【完結】 『大切な人を救うために死に戻る能力』 作:破れ綴じ
何故私は「後日談は毎日投稿できないかも」等と予防線を張ったのに、わざわざ無理をして毎日投稿を行っているのですか……?
今後もこういうことあるかもですがどうぞよろしくお願いいたします……(´;ω;`)
「いつ見ても大きい家だな……」
9時45分。約束の10時まで、あと15分。
さて、どうしたものか。
僕は普段から約束の場所には15分前に着くようにしている。
待ち合わせならそれで何の問題も無い。相手を待たせることが無いし、何かあっても15分あれば対処できる。
だが、今日は待ち合わせではなく訪問だ。人の家を訪ねる時は約束の時間ちょうどがマナーとされている。準備の途中に押しかけられるのは迎える側にとって迷惑だからだ。
つまり今呼び鈴を押せば、僕は三好家の朝の支度に15分ぶん割り込むことになる。
かといって、ここで15分待つのも。
人の家の門の前に男が一人、鞄を抱えて15分立ち尽くす。
近所の人から見れば、どう見ても不審者だ。三好家の評判に関わる。
いったん駅の方まで戻るか? いやしかし、今日の用件を思えば、遅れるなど論外だ。
──『お気に入りちゃん、明日うちに来れる? お話あるんだ』
昨日の夜、三好ルナから届いたメッセージ。
しかも内容は「お話」。それをわざわざ家に呼びつけてまでするんだ。
僕と三好ルナの間で、そういう改まった話になり得るものは一つしかない。
借金だ。
小笠原の旅費。
ツアー代、船の特1等室に、島での宿に、セイラの分の立て替え。合わせて29万円。
三好ルナは「別にい~よ~」と言ってくれたが、別にいい訳が無い。29万円だぞ。
高校を卒業したばかりの人間が、同級生に29万円。どう考えても別に良くない。
むしろ、今まで催促されなかったことの方がおかしかったんだ。
いつか言われると思っていた。それが昨日だったというだけの話だ。
だから、既に覚悟も決めてきた。鞄の中には準備した内容を詰め込んである。
1. 封筒。春休みのバイト代から用意した5万円。
2. そして、返済計画表。
3. 最後に、受け取りの署名をもらうための領収書。
家庭教師の謝礼と今のバイト代を合わせて毎月4万円ずつ返していけば10月末で完済見込みだ。
利息も付けてある。
個人間の貸し借りで利息の約束をしていない場合、利息は発生しない。法律上はそうだ。
だが、29万円を半年以上も無利息で借り続けるのは、貸してくれた側の厚意に甘えすぎだろう。だから、民法の法定利率である年3%で計算して……完済までの利息の合計はざっと4千円ほど。
計算は昨夜のうちに三回やり直した。気持ち程度の額だが、気持ちが無いよりはいい。
それから、借金の話をしに行くのに手ぶらでは失礼だから菓子折りも一つ。
ご両親が在宅なら、そちらにも一言お詫びしなければならない。
合格祝いの日に場所を貸してくださった上に、娘さんが同級生の男に29万円も貸しているんだ。親の立場からすれば心中穏やかではないだろう。
WPPOの謝礼や給金に手をつければ、もっと早く返せるのは分かっている。
だが、あれはミオとの旅行資金だ。ミオと「合格したら二人で旅行」と約束したのは12月で、三好ルナに借金をしたのは2月。
先にした約束の方を先に守る。それが筋だ。
家に入れる金だって工面する必要があるし、ここは目を瞑ってもらうしかない。
……いや本当にこれで大丈夫だろうか。
計算が間違っていないかもう一度確認するぐらいはいいかもしれない。金銭の話は曖昧なままではいけないのだから……。
「お気に入りちゃん、いらっしゃ~い。15分前だね~」
「うおっ!?」
と、扉が……開いている。
え、いつから? というか、何故僕が来ていると分かった?
