「で、次の目的はセカンドオピニオン。ここまで理解した?」
「なるほどな。やっぱり2回目だったか」
「なんかムカつくからドヤ顔するの止めて」
「理不尽な」
確かに2ヶ月ぶりでこの推理ができる頭の冴えに自分でも驚いていたが。
でもそんなドヤ顔してたか? 嘘だろ?
とりあえず、整理しよう。
今回のループは前と比べて情報量が多すぎる。簡単には上手くいかなさそうだ。
対象はおそらく、辻セイラの妹の辻カリン。13歳の中学生で、水泳部。
症状は倦怠感、微熱、腹痛。常にではなく日によって起こったり起こらなかったり。
前の周では病院に連れて行ったそうだが……結果は異常なし、経過観察。
部活後に特にだるそうになる、が他の部員には同じ症状が出ず辻カリンだけ。ループ前から散発的に起こっていて、本人も家族も「風邪」か「疲れ」くらいにしか思っていなかった。
タイムリミットは金曜の夜、自宅で。ただ、死亡の瞬間辻カリンは普通に生きているそうなので「その瞬間に病気に感染した」か「その瞬間に何かが閾値を超えた」と考えるのが妥当。
直接死ななくても、将来的に死ぬ要因が発生しただけで発動するというのは……いやいや、そんなこと考えても仕方ないな。
「で、今回が8周目」
「うち、僕が呼ばれたのは今回含めて2回ということだな」
「自分の推理が当たってそんな嬉しい?」
「そんなつもりは」
……ともあれ、情報はこれだけか。
こうして並べると、決定的な何かが足りないな。
症状はある。でも検査では引っかからない。病名がないまま金曜の夜に死因が確定する。
何だこの病気は。とりあえず一つずつ考えていくしかないか。
1. 感染症。
ただ、普通の感染症であれば日常的に接触している両親や辻セイラにも影響が出ているべきじゃないか。プール由来なら同じ水に入っている他の部員にも出るはず。辻カリンだけというのが説明できない。
2. 慢性的な内臓疾患。
しかし、血液検査で一通り調べて引っかからなかったんだよな。
普通なら炎症反応なり何なり出そうなものだが……異常なし。
3. 自己免疫系。
それも血液検査で炎症マーカーとか自己抗体とか……。
あんまり詳しくないが、何かしらのとっかかりが拾えそうなものだ。でも異常なし。
4. アレルギー
種類によっては通常のアレルギー検査でも分かりにくいと聞いたことがある。
だが、死に至るアレルギーにしては症状が軽度すぎるし、そもそも症状が出ていた時に何も食べていない。水や水質のアレルギーなら……いや、だとすると毎回出るはずだ。とっくに原因が見つかって水泳部なんて今頃止めてるだろう。
5. 能力による病気
正直、これが一番自然だが……他を圧倒して一番厄介だ。
能力はそれこそ、発動条件が「13歳になること」だったり、発動内容が「辻カリンを突然病死させる」だったりしてもあり得てしまうほど謎の多い存在。「13歳で名前に『ン』のついている人物が水泳中に炎症を起こして、その数日後に死亡する能力」なんて言われてしまっても完全に否定はできない。
発動条件や発動内容が何なのか、そもそもその人物が能力者なのか。今の技術では正確に判断することが不可能と言われているし、それ即ち「世界中の全ての人間が容疑者たりえる」という凄まじい難題に直面することになる。できればこの可能性は除外したいところ。
……分からない。素人が頭をひねっても限界があるぞ。
もしこれが大規模な、パンデミックや能力災害だった場合WPPOが動いてくれるから話は早いんだが。周囲の人間に影響が出ていないというのがネック。
そして何より、異常なしの検査結果が強敵すぎる。
だからセカンドオピニオンか。
前の医者が見落とした可能性を、別の角度から診てもらう。同じ検査をしても同じ「異常なし」が返ってくるだけだが、別の専門の医者なら別の検査を思いつくかもしれない。
3日間で病院に行って結果を得るのはタイトだが、辻セイラは前の周で診察まで辿り着けた手順を知っているはず。説得の段取りも把握しているなら効率化できるはずだ。初回よりは速く動けるだろう。
……そのために前の僕は予定返上でお泊り会をさせられたらしいが。
そして今回もしてほしいそうだが。ふざけるなよ。
「とにかく、今回はできるだけ早く動く。予定を1日早く前倒しする勢いで」
