「-28……-28……」
「いつまでその話してんの。考えるべきことがあるって言ったでしょ」
いやだって、仕方ないだろ。想像より-4ぐらい嫌われてたんだから。
辻セイラに嫌われる分にはいくらでも構わない。むしろ嫌っていてもらわないと困るからこの結果には満足だ。
しかし-28だ? もしかして僕の普段の言動は想像以上に周囲へ不快感を与えていたのかもしれない。
今一度、自分の立ち回りをよく考えなくては。辻セイラ以外にまで嫌われてはいけない。
僕が孤立してしまったら母さんはきっと悲しむし、僕もきっと後悔するから。
……で、考えるべきこと、か。
「能力の解除がトリガー……本当に僕がそう言ったんだな?」
「そう。間違いなく、そう聞いた」
まったく記憶にないが、状況を聞く限り前の僕は正しい手順を踏んでいる。
7周やって、何を防いでも同じ時刻に死ぬ。前の周は日高アサヒを完璧に防いだのに、結果は同じ。
そしてその時刻に数字が一斉に消えた。僕らの行動と無関係の、毎回同じ時刻に起きる外部イベント──WPPOによる能力の解除。引き金がこっち側に無いなら、原因は外にある。筋は通ってる。
というか、目の前で人が死にかけている状況で推理を完成させて叫ぶって、前の僕は相当肝が据わってたんだな。見習いたいような、見習いたくないような。
この女が、親友の命がかかっているというのに断言しているということは、明確に自信を持って断言できる内容だということだ。僕が嫌いだから嘘をついているという線はあり得ない。
逆に僕が嘘をつく訳も無い。いくらこの女が嫌いでも、意味もなく死なせるために虚偽の情報を伝えるというなら、それはもう僕じゃない。この情報は事実だとして考えるべきだ。
「となると……」
「やっぱり、意味不明だよね──どうして数字が消えたら、ミオがショックを受けるの?」
「正直、まるで見当がつかない」
「私も。意味分かんない……」
消えたら元に戻るだけだ。
もし桐島ミオがこの状況に疲弊しているのなら、嫌なものが見えなくなるんだから楽になるはず。どうして死に戻りが発動する?
少なくともダメージの蓄積が原因ではないということが判明しているが、おかげで余計に謎が増えてしまった。
実はこの状況を喜んでいた?
……いやそんな訳はない。さっきの説明じゃ、「過去に日高アサヒの好感度を見てから非常にショックを受けていた」と言っていた。少なくともこの現象のせいでダメージを受けている。
能力解除の瞬間に致命的な物理現象が発生する?
それもあり得ない。少なくとも辻セイラに情報を伝えた僕が存在した時点で、僕の身には何もなかったということだ。桐島ミオだけピンポイントで……というのは考えにくい。
原因となる対象の人物は別だった?
……あり得るが、考えたくない。他の全員の無事は確認できているんだから、原因の特定どころか対象の特定、完全にスタート地点からやり直しになってしまう。これは最後の手段だ。
「友人ではなく、家族の問題という可能性は?」
「無い。家族の数値は普通に高かったって言ってた。そもそもミオの家庭に問題があれば把握してる」
「うわ」
「うわって何」
いや、普通に凄いと思って。
しかし、そうか。
桐島ミオ本人が「普通に高かった」と言っているのなら、桐島家の家族関係は非常に良好であると言える。心配させまいと嘘を言っている可能性もあるが、それも今辻セイラに堂々と否定された。
なんだ親友の家庭問題ぐらい把握してるって。怖いって。
それなら、やはり問題は交友関係に収束するはずだよな。
……考えれば考えるほど余計に意味が分からない。情報が足りなさすぎる。
「前提のどこかが間違ってるか、僕達がまだ何かを見落としてる。どっちにしても、これ以上進めないぞ」