呼び鈴は押していないぞ、窓から見えたのか?
……まあ、門の前で15分の使い方について熟考している男がいれば、目立つか。
「お、おはよう。早く着いてしまってすまない」
「い~よ~。上がって上がって~」
「いや、その前に」
「?」
……ふぅ。少し緊張して来た。
しかし、ここははっきりしないといけない点だ。
玄関に上がり込んでから切り出すのは違う。
借りた側が、貸した側の家でくつろいでから返済の話をするのは順番がおかしい。
まずは、ここで済ませるべきことを済ませる。
そこから、家に上がる許可を取るべきだ。
「三好ルナ。まずはこれを──」
「──お金の話じゃないけど?」
「……え?」
「もう。『別にい~よ』って言ったのにね~」
「……ま、待ってくれ。話というのは、借金の催促では……」
「ルナちゃんそんな人に見える?」
「見えないが……」
……お金の話じゃない?
29万円の話じゃないのか?
……いや待て、それ以外に何がある。
僕を家に呼んでまでする話だぞ。
「だが、30万近い金額だぞ。別にいいで済ませていい額では無いだろう」
「それはお気に入りちゃんの好きにしていいけど~。今日はその話じゃなくて」
「好きにしていい、と言われても……」
「あれっ? こっちはお菓子かな? ありがとね~」
……こっちは受け取るのか。
29万円は受け取らないのに、千円ちょっとの菓子折りは受け取る。基準がまるで分からない。
いや、菓子折りは手土産で、手土産は受け取るのが礼儀だ。
そういう意味では、三好ルナの方が筋は通っているのか?
しかし、仮に三好ルナが本当に返済を受け取らないとしたら、この29万円は法律上……贈与ということになってしまう。
贈与税の基礎控除は年110万円だから税金の心配は無いが……そういう問題じゃない。僕の気持ちの問題だ。
借りたものは返す。それが当たり前じゃないか。
現状だと、僕はそこまで親しくもない友人からかなりの金額を無償で受け取った挙句、彼女の親友と二人で旅行に行った人間だ。ヤバいヤツにも程があるだろ。
たとえ相手が要らないと言っても、そこを曖昧にするような男がどういう人間なのか、分からない訳じゃない。
受け取ってもらえないなら、どうして受け取ってくれないのかをまず説得して、二人で話し合った後にお互い妥協できる地点を決めるべきだろう。
それに、もし受け取らないとしたら、どうして僕を呼んだのか本当に分からない。
借金でないなら、何の用件なんだ? 一応今は、債務者が債権者の家を訪れている構図なんだが……これで何もないと?
三好ルナと僕の共通点といえば……ミオか。
旅行の件で、何か言っておきたいことがある? いや、それならミオ本人も一緒にいた方が早い。
であれば、セイラのことか?
自由登校のあの朝、わざわざ僕の家の前まで来たくらいだ。セイラ絡みの話なら、家に呼ぶのも分からなくは──
「セイちゃんのことでもないよ~」
「ん?」
「だからセイちゃんのことじゃないって~」
「……あ、あれ?」
今、僕は声に出していたか?
出していない……はずだ。出していないよな。
じゃあ、顔に出ていたか?
……出ていたかもしれない。意図せず顔に感情が現れることはこれまでもあった。
いや、それより消去法か。
借金でもない、となれば、僕と三好ルナの共通の話題はミオかセイラしかない。僕がセイラの名前を思い浮かべることくらい、少し考えれば予想できる。
三好ルナはああ見えて勘が鋭い。そういうことだろう。
……じゃあ結局何の話なんだ?
