──ん?
「桐島ミオ、ちょっと待ってくれるか」
「ん? どしたん?」
「いや、僕の方にも電話が来た。ちょっと出てくる。先に行っててくれ」
「……そ、おっけー」
……「辻セイラ」。
噂をすれば、か。
*
『まーこの時間に繋がるよね』
「何だその口ぶりは」
繋がるよね、じゃないんだよ。
何か準備していたというほどでもないが、明確に僕が「この時間電話に出られる」ことを狙っていた、ぐらいの声じゃないか。
こっちは着信画面の「辻セイラ」の四文字を見た時点で、休憩スペースの隅まで移動する程度の準備はしたというのに。
「言っておくが、今日は──」
『プールなんでしょ、ミオと一緒に。絶対溺れさせないでね』
なんで?
……ああいや、そうか。
桐島ミオから連絡を受けたのか。それなら知っていてもおかしくない。
いっぱい写真とか撮ったし、家族旅行写真のお返しにでも送っているんだろう。
そういえばこんなやり取り前にもあったな。あれは……一昨日だったか?
勉強会の最中、急に電話が来たと思ったら「言っとかないと気にするだろうから」とか言われて、夏休みを楽しむようにとご教示頂いたあの日の。「質問がしたい」とかでも「意見を聞きたい」だけでもなく、「私を気にしすぎるな」の連絡のためだけに電話してきて。
なるほどな。今思えば、電話が来るのは桐島ミオと一緒にいるときに限定されていた。大方、彼女の安否確認の意を含めての連絡だったんだろう。
この電話もきっとそうだ。
もし桐島ミオに異常が起こっていれば僕が連絡するはずだし、そうでなかったとしても釘を刺しておくのは大事。
桐島ミオからプールに行く予定のことは聞いていたんだろうが、彼女に直接「死なないでね」なんて言える訳も無いし、丁度近くにいた僕に電話した……そう考えるのが妥当だろう。
『それで、ちょっと意見を聞きたいんだけど』
「ん?」
え、何だ? 結局何か聞きたいことがあったのか?
勉強会のときの電話とは違って、今度はちゃんと確認したい事項があると?
なんだ、「私を気にするな、もっと夏休みを楽しめ」と言ったその口で、結局電話してくるんじゃないか。
自分から「予定を入れていい」という旨の発言をしておいて、いざ電話して繋がったら「まー繋がるよね」だと?
大体、もし携帯が手元に無かったらどうするつもりだったんだ。一歩間違えばロッカーの中で鳴り損になっていたところ。泳ぎに集中していれば気付きすらしなかった可能性もあるし……認識が甘すぎるぞ。
「君な。こっちは桐島ミオを待たせているんだ。長話できないんだぞ」
『はいはい分かってる。これはカリンが気になってたから聞くんだけど──』
しかも一切聞く耳を持たない。
なんだ、本当に反省しているのか? ん?
君の判断には人命がかかっているんだぞ? 旅行中に浮かれるなとは言わないが、せめて自分の宣言した内容には責任を取ってほし……。
……いや、今更そんなこと言っても無駄か。
長話するなと注意したのは僕側なのに、ここで辻セイラの機嫌を損ねるためだけの説教を開始しても意味が無い。大人しく飲み込んでやるのがこの場では最善だろう。不服ではあるが。
「で、何の用だ」
『一応先に言っておくんだけど、カリンが気になっただけでフィクションの話だからね。話の内容がどうだからっていきなり「通報だーっ!」とか言わないでよ』
「言う訳ないだろう、そこまで前置きされて」
『んじゃ言うけども』
こっちは自他ともに認めるルール人間なんだ。
自分でも単純だとは思うが、あらかじめルールが提示されている状況であれば、意味もなくそれに違反するような真似はしない。
それともなんだ、そんなことを言われてしまうようなバイオレンスな話題に辻カリンが飛びついたのか? 女子中学生の考えることはよく分からないが、情操教育に良くないんじゃないか。
『70kgの肉塊を処分する方法って知ってる?』
……情操教育に良くないんじゃないか。
70kg?
肉塊?
処分?
