「すごい映画だった……」
「そうだな……」
「……ちょっとお手洗い行ってくる。待っててね」
……失敗だ、完全に失敗だ。
楽しんでもらうはずだったのに。
ハルキはどう思ってるんだろう、間違いなく満足してないよな。
だってあれだぞ? 楽しさを求めて入った場所なのに……出てきたのは、起伏の無い展開に、順序の入れ替わった史実に、ショートカットだらけの終盤。これじゃ盛り上がれなくても当然じゃないか。
とにかく二番目が致命的だ。勉強魔のハルキに対し、間違った情報の含まれる伝記だなんて……相性が良くないに決まってる。
ああ、どうして僕は配慮ができなかったんだ。数分あれば映画の評価や口コミだって調べられたじゃないか。彼に楽しんでもらうために、僕が調査を怠るなんてあってはいけなかったのに。
……仕方ない。他に何かできることがないか調べよう。今からでもどうにか挽回できるかもしれない。面白そうなコンテンツを見つけて、それをハルキに提供するんだ。
まず、携帯の電源を入れて……っと。
……うーん。あまり良いものが見つからないな。
近くにあって、遊びに行くことが多いのは……基本的にスポーツエンターテインメント施設か、カラオケか、ゲームセンターぐらいか。どれもハルキの好みとは合わなさそうだし、かといってまたよく知らないものに手を出して二人ともがっかりというのは避けたい。
最悪、今日は大人しく図書館にでも行くか? アラタも借りたい本があると言っていたし、大きな声で会話はできなくなるが、ハルキが楽しめないということは無いだろう。そこが無難な気もする。
でもなあ……。
せっかく親友と二人で外出しているのに、無難な選択肢を選ぶというのもなんだかな。
他の友人を呼ぶか? いやしかし、それだとハルキが委縮してしまう。
アラタを呼ぶのはどうだ? 昔はよく会っていたし、ハルキだって嫌では無いはず……だがしかし、そうなるといよいよ三人で楽しめる場所が図書館しかなさそうだ。
ここはゲームセンターを彼に体験してもらうか。ゲームに興味が無いのは承知の上だが、UFOキャッチャーぐらいなら楽しんでくれるかも……。
「おまたせ、マコト」
「ん……ああ、そこまで待ってないぞ」
「そうかい? じゃあどうしようか。フードコートか……近くにカフェはあるかな?」
ん? フードコート? カフェ? 遊び場じゃなくて?
なんで?
「早く感想会をしたいな。あそこまで面白いとは思わなかったよ!」
……っ!?
えっ、「すごい映画」ってそのままの意味なのか!? あの内容で!?
*
「──だからさ、まず驚いたのは画面だよ。あの大きさで観るだけで、こんなにも迫力が違うものだなんて」
「そうだな。家のテレビとは別物だろう」
まだ本編に辿り着かないのか、この感想会。
結局4日前と同じフードコートに戻ってきた訳だが……あの時はハルキと桐島ミオの仲裁、今日はハルキの独演会か。
まさかここまで喜んでもらえるとは思ってなかったが。映画の感想で画面のサイズが出てくるあたり本当に映画初心者というか。
「音もすごかったし、あの暗さもいいね。画面しか見るものが無くなるだろう?」
「……ああ、うん。そうだな」
「予告編も面白かったなあ。本編の前に何本も観られるなんて、得した気分だよ」
画面がでかい、音がすごい、暗い、おまけ付き。
それは映画の感想じゃなくて、映画館の感想になっていないか? 本編の話をする頃にはどうなってしまうのか。
というか、予告編って。そんなところ印象的だと思っているのはキミぐらいなものだぞ。
……いやでも、そうか。
勉強会一択のハルキに、比較対象なんてある訳が無かったんだ。何もかもが初めてなら、目に入るもの全部が刺激になる。映画初心者というより、娯楽初心者というか。
「このポップコーンも良かったよ。塩の味しかしないのに、なぜか手が止まらなくてさ」
「本編中はあまり減っているように見えなかったが」
「画面から目を離す暇が無かったんだよ。だから今食べてる」
……「完全に失敗」は撤回しよう。
こっちは席に着くまでずっと、謝罪の切り出し方を探していたんだ。せっかくの機会なのに、あまり楽しめなかったかもしれない、もう少し下調べをすべきだったって。
しかし今、その謝罪の行き場がどこにも無くなった。世辞でも強がりでもなく、目の前の男は心の底から満足しているらしい。
映画の出来と今日の成否は、どうやら別の問題だったみたいだ。目的は「ハルキに楽しんでもらうこと」。現にこれだけ楽しんでいるんだから、結果は大成功ということになる。
「ところで、マコトはどうだったんだい?」
「ん?」
「感想だよ。君はこういうのに詳しいんだろう? 率直なとこを聞かせてよ。僕は議論がしたくてこの映画を選んだんだから」
