「……ドッキリ? セイラがパネル持って出てくる?」
「ドッキリじゃないし、辻セイラはパネルを持って出てこない」
「じゃ、じゃあ……なに?」
「盗撮だ」
「えぇ斬新な自白ぅ……」
ドッキリ。
なんて便利な言葉なんだ。今頷いていれば僕はきっと楽になれた。
冗談ということにして、笑ってカメラを回収して、何事もなく勉強会に戻れば、今日は丸く収まるんだろう。
でも、それは嘘だ。
事実として、あれは盗撮で、同意なく人の寝室にカメラを向ける行為でしかない。罪名の等級を勝手に下げて罪悪感を軽くするのは、委員長のやることじゃないだろう。
しかし、辻セイラに「悪いが桐島ミオは諦めてくれ」と言う訳にもいかないし、設置はもう済んでしまった。なら、僕にできる最低限も決まっている。この計画に、桐島ミオ本人の合意を得ることだ。
理想は、「許可を貰った上で観測を続けさせてもらう」。
桐島ミオがこの盗撮に合意する……正直望みは薄いが、もし実現できれば辻セイラの無駄死にも桐島ミオの無許可の権利侵害も回避できる。今よりはずっといい状況だ。
最悪でも、ご両親への報告や警察への通報を受け入れることを容認した上で、月曜の夜に彼女の無事を確認できる状況だけは確約する。具体的には何も思いつかないが、それができれば桐島ミオが死に戻りの対象なのかどうかは分かるはず。
「……どこ」
「本棚の上、参考書と辞書の隙間に一台。天井とエアコンの隙間に一台だ」
「マジじゃん…………え、なんで? 何が目的?」
「君を盗撮したい。黙っていたくなかったから今こうして話してる」
「盗撮の許可ってなに!?」
いや本当にそうだよな。
既にカメラを仕掛けているのに、後から許可を取るのは順番として間違っている。どうして喋っててそのことに気づかなかったんだろう。
先に許可を取ってから、盗撮カメラを仕掛ける。これが正しい順番だよな。
間違えて悪かった。
「なんか理由がある……んだよね? マコっちが理由なくそんなことしないもんね!?」
「理由……」
「罰ゲームとか、そういうのでしょ!? ね!?」
「罰ゲームではない。どうしても月曜夜の君を見ていたくて」
「まさかの2日分!?」
だって、そう言うしかないんだ。
流石に辻セイラの能力について打ち明ける訳にはいかない。もし言ってしまえば「君のせいで辻セイラは酷く苦しんで死んだ過去がある」と感づかせてしまう恐れがある。
相手が他の人間であればまだしも、桐島ミオは繊細な性格だ。能力のことを知ったが故の精神的ショックを考慮すれば、辻セイラの能力については伏せて喋ることが鉄則になる。
あと2日分ではない。
知りたいのは月曜の夜だけであって、それまでは見るつもりはないぞ。
「ウチのこと、そーいう目で見てたの? 盗撮の話してたのもそれ?」
「それは……」
「それとも、盗撮したいって頼めば、どうせさせてくれるだろって? こんな女に優しくしてたのも、全部そのため? それか、死ねばなんて言われて……ムカついた?」
「まさか。そんなこと思っていない。信じてくれ」
「……信じてたよ、信じてたのに」
……マズイ。
桐島ミオが「どうせ」モードに入ってしまった。
繊細な彼女が、衝撃の事実と自分の卑下が綯い交ぜになって、僕の言葉を否定する方向に進みだしている。このままでは説得できない。
しかし……何を言えばいい?
謝罪するか? いや、もう「悪かった」で済む地点は軽く通過しているだろう。
安心材料があればいいか? 知り合いの盗撮行為をも上回る安心材料ってなんだ?
誤魔化すか? 月曜の君に危険が……いやそれでは「何故盗撮を」の説明ができない。
……いや、違う。違うぞ。
言うことがもう無いんじゃない。
桐島ミオに効く言葉を、僕がまだ探せていないだけなんだ。
きっと打てる手はまだあるはず。
ただ説明する訳にはいかないが、なら順番通りに事実をただ言えばいいというものでもない。情報の伝え方によってはこのまま即失敗。辻セイラに「今周は駄目だ」と伝えに行くことになる。
しかし逆に言えば、伝える情報を厳選し、順番通りに、かつ誠意をもって頼み込めばここから逆転する道もあり得るかもしれない。
だってそうだろ、瀬尾マコト。
この2ヶ月半、僕は桐島ミオの何を見てきた?
