ご容赦を……(´;ω;`)
「じゃあアラタ、母さんによろしく。土曜の昼には帰るから」
『うん、分かった。こっちは大丈夫だから、兄さんも気をつけてね』
「ああ。じゃあな」
良い弟だ。心配させてしまったな。
まぁ、唐突に二泊もしていれば当然か。
母さんの体調は最近こそ安定しているが、兄が不在なのは不安だっただろう。アラタは何も言わないが、声の調子で分かる。早く帰ってやらないと。
あの子は僕より余程しっかりしている。辻カリンと同じ中学生のくせに変なところで兄を超えてくるから油断ならない。まぁ、だからこそ安心して家を空けられた訳だが。
僕の方でも問題は無事解決した。こんな流れになるとは思わなかったが。
友人宅に泊まったことくらいはあるが、嫌いな相手の家に二泊三日なんて長期外泊は流石に初めてだぞ。数日前の自分が今の光景を見ればなんて言うんだろうか。
「電話終わった?」
「ああ。会議の途中だったのにすまないな」
「いやいいよ。じゃあ、今後のカリンのことだけど」
「あっ私のこと? なになにー」
「そうそうカリンのこと。ほらなでなでぇ~」
「キャー! あっついって、くっつかないでー!」
うっわ。
この3日で思ったが、君は家族の前だと本当にキャラ違うな。
辻カリンはまだ年相応で微笑ましいかもしれないが、君はもう高校生おっとそんな目で睨むなまだ僕は何も言っていないぞ。
というか、いいのか。席を外してもらわなくて。
辻カリンがここにいたら死に戻りのこととか話せないだろう。君がいいならいいが。
「まず、後日の負荷試験で確定診断。予約は入ってるから、あとは行くだけ」
「お母さん付き添いだよね。予約いつだっけ」
「再来週。あと、それまでは小麦を避けること。食後の激しい運動も控える」
「分かってるよー。お医者さんにも言われたし」
「エピペンは後日届くから、届いたら常備すること」
「はいはーい」
「『はい』は一回にしなー」
素直だ。
好きな食べ物を突然禁じられて、普通ならもう少し抵抗するものだと思うが……駄々をこねない。命に関わると分かっているからか、元々こういう性格なのか。単純に物分かりが良いのか。
多分、両方だ。この子は鋭い。
自分の体で起きていることの深刻さを、言われなくても感覚で掴んでいる。
君がこっそり取り決めを破ってしまったらまた辻セイラが死に戻ることになるからな。
この「分かってるよ」が本心からのものであることを祈っているぞ。
「でも……水泳部は?」
「やっぱり気になるのか」
「そりゃそうだよ。こんなあっついのに泳いでなきゃやってられないって」
急にトーンが変わったな。そっちの方が心配なのか。
食事制限や病気の不安より、泳げなくなることの方が怖い。それもまあ当然か、中学生の部活は生活の中心だ。
「食事のタイミングを管理すれば大丈夫。食べてから数時間運動しなければいいんだし」
「つまり木曜日は気をつけるってこと?」
「そ。パンは代替にしてもらうか、弁当を持っていく」
「弁当めんどくさ~」
いいじゃないか、弁当。僕だって必要な時は自分で作っているぞ。色々な制約の中で工夫しがいがあってやってみると案外楽しいものだ。
あっそっちは母親が早起きして作る可能性もあるのか。ちょっと盲点だった。
ただ、やっぱりこの結末は可哀想だな。
多感な中学生の時期に、大の好物を封じられる。そうでなくても小麦なんて至る所に使われているし、今後ありとあらゆる場面で細心の注意を払わないといけない。
いざ発症した時にも苦しむのは自分だ。辻セイラがいる以上起こりえないが、「自分はふとしたことで死ぬのかも」という恐怖に怯えるのもストレスだろう。
ここは少しフォローを入れておくべきか。
「ただ、将来的には治せる可能性もあるぞ」
「え?」
「公的な機関で治療系の能力者に診てもらえれば、完治する可能性はある。予約は必要で時間がかかるが」
「そんなのあるの?」
あれ。
この知識は高校で習う内容だったか。あるぞ普通に。
世界的な治安維持や環境・経済問題対策を担当するWPPOの傘下に、WPPO-HBという……所謂WPPO医療部門みたいな連携組織があるんだ。
勿論、能力者は20万人に一人。この国の人口で割ればざっと6000人程度か。中でも治療系と分野を絞るなら数は相当少なくなる。日本支部にどれだけの人員が配置されているかは分からない。
