五年は組の商人(前日譚)   作:ジェーンドェは彼方

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3話

 わかってはいたが、随分と遅い帰宅になってしまった。夕飯の時間には当然遅れている。申し訳ないとでも言うような顔を作ると、私は一息ついて戸を開く。

 然し、そこに居たのは父だけでなく、とある男だった。男は父お墨付きの顧客で、それは彼も同じだが、二人は最近の世間の動きとやらを淡々と語らいながら、食事をとっていたのだ。

 私は少々気が抜ける思いをしたが、冷えた手を洗い食卓に着き、『遅れて、すみません』

と、一つ頭を下げた。父はお咎めをするような人ではないが、「夜道には気をつけなさい」とだけ言った。

 

「はは、旦那。不器用ですな」

 

 向かいに座る彼は、私と父のぎこちないやり取りをおもしろそうに眺めて笑った。

 

「おい若旦那、この後は稽古だ。飯を食ったら裏山でかくれんぼうをしよう」

と、彼はよく突拍子もないことを言う。

 ーー裏山での稽古は、いつも「かくれんぼう」という体裁で行われる。ルールは単純だ。支給されるのは三本の手裏剣。それが一本当たれば一点。僕が狩人となって、闇に潜む彼……師匠を狩れば勝ちというわけだ。

 そんな師匠に付き合わされるように、今晩も裏山に来てしまった。

 然し、暗闇での稽古にも段々と慣れてきた。父には身を守るための基礎しか教わらなかったが、彼と出会ってからは実践的な動きも身につき始めている。ーーもちろん、彼には当然のように手を抜かれているわけだが。

 

「今回は手加減しないからな」

 

 木々の間から、実体の掴めない声が降ってくる。最近はずっと手加減なんてしてくれていないだろうに、と僕は内心でため息を吐いた。

 ーー彼との出会いは一年ほど前。父の商売のやり方を気に入っただのと言って、そう多くはないが、店に居着くようになった。父も彼を気に入っており、時々仕事を流しているのを私は知っている。彼は所謂、どこの組織にも属さないフリーの忍者だった。初めて顔を合わせた時、彼は私をじろじろと眺めて、ニィッと口角を上げるものだから、私は鳥肌がだった。そうして「特別だ!お前に稽古をつけてやる」と突然言い出したのだ。

 私はゾッとして、うまく開かない口を辿々しく、

 

『け、稽古とは一体どのような…』

「もちろん忍術さ、旦那から話は聞いている。頭がいいそうじゃないか、でも、それだけじゃあ勿体無い」

 

 その頃の私には、彼の言っている言葉の意味がわからなかったが、今思えば、彼なりの計らいだったのやもしれない。自分のことは自分で守れる父と、そうでない私とじゃ、何かあった時に簡単に死んでしまう。なんせ、そういう時代に生きているのだから。

 

「旦那、アンタの息子をしばらくの間、しごいてもいいか?」

と、父は、私の顔すら見ずに「構わん」と一言。

 ーー私は良いと言っていないのに!

 

 湿った土の匂いと、微かな衣擦れの音。私は指先に挟んだ手裏剣の重みを感じながら、意識を研ぎ澄ます。枝が揺れるわずかな違和感、風の流れが変わる瞬間。

 

 「ーーいた」

 木々が葉をかすめ合う音に紛れるように、そっと呟くと、私は確信とともに素早く手裏剣を放つが、鋼の打撃音はただの幹に弾かれる。まさかと思い、ぐっと背を振り返ろうとした時、既に遅かった。

 

「甘いな、若旦那。視線が一点に固まってるぜ」

 背後から首筋に、冷たい指が触れた。心臓が跳ねる。

「何ぼーっとしてんだ?風邪でも引いたか!情けないぜ、ちびっ子忍者さんよ」

と、耳元で彼が意地悪く笑った。その声に反論しようと振り返るが、そこにはもう影すら残っていない。私は唇を噛み、再び闇へと意識を向けた。今夜もまた、終わりの見えない「遊び」が続いていく。

 息も絶え絶えに、動けば動くほど、先ほど食べた芋粥が腹から出ていきそうだ。食後の運動にしては激しいったらありゃしない。私は知っている、これをスパルタというのだ。

 でも、私はこの時間がいちばん好きだったんだ。

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