『大切な人を救うために死に戻る能力』   作:破れ綴じ

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[18:06] 見える数字と見えない傷

「OK、確認完了」

 

「確認完了、じゃないが」

 

 言われるがままに読み上げてしまったが、なんだこの数字は。

 いや、好感度だということは理解しているが……マイナスだと。マイナスがあるのか、これ。

 

 アラタは93だった、母さんは96。ハルキも90だ。

 他の知り合いも概ね50付近で安定していて、そうでない──僕を知らない人は基本0。

 だからてっきりそういうものだと思っていた。0から100の間の話なんだと。

 

 なのに目の前の女の頭上には、堂々と負債が浮かんでいるぞ。

 いや、僕を『大切な人』認定していないということなのは、良いことなんだが。

 逆に僕はこの女のことをどう思っているんだろう。

 -50ぐらい? 嫌いだし。

 

「『言った通り』だったでしょ」

 

「……その通りだ、その通りではあるが。なんでそれを電話で言わなかったんだ」

 

「バレないようにしてるのに、記録に残るかもしれないとこで話す訳ないでしょ」

 

「ごもっとも……」

 

 言った通り、だった。記録に残る方法では話せない。

 つまりは、そういうことだよな。

 

 今朝5時半の時点で、僕はまだ何の数字も見ていない。アラタとすら顔を合わせる前だ。この現象の存在自体、寝ぼけた頭からすっぽ抜けていた。

 それなのにこの女は、僕がこの目で確かめるより先に、答えを言っていた。

 

 1. 当てずっぽう。

 あり得ない。この数字はリアルタイムで変動するんだ。そんな不安定なものを、マイナス圏のド真ん中でピタリと当てる? 宝くじの方がまだ現実的。

 2. 自分の数字が見えている。

 これも無い。自分の頭上は自分には見えない。今朝、アラタに「94なんだね」と言われて何のことか分からなかった僕が保証する。そういう仕様だ。

 3. 誰かから聞いた。

 一番無い。「辻セイラから僕への好感度」が見えるのは、この世界でただ一人──僕だけだ。他の誰がこの女を見上げたところで、見えるのはその人向けの数字だけ。教えられる人間は僕しかいない。

 

 そして僕は、教えていない。今朝の電話の時点では、知りようすらなかった。

 それを教えられるのは……「前」の僕だけだ。

 

 辻セイラは、現在。

 ……死に戻りをしている。

 

「その顔、理解が早くて助かる」

 

「うるさい……何周目だ」

 

「6」

 

 ……6回目。

 この女は、今この時点で、5回も死……。

 

 ……ふぅ。

 

 OKだ、いつまでも辻セイラが可哀想だなんだの言っている訳にはいかない。

 こうして相談を持ち掛けてきた時点でこの女が望んでいるのは同情ではなく協力。

 彼女も時間がないと言っていた。僕に求められている立ち回りは初めから明白。

 僕は協力を約束しているんだし、さっさと気持ちを入れ替えるしかない。切り替えろ。

 

 要は5回やり直して、一人で上手くいかないと悟り、6回目の朝に僕を叩き起こした。あの雑な電話で。

 全ては──一週間ぶりの死に戻りを突破するために。

 

「一限もすぐだ、本題に入ろう」

 

「ありがと。今回の対象は──桐島ミオ。私の、親友」

 

 桐島、ミオ。

 

 ……ああ、校則違反のお洒落ギャル三人組の一角、桐島ミオか。

 

 クラスは違うが、辻セイラとよく絡んでいる、あの気が強くて、声の大きい。

 僕にとっては、時折注意した覚えがある程度の──ただの他人。

 

「他の誰かではなく、確定か? 辻カリンは小麦を食べていない?」

 

「確定じゃないけど……多分そう。カリンの検査結果はまだだけど、電話してた時に死に戻りが起こったし。他の皆にも変な様子はないことを確認したから、ミオが怪しい……と思う」

 

 なるほど。会話中に能力が発動したなら辻カリンは確かに大丈夫だ。

 今が6周目で「他の皆にも変な様子はない」と確認しているのなら、タイムリミットが到達するその瞬間に誰が無事なのかを、これまでの5周できちんと調べ切って把握しているということだろうな。他でもない一番の経験者がそう言うんだから僕が疑っても仕方ない。

 

 そしてその言い方だと、桐島ミオには「変な様子」があったのか。

 ただ、「確定じゃない」というあたり、桐島ミオが明確に死んだと確信できる状況でもなかったということ。学校で何か大きな事故が起こったり、桐島ミオが下校中に交通事故に遭った……そういう分かりやすい状況ではないということだ。直接的な事故ではなく、「今は無事だが将来的に死ぬ要素が確定した」の方が近い。

 

「今回は何だ。怪我ではなさそうだが、今回も病気か?」

 

「どっちでもない、と思う」

 

「そうか……んっ?」

 

 どっちでも……ない? 

