『大切な人を救うために死に戻る能力』   作:破れ綴じ

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[17:08] おごりの代償

 ──覗きなんて、趣味悪くない? 

 

 ……終わった。

 完全にバレている。現行犯だ。言い訳が浮かばない。不法侵入して女子中学生のプールを覗いていた男。客観的に見ればそれ以外の何物でもない。

 しかも対象者本人に見つかった。辻セイラの計画が根本から崩れたかもしれない。

 最悪のパターンだ。さっきまで考えていた不安が現実になってしまった。犯罪行為をしていた僕を警察に突き出すのは推奨されるべき至極常識的な行動だが……僕の失態のせいでこの周が潰れてしまうかもしれない。前倒ししたことで想定外の事態が発生して、それが全部裏目に出た。

 

 ……いや、パニックになるな。落ち着け。

 まず──この子は一人だ。

 一人で知らない男に声をかけて、ついてきている。

 中学生の女の子が。

 

 ……駄目じゃないか! 

 

「知らない人間についてくるのは危険だぞ。声をかけるべきじゃない」

 

「?」

 

 よくないぞこれは。

 冷静に考えれば彼女のやっている行為は非常に危険だ。悪いことをする人が少ないからって、こんなあからさまに不審行動をしている僕に、つけてきて声をかけるなんて。普通に危なくないか? 

 彼女が好奇心旺盛なだけかもしれないが、よくないと思う。

 

「僕が本当に不審者だったらどうする。君の安全意識が心配になるんだが」

 

「覗きは否定しないんだ?」

 

「否定しないぞ。事実だからな」

 

「えぇ……」

 

 不法侵入していたことも自分の判断で決めたことだし、嘘をつくつもりはない。

 あっでもなんか話を逸らそうとしてるみたいに見えてしまうな。そんなつもりもないぞ。

 

 だが、それとこれとは別だ。

 中学生の女の子が単独で見知らぬ男に接触している事実を放置できない。僕が危険人物じゃないと分かっているからいいが──いや、覗きをしていた時点で十分危険人物か。

 ここできちんと注意をしておかないと、本当に危険な人物に相対した時に同じ対応をしてしまいかねない。

 

「でも大丈夫。ちゃんと声かける人は考えてるし」

 

「何の根拠があって──」

 

「──瀬尾マコトさん、でしょ?」

 

 ──は? 

 

 な、名前。僕の名前を知っている……だと? 

 いや、彼女は僕のことを知っているのか。だからこそ、こうして話しかけても問題ないと判断している……と。

 でも、面識はないはずだよな。辻カリンとは今日初めて──いや、遠目には見たが、直接話すのは初めてだ。僕の名前を知っているはずがない。

 

 というか、僕のことを知っていても今の行為が危険であることに変わりはないと思う。

 君が僕を見かけた時にすべきことは質問ではなく通報だぞ。次から気を付けた方が良い。

 

「どうして僕の名前を?」

 

「今朝お姉ちゃんが教えてくれたの。写真つきで」

 

 今朝……写真……。

 お姉ちゃん……。

 

 ……辻セイラ? 

 

「『今日勉強会をするからこの男を家に呼びたい、泊めていい?』だって。マコトくんの写真見せて、『馬鹿真面目』で『一応信頼できる』って言ってたよ。後ろ姿だったけど」

 

「……なるほど?」

 

「で、お姉ちゃんが昔教えてくれた秘密の隠れ場所にその人がいるの見えたから──気になっちゃって」

 

 ふむふむなるほど、ようやく理解したぞ。

 

 つまり、辻セイラが今朝の時点で家族に僕のことを写真つきで話していたんだな。

 泊まりの段取りをより迅速に行うため、今日やってくる僕の情報を見た目付きで先んじて教えていたという訳だ。初対面から徐々に関係構築するより、辻セイラからの伝聞情報で第一印象が良くなるよう操作していたと。今周は急ぐ必要があると主張していたし、そういった手筈を整えておくことに違和感はない。

 だから辻カリンは僕の見た目の情報を知っていた。

 

 昔教えてくれた秘密の隠れ場所というのは……あの体育倉庫の裏のことだよな。

 大方、危険な目にあってもいざという時に自分で逃げたり隠れたりできるように学校の秘密の場所をあらかじめ共有していたんだろう。だから辻カリンもこちら側の位置を正確に認識することができていたんだ。

 つまり辻カリンにとっては「自分達姉妹しか知らない場所」に「姉が今朝紹介した人物」がいた。不審者ではなく興味の対象。だから怖がらずに声をかけてきた。

 なるほど、筋は通る。辻カリンの行動は理解できた。

 

 だが、写真? そんなものいつ撮った? 