「……じゃあ、どうやって、その見落としを、見つければ」
……マズい。
僕にとっては昨日の今日の話だが、辻セイラにとってはこれでもう1週間。だんだん疲労が出てきている。
前々回のループは15分。総合計時間でも今回の1周分に過ぎない。
前回のループは3日間。長くはあったが、睡眠をとる時間が存在した。
今回は辻セイラが覚醒した5時半から、4時半までの11時間。それを7回分、実に77時間。その期間、桐島ミオを守るために奔走し続けている。
実質的に彼女は77時間一睡もせずに動き回っていることになる。覚醒直後だから肉体は眠くないだろうが、精神は完全に疲弊しているんだ。
「まずは原因を特定しなきゃダメだ。幸いにも蓄積は原因じゃないんだろう」
「……どういうこと」
「桐島ミオを──敢えて自由にしてみよう。危険な状態でも、日高アサヒとの接触であっても妨害しない」
「……っ!」
もうこうなったらその手段しか無いはずだ。ダメージを減らしても結果が変わらないなら、ダメージをいくら受けても死が早くなる訳ではないんだろう。
そして勿論、桐島ミオを完全に放置しても死に戻りは発動するはず。根本的な問題は何も解決していないはずだから、これで解決する方がおかしい。
つまり、対策した時と対策しなかった時のどちらにも「共通点」が存在するはずだ。
それが解決のカギになるか、少なくとも原因がはっきりするかもしれない。
「キミも限界だろう。少なくとも今のままじゃ埒が明かない」
「……ミオが傷つくのを、何もしないで見てろってこと?」
……怒ってるな、これは。
ここまで疲弊しても、自分の苦痛より友人の痛みを優先するのか。
止めてくれよ、君を信用してしまいそうになる。
「アンタは他人だから、そんな簡単に言えるんでしょ。ミオは私の親友なの」
「じゃあ聞くが、同じことをあと何周やるつもりだ」
「っ……」
「原因が分からないまま守って、同じ時刻に死んで、また守って、また死ぬ。それで何が変わる」
桐島ミオが傷つくところを見たくない、その気持ちは分かる。
だが君が死に続けることも、あの人のためには一つもならない。
多少のリスクを払ってでも、この周で解決するには、新たな情報を手に入れるには、もうそういった手段しか残されていない。
桐島ミオをあえて放置し、観察する。
原因が特定でき次第、行動を開始する。
彼女へのダメージには目を瞑る。
君一人じゃこの案を思いつけない、思いつきたくないのも当然だ。
それを提案できるのは僕しかいない。
「早く決めないと、一限目が始まるぞ」
「……うるさい。分かってる」
彼女の怒りは正当だ。
僕は安全な場所から、親友を観察対象に差し出せと言っている。
自覚はある。自覚した上で、まだ言っているんだから。
言い過ぎたかもしれないが、撤回はしない。ここで引いたら、次の周も、その次の周も、同じ夕方が来るだけだ。それこそ君に対する一番の不誠実だろう。
君からの好感度がガンガン減ろうが僕へのダメージにはならない。
安心して……。
「…………アンタの指摘はさ」
……ん?
……-26?
「……アンタの指摘は、これまでのループでも正しかった」
-22。
「アンタが気づいたことで、ループの方針が変わったことだってある」
-16。
「私も……意固地だった。もうちょっと、アンタの意見に寄り添うべきなのかも」
-10。
「……なんて言っても、アンタには最後の周の記憶しかないんだろうけど」
「おい、待て。どうして好感度が上がっている」
「……は?」
「18上昇しているぞ」
それは、僕の提案を受け入れてくれたということだよな?
ならそれでいいんだ。どうして好感度まで上げる必要がある。
もしかして、思考の中で僕の発言の正当性を理解して、無意識に僕を見直しかけているのか?
