[22:05] 季節外れの転校生
「またループしてるだろう、君」
「……急に呼び出して、それ?」
「誤魔化すな。そういう約束だろう」
「いや……でも、その……」
……なんだ、その歯切れの悪さは。
言っておくが、当てずっぽうで聞いている訳じゃないぞ。こっちには、今日一日分の観察という根拠があるんだ。
今日の辻セイラは、朝から明らかにおかしい。
授業中は完全に上の空で、板書を写す手が丸ごと止まっていたり。休み時間は携帯を睨みながら、何かをすごい速さで打ち込んでいたり。誰かに話しかけられても無視していたのはいつも通りだが、今日だけは桐島ミオや三好ルナにまで生返事。かと思えば、机に突っ伏して唸り出す始末だ。
……どこからどう見ても、今まさに問題を抱え込んだばかりの人間の挙動だ。
勿論、他の問題が発生しているだけかもしれない。僕が早とちりしている可能性はある。
しかし、先週までは何ともなかったはずだ。土日の様子は見ていないが、金曜日の彼女は完全にいつも通りだった。一昨日も当然異常無し。親友二人からも「今日だいじょぶ?」「なんかあった?」「……恋じゃないよね?」みたいに話しかけられていたし、違和感を覚えているのは僕だけではなかった。
つまり、何かが始まったのは今日だ。
そして、その「何か」がループではないかと疑っている。
何より、時期だ。
もう12月2日。あの三連休のループから、3ヶ月近くが経っている。僕は一学期で、あの能力が僕達の都合なんて待ってくれないことを十分に学習しているんだ。間隔だけで考えても、そろそろ次が来てもおかしくない頃合いじゃないか。
初日の半日だけで問い詰めるのは性急だろうか? いや、性急ではない。相手がもしループなら様子見の一日はそのまま丸一日の損失になる。前回はWPPOまで動員して問題を解決したんだ。あまり周囲に迷惑をかけない範囲で事を収めるためにも、相談は早い方が良い。
聞くだけならタダで、外れていたら謝ればいい。
だから、今日のうちに問い詰めると決め、今こうして君に聞いているんだ。
「……確かに、問題は起こってる」
「認めるんだな」
「いや、起こってる。起こってるけど……アンタの手は借りられない」
「……?」
んん?
なんだそれは。
問題そのものは認めたぞ、この女。
だが「手を借りられない」とは何だ。ループなら、僕を使うはずだろう。実行役でもアイデアを出す役でも、僕には協力の実績があるし、ループ中でもそれは変わらない……と、聞いている。
じゃあ、ループではないのか?
例えば、女性にしか分からない類の悩みだとか。それなら確かに、僕にできることは何もないが。
「むしろアンタがいても一切役に立たないことが分かり切ってるし」
「い、一切」
言い切られてしまった……だと。
……いや、落ち着こう。役に立たないと言われてショックを受けるのは分かるが、取り乱してはいけない。一つずつ整理すべきだ。
確かに、僕に残っているのは、ループを突破できた最終周の記憶だけだ。そこでの働きなら自覚がある。9月のあの一件だって、怪談を書いたのは僕だし、街に広める手伝いだってした。
だが同時に、巻き戻って消えた周のことを僕は何一つ覚えていない。
捨てられた周で僕がどう動いて、どれだけ役に立たなかったのか……そこだけは、最初から辻セイラの主観だけで成り立っている。
となると「一切役に立たない」の判定材料は、まさにその見えない側にある訳で……証言者本人に断言されたら、僕の側に反論の材料は存在しない。
……もしかすると、夏祭りの時のように「犯罪行為をするから僕が邪魔」という意味合いなのかもしれないが。
「言っとくけど、犯罪でも何でもないし、人に迷惑をかける訳でもないから」
「……僕の心を読む能力も持っているのか?」
「そんな顔してたでしょ。とにかく、本当に一切法律に反することはしない。誓う、もし嘘だったらボコボコにしてもいいよ」
「する訳ないだろうそんなこと!」
僕のことを何だと思ってるんだ!