数字の日も、二週間に一度の勉強会も、夏休み中の合同勉強会も、プールの日も、全部この目で見てきたはずだろう。
それを思い出すんだ。彼女に「どう嘘を吐けば誤魔化せるか」ではなく、「どういうアプローチを仕掛ければ首を縦に振ってくれるか」を考える。そして、彼女の完全なる合意のもと、盗撮の許可を出してもらう。
桐島ミオに刺さるのは、何だった。
材料なら、この頭の中だ。
この2ヶ月半、僕がこの目で見てきたものの全部が、桐島ミオのデータだ。
思い出せ……。
*
──「即答すん……え、見てたの?」
──「見てたって言っただろう」
7月5日。頭上に数字が見えるようになった日の放課後。
あの時僕がやったことは、沈んでいた彼女に、気休めを一つも言わず、代わりに目の前で数字を動かしてみせただけだった。スカート一枚で-20が-10に変動する、あの数字に大した意味は無いのだと。
あれは彼女を救うための嘘が混じった断言だったが、それでも数字は46、55、65と上昇して行き……最後には確か88まで上がったはず。彼女の精神は数字でしっかり応えてくれた。
あの日、人間不信になりかけていた彼女の目は、今の目と同じだ。それでも週末には礼を伝えに動いて、日曜の食事にまで自分から繋げてみせたじゃないか。
桐島ミオは「どうせ」と自己嫌悪に沈んでも、きちんと説得すれば戻ってくる。
今この状況が、完全に絶望的という訳ではない。
──「なんで頭ごなしに全部ダメって言わないわけ?」
──「駄目なものは校則が既に決めている。書いていないものまで禁じる権限は僕にもない。そこをどうするかは君の自由だ」
──「ふーん?」
7月7日。その日曜の食事──僕達の交流が始まった日。
どこまでが違反で、どこからが自由なのか。条文を背景ごと、一つずつ教えた。
あの時の彼女は「お洒落は女性にとって命である」と主張していたが、それでもこちら側から線引きの境界線をしっかり提示すると、素直に引き下がった。
彼女に必要なのは説教でも譲歩でもない。「どこまでが駄目か分からない」が解消されればいい。むしろ顔色を窺って、「今のままでも十分」と言うより、「こちらの方がより良い」と言った方が飲み込みやすい。
──「てか委員長はどーいうのがいいと思う?」
──「染髪は校則違反だ。それ以前に、僕は元の色の方が良いと思うぞ」
──「……そう?」
そして次の回では黒髪になっていた。
あれが事実だ。益があると分かればきちんと理解を示してくれる。
──「セイラとなんか喧嘩した? その……仲直り手伝ってあげよっか?」
──「彼女とはいつもあんな感じだ。気にしなくていい」
──「えっ……なんで? だいぶカリカリしてたケド」
──「それは言えないんだ。すまない」
──「……ふーん。ま、いーけど」
7月21日。2回目の勉強会を行った日。
辻セイラから、僕に対する愚痴でも聞かされたのか、仲違いしているのかと尋ねられた。
思えばあれは、繊細な彼女が「知り合いの喧嘩疑惑」に敏感に反応したんだろう。
しかし、僕が答えられなくなったり、色々濁している間はぐいぐい食い下がってきた彼女も、言い切った途端にスッと諦めてくれた。
つまり、事情があると察することができれば、隠すこと自体は問題じゃない。
事情がありそうなのに、濁して答えるか答えないかの境界をうろうろされることが彼女にとっては気になるということ。思ったことはスパッと言えばいいんだ。それが彼女の精神衛生にも良い。
──「マコっちってさぁ、ウチの味方しないよね」
──「桐島さん! 困ったからってマコトに色目を使うんじゃない!」
──「色目って……マコっちなんとか言ってやってよ」
──「いや、相手に合わせて意見を変えたりしないぞ、僕は」
8月9日。夏休み中、ハルキを交えた三人の勉強会を行った日。
二人が舌戦を繰り広げ、僕が間を執り成し、何故かその後矛先が僕に向いていた。
あの後、桐島ミオから、要は「味方してくれたっていいのに」との苦情を頂戴したが……その後、彼女が勉強会を欠席したりはしなかった。つまり、忖度の無さは、彼女の中で減点対象ではないんだ。
自分に多少不利であっても、誠実でいることが彼女にとってのカギになる。
──「……で、今日のコーデの感想は?」
──「非常に魅力的だ。君のスタイルの良さを引き出せているし、夏らしい色味が邪魔をしていない。完璧だと思う」
──「……マコっちってそういうところ恥ずかしがらないよね」
8月11日。辻セイラから「夏を楽しめ」と言われて、桐島ミオとプールに行った日。
着替えから合流して早々に水着の感想を言われ、僕は思ったことをそのまま言った。
彼女は、僕が照れたりせず、普通に反応したことに少し不服そうだった。あまり無反応すぎたためか、自分の水着に無反応──本心の評価ではないのでは……と考えてしまったんだろう。