ただ、その分解決できる方法は色々あるはずだ。緊急性が高い難病などが優先されるだろうし、予約を取って、何ヶ月待ちで……という可能性もあるが、おそらく不可能ではない。「一生小麦を食べられない」ということはないだろう。
「じゃあいつかたこ焼きも焼きそば食べられるかも?」
「可能性はある。今すぐではないが」
「やった! じゃあそれまで我慢する!」
その即断の速さは姉譲りなのか辻家の遺伝なのか。
制限を受け入れて、その先の希望に即座に切り替える。辻セイラの妹だけはある。いい意味で、だぞ。その素直さがあれば、きっと大丈夫だ。
辻セイラも何も言わないが、辻カリンに向ける目はもう柔らかいのなんの。何周分の重荷が降りたんだろうな。9回死んで、9回やり直して。ようやくここまで来たんだから、柔らかくなるのも当然だ。
いや、単純に大好きな妹相手に気が緩みまくってるだけかもしれないが。
さて。やるべきことは全部確認した。
辻カリンの今後の処遇は決まったし、希望だってゼロじゃない。辻セイラの能力が今夜発動しなかったことでループも解除された、他の誰かが真の原因だった可能性は否定された訳だ。
僕の仕事は完了、明日の昼には帰れる。
……結局、カラオケは潰れてしまったが。
楽しみにしていたんだけどな、あれ。
水曜日にキャンセルして、木曜も金曜もこっちにいて。友人達には体調不良って伝えてしまったし、埋め合わせは来週以降になるか。
いやだが、この罪のない命を一つ……いや二つ救えただけでいいじゃないか。対価がカラオケ一回分の喪失で済むんだ、結果的に見れば万々歳だろう。
人命のためだったし後悔はない。
していないが、ちょっとだけ寂しい。本当にちょっとだけ。
「カラオケ?」
「ん?」
あれ、声に出てしまっていたか……。
「カラオケ行きたい! 明日マコトくん帰る前に三人で行こうよ!」
「え?」
「え?」
「いいじゃんいいじゃん! お礼! 命の恩人なんでしょ? お姉ちゃんも行くよね?」
「えぇ~、コイツと? ……まぁカリンが行くなら仕方ないけど」
「あ、あれ……? 友達で合ってるよね……?」
*
「~♪ ~! ~♪ ~!!」
歌のうまい下手に遠慮がないのは辻家の血筋か。
僕が一番手を歌い終わるなり即座にマイクを取り上げてもうこれだ。
辻カリンが五曲連続で入れた選曲のうちどれ一つとして僕は知らないが、本人が楽しんでいることだけは声量で十分に伝わる。音程は怪しいが勢いで全部誤魔化している。中学生の体力は恐ろしい。
好きなものが食べられなくなった鬱憤をマイク一本で昇華するつもりらしい。焼きそばもたこ焼きもパンも駄目。その代わりに声帯を全力で酷使する。健康的な代償行為だ。文句は言えない。
「(なあ、一ついいか)」
「(なに? 今カリンに合いの手入れるので忙しいんだけど……ちょっ近い)」
「(話しながらでもタンバリンは叩けるだろう)」
聞いておきたいことがあったんだ。
辻カリンが熱唱してて、こっちに意識が向いていない内に聞いてしまおう。
あと近いのは辻カリンの声量が大きくて、近づかないと会話できないからだ。僕だって君には近づきたくないんだからな。
「(今回のルートで行けば、正直僕の助けは不要だったんじゃないか)」
「(……)」
「(小麦の情報があって、アレルギー科に行く方針も決まっている。説得の手順も把握済み。嫌いな相手をわざわざ家にまで呼ぶ必要はなかったはずだ)」
君がこれまでの8周をどれほど苦労したかは知らない。
ただ、結果論でしかないが、僕の援護射撃はほとんど辻家の意思決定に関与していなかったように思う。一応言ったは良かったが、別に辻セイラの説得だけで十分すぎるほどにあの三人に訴えかけられていたし、辻セイラ本人もそれが分かっていたように見えた。
全部一人でできたはずだ。
彼女の言っていた「グレーな情報収集行為」も、既に解決できる可能性があったからリスクヘッジとして選ばなかったんだろう。なら僕の存在はリスクじゃないとでもいうつもりなのか。
嫌いな男を三日間も自宅に泊める苦行を、わざわざ選ぶ理由はない。
「(……アンタが言ってた通り、一人でもいけたと思う)」
「(だろう)」
「(でも今回だけじゃなくて、私は次を見てるから)」
次。
次とは。