 

 待て。

 前回は病気だった。前々回は交通事故。順当に考えれば怪我か病気か、とにかく、将来的な死因に直結する何かしらのはずだ。

 少なくともタイムリミットの時点で確証を持てないなら、今死ぬのではなく将来死ぬ……辻カリンと同じパターンのはずだろう。

 どっちでもないなら……何が残る? 身体的な大ダメージを負う訳でもない、不可逆的な病魔に侵される訳でもない……それ以外で、死亡するだなんて、何か考えられるのか? 

 

「その……ミオのことなんだけど」

 

「ああ」

 

「少しだけ……本当に少しだけ、繊細で」

 

 ? 

 

 メンヘラ? 

 

「最低。最っ低」

 

「何も言ってないだろ!?」

 

「ミオのこと悪く言ったら許さないから」

 

「言ってな……いてっ、蹴るな!」

 

 い、いや。でも確かに、失礼した。

 確かに女性に対して「実はメンヘラではないか」などと邪推するのは失礼だったよな。

 正直、気の強そうな彼女に対し「繊細」なんて想像だにしないワードが出てきて、ちょっと予想外の方向に思考が飛んでしまった。今でも正直イメージがかみ合ってないが、案外傷つきやすい性格だと、それで合っているよな。

 

 しかし、だからといってどうなる? 

 繊細だから──死亡する? 訳が分からないぞ。さっきまでの話と繋がらない。

 頭の上に数字が見える能力現象に追加して、「繊細な人間から死んでいく能力」まで発動しているとでもいうつもりなのか? 

 

 ……いや。

 まさかだとは思うが、もしかして……? 

 

「今日のこれ。この数字で、今朝の時点でミオはだいぶ様子がおかしかった」

 

「……つまり、『変な様子』というのは」

 

「多分、ミオは自分の想定と現実の好感度のギャップが思ったより響いてるみたい」

 

 

 

 

 

「これが原因で人間不信になって……それが将来の死因に影響する可能性がある」

 

 ……冗談だろ? 

 

 

 

 

 

「ま、待ってくれ。怪我でも病気でもなく、精神なのか」

 

「そう。昔カリンが、血がトラウマになって、それで発動した前例がある。その時は、トラウマになった原因を潰したら解決した」

 

 ……ちょっと待ってくれ。

 整理させろ。今、かなり恐ろしいことをさらっと言われた気がするぞ。

 

 つまり、この能力は──精神的ダメージでも発動するのか!? 

 

 要はこういうことだよな。

 例えば……誰かしら「大切な人」が、高所恐怖症を発症したとしたら。

 その後、別の機会で高所に行った際に、足がすくんでバランスを崩し、転落死してしまったとすると……その場合は「そんな場所に行ったこと」ではなく「足がすくんでしまった恐怖心」が死の要因として能力に判定されると。とんでもないこと言ってるぞ君。

 

 しかし、前例があるからバグでもなんでもない。

 能力の内容に何か影響が……いや、そもそも能力が途中から変化することなんてない。「18回目の発動から効果が変化する能力」ならまだしも、基本的に能力が成長や強化することはあり得ないんだ。この効果は初めからあると考えるしかない。

 血も出ないし、熱も出ないし、検査しても何一つ引っかからない。ただ心が深く傷つく。それだけで「放っておけば死ぬ」の判定が下りて、この女の頭が潰れて、時間が巻き戻る……と。

 

 これまでの交通事故と病気の二回は、まだ分かりやすい方だったのか。どっちも体に起こることで、防ぎようも探しようもあった。

 だが、今回は心だ。目には見えないし、血液検査にだって映らない。だから原因を断言できない。

 しかし、病気による将来的な死亡が能力の判定になるのに、「精神を病むことは病気ではない」と言える訳もない。言ってみれば確かにそうだ。繊細な人間が今日の出来事のせいで人間不信になって、将来的に孤立し、SOSも出せなくなって孤独死する……そう仮定すればこの能力は発動してしまう。後にカウンセリングを受けるかどうかだなんて、こっちに都合の良い仮定は考慮してくれない。

