五年は組の商人(前日譚)   作:ジェーンドェは彼方

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9話

 きっと、この先も私は一人なんだろうな。決して今、寂しくて、感傷に浸ってこのような戯言を並べているわけじゃない。ただ、なんとなく、江戸にいた頃があんまりにも楽しかった所為で、以前の私なら考えられないことだらけで、全部。

 間違った思い込みをしないように、ひとつ言っておくなら、悪いことなんて一つもなかったし。寧ろ、浮かれていたのは私の方だった。だから少し、この先も誰かと同じ想いで肩を並べるのが、怖いだけなのだ。

『ーー心臓が焼けるように悔しい、か』

 そう呟いて、ふと、夜逃げをした日のことを思い出した。幼い私にとって、全てを手放すことは未開で、怖くて何も手にしたいと思わなかった以前のような臆病さが、いつのまにか薄れていた。それ故に、手放す結果を生んでしまった。

 鳥の囀りがそこかしこで聴こえている。雛鳥が餌をねだる鳴き声も、今は愛おしい。

 ーー私はもうすぐ14歳になる。この時代じゃ、16歳を迎えると皆働きに出るし、家を出るのはおかしなことじゃない。それは私だって同じだ。いつまでも父の側にいるわけにもいかないし、いっそのこと、次の街で別れた方がいいのではないのだろうかとさえ思う。

 一人で生きていくというのは、如何なものか、試してみたいという好奇心も勿論あるが…それ以上に、父は私といるより一人の方でいる方が生き上手だ。

 いつまでも父が側にいるわけじゃない。いつ離れる時が来てもいいように、私だって備えての一つや二つ自分で用意するべきだ。

 

『ま、とは言え何をすべきか分からないので、とりあえず父上に相談しよっと』

 

 私は思い至ると行動に移す人間だ(判断力があるとはまた別の話だが)。それに、私は子供という自覚を持つ子供なのだから、子供らしく親に相談すべきなのだ。父が頑固なのは自分で責任を取れるからであって、私はそうじゃない。頼っていい間は頼るべきだ。そうやって私は、そのことを自分に言い聞かせるようにして歩みを進めた。

 父の元へ戻るなら、少し話がしたいと言って事情を話した。そして、案外、父はそのことをすんなり受け入れた。

というのも、そういうことを言うようになったのかと少々驚かれたのだ。

 ーーなに、私だっていつまでも甘えているわけじゃありませんよ。とにかく、今は困っているんです。

 

『ーーと言うわけです。決して、自分をお荷物だなんて思っているわけではありませんが、このままぼんやりとしていては、いずれそうなってしまうので。私も私なりに、何か手に職を身につけるべきかと思った所存です』

 

 そういうと、父は静かに悩み始めた。私の父に限った話ではないが、親というのは子供を放っておいているようで、こう言った状況になると度々、責任感というものを強く感じるらしい。というのも、私は昔から、父を困らせるようなことを度々口にした。実際、本人が困っていたのかは分からないが、今思えば無茶苦茶なお願いをしたものだ。

 

「ーー思っていたよりも、時が来るのは早かったな。向こうへ着いてから話すつもりだったが、恋文、忍びの学校に入ってみてはどうだ」

『忍びの学校?それは、塾のようなものですか?』

「いいや、名の通りだ。忍術を教え、忍者を育てる学校だ」

『ーーお言葉ですが、もしかして、私に護身術を身につけた方が良いと以前仰られたのに、まだ続きがあったんですか?』

「まァな。江戸にいた頃、忍者の彼に世話になったろう」

『フリーの忍者の……あぁ、あの方ですか?』

「ーー実を言うと、彼には江戸を立つことは事前に話していたんだ。執拗に行き先を聞かれてな…西に向かうと伝えたら、恋文の助けになるんじゃないかと、忍びの学校を勧めてきたんだ」

 

 私はこの時、あの稽古以来、師匠が店に顔を出さなかった理由と、まるで押し付けるように苦無を落としていった理由。そして…私に言った言葉を思い出した。「どこへ行ってもうまくやっていけるよ」あの言葉はここに繋がっていた。

そう思った瞬間、私は腑に落ちて、どこか無性に腹が立った。

 

「それから、私は伝手を辿って、以前西で知り合った貿易商に手紙を送ったんだ。それが驚いたことに、彼の息子が同じところへ春に入学するとね……。まあ、そのことはいいんだが。全寮制の学校にはなるが、恋文なら問題ないと私は思っている」

『やはり、父のように一人で生きていく術を身につけるのなら、学校へ行き学ぶべきなのでしょうか』

 

 父の顔色を伺うように、私は俯いては視線を送った。

 

「それもあるが、私としては同年代の在籍する学校で人間関係を育むのも、恋文自身に必要な学びだと思う。混濁した大人の世界に無理に飛び込む必要などない。今はまだ純粋な子らと肩を並べて成長してほしいと言うのが私としての願いだな」

 

 珍しく、父は優しい顔を私に向けていた。でも、その表情はどこか寂しそうで、私は思わず喉の奥が痞えるような感覚に見舞われた。

 

『ーーいつか、別れてしまうのに、ですか』

「それはこれまでの話だろう。大人になりたいのなら、なれば良い。いずれ、その歳になるのだから、私に無理に着いてくる必要もなくなる。己の意思で選択できるようになる」

 

 ーー己の意思で。その言葉に、私は少しだけ目を伏せた。江戸を離れた時も、父を恨んだことはない。あれが最善だったと理解しているからだ。然し、理解していることと、納得できることは違う。私はずっと、別れを恐れていた。だからこそ、選ばないことで失う痛みから逃げていたのは私なのだ。父は、私に諭しているんだ。口では何とでも言えるが、ーーわかっている。大人にならなければいけないことくらい。

 

『父上のおっしゃる通りですね。私、その学校へ行きます。自分で学ぶと決めた以上は自分でなんとかしますから、父はご心配なさらないでください』

 

 子供らしくないことをつい言ってしまうのも、かえって子供らしい。父は笑って優しく私の頭を撫でた。いつ以来だろう、こんなに優しく微笑みかけてくれたのは。緊張の糸が解けるような気がした。私はずっと、一度でも別れてしまったら、二度と会えなくなるという不安から、いつしか父と離れるのを恐れていたのかもしれない。多分、これからもそうだ。それでも、着いて行くかどうかを決める時間は、まだある。

 

『父上は、今回どれくらい滞在されるご予定で』

「一年ほどを予定しているが」

『では、一年です、まずは一年だけ学校へ行きます。それからは、ーー考えさせてください』

「わかった。しっかり考えなさい」

 

 一人でも生きていけるようになりたい。父と二人、これまで旅を続けてきたが、もしかするとこれが最後の旅になるかもしれない。いつまでも側にいてくれる保証はないのだ。ならば、進むしかない。

 

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