「(またいつか起きるでしょ、こういうこと。その時アンタが家に来やすい状態にしておきたかった)」
「(……)」
「(カリンに馴染ませて、パパとママにも顔を覚えさせて、信頼させておいて。次にアンタを呼ぶ時、誰も不思議に思わない状態を作っておく方が効率がいい。アンタなら悪用しないことは分かってるし)」
……なるほど。
一切の情緒なし。生理的嫌悪感よりも実利を取ったと。嫌いな相手だからといって、仕える者は使わない理由にはならないという話か。
僕を辻家に定着させることで、次のループで泊まり込みや説得が必要になった時のハードルを下げる。家族全員が「ああ、セイラの友達の瀬尾君ね」で済む状態を先に作っておきたかった。初対面から信頼構築をやり直す無駄を消しておきたかったと。
……筋は通っている。
それならこちらも断る理由もない。
最初から利害で繋がった関係だ。録音で脅されて始まった協力関係に、今更情を求める方がおかしい。むしろ辻家に出入りする機会が増えるなら、あの録音データに近づける可能性だってある。処分させる交渉材料を掴めるかもしれない。
嫌いな相手と利害が一致している。
それだけのことだ、それ以上でもそれ以下でもない。納得できた。満足だ。
「——さっきから二人でこそこそしてー。カップル~?」
あっ。
「カリン、鳥肌立ちそうになるからそれ言わないで」
「えっこわ……そんなに?」
「そんなにだよ」
僕も鳥肌立ったぞ。
人を指差しながら「カップル~?」は止めてくれ。妹の君には悪いが、この女とだけは御免だ。たこ焼きを奢った恩を忘れたのか。
ちなみに僕は忘れているぞ。君もそうだろうが。
あっでもあれが原因だったから、どちらかといえば恩じゃなくて恨みなのか?
忘れてくれて構わないぞ。
「そうなんだ、そういう仲じゃないと」
「うん」
「そっか、これが男女の友情ってやつなんだね……」
残念ながら、利害関係でしかない。友情ですらないんだ、すまない。
そんな達観した目をされてもきっと真実にはたどり着けないぞ。
友情と呼ぶには互いの感情が圧倒的に足りていないし、足りていないことを双方が承知している。というか、利害の一致を除いてお互い歩み寄る気が全く無いし、そもそも生理的嫌悪感が勝ってしまう。
僕だって同年代の女子と「カップル?」なんて揶揄されてしまえば胸のときめきを隠せないが辻セイラだけは話が別だ。感じるのはときめきじゃなく締め付けられるような圧迫感になるだろう。
……しまった。気まずい空気が流れている。
地雷を踏んだと察したか、マイクが宙に浮いたまま誰も取ろうとしない。
このままだと残り時間がただの沈黙で潰れる。
仕方ない。
「誰も歌わないなら、次は僕が歌おう」
「えっもう?」
「ああ」
こういう時に空気を動かせるのは歌だ。
そもそも、ここまで来て遠慮する理由がない。元々カラオケに行く予定だったんだ。相手が違うだけで、やることは同じ。曲を入れよう。声を出そう。体を揺らそう。考えるのは後でいい。
楽しめる場面で楽しまないのは後悔する。
僕はこの高校生活で悔いを残さないと決めているんだ。勿論規約違反でないならカラオケにだって常に全力。ここは僕の十八番で辻カリンを湧かせて見せよう。
辻セイラは……まあ、多少ならノってくれても構わない。そのタンバリンを辻カリンを楽しませるために是非とも有効活用してくれ。
「でもさっき見たけどアンタ横揺れ凄いよね。ちょっとウザいよ」
「なんだ君は! もういいタンバリン貸せ!」
*
「あー楽しかったー! マコトくん歌上手かったよ! 横揺れ凄かったけど!」
「褒めているのか?」
あるいは姉に倣って僕をバカにしているのか。
君が姉の真似をするならきっと僕達の相性は悪くなるだろう。覚悟しておけ。
それにしても天気がいい。
土曜の昼下がり、カラオケの余韻がまだ耳に残っている。
想定外ではあったが、悪くない気分だ。
友人と行く予定だったカラオケが、まさか辻姉妹と過ごすことになるとは水曜日の僕には想像もつかなかっただろうが──結果として楽しかったのだから文句は言えない。
辻カリンの声量には若干耳がやられたが、まぁ元気な証拠だ。元気でいてくれるに越したことはない。
辻セイラは歌っていたっけ? 歌っていたかもしれないがまるで興味が湧かなかった。
「ねぇねぇ。マコトくんって、彼女いるのー?」
お?