相手をボコボコにするだなんて。暴行罪あるいは傷害罪だぞ。刑法204条と208条を知らないのか。
正直、彼女の言うことを信じていいかは疑問だ。ただでさえ逮捕覚悟の犯罪行為に辻セイラはブレーキが効かなさすぎる。目的のためなら平気で嘘だってつきかねない。
……しかし、「誓う」「もし嘘だったら」。これは初耳だ。自分が何を言っても「嘘じゃないか?」と疑われることを承知で、それでもそう言うしか説得できないからそう言っているようにも聞こえる。
もし実際にボコボコにされてしまったらその時の怪我で死に戻りが発動する可能性もあるし、いくら僕がそんなことしないと理解しているとはいえ、あまりにもリスキーすぎる。
だから、絶対に嘘であるとは……言い切れないし、思いにくい。
これまでとは種類の異なる問題ということか?
合法で、誰にも迷惑がかからなくて、僕が一切役に立たなくて、それでいて授業が頭に入らないほど深刻。
……なんだそれ。
一つも見当がつかないぞ。
「だが、問題は起こっているんだろう」
「なに、何でもかんでも全部アンタに相談しろって訳。元々私達は仲良くなりすぎちゃダメなはずでしょ」
「それは……そうだが」
「今、順調に解決に向かって進んでるの。ここで邪魔されると余計に困る」
順調に、解決に……?
もう、解決の道筋が立っているのか。ゼロから調べ回る段階は、とっくに終わっていると。
あの能力が相手で「順調」なんて言葉が出てきた例を、僕は伝聞でも聞いた覚えがない。
一人ではできない、手掛かりが無い、対象も分からない、だから僕も使う……毎回そういう話と一緒に、僕のところへ来ていたはずだろう。
なら、本当にループではないのかもしれない。
家庭のちょっとしたいざこざ。勉学における軽い悩み。友人との間にすれ違い。女性のデリケートな問題。単なる漠然とした不安。
そういったものまで僕が首を突っ込む義理は無いし、「どんな悩みも僕に相談しろ」と言い出していては、僕が辻セイラの『大切な人』になってしまう恐れがある。
ただでさえ僕は辻セイラに好感度50……悪くない好感度を抱いてしまっていたんだ。彼女が-2に留めているとはいえ、それに甘えてはいけない。
今の僕は少し過保護になりすぎていたのかもしれない。3ヶ月も何もなくて、友人達との日常も増え、「辻セイラとの非日常」が減ってきていることに過敏になりすぎていたんだ。
「……とにかく、もうフィクションにはハマらないようにするから。大丈夫」
「ん? 何の話だ?」
──「委員長ー、先生が職員室に呼んでたよー」
!
「ほらほら、呼ばれてるじゃん。そういうことだから!」
「お、おい……押すな! 分かった、分かったから!」
*
なんてタイミングの呼び出しだ。
問い詰めていた側の僕が先に席を外す羽目になるとは。
問題は起こっている、でも合法で、誰にも迷惑はかからなくて、僕は一切役に立たない。
考えれば考えるほど、よく分からない。あの辻セイラが「順調」なんて言葉を使う問題。しかも、僕の出る幕だけが綺麗に無い問題。
……いや、よそう。
呼ばれた以上、まずは職務だ。用件に心当たりは無いが、遅刻で呼ばれる覚えも成績で呼ばれる覚えも無い以上、大方、委員会絡みの仕事だろう。
仕方ない。今の辻セイラは怪しくはあるが僕が積極的に関わりに行くべきではない状態なのかもしれない。勿論、嘘をついている可能性もあるし、完全に無関心でいる訳にもいかないが。
切り替えの早さだけは、あの女を見習うと……見習っていいんだろうかあれ。
呼ばれてた部屋は……あっちか。
「失礼します。瀬尾です」
「おう、瀬尾。急に呼んで悪かったな」
「いえ──」
「──どうも」
……誰だ?
……って、眼帯?