しかし、口ではそう言っていても、僕の評価に対し機嫌は良かった。あの一言が自己肯定感向上の一助となった訳だ。
──「セイラ庇って不審者ぶちのめしたんだって?」
8月24日。2回目のハルキを交えた勉強会を行った日。
あの質問をされたときは焦った。僕は皆のヒーローにはなりたくなかったから。
しかし、曖昧なものを曖昧なまま放置しない人間。それが桐島ミオだ。
あの時、彼女は遠回しに探りを入れて来るのではなく、ハルキと一緒に僕へ直接質問してきた。数字の件や今回の盗撮の件も同じで、「知りたくないから引く」という判断はせず、気になるなら自分から迫っていく。
答えが分かれば、納得まで一気に近づくということになる。
──「うわ、ほんと甘くしないよね」
──「甘くする意味がないだろう。君の点は君が取ったものだ」
──「……そーいうトコだよね、マコっちは」
9月7日。通算5回目の勉強会……ついでに夏休み課題の確認テストの採点をした。
伸びた分は伸びた、落とした所は落とした、と忖度なしの指摘をして、あの機嫌だ。
彼女は夏を挟んでも、何一つ変わっていない。
断定と忖度の無さは、直近まで一本の線のままだ。
この夏休みの間に、判断基準が変わったという可能性は──ない。
つまり、直すのは中身じゃない、形式だ。
濁さない。詰まらない。言えないことは「言えない」の言い切りで終わらせ。
伝える情報を厳選して、順番通りに、誠意をもって伝えればいい。
そして彼女が自分で「事情がある」「意図は理解した」と判断してくれれば、引き下がってくれる。
……よし!
*
「そんなこと思っていないとは言ったが……」
「……えっ?」
「『そういう目』で見ていたのは事実だ。君は非常に魅力的だからな」
「えっ」
まず初手は誠実に。
僕は一緒にプールに行った水着姿の桐島ミオを「魅力的」だと言っていた。
健全な男子高校生が、女性を「魅力的」と言っているのだから、きっと僕は桐島ミオの見た目を意識していたのだろう。そうに違いない、多分男子高校生ってそういうものだ。
なら、後の「優しくしたのもそれ目的か?」云々に対する否定は撤回しないが、「そういう目で見ていたのか?」に対する答えは「はいそうです」が正しいだろう。さっき曖昧に答えたのは良くなかった。
それに、「僕は君を意識していた」なんて恥ずかしいことを言うんだから、「恥ずかしいから嘘で取り繕ってる」というより、「恥を忍んで事実を言っている」と思ってくれるはず。
僕は誠実だ。
嘘もついてはいない。
「じゃあ……なんで、盗撮なの。やましい目的があるって言ってるみたいじゃん」
「事実やましいからだ」
「は、はぁっ!? な、なら、直接そう言えば……!」
「いや、直接では意図と異なる。君をカメラ越しに見ていたくて」
「……カメラ越し、限定? それってつまり、そういう……え、えぇっ!?」
おお。相変わらず大きい声だな。下まで響いてしまうぞ。
君がいいならいいが。
しかし、やましい目的があるのは事実だ。
僕はこれから、君の月曜日夜の安否確認を「盗撮」という非常に真っ黒な方法で行おうとしている。これを「やましい」と言わずしてなんと言うのか。
それに「ならカメラではなく直接見せろと言えばいいだろう」という反論に対し、こちらは「カメラ越しでなくてはいけない」と宣言する必要もある。
勿論、彼女も見せる気は更々無いだろうが、「せめて直接頼めよ意気地なし」と言いたいのだろう。しかしそれではこちらに都合が悪い。「カメラ越しに見たい」としっかり伝えることが大事になる。
「り、理由は? 説明できる?」
「できない。こればかりはどうしても言えない」
「そう……なんだ。やっぱり……そういうこと、なんだ」
「そうだ。事情があって」
「事情って……マコっち個人の事情でしょー……」
まあ、そうだな。
僕と辻セイラの事情だ。大きな組織が関わっている訳ではないし、個人間の事情ということで間違いはないだろう。
そして、できないことははっきりできないと言う。
真剣に「事情がある」と訴えかけ、理解してもらえれば彼女は察してくれる。決して、初めから不当に権利侵害したくてしている訳ではないと理解してくれる。
非常に繊細な性格をしているが故に、考える力はあるんだ。ここで「意味が分からない」「やっぱり背景情報は無視していいや」と思考放棄するような性格ではない。
「……ウチを煽てようとか? チョロいからこう言えばいいだろ、とかじゃなくて?」
「煽てる? 何のことだ。事実しか言っていないぞ」
「そ、そっかー。そっかー……」
忖度はしない。
余計なことを考えて機嫌を取ろうとしてはいけない。
繊細な人間はそういうところを気にするし、逆に忖度していないと分かってくれれば、話を飲み込みやすくなるはず。
……どうだ?
