『大切な人を救うために死に戻る能力』   作:破れ綴じ

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[18:07] 能力解除?

「──っていうワケ」

 

「-23か。驚いたな、-24ぐらいかと思ってた」

 

「-50まで下げてほしいの?」

 

 悪かったって、睨むんじゃない。

 本当に昨日までは「もし好感度が見えたらこの女-24なんて馬鹿みたいな数値出してくるだろうな……」と思ってただけだ。たった1の差とはいえ、少し目測が外れて驚いてるだけさ。本当は好感度が見える世界になったことにもっと驚くべきだろうが。

 

 いやでも、大切に思われちゃ困るのか。

 僕は悪くない。好きなだけ睨んでいろ。

 

「……で、前にアンタと組んだ時のことを踏まえて、今回は少し方針を変えたい」

 

「僕は覚えてないんだが」

 

「アンタのことだし、どうせさっきの説明で全部理解してるんでしょ」

 

「一応。なんだ、僕のことをよく理解しているな」

 

 おっと下がった……。

 そうだよな、嫌いな相手から「ツーカーだな」とか言われたら生理的に無理か。好感度下げなきゃいけないし、法に触れない範囲でこれから積極的に言っていこう。

 

 しかし、前に組んだ時、か。死に戻りなんだから前の周の僕が何をしたかなんて分かるはずもないが。この女が「前に組んだ」と言うならそうなんだ。

 にしても「踏まえて」だと? 基本的に脅しと命令で僕を動かしてる女だと思ってたが、踏まえるなんて言葉がこの口から出てくるとは。何だ、前の僕は何をした。よほどまともに働いたのか。

 

「前の周は、ほぼ完璧に抑え込めてた。日中のダメージは最小限。ミオの調子も良かった」

 

「それで?」

 

「でも最後の最後に、教室の窓からアサヒ君の姿が見えて、直後に死に戻りが発動。一番大事なところで私がミス、しちゃった」

 

「偶然にも、窓の外を眺めた瞬間と帰宅のタイミングが揃ってしまったと……」

 

 そのアサヒ君……というのは、桐島ミオの片思い相手……でいいんだよな? 

 窓から放課後に、片思いの相手の姿が。一日中守り抜いて、最後の最後に窓越しの一瞬で全部崩れたってことか。

 ……確かにキツイな、それは。実際に死に戻りが発動しているんだから、その目撃がトドメの一撃になったことは想像に難くない。あと少しのところで、というのは何とも悔しい話だ。

 しかし、それなら今回の方向性は定まっている訳だ。他は前と同じ通りにして、最後の瞬間だけ窓の外を見ないようにカーテンでも引いておけば解決する。

 

 ……ん? 

 いや、待てよ。

 本当にそうか? 

 

 直後と言ったよな。

 日中のダメージは最小限だったのに、アサヒを見て、それで限界を超えた。片思いの相手の好感度が見えてしまったことが最後の一滴で、コップの水が溢れた──そういう理屈だよな。

 理屈としては分かる。分かるんだが……何だろう、引っ掛かるぞ。

 

「……待ってくれ。一つおかしくないか」

 

「何が」

 

「日高アサヒを見た。それで発動した。それはいいとしよう。でも……見た『瞬間』に発動したのか?」

 

「……瞬間って?」

 

「君の話だと、『窓から日高アサヒの姿が見えた、その直後に死んだ』。直後であって同時じゃない。ラグがあるだろう。変だ」

 

 辻カリンの件を思い出せば猶更そうだろう。

 あの時の能力発動のタイミングは、カリンの体内で何かが閾値を超えた『瞬間』だったと君は説明していたはず。食べた瞬間でも動いた瞬間でもない。食べて、動いて、条件が揃って、肉体が取り返しのつかない状態に移行した──その瞬間に君は死亡していたはずだ。

 コップの水で言えば、一滴入った瞬間に零れる。溢れるまでに時間差なんて無いはずだ。条件が満たされたら即発動、それがこの能力の仕様だろう。原因が何だったかなんて推定する猶予を与えてはくれないはず。

 

 なのに日高アサヒを見てから死ぬまでに、ラグがある? 

 日高アサヒを見た瞬間には、まだコップ溢れてなかったんじゃないか? 

 

「1分もないくらいだけど」

 

「1分なくてもゼロじゃないだろう。蓄積が限界を超えた瞬間に発動するはずなのに、見てから死ぬまでに間がある。アサヒを見たのが最後の一滴なら、見た瞬間に発動しないとおかしい」

 

「……確かに」

 

「見た瞬間に溢れてないなら、見たこと自体は最後の一滴じゃない。見た後に別の何かが起きて、それで条件が揃ったんじゃないのか」

 

「……」

 

「そもそも日高アサヒが原因なのか? 本当に彼を見たことが決定打だったのか」

 

 言い過ぎたか? 

