「どうしたの、兄さん? 夏祭り、あまり楽しめてない?」
「いや、そんなことはないぞ。ただ、この後、杞憂で終わってほしい用事があってな」
「あんまり安心できない言い回しだね。僕はちょっと心配だよ」
「悪い……アラタは気にしなくていいから」
8月14日。8月ももう中盤。
夏祭りの日。辻家が帰って来た日。
……今日、全てが明らかになる。
おそらく辻セイラの家族旅行期間に発生していた死に戻りのループ。
僕に分かっているのは「辻セイラがループを打破する解決策を既に見つけている」ということと、「その過程で過剰防衛・拘留などが関係する状況が発生した」ということだけ。何をどう対処するかは一切分からないままだし、真実を知りたくても僕には指定された場所へ速やかに移動することしかできない。
昨日の電話の指定は「閉場のアナウンスが流れる頃、東側の出入り口を出た所」。
東側というと、僕らがいつも使う正面とは反対側……屋台も明かりも少ない側か。アラタをあっちまで連れて行くことはできないし……早い段階で家の方向に誘導して、僕だけ解散するべき。
今日は夏祭りに行くから時間が取れないとは言っていたのに、あの女はそんな都合考慮してくれないし。桐島ミオとのプールやハルキとの映画の思い出がもう遠い昔のことみたいだ。
「……十分楽しんだし、もう帰ろうか」
「そうかな、少し早い気がするけれど……」
「たまにはいいだろう。ほら、混まない内に出るぞ」
「まあ……分かったよ、兄さん」
……それにしても、結局「ヒーロー」って何なんだ。
昨夜から何十回目になるか分からない問いだが、何度考えても、答えらしい答えが出ない。
君の質問はこうだったぞ、辻セイラ。「暴行とか傷害で、過剰防衛で捕まったら、未成年はどれくらい拘留されるのか」……つまり君の頭の中には、誰かが誰かを傷つける「現場」がもう存在しているということだよな。
なら、君はどっち側なんだ。やる側なのか、やられる側なのか。
その上で『この犯罪やってくれって言う訳でもない』ときた。僕は手を出す係ではないらしい。
じゃあ何だ。説得の立会人か? 口裏を合わせるための証人か? それとも、合図で110番を押すだけの係か? ……どれもしっくりこない。
どれを当てはめても、「ヒーロー」なんて大仰な呼び名と釣り合いそうにない。
先んじて通報するか?
しかし何を通報するんだ。「今夜、何かが起きるらしいです」か? 時間と場所しか知らない僕には、伝える中身がまるで無い。それどころか、下手に警察を動かせば、拘留期間なんて調べていたあの女の計画の邪魔をしてしまうかもしれないし……。
「ここまで出れば大通りだ。ここからはもう一人で帰れるな?」
「もちろん。でも兄さんは?」
「さっき言っていた用事を片付けて来る」
「………………分かった。早く帰ってきてね」
「ああ。じゃあ、また後で」
……何も食い下がらない。
きっと今の一瞬で、僕に何か成し遂げないといけないことがあると察し、それがあまりよろしくないものであることを理解していながら……僕を信用して、理解を示してくれている。
相変わらずこの子は飲み込みが早すぎる。誰に似たのか。
まあ、あのカス父親ではないだろうが。
きっと母さんだろうな。母さんは頭がいいから。
……とにかく。
何が待っているにせよ、アラタだけは巻き込まない。ここから先は、僕一人の用事だ。
「すみません、通して下さ……おっと、すみません」
さて。
僕はここから帰る人の波に逆走し、反対側の出入り口まで戻らないといけない訳だが。
結構体力使うな、これ。今の時間に新しく会場に入ろうとする人は少ないし、ほとんどが帰ろうとしている面々だ。おかげで人とはぶつかるし、前は見えにくいし、流れに体を押されやすいし。「なんで一回出てから入り直してるんだよ」みたいに冷たい目で見てくる人もちらほらいる。
本当に申し訳ない。
この場所の規約に「逆走NG」は無かったのでなんとか見過ごしてほしい。
というかなんで僕が集合場所に向かわないといけないんだ。協力してほしいなら、辻セイラの方から接触を図れるよう場を整えておくのが道理じゃないのか。当然、そうはできない事情があるんだろうが。
思い出したらまた腹が立ってきた。あれだけ一方的に喋っておいて、人の返事は待たずに切るんだから、あの女は。おかげでこっちは、言いそびれた返事と文句を丸ごと抱えて歩く羽目になっている。
