よろしくお願いします(´・ω・`)
──ヴーッ!
──ヴーッ!
──ヴーッ!
……誰だ、こんな時に。
こっちは今まさに靴を履いているんだぞ。
家族との朝食も済ませて、着替えも荷物も水分も日焼け止めも準備万端。後は扉を開けて出発するだけ……そういう、朝の一番いいところなのに。
どうしてよりにもよって辻セイラから着信が。彼女のことだし悪戯電話ってことはなさそうだが、その代わり嫌な予感しかしない……。
よくよく考えてみれば、今日で2ヶ月の予告から丁度折り返し。そろそろ次のループが始まっている可能性だってある。気は進まないが……。
「……もしもし」
『口裂けた女とカリシマレーコってなに』
悪戯電話の可能性が出てきたな。
「何だそれは。切っていいか」
『まっ、待って! 切らないで!』
切らないでって言われても。
挨拶は? 名乗りは?
この女は朝っぱらから人に電話をかけて、開口一番になぞなぞを出題する文化圏で生きているのか?
口裂けた女というのは……多分口裂け女のことだろうが。
それなら名前が違うだろう。あれだけ有名な怪談を「口裂けた女」なんて言い間違える人間がいるか? もしかしたら電話の向こうにいるのかもしれないが。
それに、カリシマレーコって誰だ。カリ……仮? 仮島玲子? 礼子? 麗子?
女優か? 歌手か? 僕の記憶のどこを探しても、そんな名前は出てこないぞ。
いや、考えるだけ無駄か。
質問の意図はさっぱりだが、僕の返答なら決まりだ。切らせてもらおう。理由なら揃いすぎているぐらいだ。
1. 僕は今まさに家を出るところだ。靴だってもう履いた後だ。
2. 今日はこれから一日バイトだ。この三連休は初日から最終日までフルで入ると決めたんだ。
3. 質問がふざけているとしか思えない。人の出発直前に電話をかけてきて、用件が意味不明の単語二つとは何事だ。内容が死に戻りのものとも思えない。緊急性が感じられない。
4. そもそも僕は、君が嫌いだ。
十分すぎる。裁判でも勝てるぞ。
「切るぞ。僕はこれからバイトなんだ。なぞなぞがしたいなら、辞書にでも出題していてくれ」
『ちっ、ちが、待って』
「なんだ。じゃあ用件を言え」
『ヤバいのがいて、私とアンタが殺された』
「……は?」
……こ、殺された?
急に何を……誰が。
私と、アンタ。
僕と、この女が?
何かの比喩か?
新手の脅し文句か?
僕は現にこうして生きていて、今だって君と、こうして電話を──
『そいつ、多分まだ外にいるかも、だから。その、家から出たくない』
……。
……ああ。
やっぱりそうなのか。
「死に戻り、か……」
『う、うん』
道理で、このタイミングの電話な訳だ。
あと数分遅ければ僕は家を出て、店に着けば携帯はロッカーの中だ。そうなると次に連絡できるのは昼間の休憩時間になってしまう。
それを知って、急いでかけてきた……そういうことか。
それに、この声。
あの憎まれ口が服を着て歩いているような女の声が、掠れて、震えて、平坦を装いきれていないような。さっきは急いでて気づかなかったが、冗談や新手の嫌がらせで出せる声じゃないぞ。
一体何があった。外で僕と「何か」に遭遇して殺されたとでもいうのか。そんな危ないヤツが外にいるのかもしれないのか。
『でも、初めて収穫があったから。協力して、お願い』
「……辻セイラ」
『バイトがあるのは分かってるけど。アンタ、前の私を11時間無視してたし』
「えっ」
じゅ、11時間?