 

 6周以上「日高アサヒを見せなければいい」で動いてきたんだ、今更前提を揺さぶられるのは癪だろうな。行き詰っている以上、最有力の可能性を潰されては面倒どころじゃない。

 でも人命がかかってる。間違った前提で動き続けたら何周やっても同じところで死ぬ。君のことは嫌いだが、それは「君が何回死んでも構わない」という訳じゃない。例え巻き戻るとは言っても、一人の娘を失う母親が回数分存在したという事実を僕は容認できない。

 そして、それは君も同じはずだ。

 

「……これまでのループでも、アサヒ君を見た後に明らかに元気失くしてたから。大きな要因はそれだと思ってた。限界が100だとして、アサヒ君を見るイベントで80くらい消耗するのかと……」

 

「じゃあ尚更そうだ。その80を消耗した瞬間が発動の瞬間になるはずだろう」

 

「うーん……」

 

 君の理論も分かる。人間、色々積み重なって心にダメージを負うものだ。

 辻セイラはなるべく桐島ミオがダメージを負わないように立ち回って来たんだろう。だから、回りまわって蓄積を止められず、最終的にタイムリミットで限界を超えると判断している。

 

 好きな相手の数字を見て傷つくのは間違いない。

 でもそれなら世界中で同じことが起きてる。片思いしてる人間なんて何十億人もいるだろう。全員が人間不信になるかって言ったらそんな訳がない。傷ついても回復するからだ。

 桐島ミオが繊細だとしても、傷ついて落ち込むことと「もう二度と他人を信じられなくなる」の間にはまだ壁があるはず。アサヒの数字を見て凹んだだけで、その壁を一気に越えるか? 

 いや断言できないな。ちょっとその辺デリケートな話題だな。考え方を変えよう。

 

 越えるかもしれないが、越えないかもしれない。

 見た後に元気がなくなった、という観察だけで確定させるのは危ういぞ。

 

「でも、それを検証するための具体的な案って思いつく?」

 

「敢えて危険な状態の時に、日高アサヒに接触させるとか……か?」

 

「ダメ。流石に危険すぎる」

 

 まあ、そりゃそうか。

 今のは自分でも言ってて危なっかしい案だと思った。

 

 死亡条件がダメージの累積じゃなく、タイムリミットの時に起こる「何か」だとしたら、わざと許容量を超えさせることでその是非は判断できる。

 しかし、失敗すればかなり早い段階で辻セイラは即死亡。彼女にとってもそこまで危険な真似はできないはずだ。脳が圧縮・破裂って絶対めちゃくちゃ痛いだろうし、既に方針があるのに自分が死ぬ作戦を受け入れる気にもなれないと思う。

 失敗から学ぶのは立派なことだが、学ぶために死ぬことは違うからな。

 

「とりあえず今回は、前の周通りでやる。アサヒ君を絶対に目撃させないよう気をつけて、次はミスしないよう窓の対策も追加するから。瀬尾も前回通りにしてほしい」

 

「……妥当だな。僕に前の記憶は無いが」

 

「頑張って。アサヒ君を懐柔したとか言い出したあの瞬間めっちゃ頼もしかったから」

 

「へえ。前の僕は本当に頑張ったんだな」

 

「初対面の集団に無理やり押し入って一発芸したって」

 

「前の僕は本当に頑張ったんだな……」

 

 いやまあ、それでいけるなら任せてくれ。

 丁度今朝一つ思いついた芸があるんだ。前と同じかどうか分からないが、芸で懐柔できるならいけるだろう。

 

 仮に僕の疑問が正しくて真の原因が別にあったとしても、日高アサヒを遠ざけること自体に損はない。ダメージ源の一つを潰すのは間違いじゃないし、保険をかけた上で本当の原因を探す余裕があるなら探す。合理的な判断だ。

 その上で、もし何か新情報が分かったら、僕はそれを辻セイラに伝えればいい。可能であればその場で対応して、無理だとしても問題解決の一助とする。方針は極めて具体的だ。

 

 今回は犯罪に手を染めることもなさそうだし、いつもより協力的な瀬尾マコトをお見せできるだろう。

 前回通り期待してくれていいぞ。

 

 

 

 

 

 ん、なんだこの紙束と紙袋は。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「あの……そこ立たれると邪魔なんですけど」

 