む……。
「率直、でいいのか?」
「あれ、評価低いのかい。まあいいよ、お願い」
そうかそうかなるほど。一瞬、水を差すことになるかと思ったが……この男に限っては逆だな。「事実に基づく話なら議論のしがいがある」で選んだ男なんだし、率直な批評はむしろ喜ばしいか。
君はあの映画を大層気に入ったようだが、それでもあの映画自体に対する僕の評価は変えないぞ。普通にひどいと思ったし。正直なところ、どう取り繕っても悪口になってしまいそうだ。
「まず起伏が無い。出来事が年表の順に並んでいるだけで、山を作る工夫が見えなかった」
「そうなんだ、あれは単調な方なんだね」
「終盤が駆け足すぎる。能力者差別という重い要素を含む過去を、あの尺で畳むのは……」
「それは僕も思ったよ。急に終わったよね」
「最後に本命だが、出来事の順序を入れ替えたことだ。演出としては構わないが、今回のは逆効果。実際の順序のままの方が、ずっと面白かったと思う」
なんか思ったよりすらすら出てきてしまったな。
それだけ変なところが多かったのか、途中から僕が粗探しする方向性に囚われてしまっていたのかは分からないが。もうあの監督の名前は忘れられそうにない、悪い意味で。
「へえ……僕は結構良いと思ったんだけどな、あの入れ替え」
「うん? 史実を知っててそう思うのか?」
「いや、あの並びだからこそ、一番高いところから全部が崩れていくドラマ性があったじゃないか。本当の順番よりずっと悲しいし、それで追加された描写にも意味が出てきて、僕は心を動かされたよ」
「……そうか? ……そうか」
確かに、あの入れ替えによっていくつかの小道具や小さな台詞に印象付けようとした監督のこだわりは感じたぞ。でも僕は、現実の展開の方が観ている人の感情を引き出せるんじゃないかと思ったな。
……いや、違うか。
娯楽に慣れていないハルキにとっては、「+1と+10のどちらが良かった」ではなく「+1というものが観れた」というだけで満足できる要因になっているんだな。慣れというフィルターが無い分、同じ場面を何倍も濃く受け取っていたのかもしれない。
それなら、これ以上否定するのも良くないか。逆にこれで映画の良さを理解してくれたなら僕にとってはとても意味のある一日になるし、もっとエンタメ性の高い映画を観ればより楽しんでくれるかもしれない。
「彼は結局、本当に能力を使っていたのかな」
「どうだろうな。残っている記録からは証拠は見つからないし、『死者が能力者か判定する能力』とかがないと最後まで分からないだろう」
「でもきっと、非能力者だったんだろうね。否定派の主張は何もかも当てつけに見えたから」
重いところを真っ直ぐ突いてくるじゃないか。
やっぱり差別は良くないよな。僕も知り合いに能力者……というか実質呪われてるみたいな人間がいるが。いくら彼女といえど、不当に差別されて命を失うなんてあってはならないんだし。
しかし、今彼女はどうしているのだろう。
4日前の勉強会のときに「夏休みを満喫しろ」と早々に連絡だけ告げ、以降は一切連絡が無いまま。てっきり、桐島ミオに連動して連絡しているのかとも思ったが、「一昨日のプール」では連絡が無かったし。
家族旅行が案外充実していて、僕に構っている暇がないのかもしれないな。
「案外、映画って良いものだね。また行こうよ、マコト」
「ああ。君がそう言うなら、幾らでも付き合うぞ」
「それでさ、次は君が選んでほしい。今度は、君が面白いと思うものを観てみたいから」
……まあ、今日はとにかくかかってこなくてよかったというべきか。
ハルキがここまで満足そうにしているんだ。こんな時に「辻セイラから電話だ」とか言い出したら感情的になりやすいハルキのことだし、「辻さんがいいなら彼女と行けば良かっただろ」とか言い出していただろう。
予定していた形とは何もかも違うが……「楽しんでもらう」という今日の目的だけは、間違いなく果たされたんだから文句のつけようが無い。
悪くない、悪くない気分だ。
「候補なら今から挙げられるぞ。まず、君が『得るものが少なそうだ』と切り捨てたアクションだが──」
「えっ。次も伝記か何かだと思っていたんだけど」
「いいから聞け。アクション映画というのはだな……」
*
「マコト、今日は楽しかったよ」
「僕もだ。君と話せる話題の数が増えたことが何より嬉しいよ」
「ふふふ、それはこっちの台詞さ。じゃあまた次の勉強会で、ね!」
とにかく、今日は僕にとってもいい思い出になった。
ハルキはものの見事に映画の魅力にハマってしまい、次の勉強会の後、一緒に他の作品観に行く約束まで取り付けて。初めて観るアクション映画にどんなリアクションをしてくれるのか、それが今から楽しみで仕方がない。