5万円持って立ち尽くす僕。
菓子折りを持ってニコニコの三好ルナ。
何も聞かされていない「お話」。
かつてないほどの緊張感。
一体、彼女は何を話すのか……。
「とりあえず、うちのバルコニー行こっか? あんま聞かれたくない話だし~」
「……聞かれたくない」
「そ~そ~。お気に入りちゃんはね~」
……っ。
「ルナちゃんが、『能力者』だって言ったら信じる?」
*
「はい紅茶~」
「す、すまない。借金している立場だというのに、茶まで淹れてもらって……」
「それはいいんだって~。それより、飲み込めた~?」
「……少しだけ待ってほしい」
「おけ~」
……三好ルナが?
あの、いつもにこにこしていて、語尾が全部伸びていて、29万円を「別にい~よ~」で済ませようとする三好ルナが?
……能力者?
せっかくの紅茶はありがたいが、衝撃の事実で今はそれどころじゃない。
三好家の大きな家のバルコニーだって、本来こんなところでゆっくりできるとなれば嬉しいはずなのに……それだってまるで頭に入ってこない。
だって能力者だぞ。およそ20万人に1人だぞ。
日本人口が約12億人だから、日本全体でも6000人程度しかいないはずじゃないか。普通に暮らしていれば、一生に一人、生で出会うかどうか……それぐらい数字のはずじゃないか。
なのに……三好ルナまで?
一応、僕の周りではセイラと、ノドカと……そういえばそんなヤツもいたな枠で屑男が一人能力者だったんだ。
だとすると4人。
僕の半径数キロ以内に、4人。
……おかしくないか?
20万人に1人だぞ。僕の知り合いが80万人いるならまだ分かる。
だが僕の知り合いは、多めに数えても100人程度だ。100人中4人。4%。20万人に1人どころか、25人に1人ということになってしまう。
仮に20万人に1人が正しいとして、知り合い100人の中に能力者が4人いる確率を出すと……ざっと400兆分の1だぞ。宝くじの1等に連続で当たるのとほぼ同じだ。
もしかして、統計の方が間違っているのか?
確かに、能力の発動条件なんて、ノドカのように分かりやすい物もあれば、100年生きていたってあり得ないような状況が条件になっていることもある。自分が能力者だと自覚せず一生を終える人間だっていてもおかしくはない。
20万人に1人というのは、「能力者だと自覚できている人数」を多めに見積もっただけ。そんな可能性だって、無くは無いんだ。かといってちょっとこれは多すぎだが。
あるいは、僕の方が能力者を引き寄せているのか?
駄目だ、考えがまとまらない。
まずは目の前のことからだ。
三好ルナが能力者だというのは、本当なのか。
「……」
「ん~? ルナちゃんのお顔に見惚れちゃった~?」
「……」
……正直に言えば、そこまで突拍子もない話には聞こえない。
さっきの玄関先だってそうだ。
僕が「セイラのことか?」と考えた瞬間に、「セイちゃんのことでもないよ~」と返ってきた。僕は消去法で片付けたが、本当に消去法だったのか?
思い返してみれば、三好ルナは昔から妙なところで察しが良かった。
前々から、こちらが何か言う前に、こちらの言いたいことを先回りしてくるというか。
ただの勘の良さだと思っていたが……あれが全部、能力だったとしたら。
……辻褄は、合う。
「……分かった。信じる」
「お~、即答だね~」
「いや、即答ではない。今、ちゃんと考えた。その上で、信じる方が筋が通ると判断した」
「ふ~ん。お気に入りちゃんはやっぱり賢いね~」
「お世辞はいい。どういう能力か教えてくれないか」
信じた根拠は他にもある。
僕がミオを説得した、数字現象のあの瞬間。ほぼ文句しか言い合わない関係性だったにもかかわらず、親友のミオではなく僕の「席を外してくれ」という要求にすんなり従った。
影中トオルを通報したという話もそうだ。非常に高い潜伏スキルを持ち、なおかつ当時はまだ犯罪を起こしてもいなかった……そんな人物を、彼女はどうやって通報できたのか。
隕石の件だって、彼女はセイラの異変を一番に見抜いて僕に電話してきた。当時は納得していたが、よくよく考えてみれば自棄状態のセイラが三好ルナからの電話を受けて分かりやすくSOSをアピールする訳がない。しかも三好ルナは、通学路に待ち伏せするなどせず、家の前で待ち伏せしてきた──つまり、急いで情報共有する必要があると、察していた。
彼女は、どこか普通では無かった。
もし、これから告白する「能力の内容」が妥当であるなら、彼女が真実を言っていると考えるには十分だ。
「ルナちゃんはね」
……。
「『会話相手が考えている心の声を聞き取れる能力』を持ってるの」
「……会話、相手」
「そ~。電話とかでも会話なら聞こえるよ~」
会話相手。今話している人。
ということは。
……今の僕か?
