『大切な人を救うために死に戻る能力』   作:破れ綴じ

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[16:25] たかがたった三桁

「──理解した?」

 

「理解、したが……これは。い、いや、とりあえず理解した」

 

 ……そういう能力があることは、とりあえず理解した。

 しかし……これは、事実であれば……いや、それどころじゃない。時間は15分しかないんだったな。

 

 事情は理解した。どうして図書室まで連れて来られたのかも理解した。今やるべきなのは情報整理と作戦立案だ。辻セイラのことが嫌いなのは変わらないが、事態は一刻を争う緊急事態だ。

 彼女に同情し、慰めの言葉をかけるために時間を浪費する訳にはいかない。

 

「それで、作戦は。当てはあるのか?」

 

「藤見台にいるあんたの叔父さんに連絡して、ママの車を止めてもらう。いるんでしょ、今の時間」

 

「ふむ……」

 

 叔父のことを知っているのか。

 僕はそのことを一度もこの女に話した覚えはない。叔父が藤見台にいることも、何一つ教えていない。

 今までの情報を総括すれば、前の周で僕が教えたということか。

 いよいよここまで来ると「死に戻り」は真実で間違いなさそうか。

 

 しかし、案としては見事に筋が通っている。

 1. 藤見台ということはおそらく原因は自動車事故。要因が場所的なものであるのなら、辿り着く前の時点で防げれば事故そのものが起こらない。

 2. 母親には連絡できないのだから、人伝いに直接伝言するという手法。これなら確実だ。

 3. 叔父は藤見台付近に住んでいる。僕達はこの学校からでは間に合わないが叔父なら確実に間に合う。

 あの人は自営業で、平日のこの時間帯なら家にいる可能性が高い。叔父に電話をかけて事情を説明し、道に出てもらって、辻セイラの母親の車を止める。原因を排除するのではなく、原因に接触する前に止める。

 悪くない。いや、むしろかなり合理的だ。賢いな。

 

 ……あっいやこれ僕が考えた案か。セイラは叔父のこと聞かないと知らないからな。

 なんだこの奇妙な感覚は。自分の思考の手柄を自分で受け取れないぞ。

 

 となると、授業中の「ケータイは持ってる?」はこれを意味していた訳か。

 当然ながら答えは否。校則第六条第三項、携帯電話の校内持ち込みは禁止されている。僕がそれを破るわけがない。

 

「持っていない」

 

「そ、やっぱり」

 

 やっぱりとは何だ、当然だろう。

 

 しかし、そうなるとどうやって叔父に電話をかける? 

 先生に事情を話して借りる? だとしても何と説明するんだ。「能力者のクラスメイトが死に戻りを繰り返していて、その母親が事故に遭うかもしれないので叔父に電話させてください」。正気を疑われて終わりだ。説明にかかる時間だけで残りが消えるだろう。

 なら公衆電話を探すか? 最寄りの公衆電話がどこにあるか──校門を出て、通りを渡って……いや、それも時間が足りない。走ったとしても電話をかけるだけでギリギリだ。昨今の公衆電話減少がここで響いてくるとは。

 職員室の電話を勝手に使うのは? 校則どころの話じゃないし、人がいれば止められるが……怒られることを承知でその手段を使うしかないのか。

 

 ……というか、どうしてそれを僕に頼む? 

 叔父を利用するということは、他者に協力を頼めるということだろう。それならいつもつるんでいる友人なり、電話を貸してくれる教員になり頼み込めばいい。何も対立を必要とする僕じゃなくてもいいはずだし、相談相手は一人じゃなくてもいいはずでは──

 

 

 

 

 

「じゃあ私のスマホで電話して」

 

「何故持ち込んでいる!」

 

 

 

 

 

「……時間ないんだって」

 

「分かっている。分かっているが……反射だ、これは」

 

 当然のように校則違反を繰り返すな。

 思えば過去にも休み時間にスマホを所持していて叱ったことがあった気がするが。

 ……いや、彼女の場合は連絡手段として必須なのか。いつどのタイミングで誰が危険な状態に陥っているか把握できないといけないし、携帯電話の有無でループの内容は大きく変わる。

 