まるで予定を入れられなかった僕の夏休みだが、辻セイラの旅行期間中に限ってはかなりの猶予があった。三人での勉強会に、桐島ミオとのプールに、ハルキとの映画鑑賞。彼女からの連絡がほとんど無かったのも僕にとっては安心材料だ。
次に映画を観に行くときも、なるべく連絡しないで済むようにあらかじめ彼女に通達しておかなくてはいけない。映画館のルールが存在する以上、映画を観ている間は携帯電話の電源を切ることが鉄則だからな。
要は、つまり……。
「もしもし」
『もしもし』
……今、解散直後のタイミングでかかってきたこの電話に。
僕は嫌な予感しかしていないということ。
『今空いてる?』
「……もう少し早くかかってきたら、危ないところだったぞ」
5日ぶりの着信が、よりによってこのタイミングとはな。
夕方の風が気持ちいい、今日は色々と予定外だったが、良い一日だった──そう総括しかけていた矢先の、この女。正直すごく携帯を手に取りたくなかった。
ハルキと別れて、まだ5分も経っていない。あの満足顔の隣でこの着信が鳴っていたらと思うと……あの雰囲気のまま喧嘩になっていたかもしれない。我ながら冗談になっていない軽口だ。
今日の僕の予定を知っていたわけではないだろうが、解散後に電話してくれたことだけは助かったと言わざるを得ないな。
『はいはい、映画でしょ。そんなに友達が怖いんだ?』
「そうだ。ハルキは君の絡む話となると……」
……。
おい待て?
今、この女はなんと言った?
『もしもし? 聞こえてる?』
……僕、今日の予定については、言ってなかったよな?
映画、と言ったよな。言っていないぞ。
この夏、僕は映画の「え」の字も辻セイラに話していない。ハルキに気を揉んでいたことなんて、尚更だ。そもそも君からの連絡は8月9日のあの数十秒が最後なんだから話す機会が無かった。
もしこれが桐島ミオについての会話であればまだ納得できた。彼女は辻セイラとの連絡手段を持っているし、頻繁に連絡を取り合っているから……「一昨日はプールでしょ?」とか言われたぐらいなら理解できる。
だけど、ハルキについてはどういうことだ。彼は辻セイラとの連絡手段なんか持っていないし、持っていたとしても連絡なんかしないだろう。当然、それは僕も同じ……。
なら、答えは一つしかない。
僕が話したんだ。僕の知らない──消えたどこかの夏で。
でも……まさか。本当に、そういうことなのか?
せっかくの上機嫌が、通話開始30秒で音を立てて崩れていくぞ。できることなら信じたくないんだが……。
『ちょっと聞きたいことがあって……聞いてる?』
「まっ……待ってくれ。その、君は……」
『聞いてるんだ。なら教えてほしいんだけどさ』
『もし暴行とか傷害で……過剰防衛? で捕まったら、未成年ってどれくらい拘留されるの』
あっもう間違いなく黒だ。
どうしようもなく言い逃れできないほどに黒だ。
「待て、待ってくれ」
『流石に察してるんだろうけど、いいから教えて』
「あのな……」
君はまた、そういうことを……。
こっちはまだ「まさか」の処理が終わっていないんだ。なのに、その「まさか」を裏書きするような中身を、そんな買い物メモでも読み上げる声で……。
……一度、息を整えないと駄目だ。
頭が回らないなりに、答えられることから答えるしか、ない。
「……順番に話すぞ。逮捕されると、まず警察と検察の段階で、最大で七十二時間だ」
『七十二時間。それで?』
……我ながら、声が完全に浮足立ってる。
頭の中の引き出しはあるのに、開ける順番がめちゃくちゃというか、なんというか。
対する辻セイラの声の平坦なこと。
電車の乗り換え案内でも聞いているのか、君は。
「それで……未成年は、少年事件は原則として全部、家庭裁判所に送られる。全件送致と言ってな」
『つまり?』
「勾留なら最長二十日。いや、待て、順番が違う、勾留は家裁送致の前で……ええと、勾留の代わりに観護措置という制度もあって……」
『落ち着いてよ。ゆっくりでいいから』
どの口が言うんだ。君のせいなんだぞ。
駄目だ、順序がぐちゃぐちゃだ。捕まったら、と君は言ったな。捕まる前提なのか、それは。
「……観護措置になると、少年鑑別所に入る。通常は四週間、最大で八週間だ。それから審判が出て、保護観察か、少年院送致か。事件が重大なら検察官送致──逆送と言って、大人と同じ刑事裁判もあり得る」
『なるほど。長いと二ヶ月ぐらい動けない、と』
……。
1. 「捕まったら」。
捕まる前提の聞き方だ。
2. 「過剰防衛」。
正当防衛ではなく、やりすぎた場合を調べようとしている。いったい何故だ? 正当防衛を主張する機会があって……その上、やりすぎる可能性が想定されているということか?