「そだよ~」
「……っ!」
今、声に出したか?
出していない、出してないよな。
つまり、今の「今の僕か?」は、三好ルナに向けて考えていた、ということだ。
正直、聞かれているという実感はあまり無いが……。
ということは、僕がこれまで三好ルナと話している最中に、三好ルナに向けて考えたことは、全部聞こえていたことになるのか。
自由登校のあの朝もそうだ。僕が思考を切り替えた時、僕の質問に対し彼女は「あんま驚かないね? 切り替えの早さにルナちゃんびっくり」と言っていた。
あの時は基本「彼女は何を言っているんだ」みたいなことを考えていたが、思考を切り替えたその瞬間だって、彼女にそのまま聞かれていた訳だ。
合格祝いの日、自分の家なのににこにこしているだけの三好ルナに「ここは君の家だぞ」と思ったのも、多分聞こえていたことになる。
……失礼なことしか考えていないな僕。
しかし、だからといって完全に信用できるだろうか。
一応、それぞれの情報は考えさえすればその場で推測することだってできる。絶対的に読心術の可能性を示唆するものという訳ではない。
可能性は十分にあるが、それが宝くじ連続当選に匹敵するかと言われれば正直疑問だ。
彼女が提供する情報が、本人から提供されたものではないと証明する手段だって存在しないはず。
「あ~、やっぱり信じてないね~?」
「……考えを整理しているだけだ」
……第一、三好ルナ。
もし、僕の思考が君に筒抜けだというのなら。そう、言うのなら。
僕が。僕が、君の親友である、セイラやミオやノドカに、ごくたまにではあるが。
健康的な男としては、ごく普通の……。
……性的な興奮を覚えた経験だって、筒抜けのはずじゃないか。
「へ~。お気に入りちゃん、三人のことえっちな目で見てたんだ~」
「うわああああああああ!?」
ほ、本物だ!
この能力は、彼女の主張は真実だ!
判別方法が最悪ではあるが!
今確かに僕の心の中は読み取られてしまった! 最悪だが!
ぐっ……だが、仕方ない。もう認めざるを得ない。
というか、今のである程度のことは分かった。
彼女の聞こえる内容は『彼女自身に向けて考えているもの』に限定されている。
今、彼女は僕の心の内を「初めて聞いた」かのような反応で返した。もし、親友が性的な目で見られていたというのならば、自衛するように言うだろう。
しかし、それを今初めて知ったのは「彼女が自分に向けられたもの」以外は聞き取れないということを意味している。「僕が彼女に向けて語り掛けるように考えていた」から、今初めて彼女はその事実を聞き取ることができたんだ。
会話中というのも……おそらく事実だろう。
もし発動条件がもっと簡単なものであれば、三好ルナは世界中のすべての人間に対して、自由に情報収集を行うことができる。
しかし、それなら小笠原の時に事情を曖昧にしか理解していなかった理由が存在しない。彼女が辛うじて取るべき判断を間違えなかったのは、単にセイラと「電話を使って会話して」彼女の現在状況を少しは把握できたからだ。大方「聞きたいことがある」なんて電話をして、セイラの思考を読んだのだろう。
発動条件が会話である以上、誰にも話さなければ能力は発動しないし、話しかける相手を選べば対象は自由だ。
彼女はこれを利用し、周囲の人間の思考を読み取って、あたかも「先回りした」かのような言動を繰り返していた。
僕の要求に素直に従って席を外したのは?