 

「……条件が厳しすぎないか、この能力は」

 

「事実今こうなってるんだから仕方ないでしょ」

 

「それは、そうなんだが……」

 

 つまり辻セイラの大切な人間は、肉体だけじゃなく精神まで、常に健康でいなければならない。心が深く傷つく、たったそれだけで、この女は死んでしまう可能性があると。

 人間、生きていれば心くらい傷つくぞ。失恋もする、挫折もする、大事なものを失いもする。避けようがないだろう、そんなもの。それすら死の条件に数えられかねないのか。

 辻セイラは、そんなことまで全て、絶対的にケアし続ける必要がある……それも周囲を傷つけないため、ずっと秘密にして。

 

 前回の時点で17回目のループ経験だったはず。

 むしろその回数で済んでいたのが、奇跡としか思えないぞ。

 

「ミオは、外では強く見せてるだけ。声が大きいのも、はっきり物を言うのも」

 

「……そう、なのか。そうだったのか」

 

「ほんとはよく人の顔色見てる。取り繕うのが上手くて、誰も気づかないだけ」

 

 表と中身が違うタイプ。分からなくはない、むしろ心当たりの多い話だ。外の装備が立派な人間ほど、中の在庫は外から見えない。

 そして今日は、全人類の中身が数字になって頭上に浮かぶ日。人の顔色を窺って生きてきた人間にとって、今日だけは──窺ってきた顔色の全部が、数字で答え合わせされる日ということになる。

 

 想像してみよう。

 表向き明るく社交的で、友人も多く、周囲からの注目度も高い人間が──実は繊細で傷つきやすい心の持ち主。

 そんな中、今日、周囲の人間から自分がどう見えているか数値で可視化されてしまった。しかもリアルタイムで変動するから、少し動揺してみせたり、「そんな!」と詰め寄ってしまっては数値は減少してしまいかねない。

 自分の思う数値と、周囲の数値のギャップ。いつも通りの自分の行為により、数値が下がってしまう現実。なんとか訂正したいのに、自分の気持ちまで相手に筒抜け。焦りと逸りが、相手への好感度減少として現れてしまう。

 そして行きつく先は人間不信。

 ……なるほど。急に話が繋がってきたぞ。嫌な繋がり方だが。

 

「親友二人が慰めたりでは、ダメなのか」

 

「……一応したけど。一日中はフォローしきれないし、私だって焦ったり疲れることもある。そうすればこの最低最悪のカス能力のせいで私の疲れが数値になって出てきて……」

 

 ……ダメだな。絶対にダメだ。

 話を聞いている感じ、辻セイラと同じく親友の三好ルナは「ギャップを受けない程度」には好感度が高いんだろう。桐島ミオも初めは、親友二人の高い好感度を見て安心するはず。

 その親友がずっと寄り添って「あんなの気にするな」などと慰め続けたところで、気を使わせてしまっていることは諸に分かる。その上、疲れで好感度に影響が出てしまえば、「安心できるはずの親友すらも」と考えてしまいかねない。

 

「勿論、多少強引な方法だって試した。目隠ししたり、引き離したり……」

 

「いや、その方法は……」

 

「でも、そうだよね。信頼してる友達に無理やりそんなことされたら、結局ストレスは溜まるよね」

 

 ……そうだ。

 やろうと思えばやりようはある。真っ黒ではあるが、一日中目隠しを強要するなり、睡眠薬でも飲ませるなり、完全に閉じ込めてしまったり……。

 しかしそれで何の解決になる? 能力は関係なくても、友情に亀裂が入り、結局は人間不信へと繋がってしまう。そもそも、今朝のキャスターのように映像でも数値は見えていた。友人達と出会わなければ「数字も見えないしはい解決」という簡単な問題でもない。

 

 知り合いと出会えば出会うほど「自分は本当に好かれているのか」という心配は累積していき、辻カリンのように結局は不安が溜まり切って決壊。人間不信が『確定』し、辻セイラの死のトリガーが引かれてしまう。