説得に至る道筋はここまでで確保できたか?
色々質問し、それに対し僕が彼女に合った返答でアプローチしたおかげで、さっきまでの精神的に不安定な状態からは脱せたはずだ。僕に事情があると、察してくれたようにも見える。
これで彼女が「じゃあ話を聞いてあげる」となってくれれば説得フェーズに移れるぞ。彼女の疑問や意見に徹底的に相手をして、僕は議論の舞台に上がれるようにしなくてはいけない。
逆に、彼女がここで「やっぱ無理だわ、出て行って」と返してきたらそこで終了。
僕に説得するチャンスを与えてくれるか、それが一番の節目になる。
「マコっちは、それ……他の誰かに見せたりは、するの?」
む。
返事は是でも非でもなく質問……だが、これは雰囲気的に最後の質問だ。
ここをどう応えるかで次の彼女の反応は変わってくる。
そして、答えは既に決まっている。
「当然、僕しか見ない」
「……こ、個人用って、コト?」
「? そうだが」
「……!!」
だって、その映像を見るのは僕の役目だ。
辻セイラは能力によって死んでしまうから見ることができない。
僕の「個人」用。個人用って言い方変な気がするが。
うん。何も間違ってはいないな。
対して桐島ミオは……ふむ。
さっきまであった僕に対する敵対的な雰囲気はほぼ消えている。
癪ではあるが、事情があると理解してくれたんだろう。
ここから畳み掛けるんだ。そして、完全な同意を取り付けられれば……!
「じゃあ……いいよ。マコっちが、そこまで言うなら……」
取り付けられれば……。
……。
……ん?
「その、ちょっと強引だけど。ちゃんと教えてくれたし」
「ん?」
「男の人って、そういう趣味が……あるんだよね。一応、知ってる」
「ん?」
「まぁ、友達割ってゆーか。日頃のお礼ってことで仕方なく……」
「ん?」
*
「──辻セイラ、もしもし」
『……瀬尾。どう、だった?』
「安心しろ。作戦は成功した」
『! そ、そう……!』
どうしてそんな緊張したような声をしているんだ。
作戦の指示をしたのは君だろうに。
いやしかし、僕の方こそ緊張した。
正直、どうして同意してくれたかは分からないが、ミオがとにかく理解のある女性で助かった。
彼女だって本当は嫌だったろうに……何故か僕が説得フェーズに入る前に許可を出してくれるなんて。日頃のお礼と言っていたが、あの勉強会に、プライバシーの公開を許すほどまでに感謝の念を感じていたのか。
彼女に真摯に接していて良かった。普段の交流が無ければきっと却下されていただろう。
あの瞬間、僕は彼女に「確かな信頼」を感じた。
……というか、88であれなのか。友情にしては高すぎないか。
もし事実ならハルキも僕に盗撮を許せるぐらいには好感度あるってことか? 嘘だろ?
『……ごめん。大変だったよね』
「は? 何を急に、君らしくない」
『いや、後から冷静になったら……私、凄い無茶ぶりしてたなって』
「は? 何を今更、君らしくない」
『こいつ……!』
そんな声出されても。
確かに精神をガリガリ削られる経験だったが、全てはミオの寛容さあってのことだ。
高校1年生の頃はまさかミオがあんな女性だとは思わなかった。
君も見習え。
しかし、辻セイラがここまで素直なのも珍しいな。
初めは軽視していたが、1日経って頭が冷えたのか。それとも、自分でも大変なことが分かっていたが、2ヶ月近くのループで疲れ切ってそこまで考える余裕が無かったのか。
どちらにせよ筋は君の意見の方が通っていた。しおらしい態度を見せられようが、一切普段と同じだろうが、僕が他の案を思いつくことは無かっただろう。
事実、辻セイラは、彼女曰く「意外と鋭い」と評判の三好ルナの部屋に必要な数のカメラを仕掛けることに成功し、モニターも譲り受けてきている。
今もこうして電話してきているということは、今日のタスクも完了したということだろう。仕事をきっちりこなしているのなら、僕としても文句を言うつもりはないぞ。
『でも良かった。もし失敗したらどうしようって……』
「それよりまずミオにドタキャンの謝罪を入れろ。巻き戻るからといって友人を軽視してはいけないぞ」
『分かってる。瀬尾も、今日はありがと』
「礼なんていい。ただミオに感謝するんだ」
『……うん。そうする──』
「──ミオはカメラのこと知った上で許してくれたからな」
『……え?』
「その上で、カメラを設置していいと許可を出してくれたし」
『……? ……?』
「それどころか、見えやすい位置に置いていいと、自分で場所を決めてくれたんだ」
『???』
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