僕の「ミオを助けたい」という気持ちを理解したからだ。
影中トオルを通報できたのは?
道を尋ねでもしたのか、その時に犯行計画が筒抜けになったからだ。
セイラの「助けてほしい」という本心を悟ったのは?
あの時のセイラが、心の奥では助けを求めていたから。それ以外無い。
辻褄は……全て合ってしまった。
「お気に入りちゃん、急に静かになったね~」
「……思考を読まれてると言われて、警戒しただけだ」
「ま~そういう反応するよね~」
……そして、今の僕の思考は読まれていない。三好ルナに向けたものではないからだ。
彼女に向けたもの以外も常に読まれているなら、彼女は日常生活をまともに送ることさえできないだろう。だからこの仕様には納得できる。
相手に能力を勝手にかけることは能力者基本法に違反しているが……彼女の場合、能力の効果対象は自分自身だ。
プライバシーの侵害ではあるが……会話せずに一生を生きろという訳にもいかないし、一応、適法範囲内と考えるべきか。
何はともあれ、WPPOや分析官、セイラの能力については、自分の頭の中で整理するだけであればバレていないと考えていいだろう。
ノドカがどうやっているかだけは心配だが……彼女が「今から三好さんに私の秘密を説明します!」みたいなことを考えることもないだろうし……一応、守秘義務は守られていそうだ。
少なくとも、そこだけは安心……。
……。
…………。
………………。
……あっ。
「……ま、待ってくれ。一つ聞いてもいいか」
「なに~?」
「ミオやセイラと仲良くなったのも、その能力が関係しているのか」
「ん~……関係ある、かなぁ~」
「……」
「ルナちゃんは、『可哀想な子は可愛い』って思ってるんだけどね~?」
……もしかすると。
もしかして、だが。
会話相手の、自分に向けた心の声が漏れかけているということは。
それは、つまり……。
「ミオちゃんもセイちゃんもさ、『嫌われてたらどうしよう』とか『本当は一人が嫌だ』とか色々考えててね~」
「……」
「それで、可愛いな、フォローしてあげたいなって。そしたら、いつの間にか友達になっててさ~」
「……」
「うん。お気に入りちゃんの聞きたいこと分かるよ」
「セイちゃんの、能力のことでしょ?」
「……っ!!」
「……知っていた、のか」
「まあね~。ルナちゃんに知られたってバレた瞬間諦めちゃうから黙ってるんだけどね」
「だから、何も言わず、フォローを?」
「そうそう。さりげな~く」
……さりげなく。
彼女に、「どうして黙っていたんだ」「どうして寄り添ってやらなかった」「どうして知っていると打ち明けなかった」と思わなくもない。
今までセイラはずっと一人で頑張っていると思い込んでいて、守る対象に三好ルナが含まれていることだってあった。彼女はそれを知っていて、ずっと黙っていたんだ。
だが、セイラの事情を知れば、彼女が周囲に自分の能力を隠していることも、その事情だって読み取れるだろう。
セイラ自身、「三好ルナに知られてしまった」となっただけで、その周のループを解決することに消極的になってしまう。そのままループを解決すれば、「自分のせいでセイラは苦しんで死んでいる」という事実を突きつけたまま取り消せなくなってしまうんだし。
だから、解決のためにそれとなくフォローは行うが、明確に自分がセイラの事情を知っている素振りはしない……そうやって振舞ってきた。
僕が協力するまでのループは……いや、僕が協力するしないにかかわらず、彼女はずっとそうしてきたのかもしれない。
あの日、僕を訪ねたのもそういう理由だったのか。
彼女はセイラか僕を通じて、「瀬尾マコトがループ解決のために協力している」ということも理解していた。自分一人ではどうにもならない可能性を考え、ループを解決した実績が存在し、なおかつ表立って動ける協力者として、僕を動かそうとしていたんだ。
それに、彼女は……場合によれば、自分が殺されたという事実すら……。
いや、これから自分が殺されるという事実すらも知っていた周があるということに……。
「君は……そのことを誰かに言っているのか」
「いや? お気に入りちゃんが初めてかな~」
「……それは、どうして」
「だって、いじめとか怖いでしょ? 出る杭は打たれるかもだからね~」
……いじめ。
いじめ?