「……もしかしてだが」
『違うって! そういう有名な話があるの! 検索すれば出てくるから!』
「そ、そうなのか。すまない」
びっくりした。
フィクションで有名な話……小説か何かだろうか。恥ずかしい、無知を晒した。
急にとんでもない量の肉の処分方法を聞かれたから、大きな野生動物でも殺してしまったのかと思った。
あるいはBBQか? そういう有名なBBQ関連の何かを含む思考実験とか。
いいなBBQ。僕もBBQ行きたかったな。ハルキと行こうかな。
まあしかし、辻カリンが気になっている話というんだから、実際にBBQをやっている訳ではないな。
最近の女子中学生の興味というのはどうなっているんだ。あんまり危ない話を辻カリンに聞かせるべきではないぞ。
「その肉は合法なものか?」
『……さぁ。私は真相知らないけど』
「なんだそれは。尋ねるぐらいならちゃんと調べておけ」
しかし、70kgか。結構悩みどころだな。
僕に意見を求める辺り、おそらく違法な方法は期待していないだろう。そんな手法僕が好き好んで享受する訳も無いし、そもそも法の犯し方なんて知ってすらいない。
だとすると、合法の肉塊だと仮定する必要があるか。密漁や、無許可のジビエといった方向性ではない、と。
70kgだから……米袋2つ半といったところか? 家庭用の冷凍庫にはとても入らないな。
家庭ごみは自治体ごとに一回あたりの排出量制限がある。事業由来なら産業廃棄物、業者委託が必要だ。
山に埋めれば不法投棄……つまり廃棄物処理法違反、5年以下の懲役または1000万円以下の罰金。これでは提案できない。
小分けで出すなら一回10kgとして週2回収、ざっと3週間半かかる計算になってしまう。
……正直、面倒事になりそうな予感しかしない。
「その話の視点主は、素直に役所に電話して指示を仰ぐべきだ。以上」
『……』
「一応、クリーンセンターに直接持ち込みという手もあるがな」
身も蓋もない結論になってしまったな。
でもそうとしか言いようがない。なんならもっと詳しい人に聞くか、素直に検索する方が正確だと思う。僕なんかに相談せずに。
『……夏場だとさ、そういうのって……どれくらいで周りにバレる? 匂いとか』
「冷凍しなければ2〜3日で腐敗が始まるんじゃないか。夏なら丸一日で匂うだろう」
『持ち込みってやつは、身分証とか要るの? 記録残る?』
「自治体によるが受付で氏名と住所くらいは書く……ずいぶん細かいな」
『主人公が身元バレしたら話が終わっちゃうでしょ』
ああなるほど。
やけに設定が多いと思ったら、やっぱりちょっとダークな内容なのか。単純な思考実験ではなく、ベースとなった話が存在すると。
確かに、そんなにすぐ結論が出てしまったら外から傍観している側としてはつまらない作品に見えるだろう。謎は多い方が面白いのがミステリーというものだからな。
でもやっぱりそんな話を辻カリンに見せるべきではないと思う。
あの年齢だとそういうものに興味を持つんだろうけど。
「しかし、どうして急にそんな質問を?」
『なんとか勝てちゃっ……あっいやなんでもない。カリンって好奇心旺盛だから』
「ナントカカテチャ……?」
それが話の題名なんだろうか。
後で調べてみるか、あるいは桐島ミオとの話題のネタにするのもいいかもしれない。
あるいは明後日、ハルキと遊ぶときに思考実験の一環として話してみようか。
僕も知らない言葉だから一度しっかり調べる必要があるが……。
『とにかくありがと。あんま参考にならないことは分かった』
「なんてことを言うんだ」
『カリンが満足してくれなきゃ意味ないでしょって。じゃ──』
……全く。
相変わらずだな、あの女は。そりゃ辻カリンがこんな曖昧かつ面白みのない解答を求めている訳ではないことは承知だが、だからと言って何を言えばいいんだ。
小麦が食べられないストレスだろうか。せっかく助けた少女が鬱憤で意味の分からない方向に倒錯していくことだけは避けたいんだが……。
まあ……それ以上何かできる訳でもないか。