 仕方ない、何はともあれ人命がかかっている。

 校則は後で考えよう。後で必ず、必ずだ。今は後だ。

 

「番号は……どうしよう。分かる?」

 

「当然だ。知人の電話番号は全員分把握している」

 

「すご」

 

「逆に何故覚えていないんだ」

 

 ああ、アプリ上で連絡を取り合っているからか。

 そうだよな、一覧から名前を選んでテキストを入力すれば連絡は取れるし、アプリ上から通話もできる。わざわざ暗記する必要がないから、普通は覚えないのか。

 非常時に端末がなければ連絡すら取れないということだぞ、それは。危機管理として致命的じゃないか。せめて家族の番号くらいは──

 

 ……いや、今はそんな講釈を垂れている場合じゃない。

 そもそも彼女が家族の番号を覚えていないとは一言も言っていない。きっとそれぐらい把握済みだろう。

 

「これ」

 

 辻セイラの携帯電話。僕の手の中に校則違反の証拠物件がある。

 温かいな。ポケットに入れていたのか。次からはこの女のポケットも確認しよう。

 

「任された」

 

 ……これも人命のためだ。許せ校則第六条第三項。この件については後日、必ず自首する。

 番号を打つんだ、瀬尾マコト。叔父の番号なんか目を瞑っていても打てるだろう。

 

 よし。

 発信。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ……おかしい。

 出ない。

 

「……」

 

「……」

 

 鳴ってる。出ろ。出てくれ叔父さん。

 一コール、二コール、三コール。

 ……出ない。

 何をしているんだ。この時間帯なら家にいるはずだろう。自営業で平日の昼間だぞ。

 

 四コール、五コール。

 

 出ない。出ないぞ。

 

 六コール──まずい、留守電に切り替わった。

 嘘だろう。頼む、今だけは出てくれ。

 そうだ、一度切ろう。それでもう一度かければいい。

 次は繋がるはず……。

 

「……ねぇ」

 

「待ってくれ。いるはずだ、いるはずなんだ」

 

 ……出ない。

 もう一度。

 

 出ない。

 

 なんで出ないんだ。よりにもよってこんな時に。

 トイレか。庭にいるのか。買い物にでも出ているのか。たまたま手元に携帯がないだけかもしれない。どれでもいいから早く気づいてくれ。時間がないんだ。

 15分しかないのに、電話を鳴らしている間にも残りが削られていくんだ。いや、もう15分もないはずだ。ここまで来るのに使った時間を引けば──

 ……考えるな! 考えるとそっちに意識が持っていかれる。今は電話だ。

 

 もう一度。

 

 ……出ない。

 

 何回かけた。四回? 五回? 

 一回ごとに時間が消えていくんだぞ。一回鳴らすだけで何秒だ。その何秒で何ができた。

 叔父さん。頼む。僕はこんなところで躓いていられないんだ。人の命がかかっているんだ。

 

 もう一度──

 

「諦める。別案を考えないと」

 

「……すまない」

 

「そういうのいいから。こんなの慣れてる」

 

 ……慣れている。

 

 いや、気にするのは後だ。流石の切り替えの早さだと思うだけでいい。

 辻セイラの発言は正しい。出ない電話にしがみついても時間を浪費するだけだ。叔父に繋がらない以上、叔父以外の手段を探すしかない。

 

 他の誰かに連絡するという案は現実的じゃない。

 もし偶然番号を知っていたとして、行動に移してもらうまでに必要なステップはただ事情を説明するだけじゃ足りない。

 残りは15分もない中で、会ったこともない赤の他人に、聞いたこともない事情を説明して、信じてもらって、実際に動いてもらう。そんなことが可能か。

 叔父への電話はこちらが身内だから成り立つ話であって、赤の他人に「道に出て車を止めてください」なんて頼んでも不審者だと思われて終わりだ。

 

 考えろ、次の手を。別の人間を呼びつけるという案自体は正しいはずだ。

 叔父の代わりになれる存在が、藤見台の近くにいないか。

 

「地図だ、もう一度見よう」

 

「うん」

 