一体いつの時代の話をしているんだ。
いじめなんてものはもうとっくの昔に世界中の全域から「無くなった」……いわゆる死語だろう。
確かに、会話するだけで思考を読んでくる少女というのは付き合いにくいかもしれない。黙ろうとしていた理由は理解できる。
だが……数十年前ならまだしも、今の時代にいじめなんて、それこそ誰だって思いつきすらしないだろうに。
……まあ、能力を持つ人間の思考というのは、僕には分からない。
能力を持ったこともない以上、能力者の気分を推しはかろうというのは傲慢だ。
彼女がそう決めていることなら、僕が口を出すべきではない。
では何故。
そのことを僕に話したのか。
「お気に入りちゃんが聞きたいこと分かるよ。すごいでしょ~」
「ああ、聞かせてくれないか。どうして今、このタイミングで僕にその事実を告白した」
確かに、僕は何があろうといじめなんて前時代的な行為を働くつもりはない。
とはいえ、僕の決意を知っていようが、いじめられるかもという可能性で誰にも打ち明けなかったという……その事実をどうして急に開示するに至ったか。
さらっと流しているが、彼女は今初めて自分の能力の話をしている。僕にも同じ能力があれば、緊張している彼女の心の内が手に取るようにわかるだろう。
そして、それが分かったところで僕にできることというのは何もない。彼女のためにWPPOに連絡してやるぐらいしかできないし、生まれた時点から常時発動しているならWPPOにだってどうにもできないはずだ。
だから、僕に要求したいことは他にある。
この能力を打ち明けてまで、僕に守ってほしい何かが存在する。
……いや、分からないフリはしない。
何を言いたいのかは、正直、もう見当がついてしまった。
「ルナちゃん、春から違う大学でしょ? ミオちゃんセイちゃんとは、会いにくくなるの」
「……学校外で会うことはできるだろう」
「でもね~、二人のこと、学校の中でも見てないと……不安じゃない? なんならノドちゃんも見てないのは不安だし~」
「まあ、それは僕も同感だが」
つまり、彼女が僕に求めているのは……。
「お気に入りちゃんに、皆のこと見ててほしくて」
「……」
「もしサボってたら~……次お話した時に、ぜ~んぶ分かっちゃうからね~?」
「なるほどな……」
……やはり。
彼女の要求は……学校が変わることによって、これからやりにくくなる「フォローの役目」を、僕に任せたいというもの。
僕は彼女に借金があり、それを返さなくていいと言われている。
実質的に、返せない借りを抱えている状況だ。
そこで、もし僕が三人を見捨てて遊び惚けていれば……「この能力で、それが分かるからな?」と脅している。
しかも……それだけじゃない。
これは、僕への牽制も兼ねている。
「ん? お気に入りちゃん? 返事は?」
セイラ、ミオ、ノドカに……手を出すな、と。
彼女はそう、牽制している。
「あれ? お気に入りちゃん? 返事してくれない?」
当然、あまりにも当然の懸念だった。
僕はGWに、ミオとの二人旅行が控えている。
親友が男と二人きりで海外旅行……しかも、今さっき僕の秘密は暴かれたばかりなんだ。三好ルナからすれば、心配にならない方がおかしい。
ミオは繊細なんだ。せっかくの卒業旅行代わりが、海外でトラウマを生むことになる……そんな結末、友人なら何が何でも回避したいだろう。
だから、旅行の前に釘を刺しておきたかった……それが真の目的だ。
もしミオに何かしたら、次に会った時に全部分かると。
僕がミオに手を出せば、それは僕の思考からすぐ分かる。
女性に軽率に手を出す男であれば、それはすぐに分かる。そのために自分の能力を明かし、僕にしっかりと理解させた。
自分の一番の秘密を明かして……それだけミオのことが大切なんだろう。
……なんて友達思いなんだ、三好ルナ。
「……な、なんか違うこと考えてるような。言いたいこと分かってる~?」
「勿論だ。肝に銘じた」
「それならいいけど~……」
ならば、僕も誠意で応えなければならない。
三好ルナ、僕は君の期待を裏切るようなことはしない。
大学では彼女達を見守り、トラブルが起これば手を貸し、軽率な真似はしないと……そう誓おうじゃないか。次に君と話す時、存分に確かめてくれて構わない。
完璧だ。
読心能力というのは、誠意を示すのにこれ以上ない仕組みじゃないか。
どうだ?