 僕が彼女とツーショットを撮る訳はないし、きっと向こうだって僕とは撮りたくないはず。「写真を撮らせて」と尋ねられた覚えも無いし、校内にスマホあるいはカメラを持ち込んで提案してきたら、僕はそれを容認しないからきっと覚えているはず。

 まさか盗撮か? 盗撮じゃないよな? 肖像権の侵害だぞ。

 もしそうなら、家族に写真を見せる上で盗撮を選ぶその感性にちょっと距離を置きたい。

 

「……それでも、だいぶ不審者だと思うぞ。まずは姉に話を聞くべきだっただろう」

 

「そんなことしたら困るでしょ? で、さ。頼みがあるんだけど~……」

 

 別に彼女主導だし、困らないが。

 でもこの言い方だと、辻セイラが関与していたことは気づいていないのか。

 それで、何だ。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんにばらされたくなかったら──たこ焼き奢ってくれない?」

 

 ……ん? 

 

 

 

 

 

 ……脅し? 

 13歳に脅されているのか僕は。

 辻セイラに続いて辻カリンにも。

 この姉妹は揃いも揃って。

 

「私、粉物好きなんだよね~。部活終わりでお腹もすいてるし、お小遣いも今無いからー」

 

「そろそろ晩御飯じゃないのか」

 

「育ち盛りですー問題ありませーん」

 

 ……たこ焼き。

 犯罪の口止め料がたこ焼きか。

 安いな。安すぎないか。

 不法侵入と覗きの口止めがたこ焼き一舟で済むのか。

 

 だが声色は遊びだな。

 事情が気になってはいるが、楽しんでいる。本気の脅しというよりは、面白がっているみたいな。

 

「バラしてもいいぞ」

 

「えっ」

 

 バレたと分かった以上、この周で影響が出てしまうことは必至。水曜日の時点で大きく影響が出てしまっているのに、既に7周もしている辻セイラにそのことを黙っておくべきではない。

 自分から、最寄りの公衆電話で彼女へ連絡するつもりだった。

 

 なんなら警察に届けて出てくれてもいい。犯罪者はしっかり通報してお縄につくべきだ。対象が自分だったとしても例外にはならない。

 あいや、今回のループを突破するために僕が行動不能になるのは困るが。それでも、自分だけは特例などという思想に陥ってしまってはいけない。悔いを残さないためにも、早急にあの録音を処分して僕は余罪の数々を自首すべきだ。

 

「……えー。じゃあお願い聞いてくれないの?」

 

「そうだな……」

 

 つまり、彼女の脅しは脅しになっていない。僕には意味がない。

 そんな中、この場で僕が取るべき判断は……。

 

 

 

 

 

「君の中学校や家庭内に買い食いに関する校則規制か取り決めはあるか」

 

「…………………………ないけど?」

 

「そうか。では奢ろう」

 

 

 

 

 

 脅しに意味がないなら残るのは僕の過失だけ。

 覗きをしていたことに対するお詫びだ。規約違反でないなら是非奢らせてもらおう。

 

「えぇ何この人……やっぱり変人?」

 

 おい、なんでそんな顔をするんだ。

 奢れと言ったのは君じゃないか。僕は変なこと言ってないぞ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 校則でバイトが禁止されていなくてよかった。

 こうしてある程度自由に使えるお金があると取れる選択肢も増える。

 

「美味しー! ソース多めにしてよかったー」

 

「こら。歩きながら食べちゃ駄目だ。どこかに座って食べなさい」

 

「えぇーめんどくさ。お姉ちゃんみたいなこと言うね」

 

 驚いた。彼女がそんなことを言うのか。

 

 いやでも当然か。未だに傍若無人な不良のイメージが沁みついてるが、家族相手には案外普通の人間なんだろう。そういう場ではしっかりルールを守ろうとしているのかもしれない。

 実際、食事中に動き回るのは元気な証拠だがリスクも伴う。食事と移動、どちらかに集中が割かれてしまうし事故にもなりやすい。それを防ぐよう忠言するのはあの能力を持つ能力者であれば普通の考えか。

 

「マコトくんってさー、真面目すぎない?」

 

「よく言われる」

 

「友達いる?」

 

「いるが?」

 

 失礼なことを聞くな。

 いるぞ普通に。

 

 あっ座ってくれた。

 素直だな。いいことだぞ。

 

「マコトくんさ、お姉ちゃんと仲いいの?」

 

「どうしてそんなことを聞く」

 

「やー、今朝のお姉ちゃん、すっごい嫌そうな顔で『信頼できる』って言ってたし」

 

 なんて顔してるんだ。

 誤魔化す気あるのかあの女は。

 