3. 「未成年」。
……この文脈で指す相手は辻セイラ、君一人しかいないだろう。
そしてその上、辻セイラは「映画の予定」を知っていた。
もう、言い訳を探す方が無理という話……。
「君、ループしてるな」
『あー……ま、もういけそうか。そうだけど?』
……っ、認めるのか。そんなにあっさり。
こっちは5日間、信じてきたんだぞ。
8月9日の電話は「夏休みを満喫しろ」とだけ告げて数十秒で切れて、以降は完全な沈黙。だから不安ではあったものの、「今回は何も起きていない、ただの平和な夏なんだ」と。ついさっきまでフードコートで、旅行が充実してるんだろうなんて暢気に納得までしていたのに。
その沈黙の裏で、君はもう何周か、この夏をやり直してるとでもいうのか。
「……詳細は」
『言いたくない』
「は? 何を言って……何が起きてる。今、何周目だ」
『私に不利になっちゃうから言いたくないんだけど……今は7周目』
なんだそれ。僕に教えると君に不利になるから言いたくない?
不利って何だ、僕は君に協力する側の人間だぞ。情報が無いと、動きようが無いじゃないか。なのにどうしろと……。
……まさか、そういうことか?
これから「過剰防衛で拘留されるような真似」をするから、僕に事情を説明すると逆に自分の活動が阻害される恐れがあると、そう言いたいのか?
そして、今。ループしていることを一切隠さず打ち明けたのは……もう、その手荒な方法で「ループを打破する目途がついたから」ということなんじゃ、ないのか。
「いい加減にしてくれ。早まるな、相談さえすればどうにかなるはずだ」
『はい、この話は終わり』
「終わりって君、一体何をするつもりで……」
『それより、明日』
「……あ、明日?」
『夏祭りが終わる間際……閉場のアナウンスが流れる頃に、会場の東側の出入り口を出た所まで来て』
閉場間際に、東の出入り口の外、だと? どうしてそんな具体的に。時間も場所も、そこで何かがあると知っている側の指定の仕方じゃないか、これは。
祭りの会場なんて、この町の人間が一番集まる場所だぞ。だいたい明日は、アラタと祭りに行く約束があるのに。確かに閉場間際なら、時間を作れそうだが……。
『旅行期間中は頼らないって言ったけど。明日はもう帰ってくるからね』
「だから、協力してほしいと。そういうことだな?」
『うん』
「だが、過剰防衛に、拘留。君がやろうとしていることの想像ぐらいつくぞ。誰かを、物理的に、その……」
……できる訳がない。
これから打診されるのはどこからどう考えても「暴行・傷害の協力要請」じゃないか。これまで有耶無耶に協力させられてきた犯罪から、さらにワンランク上の物理的な加害を含む……暴力行為を。
協力はする。約束は約束だ。
ただ、協力というのは「できる限り、問題の無い範疇で共に解決策を模索して行こう」というものではないのか。他の手段があるならそれで進めていくべきだろう。
君だって、明確に前科がついた状態でループを抜けたくないだろう。もっと話してくれ、きっと協力すれば、なんとかできるはず。できるはずだから……。
『安心して。今の話はループの解決に関係しな……いや、関係するけど。直接は関係しないから』
……は?
え、ど、どういうことだ?
「本当か?」
『本当。もう嘘つく理由ないし。アンタに「この犯罪やってくれ」って言う訳でもないよ』
……じゃあ、君は、僕に何をさせようって言うんだ。
犯罪行為でもない。過剰防衛や拘留は解決法に関係しない。解決の目途は立っていて、おそらくその決定打が明日に存在する……。
『アンタ、ヒーローになってくれる?』
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