「ふざけるなよ、君は自分の能力のことを忘れたのか。改善するのは方針だけにしろ」
「……ッ! 最ッ低!」
うわ、-56。やっぱり素は感情的なんだな。
いいぞ、君にはそれぐらいの数字の方が似合っている。
*
「マ……マコト? そこで何しているんだい? しかも辻さんと一緒……」
「ハルキか。悪いが、今手が離せないんだ。話なら放課後でいいか」
「え、えぇ。僕はクラスで唯一75を超えた親友なのに……」
「ごめんって」
でも今、桐島ミオの、その、なんというか……ストーカー中なんだ。
ほら、辻セイラからも「何無駄口叩いてんの」みたいな目で睨まれてるし。
ああでも、すぐ行ってくれた。こういうところは理解があるし、融通が利くんだ。
流石ハルキ、僕の誇るべき幼馴染。後で埋め合わせするからな。
それにしても……。
──「ねぇねぇ、ウチへの好感度いくつ? 見せて見せて~」
──「うわっと! びっくりした、ミオか~」
──「ミオ声大きいからびっくりするんだよー」
……うん、いつも通りの桐島ミオだな。
こうして改めて観察すると、確かに辻セイラの言う「外では強く見せてる」の意味が分かってくる。休み時間になった途端に自分から動き出して、あっちのグループに声をかけ、こっちの友人に絡み、常に誰かと喋っている。
声は大きいし笑い声も大きいし、周りにいる人間まで一緒になって笑ってるんだから、巻き込む力のある人間なんだろうな。所謂、陽の気を纏っているタイプだ。これで校則違反の見た目をしていなければ僕も好意的に思えるんだが。
ただ、巻き込む力があるというよりは、自分から巻き込みに行っているという方が正確かもしれない。周りが勝手に集まってくるんじゃなくて、彼女の方から人のところに行っている。能動的だ。待ちの姿勢が一切ない。
──「69……まぁまぁの数字かなー」
──「そう? 結構高いと思うけど……あー、ミオのが一回り高いや」
──「確かに。ミオからすれば、あたしらちょっと控えめかも?」
──「あれ、ウチがちょっと高すぎるカンジ?」
……だが、やっぱり。
これから人間不信になるほど、ダメージを受けているようには見えない。
相手も笑っているし、他の子も集まってきてるじゃないか。数字をネタにして笑いを取るのは今日のこの状況ならではの社交術だから当然だが。場の空気を自分でコントロールしに行って、イベントとして楽しんでいるように見えるぞ。
まぁ、少し期待よりは低かったのか、多少ショックを受けたようにも見えたが。それだって別に死に至るほどの影響には見えない。辻セイラにはもっとはっきり分かるんだろうか。
──「あーっ! ちょっと、今減った!? 減ったよね!?」
──「え、あたし? いや知らないって」
──「嘘! 今ぜったい『こいつウザ』って思ったでしょ!」
──「思ってないから! 笑、近いって!」
──「ごめんって、ごめんって! 減らさないで~!」
──「もうー!」
「あれは普段通りなのか」
「普段通り……だけど、ちょっと取り繕ってる。数字を気にしすぎ。朝からそうだった」
君がそう言うならそうなのか。
確かに、一見すると冗談にして、場の空気は壊さないように振舞ってるように見えるが。
でも今、確実に相手の頭上の数字が減ったことを認識した上で冗談に変換していた。
自分が何か言って微かに数値の変動があったことを見逃さず、それはそれとして、相手に悟らせないように即座に笑いに変換して場の空気を維持している。
辻セイラが「繊細」と言ってた意味がようやく実感として分かってきたぞ。あの女は表面と中身のギャップが案外激しいんだな。
声が大きくて明るくて社交的なのは本当だが、それと同じくらい相手の反応を全部気にしている。消化しているように見えて、内側には確実に何かが残っているんだ。
「数字が見えなくなったことで……人への対応が分からなくなったことが人間不信の原因というのは?」
「それならどうして前の周で発動したの」
「……それもそうだ」
接触を抑えきった周なら、相手にどう対応すれば、見えなくなってからどうすればいいか……なんて発想にそもそも思い至らないよな。
辻セイラと三好ルナだけの数字ばかり見ているんだから、そもそも不安が溜まらない。それでも発動したんだから、対応が分からなくなるなんてことは原因にならないはず。
第一、現時点でかなり友人も多そうだし、能力が無くなったからといって前と同じ対応すればいいだけだ。いくら繊細とはいえ、これまで友人と接してきた人が、このイベントを挟んだおかげで従来と同じ接し方ができなくなったとは考えにくい。
数字だって期待ほどは高くなかったんだろうが、69ならもう二度と話したくないレベルで低いという訳でもない。シンプルに彼女が気にしすぎているだけだ、今だって普通に会話できている。
──「次あっちのグループ行こっかな。あの子の見たいんだよな~」
──「ミオってホント行動力ヤバイね。めっちゃ見るじゃん」
──「いいじゃん! こういう日じゃないと見れないんだしさ!」
──「まーねー。急に好感度とか何事? って話だし」
──「んじゃーねー」
──「ばーい」
知りたい、確認したい、今日しか見られないんだから……。
曖昧なものが嫌いなのか。分かるうちに分かっておきたいのか。ただ単純に気になるからだけなのか。話を合わせるためにあんなことを言っているだけなのか。
確認したい人の情報を全員見られなかったから後悔している?