「ん? 君は……ああ君は駄目だ。僕を刺すことも容認するから今だけは遠回りしてくれ」

 

「えぇ何この人……」

 

 ……ふぅ。

 いやあ、長い一日だった。

 

 何はともあれ、日高アサヒ問題はクリア。彼は思っていたより良い人だった。素直に事情を話していれば協力してくれたかもしれないが……念には念をと言うことで。

 他の要注意人物もほとんど防ぎ切れている。前の僕がどこまでできていたかは定かじゃないが……辻セイラ自身が途中で「今周もうまくできている」と言ってくれていたし。法にも校則にも違反しない範疇でよくやれたものだ。胸を張れる。

 

 ──「なんかウチ、今日あんま人と会わなかったー」

 

 ──「朝がピークだったかもね~。皆飽きちゃったのかな?」

 

 ──「きっとそう。こんなカス能力、本当に一刻も早く消えてくれた方が世のため」

 

 ──「今日のセイラはまた一段と凶暴だなー。ウチは好きだけど」

 

 ──「もし能力者が知り合いだったらどうする~?」

 

 ──「好感度50以下なら殺してるかも」

 

 ──「ひえ」

 

 ──「うへ」

 

 なんて怖い会話をしてるんだあの三人は。

 いやあの場で今恐ろしいのは辻セイラだけだが。彼女の事情は理解しているが、人殺しにまで手を染めてしまったらその瞬間に僕は手を切るぞ。

 

 とにかく。

 あの教室に残っているのはもうあの三人だけ。窓近くの席で今日の思い出を駄弁るのみ。

 入口にはバレないように見張っているこの僕。初めは上手くいかなかったがもう慣れた。

 タイムリミットまではあと数分程度しかない。学生達は次々と正門を抜けて行っている。

 窓に近くていいのか? いいさ、今回はカーテンが引かれている。辻セイラは学習済み。

 

 僕も教室の中の声が聞こえる位置に待機して、後は4時半を過ぎるのを待つだけ。

 ……勝ったんじゃないかな、これ。

 

 ──「朝はちょービビったケド。最初見た時はうわってなったのに、慣れるもんだね」

 

 ──「最初って?」

 

 ──「いや別に? 見えてると色々不思議なカンジっていうかさ」

 

 慣れるかな。

 慣れるか。

 ……いや慣れるかなぁ? 

 

 まあ誰だって今朝は驚いただろう。場所によっては朝じゃないだろうが、あらかじめ宣言されていたとはいえ違和感はとてつもなかっただろうさ。僕だってアラタの頭上に数字が浮いてるのを見た時は何事かと思ったんだから。

 

 それにしても元気のある声だ。

 少なくとも精神的に追い詰められてる人間の声には聞こえない。あれで空元気なのか? それなら自分を取り繕うことが相当上手かったと言わざるを得なくなるが。

 

 ──「ウチって周りからどう見えてんのかなぁ」

 

 ──「ミオちゃんは人気者だよ~。この中で一番友達も多いし」

 

 ──「そうそう。私なんか基本0かマイナスだし」

 

 ──「マ、マイナス……セイラすぐ人睨んだり噛みつくの止めなー?」

 

 ──「二人もいれば十分だって、これ以上はとてもとても」

 

 必死に話を逸らしつつ、基準を下げようとする辻セイラ。

 実際には傷ついているが、普段通りを取り繕う桐島ミオ。

 またしても何も知らない三好ルナ。

 一発芸に満足して帰った日高アサヒ。

 実質ストーカー中の瀬尾マコト。

 

 なんて異質なペンタゴンだ……。

 

 ──「でもさ。なんか……確認したくない? 自分がどう思われてるかって」

 

 ──「別に。知らなくていいことってあるでしょ」

 

 ──「そう? ウチは……はっきりしてる方が好きかな。曖昧なのキライ」

 

 ──「……ちょっとお手洗い行ってくる」

 

 ──「いてらー」

 

 ……確認したい。はっきりしてる方が好き。曖昧なのが嫌い。

 

 これはまあ、性格だよな。白黒つけたい人間はいる。僕だってどちらかといえばそっち側だ。ルールがあるかないか、違反しているかしていないか。グレーは落ち着かない。その気持ちは分からなくもない。

 しかし増々不思議だ。はっきりしている方が好きなら、今の数字が見える状況が原因で人間不信になるのも逆じゃないか。今日はどれだけ取り繕っても強制的にはっきりする日だろう。

 それとも、それも取り繕うための嘘なのか? 本当は苦しんでいるが、それを悟らせないように逆の主張をしている……的な。

 