 藤見台周辺。叔父の家はここだ。ここに叔父がいれば全て解決したのに、いないものは仕方がない。

 叔父の家以外に何がある。母親が通るであろうルートの沿いに、利用できるものが何かないか。

 コンビニ、ガソリンスタンド、住宅街、歯科医院、消防署、中学校、郵便局、公園、不動産屋、ファミレス……警察署。

 

 ……。

 

 ……待て。

 

「警察署」

 

「!」

 

「ここに、警察署がある。すぐ近くに」

 

 地図上のこの位置。母親の通るルートの……近くはないが遠すぎもしない。

 警察ならこちらの立場を詳細に理解してもらう必要はない。不審者だと思われるかどうかの問答を行う可能性は低い。

 それに通報すればパトカーが出る。パトカーがこの付近に来てくれさえすれば何かが変わるかもしれない。とにかくこの場所に警察が来ればいい。

 例えば、「不審者がいた」「指名手配能力者がいた」だの、何かしら言って警察が捜査することになれば、「危険だから迂回しよう」と思ってくれるかもしれない。

 もしそうじゃなくても、パトカーが路上にいれば周囲の車は減速する。母親の車が減速すれば、事故に至る条件が変わるかもしれない。

 

 何かしらの通報があれば警察は動く。動くはずだ。

 110番は対応義務がある。通報を受ければ確認のために誰かが向かう。それだけでいい。

 

「そうか! 警察に通報すれば、何か嘘をついて、ここにパトカーを呼べれば」

 

「そうだ。それなら、確かに……」

 

「……どうかした?」

 

「いや……」

 

 ……。

 

 待て。

 

 要は、警察に通報する必要がある。

 虚偽の通報で……それは、嘘をつくということだ。嘘の内容で警察を動かすということだ。

 

 

 

 

 

 虚偽通報。

 それは犯罪──ルール違反だ。

 軽犯罪法違反、あるいは。

 偽計業務妨害罪。

 

 

 

 

 

「早く、通報を」

 

「悪い、いや、分かってる。やらせてくれ、僕はできる」

 

 でも、校則違反じゃない、法律だ。本物の犯罪だ。

 

 携帯電話の持ち込みは校則第六条第三項に違反する。それは認めた、人命のためだと割り切った。

 あれは校則、学校の規則だ。破っても厳重注意や没収にはなるかもしれないが、犯罪者にはならない。懲戒の範囲内だ。

 だがこれは違う。30万以下の罰金と前科。そういう世界の話だ。校則を破るのとは訳が違う。

 罰則を受けることには何の恐怖も無いし、むしろシステムが機能している証左であると受け止めるが……前科がつけば、母さんはきっと悲しむ。

 

 僕は悔いのない高校生活を送ると決めたんだ。

 犯罪者になることのどこが悔いのない生き方なんだ。

 しかし、助けられる命を見捨てることがまた正義なのか? 

 どちらにも違反しないよう生きてきた。今、僕はどっちのルールを守ればいい。

 論理的には人命が最優先のはずだ。命より重い法律はないはずだ。

 

 だが、待ってくれないか、辻セイラ。

 今回、これが上手くいったとして、窮地に陥った母親を救う訳じゃない。いや、そうなんだが……「今現在窮地に陥っている母親」ではなく、「未来で窮地に陥ることが確定している母親」だ。物事が解決すれば、それは客観的に見れば「命のために法律を破った人間」ではなく、「面白半分で虚偽の通報をした高校生」だ。

 確かに、「筋が通っていれば動く」と言ったのは僕だ。筋は通っている、通っているのに。

 分かっていることと、実際にやることは──違う。頭では理解していても、指が動かない。

 

 いい加減にしろ、瀬尾マコト。

 自分の保身のために人命を見殺しにするつもりか。お前がルールを守っているのは後悔しない選択をしないためじゃないのか。自分がルールに囚われてどうする。本来の自分を思い出せ。

 僕はやる。通報する。「協力する」と言った以上、人命を救うために僕は法律に違反する。

 僕はそれで、後悔しない。やってみせる。

 

 たったこれだけだ。

 110、たった三桁。指を三回動かすだけのこと。

 そして、現地にいる訳でもないのに「不審者を見かけた」と虚偽の通報をして、辻セイラの母親を救う。

 僕には、大嫌いな相手からの心ばかりの感謝と、罰金と、前科がつく。

 たったこれだけのことでいい──

 