歩いて、歩いて、歩いて。人が少ない場所は走って。
やっと出入り口の人混みを抜けて、祭りの本会場を抜けて、また人混みに揉まれて……疲れてきた。これでただの情報交換とか、作戦会議とかだったらどうしよう。普通に説教してしまうかもしれない。
「……ここか」
なんとかたどり着けた。だいぶ人気のない場所だな。
時間も……よし。指定された時刻の丁度15分前。
後はここで待っていればいいのか? 何の追加指示も受けていないから、今手元には財布と携帯電話しかないし、後々になって「実はボールペンが必要だ」なんて言われてもどうすることもできないが。
少なくとも、15分後にはここに辻セイラがやって来て、納得のいく説明をしてくれるはずで……。
──「ねぇ、アンタ」
……って。
あれ、どこかから辻セイラの声が聞こえたような。
彼女ももう来ているのか。いや良かった、すっぽかされた訳じゃないことは確かだ。
しかし、どこにいる?
声が聞こえただけで、姿が見当たらないぞ。少なくともさっきの声は僕に向けられたものじゃなかったが、かといって近くに分かりやすい人影がある訳でもない。約束の時間がすぐで、辻セイラの声がするなら、確かに近くにいるはずなのに。
……ああ、いた。
向こうの通路の方か。どうしたって、あんな狭いところに……。
──「お前は……あの少女と一緒にいた女だ」
──「アンタ、うちのカリンに何の用?」
──「……姉か。邪魔するならお前も同罪とみなすからな?」
……ん?
え、なんかもう一人男がいないか?
*
──「能力者は悪だ。この前の『数字現象』を覚えているか。あれが攻撃的な能力であれば……それだけで人類は滅亡していた」
──「あっそ。WPPOって知ってる? 世界平和維持機構」
──「あんな能力者だらけの組織を信用できると思っているのか……」
……よし、なんとかはっきり声が聞こえる場所まで近づけたぞ。
あと一歩踏み込めば、間違いなくバレてしまうような距離。二人のやり取りが否応なしに全部聞こえてくる位置で、今更「偶然通りかかりました」は無理がある。名乗り出る機会は、もう完全に逃したな。
それにしても、辻セイラはこんな場所で何をしているんだ。後15分もしないうちに僕との約束の時間だというのに。僕を誰かと会わせることが目的だったりするのか?
しかし、それにしては空気が険悪な気がする。あの女が男に向けている嫌悪感は僕に対するものと同等……いや、それ以上のような。協力者であればあんな雰囲気にはならないはずだ。
そもそも、一体、今何の話をして……。
──「とにかく、お前の妹──辻カリンは能力者に違いない。野放しにしてはおけない」
えっ。
──「お前も信じたくはないだろうが……あの少女は小麦を食べた後に運動すると、決まって体に異常を起こす。条件発動型の能力に見られる傾向だ」
──「じゃあ何。アンタ、女子中学生のストーカーじゃん。最ッ低。今すぐ通報されないだけありがたいと思いなよ」
──「これは忠告だ。放置していればお前もただでは済まないかもしれない。能力者は犯罪者になりやすい傾向がある。能力者は悪意を強く持つ……」
──「なら差別なんてことしてるアンタも能力者ってことになるんじゃないの」
……待て待て待て。
これはとんでもない修羅場だぞ。
今の会話からすると、あの男はどう考えても「能力差別主義者」か、あるいはその予備軍だ。能力者を危険と捉え、この世界から能力者を減らし、非能力者のみにすべきだと考える危険な過激思想を持つ人物。
しかし、彼の主張には能力差別主義者特有の穴がある。
確かに、能力者の割合は二十万人に一人。それに対して、犯罪者の総数のうち、その犯罪者が能力者である割合は三万人に一人とされる。だから、能力者が犯罪者になりやすいという統計に間違いはない。事実、辻セイラもそうだから。
ただ、そうだとしても犯罪者の99.997%は非能力者だ。正直、あの確率は能力を持っている全能感がそうさせてしまうだけであって──能力者だけが悪意を持つという、その持論は明確に矛盾している。
そして、よりにもよって、そんな不審者が。小麦を食べた後に運動すると発症するという、一応知識としては広まっていないものの検索さえすればすぐに分かるものを、能力の発動条件と勘違いして。
辻カリンを──能力者だと思い込んでしまっている!