「……どう?」

 

「来たか。大丈夫だと思うぞ。一日通して大きなダメージは無かったはずだ」

 

「うん、私もそう思う。前の周と同等以下に抑えられてる」

 

「じゃああと少しだ。このまま何も起きなければ……」

 

 やっぱり、これで解決するのか。

 原因はやっぱりストレスの累積。「今日はやけに周りに人のいない日だ」とか考えているかもしれないが、日高アサヒを見なかったためにダメージは少なかったと考えるのが妥当なはず。

 やっぱり、僕の考えすぎか。

 タイミングにラグがあるのは、あくまで「何かが起きた瞬間に発動」ではなく、「何かが起きたことを桐島ミオが脳内で理解して発動」するからなのかもしれない。脳内で情報をかみ砕いていれば猶予もある。

 

「あと一応、今の好感度は」

 

「-23」

 

「維持できてる。良かった」

 

「本当にその通りだ。ここで1でも上がっていたら僕は君を糾弾しなければならなかった」

 

「……」

 

「おぉ。-24、-25、-26……」

 

 コイツすご。

 受けた言葉を感情に変換するのが早すぎるだろ。なんて高効率なんだ。

 

 下がる下がる、どんどん下がっていくぞ。面白いくらい。

 多分僕の方も下がってる。今-55ぐらいだろうか。倍ぐらい嫌いだな。

 ま、このペースで下がっていけばいずれ追いつかれ……。

 

 ……あれ。

 

「? -28で消え──」

 

 

 

 

 

 ──バキッ

 

「え」

 

 ──グシュゥッ! 

 

「は……」

 

 

 

 

 

 は? 

 いや、待て。

 え? 

 なん、なに、だ、これ。

 

 どうして、辻セイラの顔から、血が……。

 

「辻セイラ!!?」

 

「あっ……ひぅ……!?」

 

 血、血が。

 止まらないぞ、おい。

 お、おかしいだろ。

 さっきまで喋ってたんだぞ。どうなって……。

 

「……!」

 

 まさか……死に戻り!? 

 

 これが、死に戻りなのか! 

 毎回、こんな死に方をするのか!? 露悪的過ぎるだろこの能力は! 

 というか、まさか、今、発動したのか!? 

 じゃあ……ああそうだ、もうタイムリミットの時間になってしまっている! 

 

 とにかく、発動したということは条件が満たされたんだ! 

 だが、カーテンは仕切られたまま、日高アサヒの姿はどうやったって見えない、なのにどうして発動した、今、ついさっき起こった現象といえば……。

 

 

 

 

 

 タイムリミットの瞬間に起こるのは──「能力現象の消失」? 

 

 

 

 

 

 しかし、おかしいだろ。解決は、24時間後のはずで……。

 いや、違う! WPPOの公式声明は「24時間以内」だった。WPPOは5時半から4時半までの11時間で能力者の特定も発見も解決も全てやってのけてしまっている! 

 そうか、それなら何を防いでも同じだ。毎周同じ時刻付近に死ぬ理由──それは僕たちが何をしても変わらない外部イベントが存在するからだ。

 WPPOが能力を解除する──その瞬間がトリガーだった。僕たちには最初から制御しようがなかったんだ! 

 

 でも、それがどうして死に戻りに繋がる? 

 数字が見えなくなったら、どうして──いいや、今そんなこと考えている場合じゃない! 

 

「辻セイラ!! 日高アサヒは関係ない! 聞こえるか!」

 

「……ぁ、っ、ぁっ……!」

 

 辻セイラは今も辛うじて生きている。死んでいないだけで、ほとんど死んでいるのに。

 自分の仮説が間違っていると分かったから、原因が他にあると判断して、情報を得ないまま次に至らないよう、必死で今耐えている。

 脳が潰れた彼女に今何が見えているというのか、聞こえているかどうかも怪しい。

 ただ、この周も無駄にしないためにという意思で、残り数秒を稼ごうとしている。

 

 だから、僕が……! 

 

「死に戻りが発動するのは数字が消えた瞬間だ! 能力の解除がトリガーだ!!」

 

「……」

 

 この新事実を、なんとしても、伝えな──

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

『-28』

 

「……は?」

 

『待って。私も混乱してる。意味が分からない』

 

「……ん、んん?」

 

『早く、学校来て。話し合いを、しないと』

 

「……寝ぼけているだろ、君は──っておい」

 

 

 

 

 

 ……寝起きですぐ誰かに電話するのは止めた方がいいぞ。

 おかげでこうして目が冴えてしまった。普通に迷惑だ。




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