不穏な知らせでなかっただけマシだったこととしよう。内容は十分不穏だったが。
桐島ミオも待たせているし、早く戻ることにしよう。
*
「待たせたな」
「……随分長かったじゃん。行っていいって言ったのはウチだけどさ」
「えっ…………い、いや悪かった。そんなに待たせてしまったか」
な、なんかすごい不機嫌になってる……。
だが待ってくれないか。ただ電話しただけだぞ。
君もおっけーって言ってくれただろう。そんな半眼で見つめられても。
しかもこの「じゃん」は疑問形ですらない、とっくに結論の出ている声じゃないか。
とりあえず謝らないと。
「ほら見て、マコっちの分のかき氷」
「お、おお……」
「もう溶けちゃってるケド」
「そ、そうだな……随分長電話してしまっていたらしい。悪かった」
確かに、一口しか食べられなかった僕のかき氷は見るも無残な有様だ。器の中身はもう氷というより色付きの冷水でしかない。もはや冷水かどうかも怪しい。
そうか、この気温だし、少しでも油断したらこうなるのは分かり切っていたな。
少し辻セイラとの電話に集中しすぎて時間を忘れてしまっていたか。
考えること多いんだよ、あの女の電話は。
しかし、桐島ミオは自分の分のかき氷を既に食べ終わっているはず。
僕がいない間プールにいけなくて待ちぼうけていたことが不機嫌の原因なのかもしれないが、それならかき氷を引き合いに出す必要はない。
つまり、これは僕が「長電話したこと」を責めている。
かき氷が溶けるほどずっと電話していたことを責められている……。
「で、相手はセイラ? セイラっしょ」
「……いや、まあ、その、そうだけど」
「てか、見てたし。休憩スペースの隅っこでコソコソ喋ってんの」
「えっ見てたのか!?」
そんな、先に行っててくれって言ったじゃないか。
一人じゃつまらないからって僕を待つならまだしも、電話しているところをこっそり見ていたというのか?
ま、待ってくれよ。大丈夫か、僕? 何か致命的な事実を喋ったりはしていなかったか?
桐島ミオには辻セイラの能力のことは秘密なんだ。彼女本人が言わないでほしいと言っていることを僕のうっかりで聞かれでもしていたらとんでもないぞ。どれだけ彼女にキレられることか。
「……それで?」
「いや、コソコソされたから気になって」
……いや、大丈夫だぞこれは。「コソコソ喋っている」を強調しているあたり、桐島ミオに致命的な内容が聞かれた訳ではない。
ただ、「何か隠すように」喋っていたことを詰められているだけだ。電話相手については会話内容から推測することができるし、多分僕は一番重要な情報を口外していた訳でもなかった。辻セイラと「内緒の話」をしていたことが気に食わないというだけだ。
となればまだ言い訳が効くぞ。
あれは周囲の遊泳者に通話を聞かせないための配慮、僕が僕に課した自主規定であって、断じて後ろ暗い行動ではない……そう言えば一応辻褄は合う。電話を受ける際は速やかに人の輪から離れ、声量を落とすこと……そんなこと常識だからな。
大体、内容も君の親友の近況と、くだらない考証が九割だ。隠すような要素がどこにも無い。
「確かに電話の相手は辻セイラだったが、そんな大したことは話していない」
「……」
「それに、君からも彼女を気にかけるよう言ったじゃないか。それの一環だと思ってくれれば……」
「そりゃさ……優しくしてあげて、とは言ったよ? 言ったけどさぁ……」
……ん?
「……よりにもよって──別に今じゃなくても、良くない?」
……あっこれ違うっぽい!
コソコソ話してたことがメインじゃなくて、なんか別に理由があるっぽいぞ。
「せっかく楽しんでるのに……わざわざ今じゃなくても」
「え、えっと? 桐島ミオ?」
「だってそうでしょ。話があるなら後でウチにまとめて言ってくれればいいじゃんね」
「あの、機嫌を直し──」
「……セイラだって今ぐらいは空気読んでくれてもいいのに」
………………?
……あっ分かったぞ!
君は、辻セイラを取られて、嫉妬しているのか!