なんだ、女子中学生の好奇心というやつか? 年上の男が物珍しいんだろうか。
「いない」
「えー! 意外! カッコイイのに」
「いつかは欲しいとは思っているぞ」
「アンタって意外と俗っぽいよね」
「なんだ君は。黙ってくれ」
華の高校生だぞ。そりゃ彼女の一人くらい欲しいだろう。
校則にも男女交際についての規定は存在しないんだ。人生に3年しかない高校生活なんだから、人生経験を積んでおくに越したことはない。何も無ければきっと僕は後悔してしまう。それはいけない。
まあ二人は欲しくない。
二股は一応法律違反ではないが、それでもやってはいけない。僕は一途でありたい。
にしても辻カリンはマセてないか? 13歳、中学生だぞ。
僕が13の頃はこんな話題を年上に振る度胸はなかった。辻家の遺伝子は方向を問わず図太さに全振りされているのか。辻セイラが攻撃的なだけで実は下世話なDNAに支配されているのか。
「じゃあさじゃあさ、命の恩人だし! マコトくんがどーしてもって言うなら、私がデート行ってあげてもいいよ?」
「それは謹んでお断りする」
「えーっ。つまんないの」
「ダメだよ。可愛い可愛いカリンがこんな男とデートなんて」
「そうだ。せめて荷物持ちとしてなら……今なんて言った辻セイラ?」
君の意見には半分同意するが、もう半分には異議を唱えたい。
半分というのは前半一文のことだ。
いくら規約にないとはいえ、まだ中学生の少女と僕が交際するのはどう考えても不健全。うちの学校に「不純異性交遊」を禁止する一文は存在しないが、年齢的な理由でどうしても憚られる。
もう半分というのは後半のことだ。
こんな男だと。僕の何が不満だと言うのか。
僕のことが嫌いなのは承知だが欠点という欠点は無いはずだろう。
「お姉ちゃん酷いよー」
「カリンには分からないお姉ちゃんの苦労があるんだよ、あんな男の味方しないで」
「いじわる。マコトくんも何か言ったら?」
「辻カリンには分からない辻セイラの苦労があるんだ。許してやってくれ」
「あれ、思ってた反応と違う」
いやでも彼女がおそらく苦労しているのは事実だからな。そこに関しては否定するつもりはない。
僕にとってはほんの3日の間の話だが、彼女にとっては数週間ぶりの土曜日なんだ。大目に見てやってほしいと思うのも無理はない。
……ん、そろそろ分かれ道か。
じゃあ僕にとっては短くて君にとっては長かった外泊生活もここで終わりだな。
「まぁ……」
ん?
「……アンタがどうしてもって言うなら」
「辻セイラ?」
「お姉ちゃん?」
「……カリンも一緒なら。お礼に、またカラオケに行ってあげても……いい、けど」
「は? 嫌だ。次からはちゃんとした友達と行く」
「カリン、こいつカリンの部活の覗きしてたよ」
はっちょっ何言ってるんだ君は!
してない、そんなことしてないぞ!?
「えーっ! マコトくんそんなに私に興味あるの!?」
「違う! 断じて違う! 僕はそんな──」
「照れなくていいのにー」
「照れてない! おい待て辻セイラ! 説明しろ!」
「『約束したから絶対話す』って言ってたでしょ。じゃーね」
「じゃーねーマコトくーん!」
ど、どどどういうことだ!? 約束? 約束ってなんだ!?
あの女、最後の最後にとんでもない爆弾を……!
い、いや……まさか、『前の僕』か!? 前の僕が、謎の衝動に駆られて「女子中学生の水泳を覗きする」という何かしらの『約束』とやらを交わしたのか!?
そして辻セイラは、僕に助けてもらった礼で黙っていたそれを、今この場で腹いせとして暴露した……もしかすると、そういうことか!?
「な、なあ待ってくれ! 僕は何をしたんだ、教えてくれ! おーい!」
これで2周目終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
読み進めて違和感を感じ、つい6000×200000したそこの貴方(`・ω・´)
……なんでもありません(´・ω・`)
可能であれば、感想や意見や評価やここすきを頂けると嬉しいです。大喜びします。
それでは、次話以降も宜しくお願いします(´・ω・`)