「そうか、まぁ、それは賛成だ。早く動けるに越したことは無い」
「テストは……確かもう見せなくていいか」
「?」
しかし……今の辻セイラの様子を見るに相当焦っていそうなのが、少し心配だ。
普段の投げやりで不機嫌な態度とも違うし、前回僕に協力を求めてきた時の「冷静に駒を使う」態度とも全然違う。話の順序が変だったり、途中で二回も言い直したり、時系列が前後したり。
例えこの女でも家族のためとなるとこうなってしまうということなのか。それとも8周も回って解決の糸口が見えないことへの不安が出ているのか。両方かもしれないな。
ただ、今回はセカンドオピニオンという明確な方針がある。
前の周で得た「異常なし」という結果も、「ここには答えがなかった」という情報として使える。通常の検査なら当たり前に分かりそうな病気は可能性から除外できるということだし、方針自体はあるんだ。整理できていないのは感情の方だろう。
……それを僕がフォローすべきことなのかは分からないが。
嫌いな相手の感情のフォローなんて仕事の範疇外だぞ。
だがまぁ、情報が整理されていないと作戦に支障が出るし。実利の問題だな。
できるだけ協力的な姿勢を見せて、彼女の負担を軽減するのが僕の役割か。
「それで? 急ぐなら実際にどうする。僕は外泊の準備をしてくればいいのか?」
「それもだけど、後もう一件。今日の放課後なんだけど──」
*
「(──なあ、本当に前の僕はこんなことを了承したのか!?)」
「(したっつってるでしょ。なんで今更躊躇ってるの。ほら見張ってて)」
だ、だが……不法侵入だぞ!?
説得材料のためとはいえ……中学校に侵入までするのか!?
い、いや。これをする必要があることは理解できる。
実際に前の周で行ったらしい手順を再現するためには、「妹に声をかけた人物」と「かけられた発言内容」を正確に把握している必要がある。そうでもないと、「心配する友人達」という一番強い点の説得力が無くなってしまう。無くなってしまうが……。
これは建造物侵入罪。刑法第百三十条。三年以下の懲役又は十万円以下の罰金。
前回は119番虚偽通報の共犯。今回は不法侵入。犯罪のグレードが安定して高すぎる。僕の犯罪歴は着実に積み上がっているぞ。高校二年生にして積み重ねる実績がこれか。
しかも元々は木曜日──つまり明日に実行したって言うじゃないか。今回もそうであれば心の準備をする時間ができたかもしれないのに……どうして今日学校が終わって即座に実行したんだ!
いや、時間が無いし、前倒しにできるならすべきなのは分かる。放課後からでも間に合うし、部活は連日やっているというから。だが、少し前までテストを解いていた人間が今はこれ。ギャップで風邪を引きそうだぞ。
……人命のため。妹が死ぬかもしれないと言われて断れない。だから今ここにいる。
分かっている、分かっているが……他に無かったのか。
「(で、あの子……なんだよな?)」
「(うん。真ん中のレーンの)」
真ん中のレーンで泳いでいるあの子が……辻カリン。
……元気そうに見えるんだが。
普通に泳いでいるよな。
ターンも綺麗だし、隣のレーンの子と同じペースで進んでいる。これが病気の子か?
聞いていた話だと部活中にだるそうになるということだったが、今のところそんな気配は微塵もない。
いやにしても元気だな。周りより遥かに速いし、上がってもすぐ入り直してるぞ。よっぽど暑がりなのか泳ぎ足りないのか。
「(元気じゃないか?)」
「(……う、うん?)」
なんか君の声のトーンも低くないか。
それは「ああよかった」の低さじゃないだろ。「えっどうして? 困った」の低さだろう。
──「カリーン! 次50メートルね!」
──「はーい!」
ほら見ろ、声を出して笑っているぞ。友達に元気に手を振っている。
昼に聞いた話、倦怠感、微熱、だるそうにしている──そのどれとも一致しない。水泳帽の下の顔は血色も良いし、動きにキレがある。五十メートルを泳ぎ切って壁にタッチして、隣の子と何か話して笑って。息は上がっているが、それは運動直後なら当然のこと。苦しそうでもないし、休憩を申し出る様子もない。
調子のいい日なのか。ただの中学生が部活を楽しんでいる、それ以上の何にも見えない。
あれか? 症状に波があるとは聞いていた。それなのか?