じゃあ昼の休憩でも僕と連絡できてないじゃないか。確かに、バイト中の僕は休憩時間でもアラタ以外の連絡を見ないから気づかないかもしれないが……11時間? それバイト終わりだぞ。
な、なんということだ。返す言葉が見つからない。
今日はバイトの中でも特に忙しい日だ。店長からも「期待してるよ! 瀬尾少年は一番真面目だから!」って言われている以上、欠勤はおろか遅刻ですらしたくない大一番。
夏休みの時の埋め合わせも兼ねているから、ここでなお「すみません急用で当日抜けます」なんて言ったらどうなることか。給料も人間関係も良好なバイトをクビになる可能性だってある。
辻セイラのこの様子だと、数分で終わりそうな話題にはとても思えない。15分前行動を意識して活動している僕だが、今からされる話が15分の規模感でないことだけは確かだ。
……しかし、言い出したのは、僕。
先に約束をしているのは、辻セイラだ。
彼女とは「筋が通っているなら協力する」と約束しているし、「ループが始まったらすぐ連絡しろ」とも指示しているし、何より「殺される」という明確な脅威が存在している。辻セイラは酷く怯えてしまっているし、ループが起こって何も覚えていないからこそ、冷静に対処できる僕が動くべきだ。
バイトの約束を守ったところで、それより先の約束を破っていては意味が無い。僕が「割のいいバイトをクビになりたくない」なんて個人的な都合を優先すべきでないのは自明……。
「よし、協力する。今日のシフトは休む」
『うん』
「先にバイト先へ連絡していいか」
『後でかけ直して。絶対だから』
「分かった。長くなる話なんだろう。そっちも話す内容をまとめておいてくれ」
『……ありがとう』
……ああ。
分かっているとも。
とりあえず、内容をまとめるメモと、検索用にPCでも準備してからかけ直そう。
履いたばかりの靴を脱ぎながら誓うのも妙な話だが……どうやら前の僕は君を11時間待たせるなんて暴挙に出てしまったらしい。約束をしておいてなんて怪しからん人間なのか。
その借りは、このループに協力することで返さなければならない。母さんとアラタには「どうしてバイトに行ってないのか」と聞かれるだろうが……「先約ができてしまった」とでも言うしかないな。
準備ができたら、朝から晩まで、君の話を聞いてやろうじゃないか。
*
『──っていう……』
「……本当に? 冗談じゃなくて? 本当にそんな怪異が出てきたっていうのか?」
『事実だよ……実際に殺されて、こうして戻って来たんだから』
確かにループしている以上、それ以外言いようがないが……。
しかし思っていた以上にとんでもない情報だぞ、これは。
元々「全く手がかりも次の一手も見えないループ」に悪戦苦闘していた中、突如複数の怪異の特性が融合した謎の化け物が現れ、僕達の対応も空しく二人とも下半身を切り取られ即死してしまった……と。
前半だけならまだ分かる。今回のループはとにかく難易度高いから助けてくれ……それなら僕もすぐ話が飲み込めただろう。
でも、口裂け女と仮死魔霊故の融合体って何だよ。
「おそらく、君の言っていたのは『口裂け女』と『仮死魔霊故』だ。聞いた内容からするとそれで間違いないと思う」
『そう。確か……そんな名前だった』
そうか。
じゃあなんだ『口裂けた女』と『カリシマレーコ』って。リはどこから出てきた。
というか、なんでこの女は口裂け女すら知らないんだ。
仮死魔霊故を知らないのはまだ分かる。しかし、口裂け女だぞ? フィクションに興味が無いか、そんなもの楽しめるほど余裕が無いんだろうが……それでも知らないなんてことあるか?
君は人生に無駄な時間が足りていないぞ。
しかし、何はともあれ、この怪異がループを解く鍵になるのは確か。
今朝のニュースで見た「駅前で声をかける不審者」というのは間違いなくソレのことだろう。ソレと前の周で偶然遭遇してしまい、図らずも多くの情報を得ることとなった。それなら、ここから探りを入れていくのが妥当だ。
ここまで来て「要因は他にあった」とか言われたらこちら側のキャパをオーバーするし、明らかに能力絡みの異常存在が出てきて「いや、他の要因を疑ってみよう」と思えるほど手札がある訳でもない。
『でも、よく分からない。アイツ、アンタの知ってる知識とは全然違う挙動してたみたいだし……他の誰かが襲われたなんて話も、聞いたことがないし。私のループと、どう関わるのか……』
「それについてなんだが、こっちで今調べて、少し興味深いことが分かった」
『興味深いこと……?』
「ああ」
「どうやら、『口裂け女の本名は仮死魔霊故である』とする流言が実在するらしい」
『……? つまり?』
「推測になるが、これは怪異が融合したのではなく、人の創作をベースに出来上がった存在なのではないか、ということだ」
この流言については僕も初めて知ったが……要は根拠のない自然発生した噂ということ。
もし現れた怪異が「花子さん」と「人面犬」の融合とかであれば、「ランダムに選ばれた無関係の怪異が具現化している」と考えられる。逆に関係性のあるものが融合して現れていれば「伝承の内容に沿った、複数の怪異の融合体が具現化している」と考えられる訳だ。
しかし、現れたのは「口裂け女」と「仮死魔霊故」という……「関連性はあるが、一般的な説ではないもの同士」だった。同一視することはできるが、正確な伝承をそのまま生き写しにしたものではない。
つまり、前回現れたというその怪異は──人の作り話が元になっているのではないか?
その怪異は正確な伝承ではなく、色々捻じ曲がった創作の挙動をしているのではないか?