そうか、今回のループとはこれのことか。なんてはた迷惑な。
放置していれば、辻カリンはこの不審者によって命の危機に陥るんだ。逃げようにも、狙いが定められている以上、近いうち──早ければ今日中にでも相まみえる可能性が高い。この男を恒久的に止めることが今回のループを脱出するための条件なんだ。
しかし女子高校生の辻セイラだけでは成人男性に勝利することができず、抑えきれないまま辻セイラが殺される、あるいは辻セイラを突破したあの不審者が辻カリンを殺し、ループが発生してしまう……といったところか。
……いやしかし、それなら何故、過剰防衛について質問してきた?
過剰防衛が実際に行われた状況が存在すると言うことは、辻セイラはこの不審者に勝利した過去が存在するということ。それなら何故、まだループを解決できていない?
要は、運よく反撃に至ることで、問題を排除できたループが存在したということじゃないのか。
というかそれより、僕はこのまま、隠れたままでいいのか?
ヒーローって、まさしくここのことじゃないか。辻セイラはこの状況を打破するために協力を要請してきたんじゃ……。
──「どうせ……誰に言っても信じない。証明ができない以上、分かっている人間がやるしかない」
──「FDEIAって病気があるの。食べ物のアレルギーの一種だって、専門のお医者さんがハッキリ言ってる」
──「……病名なんて、後からいくらでも付けられる。家族がそうやって隠すのは、いつものことだ」
──「はぁー、やっぱり話通じないじゃん。ほんと無理、アンタみたいなの。カリンに近づけていいタイプの人間じゃない、絶対」
……いや、まだ出るべきじゃない。
約束の時間まであと7分近くある。もし、協力内容が「この男を共に倒すこと」であれば、ループを経験している辻セイラが曖昧な時間を告げる訳がない。ピンポイントで時間指定をするだけだ。
それに、彼は不審者だが、まだ何もしていない。将来罪を犯すと知っていても、現在無実の人間を無理矢理倒すというのはどう考えても合法ではない。彼女の「犯罪をしてもらう訳じゃない」という宣言と明確に食い違っている。
辻セイラはループを解決する目途を立てていたんだ。今の状況はその計画の途中をなぞっていると考える方が妥当。ここで無理に行動をして、逆に彼女の動きを縛ってしまうようなことがあってはいけない。
何か、合図を待つか。せめて時間丁度になるまで待機するんだ。
僕を使いたいタイミングが、彼女の中ではっきり決まっているはずだから。
──「大体さ、能力が何だっての。世界中に能力者サマなんて山ほどいるのに、皆アンタの言う『危険』なら、世界なんてとっくに滅んでるじゃん」
──「そういうことじゃない……能力者は危険なんだ、お前にはそれが分かっていない」
──「んじゃWPPOにでも噛みついてなよ。小さな女の子一人に限定して狙ってる時点で、説得性の欠片も無いんだって。差別を言い訳に弱い相手狙って鬱憤晴らしたいだけでしょ」
──「……もういい。話が通じない」
……さっきから、会話の形はしているのに、噛み合っていない。
辻セイラの反論が悪いとかじゃなくて、男の側が反論を全部素通りさせて、毎回同じ結論に戻ってきている。能力者に対する差別や偏見が強すぎて、そして思い込みが強固すぎて辻セイラの主張に耳を貸そうとしない。
これは……マズくないか。
暴行とか、傷害とか、拘留とか。昨日並べられたあの物騒な質問は、この夜の、この男のための質問だったんじゃないのか。「現場」はもう存在している、なんて推理をした気になっていたけど、その現場は今、目の前で組み上がっている真っ最中で──
──「帰れ。今なら何も無かったことにしてあげる。二度と、私達に近づくな」
──「手荒な真似はしたくない……お前もいい加減に理解しろ」
──「ハッ。相手が女だからどうにかなるって思ってるの。やっぱ人選んでんだよ、アンタ」
──「……そうか。お前も、あっち側なんだな」
……!