出る日と出ない日がある。今日がたまたま出ない日だったとしたら、犯罪行為を重ねてまでやったこの行いは観察材料としては無意味になる。
来てみるまで分からなかったことだから、判断自体は間違っていない。結果論でしかないが。
「(このままじゃ、部活が終わってしまうぞ)」
「(分かってる……カリンが健康なのはいいことだけど)」
「(だが、せっかく前倒しした意味がなくなってしまう)」
……笛の音までしてるぞ、あれはもう上がれって合図だろう。
ほら、部員達が次々とプールサイドに上がっていく。辻カリンも、友達と並んで梯子を握って。
もしここで症状が出れば──今夜、辻家のご両親を説得するための材料になる。友達の心配の声を集めて外堀を埋める、前の周と同じ手順が使えるが……どうだ。
タオルを手に取って、友達と並んで……笑っている。
足取りが軽い。何も起きていない。
「(……出てない)」
……やっぱりか。
症状が出ていない。今日は「出ない日」だった。
これは困った。
辻セイラが前倒しを決めた理由は分かる。前の周では木曜に観察して材料を得たんだ。
だから今回は水曜に来た。一日早ければ一日分の余裕ができる、セカンドオピニオンまで回せる──その判断は正しい。
だが、症状の方はこちらの都合に合わせてくれない。出ない日に来ても、元気な娘がいるだけだ。
「(辻セイラ、どうする?)」
「(……明日もう一回来る)」
「(明日も来るのか……)」
「(今日は駄目。材料がない)」
また不法侵入か。二日連続。
常習性が認められたら量刑が重くなるんじゃないか。いや今更だが。
しかし焦る気持ちも分かる。わざわざ前倒しにしたのに空振りで、明日に持ち越し。
これで明日も症状が出なかったら更に追い詰められる。金曜が本番で、木曜中に診察の予約まで取り付けなければいけないのに。
だが、完全にパニックにはなっていない。辻セイラはまだ冷静さを辛うじて保てている。
時間的猶予が無くなってしまっただけで、木曜日までなくなった訳じゃない。明日症状さえ出れば前の周と同じ手順が使える。一日の遅れは痛いが、致命的ではない。
辻セイラもそれを分かっているからこそ、考え込む程度で済んでいるん……。
………………ん?
──「あれ? 誰か……」
っ!?
……し、しまった。
今、こっちを向いたか?
一瞬。ほんの一瞬だけ、体育倉庫の方──僕達がいる方向に視線を向けて。
……目が、合った。気がする。
いや、そんなはずはない。相当距離があるし、この位置から顔の向きは分かっても、視線の焦点までは判別できない。たまたまこっちの方向を見ただけかもしれない。気のせいかもしれない。
そうだ、この場所のことを把握できていなければこんな方向を見る訳がない。大丈夫……のはずだ。
「(仕方ない、一旦撤退する。今日はとりあえず家に来て、前と同じように泊まりの段取りだけ先にやるから)」
「(……)」
「(瀬尾?)」
「(え? あ、ああ……)」
そう、だな。これ以上いても仕方がない。
部員がはけ始めて、顧問やコーチがもう片付けに入ってる。人の動きが増えれば見つかるリスクも上がるし、成果がないまま居座って発覚したら本当にただの不審者だ。
今日は空振り。しかし明日がある。
明日こそ材料を掴んで、金曜のセカンドオピニオンに繋げる。そのために僕はこれから辻家に泊まり……そして明日もこの塀を越えることになる。
……前の僕はこれを了承したんだよな。
了承した僕のことは覚えていないが、きっと同じことを考えたはずだ。人命のためだ、仕方ない、と。
本当に仕方ないか?
僕は目的のために思考まで犯罪者になっていないか? 怖いぞ?