それなら、友人と駄弁ったりせずさっさと次に行くだろう。本当に知りたいなら早く行動すればいい。それができなくてもどかしいというならまだ分からなくもないが、彼女は非常に行動的だ。やっぱりイメージと合わない。
ついさっき友人の好感度が少し下がったのがショックだった?
確かにショックだっただろうが、普段の自分のしていることだ。友人からの好感度なんて、大声に驚いたくらいですぐ回復するし、そもそもこの仮定だとやはり「接触を絶った周」でも発動したのか理由を説明できない。
自分の好感度と周囲の好感度とのギャップが原因?
やっぱり前の周で発動した原理が分からないし、「自分の数値が高すぎるのでは?」と自覚できている。本当にギャップに苦しんでいるなら能動的に他の人も調べに行く理由が無いし、もっとギャップの薄い辻セイラや三好ルナと一緒にいればいいだけだ。
要は将来的に孤独を選んでしまうほど気に病む出来事が今日のうちどこかで起こると言うことだが……挙がった仮説がことごとく整合しないから次に話が繋がっていかない。
原因は「僕達がどう対応しても変わらないもの」にあるはずだ。それがWPPOの能力解除なんだが、もっと先に僕らが介入できない……桐島ミオの内部で、外部の状況に関係なく起きること。
家族問題でもない。日高アサヒでもない。ダメージの蓄積でもない。なのに数字が見えなくなった瞬間に将来的な死が確定する……。
何か、何かを僕達は見落としているはずなんだが……。
──「んー……」
「あっ携帯」
「こら。反応するな」
「いや、反射だ。校則違反だから……」
「今は介入しないって、アンタが言ったんでしょ」
そうですけども。
考えても考えても思い当たる解答が出てこないから、思考しやすい方に考えが誘導されてしまっているんだ。僕は校則違反の有無で好感度が適度に切り替わる便利な脳をしているんだよ……。
「それより、ほら」
「……動いた、アサヒ君のクラスの方に向かってる」
……!
遂に、来た。
相手の頭上に浮かぶ「日高アサヒから桐島ミオへの好感度」を自分の目で確かめるために、片思いの相手のところへ、自分から行くんだな。
曖昧を許容できない桐島ミオは、一番怖い答え合わせすら自分の足で取りに行く。友達相手にやっていたのと同じことを、一番傷つく可能性が高い相手にもやろうとしている。
勿論、彼女に結果は分からない。まだ淡い期待を抱いているのかもしれない。
辻セイラが言うには「良い結果にならない」ことだけは事実だ。そして、この日高アサヒとの合流は死に戻りの発動に関係しない……。
「……大丈夫か」
「……大丈夫って、何が」
「震えてるぞ」
「……当たり前でしょ。死ぬかもしれないんだし、何より、ミオが……」
「落ち着け。これは死に戻りに影響しないし、ここで何か新情報が見つかるかもしれない。だろう?」
「……うん」
隣にいる辻セイラが何を思っているかは聞かなくても分かる。
7周守り続けてきたものを手放す瞬間だ。
辻セイラが何周も防ごうとしてきたイベントが、今まさに桐島ミオ自身の意志で起ころうとしている。これを見届けないと先に進めない。
でも今は堪えてもらうしかない。僕だってこの判断が正しいかどうか確信がある訳じゃない。でも同じことを繰り返すよりはマシだと信じるしかないだろう。
見届けるぞ。
ここで、問題の原因が見つかると信じて。
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