「あの先生、この人は……」
「そう、それで呼んだんだ」
だよな。それ以外あり得ない。
呼び出された部屋の中に──見知らぬ女子生徒。
うちの制服だが、確実に初めて見る顔だ。この学校に1年8ヶ月いるんだし、隣のクラスの生徒でも流石に顔ぐらいは見覚えがあるはずなのに。
それに、目元の眼帯。
綺麗な黒髪のポニーテールと合わせて、特徴的だから覚えていそうなものだが……。
「彼女は転校生だ。九条ノドカさん。今日から来てて、明日からうちのクラスに入る」
「九条ノドカです。本日よりお世話になります。貴方が委員長の瀬尾マコトさんですね」
ああなるほど、転校生か。
それなら見覚えが無いのも当たり前だ。
「ああ、そうでしたか。初めまして、瀬尾マコトだ。今後ともよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一拍の淀みも無い自己紹介に、角度まで綺麗なお辞儀。
所作が訓練されているな。場慣れしているのか、余程躾の厳しい家なのか。12月というこの中途半端な時期の転入も、まあ、家庭の事情というやつだろうな。
制服の着こなしも完璧だ。
皺一つない。真新しいから、というだけじゃない。着ている人間の側が、服の設計図通りに立っている、とでも言うのか。
髪型は校則違反無し。装飾品の類も一切無し。
校則の教材に使えそうな頭だ。背は桐島ミオより少し低いぐらいか。同い年のはずなのに、妙に落ち着いて見えるぞ。
そして何より、姿勢がいい。
踵から首筋まで芯が一本通っていて、立ち姿に隙というものが無い。スカートは校則通りの丈で、爪は短く切り揃えられていて、鞄の持ち手にも飾りの一つが無い。
……うん。
初対面だが、好感が持てるな。
間違いなく、規律を守る側の人間だ。
この遵法意識を、辻セイラにも分けてやってほしいぐらいだ。
あの白い眼帯については……何か事情があるんだろう。
人の体のことは家の事情と同じで、意味も無く詮索するものではない。
「九条さんはな、ご家庭の都合で先週こっちへ越してきたそうだ。しかし学期の途中で、何かと勝手も分からんだろう」
……ああ、うん。読めたぞ。
この流れで僕が呼ばれる用件なんて、一つしか無い。
「そういう訳でだ、瀬尾。案内やら色々、しばらく世話を頼めるか。委員長で、なおかつルールに詳しいお前が適任だと思ってな」
「分かりました。お引き受けします」
予想していた通りだ。
学校のルールも校舎の配置も授業の進み具合も分からない転校生に、信頼できる委員長を紹介する。となれば、僕の役目はサポート役となるのが自然だろう。
それにしても、世話係、か。
辻セイラのことはどうしようか。彼女は困っている様子だったから緊急時にはすぐ駆けつけて協力すべきなんだが。それも本来と異なる業務をこなしている最中ではやりにくくなるだろう。
……いや、大丈夫か。
向こうから「関わるな」と釘を刺されているし、ループじゃない可能性もある。
目の前の九条さんも困っているのは同じ。辻セイラだけ助けて九条さんは助けないなど筋が通らない。
それに相手は、どこからどう見ても規律を守る側の転校生だ。規約と案内さえ済ませてしまえば、あとは手のかからない世話係になるだろう。辻セイラの観察と並行して十分こなせる仕事だし、そもそも委員長として断る理由が一つも無い。
「瀬尾ならそう言うと思って──っと、いかん、会議だった!」
「大丈夫ですか?」
「いや、キツイ。九条さん、分からないことは全部この委員長に聞くといい。悪い瀬尾、あとは頼んだぞ!」
「分かりました。僕に任せてください」
そして先生は忙しくてあまり時間を取れないと。
まあ、この調子だものな。他にも色々業務が溜まっている中、一人の転校生相手に校舎を見せて回るのも無理がある。
とはいえ、僕が今こうして動けているのも昼休み中だからだ。
いつまでも動ける訳じゃないし、残り30分程度で校舎全部見せて、校則と要注意事項を解説していけというのも同じく無理がある。
ここは簡単な説明だけ済ませてとりあえず教室に連れて行き、明日以降の流れを把握してもらうのが先決か。
「それじゃあ九条さん、ついてきてほしい。教室はこの真上で……ああ、その前に教科書の受け取りが先か。事務室に寄って、それから──」
「すみません、瀬尾さん。教室の前に……一つ、お見せしたいものがあって」
「ん?」
……お見せしたいもの?
なんだ。僕達は初対面だぞ。初対面の相手に渡したいものってなんだ。名刺か?
「いえ、大したものではないのですが──」
……!?
おい、待て。どうして眼帯に手をかけてる。
医療品じゃないのかそれは。見せたいものというのは傷か何かか? どちらにせよ初対面の男に見せるものではな──
──ッ!?
なん、だ、これ……!
動けない……!?
「まあ、お見せしたいというよりか、私が見たいだけだったのですが」
おかしい。
少し距離を取ろうとしただけなのに、足が動かない。
……足が? 動かない? なんだそれは。おかしいだろう、僕の足だぞ。
足だけじゃない。腕も、指も、首も。瞬きと呼吸以外の全部が、命令を聞かない。
「……っ、あ」
声は出る。辛うじてだが……声だけは出る。
……逆になんで声だけ出るんだ。よく分からない固まり方を……。
いや、今考えるのはそこじゃない。なんだこれは。病気か? 発作か?