「でもお姉ちゃんが男の子の友達連れてくるの初めてだし、仲良いのかなって」

 

「一応……良い、んじゃ、ないか」

 

「なんでこっちも嫌そうな顔するの……?」

 

 いやまあな。

 ここで仲良しですってアピールしておかないと、泊まり込みで男を呼ぶことに違和感が出てきてしまうからな。彼女のことは嫌いだが、今だけは目の前の辻カリンを助けるために手を貸そうじゃないか。

 勘違いするなよ。辻カリンのためであって、辻セイラのためじゃないからな。

 

「ねぇねぇ、聞いてよ。お姉ちゃんってさー」

 

「何だ」

 

「私ずーっと『私も妹が欲しい』って言ってるの。でもお姉ちゃんが絶対駄目って」

 

「……あー」

 

「パパとママがその気になりかけてもお姉ちゃんが邪魔するの! ひどくない?」

 

 ……事情は分かる。

 妹が欲しい。家族を増やしたい。

 普通の中学生の、普通の願望だな。

 兄弟姉妹が欲しいなんて、子供なら誰でも一度は考える。

 

 だが、辻セイラがそれを拒む理由を僕は知っている。

 家族が増える。新しい命が家に来る。その命に愛着が湧く。愛着が湧けば「大切な人」になる。「大切な人」が増えれば、トリガーが増える。トリガーが増えれば──死ぬ回数が増える。

 だから辻セイラは新しい家族を拒絶している。妹がもう一人なんてとんでもない。命あるものを家に入れること自体が、あの女にとってはリスクの増大でしかない。

 

 しかしカリンにはそれが分からない。分かるはずもない。

 辛いところだな。「お姉ちゃんの意地悪」としか映っていないんだ。

 それでも、あくまで愚痴として打ち明ける程度で、関係に傷が入っている訳でもないんだろうが。

 

「あとペットも! 犬飼いたいって言ったら『私は絶対面倒見ないしこっち連れてこないでね』だって。酷いよね?」

 

「……姉なりの考えがあるんじゃあないか?」

 

「えーなにそれ。マコトくんお姉ちゃんの味方?」

 

「味方じゃない。ただ、理由もなくそう言う人間じゃないと思っただけだ」

 

「うーん……まぁ確かに、優しい時は優しいんだけどさ」

 

 言えるわけないだろう。「君の姉は大切な人が増えると死ぬ回数が増えるから家族を増やしたくないんだ」なんて。こんなこと口が裂けても言えない。

 あの女の事情を知っている僕としては、辻セイラの判断を一方的に否定できない。だからといって辻カリンの気持ちを否定する理由もない。

 どちらも正しい。どちらも間違っていない。ただ情報の非対称性があるだけだ。本当のことを知っているのは辻セイラと僕だけ。この構造が歪みを生んでいる。それはどうしようもない。

 

「急にハグしてきたり、急に『大丈夫?』って聞いてきたり。そもそもなんか過保護なんだよね。大好きな妹が新しい妹に取られるのが嫌だったり?」

 

「そうじゃないか。妹想いの素敵なお姉さんじゃないか」

 

 それも全部……彼女なりの確認作業なんだろうな。

 大切な人が生きていることを、触れて確かめている。声を聞いて確かめている。

 しかし僕は何も言えない。

 当たり障りのないことしか返せない自分が少し歯痒いが、真実を話す権利は僕にはないし、話すべきでもない。たこ焼きに満足したのか、向こうからの追及が無くなったのがせめてもの救いか。

 

 さて、近くに公衆電話は……ああ、あったな。

 早いうちに連絡してしまおう。

 

「少し電話してくる。遠くに行かないように」

 

「はーい。あー美味しー」

 

 辻セイラの携帯番号は覚えている。知人の番号は全員分頭に入っている。

 正直覚えたくもなかったが、覚えてしまったものは仕方ない。こういうところで役に立つんだから、間違いでは無かったんだろう。

 

 ……さて。

 

『──何』

 

「僕だ。瀬尾マコトだ」

 

『? なんでかけてきたの? 何か問題があった?』

 

「いや、今日の不法侵入が辻カリンにバレていた」

 

『何やってんの?』

 

「今一緒にいて、たこ焼きを奢っている」

 

『は? 仲良しアピール? マウント?』

 

 どうしてそう攻撃的なんだ。

 バレたのは僕だし、責任はこっち側にあるんだけども。まず気にするのがそこなのか。

 もっと色々聞くべきことがあるんじゃないのか。「能力のこと喋ってないよな?」とか。信用してくれてるのかもしれないけど。

 

 ……この女に信用されてもあんまり嬉しくないな。

 

『まぁいいよ。あの場所はカリンにも教えてたし。鈍臭いならバレてもおかしくないね』

 

「よくもまあそんなぬけぬけと」

 

『で? 何のためにマウント取りに来たの』

 

「いやな。今後の作戦に影響が出る可能性があるから早めに連絡をと──」

 

 

 

 

 

『──バキッ』

 

 ……ん? 

