達也は声も出せず、ただ深い感動に震えていた。坂本は、由依からドライバーを恭しく受け取った。

 

「如月さん、完敗です。僕のクラフトマンとしての常識が完全に覆された。僕のプライドのすべてを懸けて、彼女のためだけの前代未聞のクラブを作り上げましょう」

「ああ……頼む、坂本さん!」

 

 達也は坂本の両手をがっしりと握りしめた。

 

「この子のポテンシャルを100%受け止められる、完璧な相棒を組んでくれ。予算も、私の会社のことも一切気にせず、由依に最も合うものを選んでほしい。一人の父親として、ただ娘に最高の道具を握らせたいんだ」

「承知しました。……ですが如月さん。これほどの超高剛性となると、あなたのお勤めの会社が作るラインナップでは、ヘッドもシャフトも彼女のパワーに耐えきれません。他社製の特殊モデルをベースに手を加えることになりますが、よろしいんですか?」

 

 坂本の問いに、達也はフッと、すべてを見越していたような苦笑を漏らした。

 

 最初から、その覚悟はあった。だからこそ自社の門を叩かず、このスタジオに由依を連れてきたのだ。ウッドやユーティリティの耐久性の限界も、自社ブランドが現状、マッスルバックのような極限のアスリートモデルを揃えていないことも、開発を率いる達也自身が誰よりも熟知していた。

 

 だが、いざ他社製のドラコン用ヘッドや超高剛性シャフトの名前を具体的に並べられ、既存の自社製品では娘に何一つ与えられないという現実を突きつけられると、技術者としての静かな悔しさが、奥歯の奥でじわりと滲む。

 

 世界最高峰のカーボン成形技術と、上質なクラブ造りのノウハウはうちにある。ないのは、この化け物を受け止めるための極端なスペックの製品ラインナップだけだ。

 

(――待っていろ、由依。今回は他社の力を借りるが……いずれ必ず、我が社の技術を総動員して、お前のパワーを100%受け止め、爆発させるためだけの『如月由依専用モデル』を私が開発してみせる)

 

 胸の奥で静かに燃え上がったモノづくりの野心を隠し、達也は迷いのない笑みを浮かべた。

 

「構いませんよ、坂本さん。我が社の面子や大人の事情など、今の由依には一切関係ない。私は一人の父親として、そして技術屋として、この子に最も合う最高の相棒を組みたいんだ。自社の製品のことは、今は一ミリも気にしなくていい」

「……恐れ入りました。では、腹をくくって組み上げましょう。中1の女の子にこのスペックを注文するなんて、ゴルフ界の重鎮が見たら腰を抜かすでしょうが、彼女の才能にはそれだけのクラブでなければ絶対に足りない」

 

 坂本は愛おしそうに、画面に表示された由依の打球データを見つめた。

 そして確信した。いずれこの少女が、自分専用に誂えられた漆黒の大砲を引っ提げて世界の舞台に立ったとき、その驚異的な低空飛行の必殺技が、並み居る天才たちを恐怖に陥れることになるのだと。

 

「由依ちゃん。君だけの特別なクラブ、おじさんが最高の技術で組み上げてみせるよ。楽しみにしていておくれ」

「はい! ありがとうございます、坂本さん!」

 

 由依の無邪気な笑顔の裏で、世界を震撼させる大砲の設計図は、静かに、しかし確実に完成の時を迎えていた。

 

 壁に並ぶ無数のギアたちも、これから誕生するであろう、一人の怪物のための真の大砲の出現を、静かに待ち望んでいるかのようだった。




※下手したら合計100万円。
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