いや、どんな発作だ。痛くも痒くもない、痺れの一つもない、意識は嫌になるほどはっきりしている。呼吸もできて、心臓も動いている……動いているどころか、うるさいぐらいだ。
なのに体だけが、立った姿勢のまま固定されている。指先に力を込めても、込めたつもりになっているだけで、ぴくりとも応えない。
訳が分からないぞ。金縛りは寝ている時のものだろう。立ったまま? 目を開けたまま?
……落ち着こう。状況を整理しよう。
彼女が眼帯を外した。その直後にこれだ。この順番を偶然で済ませられるほど、僕の一学期と二学期は平和じゃなかった。
かといって、ただの人間は目を合わせるだけで動きを止めたりしない。恋に落ちた訳でもないんだから。
なら、残る線は一つしかない。
辻セイラと同じ側の……人間の、能力の類だ。
「ああ、ご安心ください。こちら側の意思で自由に解除できますし、後遺症もありません」
「……君、これは」
「私の能力です。両目に映した相手の、動きを止める。シンプルでしょう?」
──やっぱり。
能力、能力だ。「両眼で見た相手の動きを止める能力」とかか。
だから、その眼帯なのか。
普段眼帯をしているのは、使わないため。発動条件が「両目で見ること」だから、不用意に相手の動きを止めないよう、目の異常のフリをして隠している……と。
自己申告を鵜呑みにする訳にもいかないが、少なくとも状況は会話の通りだ。偶然起こった謎現象に、それっぽく適当な戯言で合わせに来ている訳ではない。
考えてみれば、辻セイラ以外の「人間の能力者」とまともに向き合うのは、これが初めてかもしれない。
……その記念すべき初対面で固められている僕の立場は、一体何なんだ。
「驚かないのですね。少し意外です」
「それより君は能力者基本法について勉強した方が良い。意味も無く能力による加害を行うと重い刑罰を食らうんだぞ」
「勿論、知っていますよ。その上で明確な意図の上に行使しています」
「もっと悪いが?」
……いや、軽口を叩いている場合じゃないんだ、僕は。
こんな、学校のど真ん中で。転校生が、初日に、案内役の委員長相手に能力を使う。
目的は何だ。というより、君は本当に転校生なのか。
転入の書類。担任の紹介。あの完璧な制服。
……あれが全部、この瞬間のための下拵えだったとしたら、用意周到にも程があるぞ。
相手が能力者だと分かったところで、落ち着ける材料は一つも増えていない。
能力というものに「こうでなければならない」なんて枠が無いことを、僕は嫌というほど学んでいる。
「……一つ聞くが。これを解いて、普通に話す、という選択肢は無いのか。逃げも暴れもしない。話なら聞く」
「すみません。お話が終わるまでは、このままでお願いします。その、逃げられてしまうと、私が困りますので」
「つまり、逃げられるような話をするということか、九条ノドカ」
「まあ、フルネーム」
当たり前だろう。もうさっきまでの好感は吹き飛んでいる。
なんで穏やかじゃない話題に巻き込まれそうな中で君への敬意を払っていられる。場合によってはこのまま僕の命だって脅かされてしまうかもしれないのに。
そもそも、今の状況は明確な法律違反なんだぞ。そういうとこ気にすべきだと思う僕は。
しかし、だ。
殺す気なら、固めた時点でもう終わっている。痛みも無ければ脅し文句も無いし、手元は空で、武器を取り出す所作も見せない。手順だけならむしろ丁寧なぐらいだ。
怒鳴りも凄みもせず、役所の窓口みたいな態度のまま、人の体の自由だけをきっちり預かっているだなんて。
……本当に、意味が分からない。
「……どういうつもりだ、と聞いても?」
「いえ、少し質問がしたかっただけなのです」
「相手を怖がらせる可能性のある? 質問と書いて脅迫と読むのか?」
「まさか。私はただ──貴方が『未来予知能力者』なのかと思っただけで」
「……」
………………は?
っておい。
何やってるんだ君、机の上に乗り出たりなんかして──
「申し遅れました。私は転校生ではなく、貴方をスカウトするために派遣された」
「世界平和維持機構日本支部、特別対応局第三特務隊。隊員の──九条ノドカです」
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