ああ、なんだなんだそういうことか。
せっかく辻セイラが家族旅行を楽しんでいるのに、それを共有する相手が自分ではなく──僕だったことに彼女はショックを受けているんだ。
写真数枚とテキストだけ共有された桐島ミオに対し、僕に与えられたのはかき氷が溶けるほど熱中した長電話。親友を横からかすめ取られた気分になってもおかしくない。
わざわざ今じゃなくても、というのは「僕達が別れた後で言ってくれれば格差を感じることもなかったのに」という、辻セイラの空気の読めなさに対する愚痴だ。
だから長電話が不満だったんだな。プールに入るまでの時間を無駄にされたことではなく、辻セイラが僕に余計に時間を割いている事実が複雑だったと。
しかし、なんだか愚痴がエスカレートしている気がする。
急いでフォローしなくては……。
「桐島ミオ、あの電話は……」
「──ま、今日のこれはただの『勉強会の延長』だもんね」
おっとぉ。
「長電話する辺り、ウチとのプールなんてそんな意識してないってコト?」
「そ、そんな言い方しなくてもいいんじゃないか?」
「……フン。どうせウチのことなんて、そこまで……」
あっすごい。なんかすごい自嘲めいたものが不意打ちで飛んできた。
確かに僕は「一緒に遊びに来ている友人を差し置いて、他人と長電話に花を咲かせる」という愚行を繰り広げてしまった訳だが──それが災いして辻セイラへの不満に繋がってしまっている。
急に電話をかけてきた辻セイラだが、そんなことまで思っている訳じゃないと思うぞ。
あの女が親友の勉強会を軽視しているってことはないんじゃないか。
しかししまった、マズイな。桐島ミオは繊細な性格で、非常に傷つきやすいんだった。
最大の親友に対し、「自分の勉強会をさして重要視していない」「だから適当なタイミングでかけて長電話してくるんだ」と勘違いしてしまって、それが心の傷としてはっきり残ってしまっては困る。
このままダメージを受けてしまって、死に戻りが発生してしまっては辻家の家族旅行が散々なことになってしまうし、何より桐島ミオの悲しんでいる顔を見たくない。
なんとか、フォローしなくては……。
「……あのハルキって男子もさ、下の名前呼びなのに、ウチはずっとフルネームじゃん。よそよそしくない?」
「いやぁ……」
ああ言わんこっちゃない。
不満が積もり積もって、さっきの愚痴に関係のないこっちにまで火の粉が飛んできた。相当拗ねているぞこれは。
呼び方なあ……あんまり人に尋ねられたことは無いが、これも別に意識しているとかではなくて自然なことなんだがな。
「その、機嫌を直してくれ。信頼している人間に対しては自然に砕けた言い方になるだけなんだ。家族とか、友人とか」
「え、じゃああのハルキは『友人』枠で、ウチは?」
「……」
「ナ~ニソレ~……そんなに過去の行いが悪かった?」
ナニソレ、と言われても。
まあ、確かに。校則違反しまくっていたからな、過去の君は。それにイメージが引っ張られて、あんまり馴染んでいないのかもしれない。
いやしかし、どうすればいいんだ。
ここは慰めるために、自分の気持ちを誤魔化してでも、意識して馴れ馴れしい呼称を使うべきだったか?
まさかそれだけで機嫌が直るとは思わないが、桐島ミオが「下の名前で呼ばれる」だけでいくらか気分を取り戻してくれるのなら、こっちとしても協力するべきかもしれない。
ただ、意識された呼称を使われて、「うわ、ご機嫌取りじゃん」となる可能性も無いか? 迂闊に変なこと言えないぞ。
困った、乙女心がまるで分からない。
ルールに従ってばかりの僕には、ただ愚直に自分の心に従うことしか……。
「……あ、その、今、ふと思い出しただけなんだけど」
「急にどうした、桐島ミオ」
「そういやウチ、この前さ、荷物いっぱい持ったお婆ちゃん助けてあげたんだよねー」
「ほう、素晴らしい」
「あと、道に落ちてるゴミとかフツーに拾うし? ポイ捨てとかマジ許せないタイプ」
「それは良いことだな、『ミオ』。ところで何の話だ?」
「!?」
「……え、えっと、あと課題! 課題も全部やったし! ね、えらいっしょ!?」
「えっそうなのか!?」
「!? う、うん! ま、まあね!」
凄いじゃないか! 感心だ。
僕は君のことを見くびっていたのかもしれない……。
な、なんだかドキドキしてきたな。
まさか、これが……恋?
「ミオ、唐突ですまないが、僕は君のことが……」
「なっ!? え、えぇっ!? 嘘! ちょ、ちょっと盛りすぎた!」
「おい桐島」
「なっ、何なの!? マコっちって本当に人間!?」
失礼な。
何を言い出すんだこの女は。
感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)
お気に入り・評価・ここすき等も、可能であればぜひお願いします。非常に助かります。