 何の音だ? 

 

『──パアァンッ!』

 

 !? 

 な、なんだ今の破裂音は!? 

 

 

 

 

 

「辻セイラ? なんだ、何が起こった。おい、聞こえているか」

 

『っ……!? は、はっ……はっ……!?』

 

 お、おかしい。応答がない、というか息しか聞こえない。

 息が聞こえると言うことは回線は繋がっている。切れてはいないはずだ。

 

 でも声が聞こえてこない。

 何が起こって……。

 

 ……いや、まさかだとは思うが……そうなのか? 

 冗談だろ、今日の昼ループが始まったと教えられたばかりだぞ。

 だが、考えられる候補は他にない。

 まさか……今、だっていうのか!? 

 

『な、なん……っ!? ……たす、け……!』

 

「ま、待て! 少し待ってろ辻セイラ!」

 

 待て。待て待て待て。

 

 破裂音がして、辻セイラに異常が出ているということは、そういうことだ。

 聞かされていた死に方。脳が圧縮されて潰れる、その音しかありえない。

 もしこれが本当にあれなら──『死に戻り』が起きる。残っている時間はほとんどない。

 でも今は水曜の夕方だぞ。金曜の夜がタイムリミットだと言っていたはずだ。何故今なんだ、まだ二日もあるぞ。タイムリミットが変わることなんてあるのか。それで今、能力が発動したと? 

 

 考えろ、考えろ瀬尾マコト。

 今、何かが起こって発動条件を満たしたということだ。

 何が起きた。何が金曜と違う。

 金曜の夜に辻カリンに何かが起きるはずだった。辻カリンの病気の要因が確定する瞬間。それが発動のトリガー。でも辻カリンは──

 

「? 美味しいよー」

 

 元気にたこ焼きを食べている。

 何の異変もない。平気な顔で最後の一個を頬張って、こっちに手を振っている。

 なのに辻セイラの能力が発動した。

 

 いや違う──「将来的に死ぬ要因が確定した瞬間に発動する」。だから、死ぬ瞬間に症状が出る訳じゃない。今この瞬間に、カリンの体内で何かが閾値を超えたんだ。

 見えない。外からは分からない。でも、何かが今確定したということ。

 考えろ、何が原因だ? 今と金曜の夜の状況で共通するのは……。

 ……食事、食事だ。今のたこ焼きと夕食だ。夜ならその時に夕食を食べているはずだ。

 

 ということは──食物アレルギーか! 

 おそらく、たこ焼きとその夕食に含まれる何かが原因で……。

 

 いや、待て。アレルギーであるはずがないよな。

 確か、アレルギーは体内の蓄積で起こるはずだ。先天性のものあれば後天性のものある。

 これまでは軽度のアレルギー反応で済んでいたが、今のたこ焼きの摂取で容量を超えてしまって、肉体が強力なアレルギーを引き起こす段階に移行したと考えれば能力発動の辻褄は合う。

 しかしそれなら、肉体の状態が移行したのに今症状が出ないのはおかしいだろう。医者だって異常無しと言っていた。小麦アレルギーが見つからない、そんなことがあり得るのか。

 それに、前の周では木曜日に部活動をしている最中症状が出ると聞いていた。部活中は何か食べたりしていないから、食物アレルギーなんてことは選択肢から外れるはずじゃないのか。

 

 いやでももう時間が無い! 

 水曜は出なかった、木曜に何かある可能性があるんだ。今、確かめるしかない! 

 

「辻カリン!」

 

「えっ!? な、なになに!?」

 

「辻カリン、もし心当たりがあったら教えてくれ。君の中学に給食はあるか?」

 

「あるけど……」

 

「じゃあ、木曜の給食は他と何か違う点があるか?」

 

 

 

 

 

「──木曜だけ、主食がお米からパンになるよ。それが?」

 

 ……! 

 

 

 

 

 

「原因は小麦だ、辻セイラ! 聞こえているか、次の周でそれを調べ──」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「辻さんが──こっち来てるんだけど」

 

「……何?」

 

 ……まさか。

 

 

 

 

 

「……どういうこと? 私もカリンも粉物が好物なんだけど」

 

 君は空気ぐらい……。

 

 ……ん? 何を言っている? 

 僕の方が「どういうこと?」だ。もしかして空気が読めてないのは僕の方か?




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