「本来と違う質問をしたり、本来効くはずの対処法が効かなかったり、他に襲われた人がいなかったのもそれが原因じゃないだろうか」
『誰かが……そういう、怖い話を作って。それに能力が発動した……ってこと?』
「僕はそう見ている。具現化したのは魔改造された都市伝説だ」
彼女の話によると、前の僕は一応完璧な対応をしている。にも関わらず殺された。
これがもし「作られた怪談を元にしているから」であれば納得ができる。質問内容がおかしいのはその仕様だ。普通と同じ内容であるなら創作である意味が無いし、作り手がひと手間加えたと考えれば筋が通る。
対処法が効かなかったのも、「いつも通りの方法で簡単に対策できました」よりも「不条理な力で理不尽にも殺されました」の方が話としては恐ろしいからだ。だからあえて弱点を作らなかったのかもしれない。
他に襲われた人がいなかったのも、「襲う条件」が変わってしまったため、よくある普通の対応では襲われなかった……だから問題にならなかったということではないだろうか。流石に両断された人間がいればニュースになっているはずだし。
おかげでとんでもない化け物がこの街に生まれたことになるのだが。
となると、やはりこれは能力によるものだ。
もし怪異が現実に存在するのなら、その怪異が正確な伝承通りの内容でないことと矛盾している。かといって、創作の内容が現実に実在する訳がない。それができるのは能力による現象でしか有り得ない。
あくまで推測ではあるが、ここまで絞り込むことができる。
『……でもさ』
「でも?」
『それなら……アレがそれまでの19周と、どう繋がるの?』
「そこが謎なんだよな……」
そう、絞り込むことはできた。
となると、次に出てくるのは「それがどうしてループと関係するのか」だ。
辻セイラの話によると、その怪異は「また3日後に会いましょう、お嬢ちゃん」と発言したらしい。この怪異が伝承通りに動かないにしても、怪異自身が自分の口で言ったことは考える材料になるはずだ。
そして、3日後という言葉は「仮死魔霊故」の創作としては非常に納得ができる言葉でもある。
本来の仮死魔霊故は、「自分の話を『知った者』のところへ3日以内に現れ、問答を行い、誤答した者の手足を奪って殺す」という怪異だ。
僕を殺した時も、その怪異は「私のことを知っていたな?」と発言したらしい。「自分を知る者」を狙い撃ちして殺して回っていると見て確定だろう。一度は見逃された辻セイラが殺されたのも、僕経由で仮死魔霊故のことを知ってしまったからだ。
もしこの怪異が創作によって動く存在だとしても、元ネタは仮死魔霊故のはず。未だに確認できていない部分については元の伝承に沿っていると考えるしかない。
なら、この怪異は自身と会話を行い、その存在を「知った判定になってしまった者」の元へ、3日後に再度現れる……そういう性質を持っていたのでは。
ただ、もしこの怪異がループの原因だと仮定すると……。
「君は、その怪異と出会ったのは20周目が初めてだったんだよな」
『うん……そもそも、カメラにはそんなの映ってなかったし。死に戻りが発動する瞬間は皆眠ってた』
……そこが問題だ。
辻セイラがこの怪異に出会ったのは前回が初めてだった。つまり、残り19周の標的は辻セイラでは無かった訳だ。
もし彼女であれば、「医療用ハサミを持った謎の女に切り殺された」ことを忘れる訳がない。そもそも、土曜日に出会って「3日後」は火曜日、ループの外だ。この時点でセイラが標的という可能性は潰れる。
となれば、辻セイラの『大切な人』が「月曜日の夜にこの怪異と直接会話し、その場で切り殺された」あるいは「金曜日の時点でこの女と遭遇していて、3日後の月曜夜に再度相まみえることが確定していた」。この二つが、怪異来訪の条件になるはずだ。
だが、全員が眠っていたという時点で「怪異と直接会話をしていた」という線は消える。
だから、もう片方の可能性しか有り得ないんだが……。
辻セイラ曰く、この怪異は「目に見え」「触れることができて」「走り回っていた」という。
カメラに映るかどうかは定かではないが……実体を持ち、走り回る──つまり瞬間移動ができないという時点で、この怪異は寝室に物理的に侵入する必要がある。
それを19周かけて辻セイラが一切知覚できなかった、前の僕がカメラをずっと見張っていたのに確認できなかった……だなんて、どう考えてもおかしい。
全員の死亡する瞬間が一切確認できなかったのに、この怪異がどうしてそれを成し遂げられたのか?