おい、待て。本格的にマズいぞ。
あの男、ただ単純に脅してるだけじゃないのか。
あの男──刃物を持ってるぞ。
おもちゃじゃない。脅して言うことを聞かせるための作り物なんかじゃない。本物かどうかなんて、この暗さでこの距離で分かるはずがないのに、この不審者に至ってはそれを否定できる可能性が思い浮かばない。
辻セイラは、どうしてそう挑発ばかりしているんだ。
おい、本当にこれは作戦の上で、君は無事にここを切り抜ける予定なんだよな?
どうして僕にこの経緯をまるで説明しなかったんだ。これで「助けに来てくれないなんて、おかげで死んでしまった」だなんて次の僕に言うんじゃないぞ。
──「刃物まで持ち出して、恥ずかしくないの?」
──「……うるさい!」
待て、待て、本当に大丈夫なのか。
僕はここで見ているだけでいいのか。
通報は? しなくていいのか。
分からない、どこまでが辻セイラの作戦なんだ。そもそも今警察を呼んで、この男に逃げられてしまったらそれはそれで危険じゃないのか。
は、早く、さっさと結論を出せ瀬尾マコト。
遅くなってからじゃ意味が無いんだぞ。
──「っ!」
避けた、避けられたが──今、服に傷が行ったぞ。
ギリギリじゃないか、君は本当に、一体どうするつもりで……。
──「……あ、チッ!」
ダメだ、今、少し掠ったじゃないか。
さっき一瞬赤いものが見えたぞ。このままじゃ本当に危ない!
──「っ……しつこいんだって!」
マズイ、致命的な怪我こそ避けられているものの、やっぱり身体能力が追い付いてない。
避けきれない攻撃も増えてきているし、行き止まりの方へどんどん追い詰められている。
どうする、どうすればいい!?
作戦なんか無視して助けに行くべきか?
流石に正当防衛が成立する状況だ。辻セイラの動きはさっきから余裕があるような無いような、ちぐはぐなものばっかり。作戦の上の演技なのかもしれないし、本当に限界なのかもしれない。
今から僕が向かって行って役に立つのか?
男を倒すことはできるかもしれないが、距離がある。遠距離から一方的に攻撃できる訳でもないし、もし迂闊に近づいた隙に辻セイラが致命的なダメージを受けたり、人質に取られる可能性だって考えられる。
じゃあ、辻セイラを見捨てるのか?
あり得ない! そんなことをするぐらいなら、警察に通報するなり、周囲の人に声をかけるなり、僕がこの身を以てヤツに突っ込んでいってやる。僕が怪我をするだなんて、どうでもいい。そんなことをすればきっと後悔する!
──ドサッ!
──「ぐっ……かは!」
──「追い詰めたぞ! 能力者を擁護する人間も能力者だ! 目にもの見せてやる!」
──「くっ……た、助けて!」
!
もうダメだ、辻セイラは限界なんだ。僕が助けに行くべきで、それが致命的に遅れた!
僕は何も持っていないが、それを言い訳に踏みとどまってる場合じゃない!
助けてと言っている。彼女はもう後が無い、僕がどうにかしないと!
今すぐ僕は、あの場所に走って──
──カランッ
……っ、空き缶か! 邪魔だ! なんでこんな場所にある!
誰だこんな場所に捨てたヤツは! ポイ捨ては夏祭りの公式規則で禁止だと──
『クマ撃退! 催涙スプレー』
待て。
今、何時だ。
──指定時刻、ジャスト。
まさか。
「今更助けを呼んだって遅い! 能力者の仲間め、元はと言えばお前達が……」
「おい! こっちを見ろ、差別主義者!」
「は、なに──」
1. 急迫不正の侵害が存在する。
2. 第三者への防衛意思がある。
3. 防衛行為が必要性を満たす。
4. 防衛行為が相当性を満たす。
ああもう!
悪く思うなよ!
「──正当防衛だッ!!」
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