聞こえているか? 三好ルナ。
「うう~ん……まあ、確かに誓いは聞こえたけど~……」
「ああ。決して彼女達を悲しませるようなことはしない」
「それだいぶお気に入りちゃんの主観混ざってない……? ……まあいいけどさ~」
……しかし、今日は想像以上の真実を知ることができたな。
1. まず、三好ルナは今日、誰にも言ったことのない秘密を僕に打ち明けた。
いじめられるかもしれない。そう思って、ずっと一人で抱えてきたことをだ。
それを、自分のためではなく、ミオとセイラとノドカのために話した。春から自分が側にいられなくなる三人を、誰かに託すために。
僕を信用したからというより、三人のためならそれくらいの危険は引き受ける、ということだろう。
友達のために自分の一番の秘密を差し出せる人間が、果たしてどれだけいる?
2. 次に、セイラのことだ。
セイラはずっと、死に戻りのことを誰にも言えずに、一人で何周も繰り返してきた。少なくとも、僕と協力関係を結ぶまではそうだったはずだ。
だが、違ったんだ。
セイラの隣には、ずっと三好ルナがいた。セイラが三好ルナに向けて「ごめん」と思うたびに、それを聞いて、何も知らない顔で、さりげなく手を差し伸べていた。自分が死んだ周があることまで知りながら。
セイラは一人じゃなかった。本人がそれを知らないだけで、最初から協力者がいたんだ。
3. そして、最後に僕自身のこと。
セイラの能力のことは誰にも話せない。セイラ本人が隠している以上、もしまたセイラの身に何か起きても、本人以外に相談できる相手は誰もいない……はずだった。
だが、今日からは違う。三好ルナは、知っている。
勿論、セイラにはそのことを言えない。彼女がそういう人間だとは思わないが、三好ルナの能力を知ってもし距離ができてしまったら……その責任を僕は取れない。
だが、何かあった時、事情を分かった上で意見をくれる人間がセイラ以外にもいるんだ。分析官として言わせてもらえば、これほど心強い情報共有相手はいない。
「お気に入りちゃん、GWにはミオちゃんと旅行でしょ?」
「そうだ」
「ミオちゃん、すっごく楽しみにしてるから。がっかりさせちゃダメだよ?」
……やはり彼女は話を理解するのが早い。
僕の言いたいことや思っていることを先回りして答えてくれる。
彼女は過去のセイラのように攻撃的では無いし、周りの抱えている闇にも気づいている。
それがずっと、能力のおかげだとは知らなかったが。
それも含めて、三好ルナという人間なんだ。
「分かっている。君も、打ち明けてくれて、ありがとう」
「ん~ん。これからも、ミオちゃんのことよろしくね~」
なんだか数字がおかしい?
能力者世界なんだからそういうこともあります。
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