 ただ慰めるだけではダメ。自分の数値だって相手に見られてる。

 強行手段ではダメ。友情に亀裂が入れば辿る結果に違いはない。

 外部要因の排除ではダメ。その間に、誰が桐島ミオを守るのか。

 普段なら「気にするな」と笑い飛ばせていた不安が、今日だけは可視化されてしまったせいで誤魔化しが効かなくなってしまっている。

 どうしてこんな能力が存在するんだ。相性とタイミングが悪すぎるだろ。

 

 さっきは非日常を楽しめるかもと言ったが完全に撤回する。

 能力者本人には悪いが、これは正真正銘、最低最悪のカス能力だ。

 やはりプライバシーを暴露する行為に正義は存在しない。

 願わくば、その能力者が無意識発動型の悪人ではないことを祈るばかり。

 

「だから今回は、できるだけミオが周りの数値を気にしないで済むように守るのが目標」

 

「精神的ダメージの累積を抑えて、人間不信まで繋がらないようにするんだな」

 

「そう。不安が溜まり切らない状態でタイムリミットを迎える必要がある」

 

「そのタイムリミットは」

 

「大体、夕方の6時半過ぎ。毎回ほとんど同じ時刻に来る」

 

「6時半……おおよそ10時間近くか」

 

 毎回ほとんど同じ時刻というのは気になるが……そもそも学校の一日は、毎回ほぼ同じリズムで回るもの。同じ時間に登校して、同じ時間割で授業を受けて、同じ時間に解放される。誰と会うかも、数字が目に入る量も、結局は似たペースで流れていくはずだ。

 それなら不安の溜まるペースも似て、限界の来る時刻も似る──そういうものか。

 大体六限目が終わって、放課後になった時間帯。一日の付き合いが全部終わって、一人になって、今日見た数字の答え合わせが頭の中で始まる頃。決壊の頃合いとしては、確かに納得のいく時刻ではある。

 

 だから、今回の僕達の目的は「桐島ミオ」ができるだけ友人の頭上を見ないように誘導すること。

 

 要は「桐島ミオを危険から守る役」だけでなく「桐島ミオから危険を遠ざける役」も必要になる訳だ。この女一人では不可能なのも頷ける。

 最終的に桐島ミオが、「辻セイラとの友情も維持できている」状態で「数字は見えたけど、そこまで気にすることは無い」と思える程度にはダメージを抑えられればループ突破だ。

 具体的な結果では判断できないが、状況が状況。仕方ない。

 

「どう、理解できた」

 

「一応はな。また面倒なループだ……」

 

 前々回は母親のいる場所が遠すぎたため難しかった。

 前回は病名がそもそも特定できなくて難しかった。

 今回は強行手段を取ることがそのまま死に戻りの要因になってしまう上にフォローする範囲が広すぎて難易度が高い。

 WPPOに「特定なんざ諦めてさっさと対策しろ」と言いに行く訳にもいかないし。

 

 しかし、それでも今回の問題は──僕としてはそこまで抵抗が無い。

 やることは監視に検知に先回り。授業中に飛び出したりする必要が無い。

 

 今回、犯罪の要素が存在しない。

 

 警察や消防に虚偽の通報をする必要もないし、身に覚えのない「辻カリンへの覗き行為」をする必要もないんだ。問題は単純、桐島ミオに気を遣って裏から手を回すだけ。

 僕はこの女に関わる度、着実に前科候補を積み上げてきた男でもある。自首だってできていない身。できることなら、なんとかこの調子で更生していきたい。

 

 もうそろそろ授業も始まる。

 必要な情報は集まった。次の休み時間から行動開始だ。

 

「分かった。じゃあ僕は誰に注意すればいい、教えてくれ」

 

「ん、とりあえずこれ」

 

 ……? 

 

 なんだこの紙束は。

 顔写真と、その上に0、0、0、58、47、0、0、0、0、61……あっこれ好感度か? やっぱり、映像だけじゃなく画像でも見えるんだな。

 横になんか文字も書いてあるし、これは一体何の……。

 

 

 

 

 

「ミオの友達、片思いの相手、SNS上の関係者の顔写真と名前の一覧表、ざっと百人分」

 

「……おい」

 

「アンタどうせスマホ持ってきてないんでしょ。だから紙媒体。急いで印刷したんだから」

 

「……」

 

「ミオがダメージ受けやすい順にしてあるし、上の人から優先して遠ざけ……聞いてる?」

 

 

 

 

 

 ……やっぱり黒かもしれない。

 この女は「プライバシーの暴露」についてどうとか、考えたことは無いのか?




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