「──返して。私がする」

 

「……っ」

 

「私が電話する。虚偽通報くらい私がやる。元々私の問題なんだし、アンタが迷うなら、初めから私がすればよかった」

 

 君は……そんな簡単に、当然のように。

 

 それも、そうだ。彼女にとっては後数分で死が迫る状況。元々自分が巻き込んだ問題で、既に次の作戦は立案済み。

 目の前の男が「どちらに従えばいい」などと言い出し作戦を実行に移せないなら、もうその男が必要ない。ただ自分でやればいい。

 

 この女は躊躇がない。

 犯罪だと分かっている。罰を受けると分かっている。それでもこの女は一秒も迷わない。母親を助けるためなら虚偽通報くらい何でもないと。

 命がかかっている人間にとっては──法律違反も、自分の頭が潰れることに比べれば、比較にもならないのか。

 

「……後のことは、どうするつもりだ。僕達は学校にいる」

 

「アリバイくらい後からどうにでもなる。前科だってつかないよう今まで立ち回って来た」

 

「そ、そうか……」

 

 何も言えない。

 情けない。

 

 僕は今、人命がかかっている場面で足が止まった。「筋が通っていれば動く」と偉そうに宣言した人間が、判断を迷ってしまった。

 辻セイラは迷わなかった。最初から迷っていない。校則も、犯罪も、自分の命すら、母親を助けるためなら全部差し出す。その覚悟が最初からある。

 僕にはそれがなかった。偉そうに「力を貸す」と言っておいて、本物の法律を前にして正解が分からなくなった。

 いや──分からなかったんじゃない。ただルールに縛られているんだ。ルールに従いさえばいいとなっているから、相反する二つの矛盾に立ち止まる。

 

 これが僕か、瀬尾マコトの正体か。

 規則を守ることが正しいと信じて疑わなかった。だが規則を守ることと、正しいことをすることは──同じじゃなかったのか。

 

 僕は、この選択を、後悔しないと、母さんに誓えるのか。

 

「……いや、間に合わないか。とりあえずかけてるけど……そろそろ15分になりそう」

 

「も、もうそんなに経っているのか!?」

 

「いや、これでいいよ。次の周ならもっとうまくやれる。最初から110番すれば15分全部使える」

 

 そ、そうか。そんなに簡単に、自分の死を認められるのか。

 次の周ではもっと事は簡単になる。僕を連れ出して、すぐ図書室に行き、その場で辻セイラが通報を行う。僕への説明も、叔父への繋がらない電話も、僕の葛藤も存在しない……。

 

 いや、待て。

 もっと単純だ。

 

「ありがとね、方針は見えた」

 

「辻セイラ……」

 

「次の周ではアンタに頼らない、迷惑かけないよ。いつも通り一人で片付ける」

 

 そうだ。

 それなら僕の力を借りる意味がない。一人で完結できる。

 大嫌いな僕の存在は、そもそも必要がない。

 

 僕は結局、何をした? 叔父の情報を出した。いや、それすら前の周の僕がやったことだ。

 警察署を見つけた……いや、これぐらいこの周を経験した辻セイラであれば自力で思いつく。

 

 僕は、自分がルールに縛られているだけの半端者だと自覚した。

 僕が「後悔しない選択」を取るためには、冷静かつ明確に判断を下す覚悟が、そのための「何か」が必要なんだ。

 そしてそれすらも数秒後には忘れてしまう。

 能力のルールにすら縛られてこの有様、か。

 

「そういやさ、アンタ、意外と怖がらないんだよね」

 

「……何の話だ」

 

「いや、大体の人はビビッて何もできなくなるから」

 

 

 

 

 

「前の周、なんとか伝えようとしてくれて、わた──」

 

 ──パアァンッ! 

 

 

 

 

 

『はい、110番です。事件ですか、事故ですか──』

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 僕は激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐のクラスメイトを正さねばならぬと決意した。

 

 

 

 

 

「……ごめん、ダメだった。助けてほしい……」

 

 ん? 

 

 お、おぉ、どうした。いつもなら逃げるんじゃ……あ、具合悪いのか? 保健室行くか?




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