*
「じゃあ、家はさっき送った住所だから。遅くならないうちに来て」
「無茶言うな。頑張るけど」
もう部活動が終わっている時間なんだぞ。
バレないようになんとか中学校を抜け出して、それで終わりじゃない。僕は今から3日分の泊まり込みの荷造り、母さんへの説明、弟への伝言を済ませて行ったこともない家に向かわないといけないんだ。普通にこの不法侵入より時間がかかる。
遅くならないうちって。期待するなよ。手ぶらで来るかもしれないぞ。
「じゃ」
「ああ」
……今日の収穫は何だ。「症状が出なかった」という事実か。
それだけ。プラスの情報じゃない。消去法が一つ進んだだけだ。
一応「出なかった」ことにも意味はある。少なくとも「毎日出るわけではない」ということが目で見て分かった。曜日による違いがあるのか、体調の波なのか、何か別の条件があるのか。
次の周以降の判断材料にはなる。
いや、ならないかもしれないが、そう思わないとやってられない。
これで明日も症状が出なかったら本当に困るが、前の周で出ているなら出る確率は高いはず。
……いや、ループで巻き戻っているのなら「前の周と同じ結果になる」とは限らないのか? そのあたりの仕組みがよく分からない。同じ条件なら同じ判断をするはずだが、条件自体が微妙に変わっている可能性もある。
……考えすぎか。考えすぎだな。今考えても仕方ない。明日になれば分かることだ。
それより問題は、さっきのあれ。
──「あれ? 誰か……」
あの一瞬。プールサイドで辻カリンが上がった後、こっちの方向を見た。
あの時は気のせいだと処理した。距離があったし、物陰に隠れていたし。
……本当に気のせいか?
確かに距離はあった。だがプールから体育倉庫裏まで、直線で見通せる位置関係だった。間に遮るものがなければ視認できる距離だ。健康的な生活をしているなら、目だって悪くないだろう。
しかも辻カリンはあの時ゴーグルを外していた。外していたなら普通に見えるかもしれない。こっちに誰かがいれば、違和感くらいは覚えるはずだ。
水泳部の練習中に体育倉庫の裏にいる人間なんて、普通は気にならないかもしれない。だが僕達は隠れていた。隠れている人間の気配は、かえって目立つことがある。不自然に静かだったり、動きが変だったり。
もしバレていれば……今日の顔合わせは第一印象最悪だ。
シミュレーションしてみよう。年頃の少女の家へ、姉が連れてきた「信頼できる」という友人は──今日中学校に不法侵入して、自分の水泳を覗き見していました。その時の気持ちを25文字以内で答えよ。
A. 「本当に最低だ。考えただけで嫌な気分になる」
つまり、僕の援護射撃は一切意味をなさなくなる可能性が高い。
「はぁ……」
僕の失態のせいで辻セイラはこの周も捨てることになるのかもしれない。
次の周から、新しい僕に「慣れない場所に隠れてるんだから動き回るな」「見張りに専念しろ」と追加で注意することになるんだろう。そして僕は「なんでそんな注意をされなきゃいけない」と怒りながら渋々従い……。
「家はこっち?」
──ん?
……前方に、人影がある。
中学の制服を、着ている。
……いやいや気のせいだ。下校の時刻と被っているだけだからきっと人違いだ。
さっきまで不穏な考えをしていたから、勝手に嫌な予感がしているだけ。所謂杞憂というやつだな。気にしすぎていることを僕の脳が不安として出力しているだけ。
辻セイラに似た顔立ちだが……でも纏う空気が全然違う。こっちの方が楽しそうだ。挑発的で、好奇心に満ちていて、何か面白いものを見つけた子供みたいな顔をしている。こんな子が辻セイラの妹な訳……あっでもさっき水泳部で見た彼女はそんな感じだったな。
「ねぇお兄さん。今帰ってる途中?」
「……そう、だが」
マズイ。
普通に辻カリンだこの子。
やっぱり気づかれていた。
しかもつけられていたのか。先回りされている。
前の周でこんなイベントがあったとは聞いていないぞ。
前倒しで進めたから前と違うイベントが発生してるのか?
いやでも、落ち着け、瀬尾マコト。偶然声をかけただけかもしれないぞ。
どうして僕に声をかけたのかは分からないが、姉と同じ学校の制服を見て不思議に思っただけかも──
「──覗きなんて、趣味悪くない?」
あっこれバレてるぞ!
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