ここの説明ができない。
『……第一、なんでアイツはあんなとこにいたの。それまでは会わなかったのに……』
「それは口裂け女の出没が夕方から夜だからだ。いつもと通る時間が違ったんだろう」
『じゃあ、カシマレイコは? 融合体なんだから、片方に偏ってちゃダメでしょ』
「めっちゃ文句言うじゃないか」
そんなに鉢合わせしたのが怖かったのか。
まあ、普段と違う死に方をして恐怖しない方がおかしいが。
死に方に普段なんて言葉使うのも十分おかしいな。
何言ってるんだろう僕。
だが、仮死魔霊故の出没場所か。
確か彼女は……自分のことを知っている者がいる学校や、トイレ、あと枕元に現れるんだったか。後は電話での質問だったり。他にも何かあった気がするが……。
……。
「……ん?」
『ん?』
ま、待て。まさか。
まさかだとは思うが……そういうことか? そういうことなのか?
「……辻セイラ、確認したいことがある。人を呼んでくれるか」
『えっ……なに? どうしたの?』
「死に戻りが23:57にズレた、例のカメラの周。あの夜、いつもより寝るのが遅かった人間はいたか?」
*
『おっまたせー! はいはーい、電話代わりましたー!』
元気だなぁ。
さっきまでとだいぶ差があるぞ。姉妹でこんなにも違うものなのか。
『お久しぶりマコトくん!』
「悪いな、辻カリン。ちょっと聞きたいことがあって」
『まどろっこしいなー。ね、お姉ちゃんだけじゃなくて私とも連絡先交換しない?』
「分かった、じゃあ月曜の検査終わりにまた会おう。その時に交換でどうだ」
『ほんと!? やったね! 悪いね、お姉ちゃん。一足先行かせてもらうよー』
『何言ってんのカリン……』
確かにこの声を聴くのはまあまあ久しぶりだな。
最後に聞いたのはいつだった? 辻家に泊まった時だったか?
こんな純粋無垢な少女を見当違いの差別で殺そうとしていた人間がいるというのだから驚きだ。
しかし、そうか。辻カリンか。
辻セイラ曰く、死に戻りが遅れた周──僕が辻家に再び泊まりに行った周で、僕と普段より遅くまで会話を楽しんでいたと。それなら彼女の入眠が遅れたのも不思議ではない。考えてみれば一番有り得そうだ。
「じゃあ早速、本題なんだが……辻カリン」
『なにー?』
「……最近、どこかで──変な人に会わなかったか?」
『変な人ー? あっそういえば、金曜の……部活の帰りだったかな?』
『マスクのお姉さんが急にパッと出てきて、「私、キレイ?」って声かけてきたの』
──!
『カリン、本当? 知らない人に話しかけられてそのまま答えたの?』
『えっ……「マスクが邪魔!」って言っただけだよ? そしたら「3日後にまた会いましょう」って言われたから、「検査があります!」って言って断ったけど』
『カリン? 怪しい人見つけたら興味持つの、止めなって言ったでしょ?』
『ちょ……なんか怖いよお姉ちゃん?』
……間違いない! 標的は辻カリンだ!
金曜日の部活帰りに、話しかけられた。「急にパッと現れた」ということは……おそらくその瞬間に怪異は具現化したんだ。辻カリンが第一目撃者だったということだろう。
そこで、怪異に対し、正答ではない答えを返した。それ故に「自分を知らない者」と判定されて、その場では殺されず、「3日後の再会」を約束されたんだ。
金曜日の3日後となると……月曜日! 月曜日の夜中に辻カリンの元へ仮死魔霊故が再訪し、もう一度問答を行って、辻カリンの手足を奪って殺した……これがループの全容だ!
……またループ前に「『条件の確定』が確定」してるパターンじゃないか。
なんでこう難易度の高いループばっかりなんだ。事故だけならすぐ済むのに。
「ありがとう、辻カリン。辻セイラに代わってくれるか?」
『えー、それだけ? まいっか。お姉ちゃーん! 終わったよー』
しかし、これで全ての謎が解けた。
ある能力者により「口裂け女×仮死魔霊故」の実体が、金曜日の夕方に具現化した。
その怪異が辻カリンに接触し、3日後の……月曜夜に辻カリンを襲いに再び現れる。
当日、10分死に戻りが遅れたのは、辻カリンの入眠が僕の影響で遅くなったから。
そう、原因は入眠だ。
そして監視カメラに映らなかった理由も全部それで説明できる。
『ちょっ……瀬尾、どういうこと? これで何が分かったの?』
「辻セイラ。対象はキミの妹、犯人はあの怪異で確定だ」
『……ッ!? な、なんで? カメラには映らなかったはずじゃ……』
「違うんだ、辻セイラ。映らなかったのは仮死魔霊故の特性のせいだ」
『特、性……? それって……』
「仮死魔霊故は──対象の『夢の中』に現れるとされるからだ」
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